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第一章 真の恋の道は、茨の道である
第7話 デイヴィッド牧師
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翌朝、ディアナは特に変わらない様子でランドルフに声をかけた。
「おはよう。昨日伝えた通りだ。朝食を食べたらすぐに出立する」
昨晩の騒ぎなど一切気にしていないのか、平然としているディアナに対し、ランドルフは鈍い頭痛を覚える。
自分はあの後、昂った感情を鎮めるのに苦労したと言うのに……
朝食代わりの干し肉を胃に詰め込み、二人は家の前に停められた馬車へと乗り込む。
「で、現場は?」
「サン=クライムヒルだ」
「……おいおい、早速かよ」
村名に、嫌というほど聞き覚えがある。
ディアナが提示した村は、かつてランドルフが住んでいた村だった。
「とはいえ、もう住民はいない。数十年前の『魔獣騒ぎ』以降、誰も寄り付かない場所になった」
サラッと述べられる情報に、頭痛に加えて胃がキリキリ痛み出す。
その「魔獣騒ぎ」はつまり、ランドルフが引き起こした例の……
「魔獣退治の依頼は、隣村の教会が引き受けているらしい」
ランドルフが感傷に浸る暇もなく、ディアナは業務に関わる情報を淡々と述べていく。
「そりゃ、良い窓口だな。教会なら信頼されやすい」
「魔術革命」以降、かつて「神秘」とされていた現象が当たり前となり、教会の権威は下がる一方だ。
そんな情勢下であってもなお、人々が集まるコミュニティとして、教会が果たす役割は大きかった。
「それもあるが……牧師が魔獣の痕跡を視ることに長けている」
「……! その牧師、まさか……」
身を乗り出し、ランドルフは思い当たる名を口にする。
風の向き、足跡、気性の荒さ、怪我の具合……彼の観察眼は常に鋭く、友人として助力を頼んだことも珍しくなかった。
「デイヴィッドって名前じゃねぇか?」
「そうだ。よく知っているな」
「デイヴ……! あいつ、生きてたのか……!」
あれから数十年が経ったとの話だ。ランドルフと同年代だった友人も、とうに老いているだろう。
……それでも、かつての知人が存命中と知れたのは喜ばしい。
「生きて……。……いや、何でもない」
「……ん?」
ディアナの反応に妙な感覚を覚えつつ、ランドルフは目的地への到着を待った。
***
教会に辿り着くや否や、一人の牧師が迎えに現れた。
男は長い金髪を風に靡かせ、くわえた葉巻からも煙をくゆらせている。
その目立つ容姿を、見間違えるはずもなかった。
「デイヴ!?」
ランドルフは馬車から身を乗り出し、声をかける。
「あァ?」
ランドルフの声に、牧師は彼の方を向く。
端正な顔立ちも、棘のある琥珀の瞳も、かつてとほとんど変わらない。……琥珀の光がわずかに陰り、片方が失われていること以外は。
「……い、いや。さすがに息子か何かか……」
数十年経ってなお、何一つ変わらない風貌。
……さすがに、生きた人間でそれは考えにくい。
「ハッ……久しぶりにそのマヌケ面を拝めるたァな……」
だが、牧師はにやりと不敵に笑う。
指先に挟んだ葉巻でランドルフを指し、牧師……デイヴィッドは上機嫌にその名を口にした。
「とっくにくたばったと思ってたぜ。ランドルフ!」
「……! やっぱりデイヴなのか!?」
「ああ……」
詰襟のボタンを外し、牧師は自らの首元を露わにする。
青白い肌の上。首と胴体を繋ぐように赤黒い「縫い目」が走っていた。
「残念なことに、とっくにくたばったがな!」
「おはよう。昨日伝えた通りだ。朝食を食べたらすぐに出立する」
昨晩の騒ぎなど一切気にしていないのか、平然としているディアナに対し、ランドルフは鈍い頭痛を覚える。
自分はあの後、昂った感情を鎮めるのに苦労したと言うのに……
朝食代わりの干し肉を胃に詰め込み、二人は家の前に停められた馬車へと乗り込む。
「で、現場は?」
「サン=クライムヒルだ」
「……おいおい、早速かよ」
村名に、嫌というほど聞き覚えがある。
ディアナが提示した村は、かつてランドルフが住んでいた村だった。
「とはいえ、もう住民はいない。数十年前の『魔獣騒ぎ』以降、誰も寄り付かない場所になった」
サラッと述べられる情報に、頭痛に加えて胃がキリキリ痛み出す。
その「魔獣騒ぎ」はつまり、ランドルフが引き起こした例の……
「魔獣退治の依頼は、隣村の教会が引き受けているらしい」
ランドルフが感傷に浸る暇もなく、ディアナは業務に関わる情報を淡々と述べていく。
「そりゃ、良い窓口だな。教会なら信頼されやすい」
「魔術革命」以降、かつて「神秘」とされていた現象が当たり前となり、教会の権威は下がる一方だ。
そんな情勢下であってもなお、人々が集まるコミュニティとして、教会が果たす役割は大きかった。
「それもあるが……牧師が魔獣の痕跡を視ることに長けている」
「……! その牧師、まさか……」
身を乗り出し、ランドルフは思い当たる名を口にする。
風の向き、足跡、気性の荒さ、怪我の具合……彼の観察眼は常に鋭く、友人として助力を頼んだことも珍しくなかった。
「デイヴィッドって名前じゃねぇか?」
「そうだ。よく知っているな」
「デイヴ……! あいつ、生きてたのか……!」
あれから数十年が経ったとの話だ。ランドルフと同年代だった友人も、とうに老いているだろう。
……それでも、かつての知人が存命中と知れたのは喜ばしい。
「生きて……。……いや、何でもない」
「……ん?」
ディアナの反応に妙な感覚を覚えつつ、ランドルフは目的地への到着を待った。
***
教会に辿り着くや否や、一人の牧師が迎えに現れた。
男は長い金髪を風に靡かせ、くわえた葉巻からも煙をくゆらせている。
その目立つ容姿を、見間違えるはずもなかった。
「デイヴ!?」
ランドルフは馬車から身を乗り出し、声をかける。
「あァ?」
ランドルフの声に、牧師は彼の方を向く。
端正な顔立ちも、棘のある琥珀の瞳も、かつてとほとんど変わらない。……琥珀の光がわずかに陰り、片方が失われていること以外は。
「……い、いや。さすがに息子か何かか……」
数十年経ってなお、何一つ変わらない風貌。
……さすがに、生きた人間でそれは考えにくい。
「ハッ……久しぶりにそのマヌケ面を拝めるたァな……」
だが、牧師はにやりと不敵に笑う。
指先に挟んだ葉巻でランドルフを指し、牧師……デイヴィッドは上機嫌にその名を口にした。
「とっくにくたばったと思ってたぜ。ランドルフ!」
「……! やっぱりデイヴなのか!?」
「ああ……」
詰襟のボタンを外し、牧師は自らの首元を露わにする。
青白い肌の上。首と胴体を繋ぐように赤黒い「縫い目」が走っていた。
「残念なことに、とっくにくたばったがな!」
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