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第一章 真の恋の道は、茨の道である
第3話 ランドルフ・ハンター
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男は、昔から獣が好きだった。
身体の造りから習性、生態系に至るまで多くのことを知りたがり、時に触れ合うことを望んだ。
村人達はそれを微笑ましく見守っていた。
奇しくも「ハンター」という姓が、彼の……時に偏執的なまでの動物愛に、理由を与えてくれた。
ランドルフ・ハンターは、生粋の狩人だ……と。
ランドルフは人間に興味を示さなかったわけでも、人間を愛さなかったわけでもない。だからこそ、よほど近しい存在……それこそ親でさえなければ、誰もその異常性に気付けなかった。
ランドルフは獣を愛していた。
時に友のように親しみ、時に苦しみに共感して涙し、時に……美しい牝に恋をし、欲情した。
ランドルフは人間のことも、同じように愛していた。
人間も、獣の一種であったからだ。
***
「……くっ、ハハハハ!!! ようやく自由に楽しめるぜぇ!!!」
仲間を自ら殺したことが悲しくないわけではない。
知り合いが周りからいなくなったことに、孤独を感じないわけでもない。
誤って「呪い」を受け、多くの被害を生んだことには、もちろん罪悪感がある。
だが、ランドルフは、ずっと耐えていたのだ。
自らの欲望を、偽りなく解放する時を……
「さぁて、最初に出てきてくれるのはどんな子かねぇ? 野郎か? それとも淑女か?」
枝を尖らせただけの槍という、恐ろしく原始的な武器を手に、ランドルフは意気揚々と森を練り歩く。
元々、ランドルフは糧とするための「狩り」はそこまで好きではなかった。とはいえ、自分が相手の糧になるリスクを負い、対等な立場で行うのであれば「お互い様」と納得もできる。
そこから更に歳を経て一種の遊戯として捉えるようになってからは、愛する獣達と親交を深める手段の一種として癖になってきた……らしい。
「思う存分遊ぼうぜ、もう我慢しなくても良いんだからなぁ!!!」
彼が「魔獣狩り」に関して専門家と呼ばれたのは結果論だ。
「魔獣」は突発的な変異により本来の生態系から外れ、異常行動を起こす個体。……生かしておく方が、惨いことになる。
「可哀想に。俺が、すぐに楽にしてやるからな」……その暑苦しすぎるほどに手厚い慈愛が情熱となり、彼は魔獣狩りに日夜励んだ。人間の妻が愛想を尽かしたのは、そこにある邪な感情を見抜いていたから……なのかも、しれない。
自らの性癖をひた隠し、心に燃え滾る情熱を他者にも理解できる形で発散した結果、いつしか、ランドルフは熟練の狩人になっていた。
「どんな美女に出会えても、人間と獣じゃ交尾はできねぇ……とてもじゃないが、代償がデカすぎる。でも、代わりに狩りで遊んでやれる。糧となり血肉となるのは、交尾よりも深い交わりだ……。……ハハッ、興奮してきたぜぇ!!!」
かつて、唯一彼の嗜好を知る友人はこう語った。
──マジでねぇわ
牧師だったその友人は、ランドルフが呪いで魔獣と化した際、傍に一切近寄らなかった。
……理解していたのだ。ランドルフが必死に秘めていた、狂おしいばかりの欲望を。
「呪い」の真相を──
数多の魔獣を狩り、熟練の狩人と呼ばれたとしても、その相手が特別な相手となると話は変わってくる。
意思疎通が難しい以上、恋人と称することには無理があるかもしれないが、ランドルフが好みの牝と森で逢瀬を重ねることは珍しくなかった。
もちろん、他人に本心は打ち明けない。「あら、その鹿さん、よく懐いているのね。可愛らしいわぁ」……などと褒められるぐらいでなければ、世間体が悪いどころの騒ぎではない。
魔術による生態系破壊は、ランドルフの当時の「恋人」を魔獣に変質させた。
だから、殺すことを躊躇してしまった。だから、絶対にやってはいけないことと知りながら、屍肉を喰らわずにはいられなかった。だから、自身の魔獣化への対処も遅れた。
ランドルフは亡き恋人(※人ではない)と同じ「呪い」に蝕まれたことを、どこかで喜んでしまったのだ。
尖った枝に貫かれたウサギに頬擦りをし、ランドルフは森の方へと振り返る。
「楽しかったぜお前ら! また遊ぼうな……!」
森がザワザワと吹き抜けた風に揺れる。
二度と来るな……という、悲痛な叫びのようにも見えなくもなかった。
収穫を手に、ランドルフは意気揚々と小屋の方へと戻る。
「……とと。あいつの前では大人しくしねぇとな」
正直、ディアナは好みだ。彼女は人間でもあり、獣でもある。しかも美しい。もはや、理想の女性と言っても過言ではなかった。
だが、ランドルフは臆病になっていた。かつて愛ゆえに彼は愛する人(※人ではない)を無為に苦しめ、自分を信頼してくれていた村人達を裏切ることになったのだ。
それに、ディアナは狩人としてのランドルフを信頼してくれている。……自らにかけられた、不死の呪いを解くことができる相手だと。
「しかし……殺してくれ、ねぇ……」
物騒な言葉に似合わず、彼女の言葉はあまりにも淡々としていた。
絶望も、苦悩も感じ取れない……いや、感じさせない無機質な声で、彼女は自らを「殺す」ことを望んだ。
「……」
扉を叩こうとする手が、空中で止まる。
彼女の身の上は? 「不死の呪い」を受けているとはいえ、なぜ、わざわざ「殺される」ことを望む?
考えれば考えるほど、うかつな行動が躊躇われた。
ランドルフは変態ではあるが、血も涙も、愛も情も、人並みに存在するのだ。
「……寝かしておいてやるか」
獲ったばかりのウサギを優しく撫で、ランドルフは踵を返す。
大した設備がなくとも、火を起こせば調理はできる。相手が疲れているのなら、調理後の食材を持ち帰って食べさせればいい。
はぁ、と大きなため息が漏れる。
ガシガシと頭を掻きつつ、ランドルフは焚き火のしやすそうな場所を探しに行った。
身体の造りから習性、生態系に至るまで多くのことを知りたがり、時に触れ合うことを望んだ。
村人達はそれを微笑ましく見守っていた。
奇しくも「ハンター」という姓が、彼の……時に偏執的なまでの動物愛に、理由を与えてくれた。
ランドルフ・ハンターは、生粋の狩人だ……と。
ランドルフは人間に興味を示さなかったわけでも、人間を愛さなかったわけでもない。だからこそ、よほど近しい存在……それこそ親でさえなければ、誰もその異常性に気付けなかった。
ランドルフは獣を愛していた。
時に友のように親しみ、時に苦しみに共感して涙し、時に……美しい牝に恋をし、欲情した。
ランドルフは人間のことも、同じように愛していた。
人間も、獣の一種であったからだ。
***
「……くっ、ハハハハ!!! ようやく自由に楽しめるぜぇ!!!」
仲間を自ら殺したことが悲しくないわけではない。
知り合いが周りからいなくなったことに、孤独を感じないわけでもない。
誤って「呪い」を受け、多くの被害を生んだことには、もちろん罪悪感がある。
だが、ランドルフは、ずっと耐えていたのだ。
自らの欲望を、偽りなく解放する時を……
「さぁて、最初に出てきてくれるのはどんな子かねぇ? 野郎か? それとも淑女か?」
枝を尖らせただけの槍という、恐ろしく原始的な武器を手に、ランドルフは意気揚々と森を練り歩く。
元々、ランドルフは糧とするための「狩り」はそこまで好きではなかった。とはいえ、自分が相手の糧になるリスクを負い、対等な立場で行うのであれば「お互い様」と納得もできる。
そこから更に歳を経て一種の遊戯として捉えるようになってからは、愛する獣達と親交を深める手段の一種として癖になってきた……らしい。
「思う存分遊ぼうぜ、もう我慢しなくても良いんだからなぁ!!!」
彼が「魔獣狩り」に関して専門家と呼ばれたのは結果論だ。
「魔獣」は突発的な変異により本来の生態系から外れ、異常行動を起こす個体。……生かしておく方が、惨いことになる。
「可哀想に。俺が、すぐに楽にしてやるからな」……その暑苦しすぎるほどに手厚い慈愛が情熱となり、彼は魔獣狩りに日夜励んだ。人間の妻が愛想を尽かしたのは、そこにある邪な感情を見抜いていたから……なのかも、しれない。
自らの性癖をひた隠し、心に燃え滾る情熱を他者にも理解できる形で発散した結果、いつしか、ランドルフは熟練の狩人になっていた。
「どんな美女に出会えても、人間と獣じゃ交尾はできねぇ……とてもじゃないが、代償がデカすぎる。でも、代わりに狩りで遊んでやれる。糧となり血肉となるのは、交尾よりも深い交わりだ……。……ハハッ、興奮してきたぜぇ!!!」
かつて、唯一彼の嗜好を知る友人はこう語った。
──マジでねぇわ
牧師だったその友人は、ランドルフが呪いで魔獣と化した際、傍に一切近寄らなかった。
……理解していたのだ。ランドルフが必死に秘めていた、狂おしいばかりの欲望を。
「呪い」の真相を──
数多の魔獣を狩り、熟練の狩人と呼ばれたとしても、その相手が特別な相手となると話は変わってくる。
意思疎通が難しい以上、恋人と称することには無理があるかもしれないが、ランドルフが好みの牝と森で逢瀬を重ねることは珍しくなかった。
もちろん、他人に本心は打ち明けない。「あら、その鹿さん、よく懐いているのね。可愛らしいわぁ」……などと褒められるぐらいでなければ、世間体が悪いどころの騒ぎではない。
魔術による生態系破壊は、ランドルフの当時の「恋人」を魔獣に変質させた。
だから、殺すことを躊躇してしまった。だから、絶対にやってはいけないことと知りながら、屍肉を喰らわずにはいられなかった。だから、自身の魔獣化への対処も遅れた。
ランドルフは亡き恋人(※人ではない)と同じ「呪い」に蝕まれたことを、どこかで喜んでしまったのだ。
尖った枝に貫かれたウサギに頬擦りをし、ランドルフは森の方へと振り返る。
「楽しかったぜお前ら! また遊ぼうな……!」
森がザワザワと吹き抜けた風に揺れる。
二度と来るな……という、悲痛な叫びのようにも見えなくもなかった。
収穫を手に、ランドルフは意気揚々と小屋の方へと戻る。
「……とと。あいつの前では大人しくしねぇとな」
正直、ディアナは好みだ。彼女は人間でもあり、獣でもある。しかも美しい。もはや、理想の女性と言っても過言ではなかった。
だが、ランドルフは臆病になっていた。かつて愛ゆえに彼は愛する人(※人ではない)を無為に苦しめ、自分を信頼してくれていた村人達を裏切ることになったのだ。
それに、ディアナは狩人としてのランドルフを信頼してくれている。……自らにかけられた、不死の呪いを解くことができる相手だと。
「しかし……殺してくれ、ねぇ……」
物騒な言葉に似合わず、彼女の言葉はあまりにも淡々としていた。
絶望も、苦悩も感じ取れない……いや、感じさせない無機質な声で、彼女は自らを「殺す」ことを望んだ。
「……」
扉を叩こうとする手が、空中で止まる。
彼女の身の上は? 「不死の呪い」を受けているとはいえ、なぜ、わざわざ「殺される」ことを望む?
考えれば考えるほど、うかつな行動が躊躇われた。
ランドルフは変態ではあるが、血も涙も、愛も情も、人並みに存在するのだ。
「……寝かしておいてやるか」
獲ったばかりのウサギを優しく撫で、ランドルフは踵を返す。
大した設備がなくとも、火を起こせば調理はできる。相手が疲れているのなら、調理後の食材を持ち帰って食べさせればいい。
はぁ、と大きなため息が漏れる。
ガシガシと頭を掻きつつ、ランドルフは焚き火のしやすそうな場所を探しに行った。
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