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第三章 不幸を治す薬は希望
第32話 獣道の先に
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気が付けば、ディアナはランドルフの腕に抱き締められていた。
「大丈夫か、ディアナ」
優しい声が、ずたずたに傷ついたディアナの心を包み込む。
金色の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
「泣いていい。好きなだけ、泣いていいから」
「……うん……」
たくましい胸板に顔を寄せ、ディアナは、はらはらと涙を流す。
ランドルフはその背中を撫で、額にキスを落とす。そうして彼女が落ち着くまで、何も言わずに待った。
「みっともないところを見せたな」
涙を指で拭い、ディアナは俯いた顔を上げる。
「もう、大丈夫か?」
心配そうなランドルフに向け、彼女は「ああ」と頷いた。
「兄さんを探そう。……今度こそ、早く助け出さないと」
家族がバラバラになったあの日。ディアナは、母親を助け出すだけで精一杯だった。
「実験台」として連れ出された兄がどんな目に遭ったのか……想像するのは、難しくない。
「隠れんぼは、見つけるのは兄さんのが上手かった。でも、隠れるのは私の方が得意だ。妹が鬼の時、先に見つかったことは一度もない」
ディアナは瞳に決意を宿し、周りの茂みや家の周辺を探り始める。
「そうかい。なら、今回はもっと見つけやすいだろうな。……なんたって、熟練の狩人が味方だ」
「……! そうだな。とても、心強い味方だ」
ランドルフの頼もしい言葉に、微笑むディアナ。
二人は手分けして、デイヴィッド……マーニに繋がる痕跡を探した。
「……あっ!」
「どうした?」
「ここに……草をかき分けた跡がある」
「……おお、マジだ! この感じ……最近だな……」
やがて、それらしき「道」が二人の眼前に現れる。
「……臭う。例の、葉巻の香りだ……」
すんすん、と匂いを嗅ぎ、ディアナは確信する。
この先に、兄が連れて行かれたのだと。
「ランドルフ、今回は先に言っておく」
「ん? 何をだ」
「今から私は服を脱ぐ」
「へっ? あ、ああ、なるほどな!?」
キョトンと目を丸くするランドルフだが、どうにか「ああ、狼になるのか」と思い至った。
手早く服を脱ぎ捨て、ディアナは一糸まとわぬ姿になる。
既に何度も見た裸体ではあるが、ランドルフはその姿をしっかりと目に焼き付けた。……もちろん、白い狼の姿も同様に。
「行くぞ」
「おう、準備は万端だ!」
脱ぎ捨てられた服を手早く拾い集め、ランドルフはディアナの後に続いた。
***
ディアナが先導して獣道を歩み、ランドルフが後に続く。
時折すんすんと地面の匂いを嗅ぎ、ディアナは「こっちだ」と前足で道を指し示した。
「デイヴ……無事でいてくれよ……」
「兄さん……待っててくれ……」
進むうち、二人の間に緊張が漂う。
家族、および親友の無事を祈り、ディアナとランドルフは慎重に歩みを進めた。
そして、時は来た。
ある箇所に足を踏み入れた瞬間、ハッキリと空気が変わる。
ディアナは威嚇するように全身の毛を逆立て、ランドルフは即座に弓矢を構えた。
「ダメだよぉ。勝手にナワバリに入っちゃあ」
ひび割れた、人ならざるナニカの声が響く。
「邪魔しないでくれるかなぁ。ボクたち、これからやらなきゃいけないことがいーっぱいあるんだぁ……」
「魔獣」らしき声は実体を見せないまま、遠近感の掴めないいびつな声でランドルフ達に語りかけている。
「……何がしたいのか知らねぇが、デイヴを巻き込むな」
「アハハッ、オジサン、バカだねぇ……!」
「魔獣」はケタケタと不気味な笑い声を上げ、愉しげに言い放った。
「お兄ちゃんが、どれだけ人間を恨んでるかも知らずにさぁ!」
「……な……っ!」
「あれは……!」
ランドルフに続き、ディアナも声を上げる。
獣道の先、幽鬼のように「彼」は佇んでいた。
金色に輝いていた髪は漆黒に染まり、琥珀の瞳は瞳孔が完全に開ききって爛々と金色に輝き、口元は動物の血で真っ赤に染まっている。
「……デイヴ、なの、か……?」
「……あの、服装……間違いない。兄さんだ……」
血と泥に汚れたカソックの胸元で、簡素な木製の十字架が揺れていた。
「大丈夫か、ディアナ」
優しい声が、ずたずたに傷ついたディアナの心を包み込む。
金色の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
「泣いていい。好きなだけ、泣いていいから」
「……うん……」
たくましい胸板に顔を寄せ、ディアナは、はらはらと涙を流す。
ランドルフはその背中を撫で、額にキスを落とす。そうして彼女が落ち着くまで、何も言わずに待った。
「みっともないところを見せたな」
涙を指で拭い、ディアナは俯いた顔を上げる。
「もう、大丈夫か?」
心配そうなランドルフに向け、彼女は「ああ」と頷いた。
「兄さんを探そう。……今度こそ、早く助け出さないと」
家族がバラバラになったあの日。ディアナは、母親を助け出すだけで精一杯だった。
「実験台」として連れ出された兄がどんな目に遭ったのか……想像するのは、難しくない。
「隠れんぼは、見つけるのは兄さんのが上手かった。でも、隠れるのは私の方が得意だ。妹が鬼の時、先に見つかったことは一度もない」
ディアナは瞳に決意を宿し、周りの茂みや家の周辺を探り始める。
「そうかい。なら、今回はもっと見つけやすいだろうな。……なんたって、熟練の狩人が味方だ」
「……! そうだな。とても、心強い味方だ」
ランドルフの頼もしい言葉に、微笑むディアナ。
二人は手分けして、デイヴィッド……マーニに繋がる痕跡を探した。
「……あっ!」
「どうした?」
「ここに……草をかき分けた跡がある」
「……おお、マジだ! この感じ……最近だな……」
やがて、それらしき「道」が二人の眼前に現れる。
「……臭う。例の、葉巻の香りだ……」
すんすん、と匂いを嗅ぎ、ディアナは確信する。
この先に、兄が連れて行かれたのだと。
「ランドルフ、今回は先に言っておく」
「ん? 何をだ」
「今から私は服を脱ぐ」
「へっ? あ、ああ、なるほどな!?」
キョトンと目を丸くするランドルフだが、どうにか「ああ、狼になるのか」と思い至った。
手早く服を脱ぎ捨て、ディアナは一糸まとわぬ姿になる。
既に何度も見た裸体ではあるが、ランドルフはその姿をしっかりと目に焼き付けた。……もちろん、白い狼の姿も同様に。
「行くぞ」
「おう、準備は万端だ!」
脱ぎ捨てられた服を手早く拾い集め、ランドルフはディアナの後に続いた。
***
ディアナが先導して獣道を歩み、ランドルフが後に続く。
時折すんすんと地面の匂いを嗅ぎ、ディアナは「こっちだ」と前足で道を指し示した。
「デイヴ……無事でいてくれよ……」
「兄さん……待っててくれ……」
進むうち、二人の間に緊張が漂う。
家族、および親友の無事を祈り、ディアナとランドルフは慎重に歩みを進めた。
そして、時は来た。
ある箇所に足を踏み入れた瞬間、ハッキリと空気が変わる。
ディアナは威嚇するように全身の毛を逆立て、ランドルフは即座に弓矢を構えた。
「ダメだよぉ。勝手にナワバリに入っちゃあ」
ひび割れた、人ならざるナニカの声が響く。
「邪魔しないでくれるかなぁ。ボクたち、これからやらなきゃいけないことがいーっぱいあるんだぁ……」
「魔獣」らしき声は実体を見せないまま、遠近感の掴めないいびつな声でランドルフ達に語りかけている。
「……何がしたいのか知らねぇが、デイヴを巻き込むな」
「アハハッ、オジサン、バカだねぇ……!」
「魔獣」はケタケタと不気味な笑い声を上げ、愉しげに言い放った。
「お兄ちゃんが、どれだけ人間を恨んでるかも知らずにさぁ!」
「……な……っ!」
「あれは……!」
ランドルフに続き、ディアナも声を上げる。
獣道の先、幽鬼のように「彼」は佇んでいた。
金色に輝いていた髪は漆黒に染まり、琥珀の瞳は瞳孔が完全に開ききって爛々と金色に輝き、口元は動物の血で真っ赤に染まっている。
「……デイヴ、なの、か……?」
「……あの、服装……間違いない。兄さんだ……」
血と泥に汚れたカソックの胸元で、簡素な木製の十字架が揺れていた。
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