44 / 51
第四章 人生はただ影法師の歩みだ
第43話 未練
しおりを挟む
賑やかなリビングから離れるなり、デイヴィッドの身体がわずかに傾いた。
「……ッ」
「大丈夫か、兄さん」
兄の身体を、妹の手がしっかりと支える。
「記憶を一気に思い出した上で、『呪い』を受けたんだ。辛くて当然だろう」
「……記憶に関しちゃ昔のことだし、『呪い』は寝てるうちに『神獣の力』とやらが吹き飛ばした。休むのは後でいい」
ディアナは気遣うが、デイヴィッドは頑なに首を振る。
真剣な視線が、ディアナの瞳を射抜いた。
「セレナのこと、どう思う」
ディアナはふっと目を伏せ、重い口調で語り始めた。
「……『呪い』は、強いエネルギー源でもある。今、セレナを『生かしている』のも……多くの人を苦しめた『呪い』と同質のものだろう」
そこで、ディアナは言葉を区切る。デイヴィッドも、すぐには追求しない。
酒の席で盛り上がる別室を、ちらりと扉越しに見やり、デイヴィッドは確認するように呟いた。
「ランドルフは、セレナの近くにいて大丈夫か?」
「……彼は、『呪い』との付き合い方が上手くなった。元はと言えば、セレナの『呪い』もランドルフから受け継いだものだ。今のところは大丈夫そうに見える」
「……かもな。ランドルフの方は、心配しなくて大丈夫か」
そこで、デイヴィッドも言葉を切る。
二人ともが、理解していた。
「『呪い』は、負の感情で強くなるんだろ」
「……そうだな」
「なら……幸せになったセレナは……もう、長くねぇんじゃねぇのか」
「…………ああ」
重い沈黙が部屋の中に落ちる。
別れの時は、近い。
***
一方、「不死」についての仮説が出たことで、リビングの空気も変わりつつあった。
ディアナとデイヴィッドの「不死」は、オルブライトの「群れ」を絶やさないためにある、と……
「……二人には……伝えるか?」
「伝えてもいいと思うけど……何を迷ってるんだい?」
悩ましげなランドルフに、パトリシアが問う。
「……それは……」
ランドルフは答えに迷い、サイラスが顎に手を当て、呟く。
「ディアナ様は……まだ、死を望んでいるのかな」
「……たぶんな」
「ああ、なるほどねぇ……。『自分が死ぬために子どもを作る』なんてのは、確かに正気の沙汰じゃない」
「……もし可能性があるとするなら、マーニ様の方が……ということも……?」
「デイヴは……そういうのは苦手だよ」
「吐き気がする」とまで言った姿を思い出し、ランドルフは静かに首を振る。
「……あんなことがあったんだ。『疵』が癒えないうちは、そっとしておいてやりな」
パトリシアは、過去の惨劇を覗いたことがある。
ランドルフ、サイラスは具体的な内容には触れず、押し黙った。
部屋はしんと静まり返り、セレナの穏やかな寝息だけが場を満たす。次に口を開いたのは、サイラスだった。
「何はともあれ……その子が大人しくなって、『魔獣』騒ぎは格段に落ち着いた。それは、森に詳しい君たちも感じているだろう」
森に潜んで暮らした「魔女」も、森と共に生きてきた「狩人」も、二人ともが揃って頷く。
「僕としては、これで一件落着……と言っても、別に構わないのだけど……どうだい?」
蒼い瞳が、ちらりとセレナの方を見る。
「俺も、別に構わねぇが……」
問いに対し、ランドルフは、何か言いたそうなパトリシアの方に視線を投げた。パトリシアは、強ばった表情で問う。
「……セレナには、何もしないってことで良いのかい?」
「このまま無力化できるならね。無害化と言ってもいい。僕だって手を汚したり汚させたりしながら『領主』の座にいるんだ。今更、潔癖なことは言わないよ」
サイラスは淡々と語りつつ、胸の前で指を組む。
「でも、分かってるね」
凛とした言葉が、パトリシアに投げかけられた。
「その子のために君がまた間違えるなら、僕は止めなきゃいけない」
蒼い瞳が、同じ色の瞳をじっと見つめる。
パトリシアははっと息を飲み、膝の上で眠るセレナの方を見た。
「……あたしは……もう、間違えたりなんか……」
パトリシアの声は、震えていた。
サイラスは静かに目を伏せ、ハッキリと意志の宿る瞳を再びパトリシアの方へと戻した。
「僕は領主になった。……だから、領民を守らなくちゃいけないんだ」
……しっかりとした声音は、自らに言い聞かせるようでもあった。
「……ッ」
「大丈夫か、兄さん」
兄の身体を、妹の手がしっかりと支える。
「記憶を一気に思い出した上で、『呪い』を受けたんだ。辛くて当然だろう」
「……記憶に関しちゃ昔のことだし、『呪い』は寝てるうちに『神獣の力』とやらが吹き飛ばした。休むのは後でいい」
ディアナは気遣うが、デイヴィッドは頑なに首を振る。
真剣な視線が、ディアナの瞳を射抜いた。
「セレナのこと、どう思う」
ディアナはふっと目を伏せ、重い口調で語り始めた。
「……『呪い』は、強いエネルギー源でもある。今、セレナを『生かしている』のも……多くの人を苦しめた『呪い』と同質のものだろう」
そこで、ディアナは言葉を区切る。デイヴィッドも、すぐには追求しない。
酒の席で盛り上がる別室を、ちらりと扉越しに見やり、デイヴィッドは確認するように呟いた。
「ランドルフは、セレナの近くにいて大丈夫か?」
「……彼は、『呪い』との付き合い方が上手くなった。元はと言えば、セレナの『呪い』もランドルフから受け継いだものだ。今のところは大丈夫そうに見える」
「……かもな。ランドルフの方は、心配しなくて大丈夫か」
そこで、デイヴィッドも言葉を切る。
二人ともが、理解していた。
「『呪い』は、負の感情で強くなるんだろ」
「……そうだな」
「なら……幸せになったセレナは……もう、長くねぇんじゃねぇのか」
「…………ああ」
重い沈黙が部屋の中に落ちる。
別れの時は、近い。
***
一方、「不死」についての仮説が出たことで、リビングの空気も変わりつつあった。
ディアナとデイヴィッドの「不死」は、オルブライトの「群れ」を絶やさないためにある、と……
「……二人には……伝えるか?」
「伝えてもいいと思うけど……何を迷ってるんだい?」
悩ましげなランドルフに、パトリシアが問う。
「……それは……」
ランドルフは答えに迷い、サイラスが顎に手を当て、呟く。
「ディアナ様は……まだ、死を望んでいるのかな」
「……たぶんな」
「ああ、なるほどねぇ……。『自分が死ぬために子どもを作る』なんてのは、確かに正気の沙汰じゃない」
「……もし可能性があるとするなら、マーニ様の方が……ということも……?」
「デイヴは……そういうのは苦手だよ」
「吐き気がする」とまで言った姿を思い出し、ランドルフは静かに首を振る。
「……あんなことがあったんだ。『疵』が癒えないうちは、そっとしておいてやりな」
パトリシアは、過去の惨劇を覗いたことがある。
ランドルフ、サイラスは具体的な内容には触れず、押し黙った。
部屋はしんと静まり返り、セレナの穏やかな寝息だけが場を満たす。次に口を開いたのは、サイラスだった。
「何はともあれ……その子が大人しくなって、『魔獣』騒ぎは格段に落ち着いた。それは、森に詳しい君たちも感じているだろう」
森に潜んで暮らした「魔女」も、森と共に生きてきた「狩人」も、二人ともが揃って頷く。
「僕としては、これで一件落着……と言っても、別に構わないのだけど……どうだい?」
蒼い瞳が、ちらりとセレナの方を見る。
「俺も、別に構わねぇが……」
問いに対し、ランドルフは、何か言いたそうなパトリシアの方に視線を投げた。パトリシアは、強ばった表情で問う。
「……セレナには、何もしないってことで良いのかい?」
「このまま無力化できるならね。無害化と言ってもいい。僕だって手を汚したり汚させたりしながら『領主』の座にいるんだ。今更、潔癖なことは言わないよ」
サイラスは淡々と語りつつ、胸の前で指を組む。
「でも、分かってるね」
凛とした言葉が、パトリシアに投げかけられた。
「その子のために君がまた間違えるなら、僕は止めなきゃいけない」
蒼い瞳が、同じ色の瞳をじっと見つめる。
パトリシアははっと息を飲み、膝の上で眠るセレナの方を見た。
「……あたしは……もう、間違えたりなんか……」
パトリシアの声は、震えていた。
サイラスは静かに目を伏せ、ハッキリと意志の宿る瞳を再びパトリシアの方へと戻した。
「僕は領主になった。……だから、領民を守らなくちゃいけないんだ」
……しっかりとした声音は、自らに言い聞かせるようでもあった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた
ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。
マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。
義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。
二人の出会いが帝国の運命を変えていく。
ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。
2024/01/19
閑話リカルド少し加筆しました。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
転生騎士団長の歩き方
Akila
ファンタジー
【第2章 完 約13万字】&【第1章 完 約12万字】
たまたま運よく掴んだ功績で第7騎士団の団長になってしまった女性騎士のラモン。そんなラモンの中身は地球から転生した『鈴木ゆり』だった。女神様に転生するに当たってギフトを授かったのだが、これがとっても役立った。ありがとう女神さま! と言う訳で、小娘団長が汗臭い騎士団をどうにか立て直す為、ドーン副団長や団員達とキレイにしたり、旨〜いしたり、キュンキュンしたりするほのぼの物語です。
【第1章 ようこそ第7騎士団へ】 騎士団の中で窓際? 島流し先? と囁かれる第7騎士団を立て直すべく、前世の知識で働き方改革を強行するモラン。 第7は改善されるのか? 副団長のドーンと共にあれこれと毎日大忙しです。
【第2章 王城と私】 第7騎士団での功績が認められて、次は第3騎士団へ行く事になったラモン。勤務地である王城では毎日誰かと何かやらかしてます。第3騎士団には馴染めるかな? って、またまた異動? 果たしてラモンの行き着く先はどこに?
※誤字脱字マジですみません。懲りずに読んで下さい。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる