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第二章 肥えた土ほど雑草がはびこる

第22話 古城の地下

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 領主の館……通称「ブラックベリー・フォレストの古城」。
 その地下に、その空間はあった。
 何重もの隠し扉にはばまれたその部屋は、スチュアート家の者しか本来は入れない……はずだった。

「ねぇ~。ボク、スコーン欲しい~。ブラックベリージャム乗せたやつ~」

 椅子の上で脚をばたつかせ、明らかに部外者である少女は老齢の男に菓子をねだる。

「……まずは情報を渡せ。報酬はその後だ」
「前払いって言葉知らない?」
「積み上げた信用があれば、それも可能だったな」
「……ちぇー……」

 少女……ルーナはわざとらしく舌打ちをし、ローブのふところから水晶玉を取り出した。

「例の『魔獣』は、着実に狩人として復帰してるよぉ。暴走の気配も、今んとこなさそうだね」
「感染の恐れは?」
「それもなさげー。期待外れで残念だねぇ」
「……何も、期待などしていない。魔獣の被害が小さいのなら、その方がいい」
「嘘ばっかりぃ」

 ルーナはにやりと笑みを浮かべ、水晶玉を掲げる。

被害が広がった方が、嬉しいくせに」

 顔をすっぽりと覆ったフードから、黒々とした瞳が覗く。
 ブレンダンは特に否定はせず、ルーナの方からそっと視線を逸らした。

「ともかくだ。館の者……特に、オルブライト復権派には見つかっていないな?」
「……見つかってないよぉ? ボク、天才魔術師で天才占い師だから」

 ディアナに「どこかで会ったか」と聞かれたことは隠し、ルーナはへらへらと笑った。

「そうそう。ブレンダンはさぁ、フィーバスのこと、どこまで……」

 ……と、セリフの途中で、カツカツと足音が響く。
 足音は迷いもなく二人の方へ近付き、扉の開かれる音が地下室内に響き渡った。

「……誰だ。待ち合わせなどは特に……。……ッ!?」

 現れた人物を見て、ブレンダンはハッと息を飲む。

「やあ、ここに居たんだね」
「……り、領主様!? な、なぜ、ここが……!」
「『スチュアート家の者しか知らないはず』……って、顔をしているね。……僕の目はあざむけないよ。ブレンダン」

 領主……フィーバスはニコニコと微笑みながら佇んでいる。……蒼い瞳は、一切笑っていなかった。

「どうしようかなぁ。僕は領主だから、『命令』できてしまうんだ」

 かつ、かつと足音を立て、フィーバスはブレンダンの方に歩み寄って行く。

「君を処分することも、スチュアート派を一掃することも、僕には可能なんだよ」
「……ッ、本当は今すぐに『母親』の仇を討ちたいだろうに、辛抱強いことだ」

 挑発めいた口調に、フィーバスの眉がぴくりと動く。
 ブレンダンは冷や汗をかきながらも、言葉を続けた。

「私を泳がせていたのには、意味があるのだろう。側近としてわざわざ傍に置いていたのも、見張る必要性を感じていたからだ。そうだろう?」
「うん。表立って処分すると、角が立つからね。君は、ここの古株だから」

 ニコニコと笑いながら、フィーバスはブレンダンの方へと歩みを進める。

「だから……今が、好都合だ」
「なッ!?」
「暗殺……ってことになるのかな。表立って処分するより、穏便に済ませやすいんだ。『事故』にしたり、『病死』にしたりもできるしね」

 フィーバスの蒼い瞳が見開かれる。
 禍々しいまでの闇が、そこには渦巻いていた。

「さぁ……言い残すことはあるかな」
「おの……れっ!?」

 その瞬間、ブレンダンの口から鮮血がぼたぼたと溢れ出した。

「が……は……っ!?」

 胸を押さえ、ブレンダンはどさりと床に倒れ伏す。
 その身体から大量の血液が流れ出し、かび臭いカーペットを汚していく。

「ああ……ごめん。もっと我慢しようかと思ったんだけど……手が滑っちゃったね」

 ブレンダンの胸を抉った魔弾が光となって霧散むさんし、再びフィーバスの元へと返っていく。

「次の側近はオルブライト派の方が良いかなぁ。二回連続『事故死』はさすがに角が立つからね」

 フィーバス穏やかな口調で語りながら、ブレンダンの傷口をかかとで踏み抜いた。

「あ……が……ぁあぁあっ!」
「君はディアナに暴言を吐いた。本当は……それだけで、万死に値するんだよ」

 口元だけに優美な微笑みを浮かべ、フィーバスは蒼い瞳をギラギラと輝かせる。

「ああ……ディアナ。僕の女神。君を傷つけるものは、誰一人許さない……!」
「ぅ、ぐ……っ、こ、の……」

 わざと即死を避けられたのか、苦痛と出血の割にブレンダンの意識はなかなか薄れない。
 血溜まりが床を染めあげ、瀕死の呼吸がヒュウヒュウと喉から漏れる。

「ぐ……っ、ご、ふ……っ、にせもの、ふぜいが……!」

 ブレンダンは、もがき苦しみながらもキッとフィーバスを睨みつける。

「あ、君はもう帰っていいよ。情報提供、ありがとう」

 ……が、そんな視線を意に介さず、フィーバスはルーナの方へと笑いかけた。

「……報酬は?」
「もちろん、用意させるよ。後で持って帰るといい」
「良いねぇ~。それでそれで? 何をくれるの?」
「焼きたてのスコーンと、ブラックベリージャム。……それで良かったかな」
「さっすがぁ! よく分かってるぅ!」

 ルーナはぱちぱちと手を叩き、無邪気な声を上げる。

「ま……待て……」

 絶命間際のかすれた声が、ルーナを呼び止める。
 声を発するたび、血反吐と共に、苦しげな息が吐き出され、口元に泡を作り出す。

「裏切っ、た……な……」
「いや、別に。ボク、元からキミの味方でもなかったし」

 ルーナはしれっと吐き捨て、ブレンダンを切り捨てる。
 すとんと椅子の上から降り立ち、自称「天才魔術師にして占い師」は水晶玉を懐の中へと仕舞った。

「だってキミ、偉そうにしてるけどただの老いぼれじゃん? 特に能力もないのに歳食っただけで偉そうにしてさぁ……」
「な、に……ッ」
「そんなんじゃダメなんだよねぇ……。領主とお近付きになるきっかけをくれたから、そこは感謝だけど?」

 蝋細工のように青ざめていくブレンダンに向け、ルーナは軽い語調で言い放った。

「ダメだよぉ、怪しい占い師にべらべら内部事情話しちゃ」

 藍色の瞳から、光が失われる。
 フィーバスの方へと伸ばされたシワだらけの手が、だらりと床に落ちた。



 ***



「……で、さ」

 動かなくなった屍の傍ら、ルーナはフィーバスに問いかける。

「ボク、隠し部屋の場所は教えてないよね? どうしてここが分かったの?」

 ルーナの問いに対し、フィーバスはニコリと微笑む。

「僕はまだ、みたいに耄碌もうろくしてないんだ」
「ちぇー、やっぱり教えてくれないかぁ」

 やれやれと肩を竦め、ルーナは残念そうに言う。
 ローブの下から、一瞬、黒々とした瞳がフィーバスを睨んだ。

「……で、何のつもり?」
「……何が、かな」
「ディアナのこと。放ったらかしでいいの?」

 ディアナ。その名が出た瞬間、蒼い瞳の奥にくらい炎が宿る。

「……僕は領主だから、私情ばかりで動くわけにはいかないよ」
「さっすが、我慢強いねぇ」

 ローブのフードを深く被り直し、ケラケラと笑うルーナ。
 フィーバスはニコリと笑うと、転移魔術を発動し、ブレンダンの遺体をどこかへと移動させた。

「何が、ダメなんだろうね」

 屍を移動させると、今度は床の血痕に手をかざす。

「こんなに尽くしてるのに……」

 そのセリフだけは、地の底から響くような、重い響きをしていた。

「そういうとこでしょ~」

 ルーナはひたすらたのしそうに、「後始末」を見守っていた。
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