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災禍の夏
後編 罪人が二人※
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「そういえば、兄君から手紙が届いていてね」
牢に入ってどれほど経った頃か、よく覚えていない。
ただ……訪れたエマヌエルが、上機嫌に笑っていたことを、嫌に覚えている。
手足を拘束された私に向け、エマヌエルはひらひらと封書を見せつける。既に開かれた封を摘まみ、もったいぶるように中から手紙を取り出した。
口角を吊り上げ、切れ長の目をさらに細めて、私に内容を見せつけるように手紙を開く。
「中を改めさせてもらったが……どうやら、君は見捨てられたようだ」
痩せぎすの指先が、手紙の文章をなぞる。
「情けないことだが、私はお前を見捨てる他ない。……すまない」と……確かに、兄上の文字で書かれていた。
「……そうですか」
分かりきっていたことだったが、ショックを受けたことも否定はできない。
とはいえ、吸血衝動に耐え続けた肉体は既に疲れ果てており、ろくな反応を返せずにいた。それがエマヌエルを喜ばせたのか落胆させたのか、私には判断できない。
「逃げたいかね?」
その言葉は、あまりに唐突だった。
「その若さで、死にたくはないだろう?」
悪巧みをするように顔を近づけ、エマヌエルは囁く。
下卑た笑みを浮かべる唇の間から、ちろちろと赤い舌が覗いていた。……まるで、「創世記」に描かれた蛇のように。
「何が、目的なのですか」
私は、既に処刑を受け入れる心づもりでいた。
下手に動けば、家族にまで危害が及びかねない。
エマヌエルは立場に甘んじ、隠れて他者を虐げる男だ。……聖職者らしからぬ、魂の腐った男だ。どんな取引を持ちかけられようが、突っぱねなくてはならない。……はずだった。
「しゃぶれ」
その言葉に……耳元で舐るように放たれた命令に、ぞわりと鳥肌が立った。
「看守も、協力してくれるらしい。……君が、愉しませてくれるならの話だが」
以前と、似たような感覚だった。
身体が固まり、動くことができない。
要求を突っぱねるだけのはずなのに、声が、出せない。
鎖で拘束されているのは手足だけだと言うのに、喉が絞められたかのように、息苦しい。
「もちろん、君も『共犯』だ。わかっているだろうな」
付き添いの、助祭らしき青年にも語りかけ、エマヌエルはゆっくりと近づいてくる。
濁った黄土色の瞳が、私を見下ろして妖しく光る。
撫で付けられた栗色の髪には、多くの白髪が混じっており、その年齢を伺わせる。
だが、目の前にさらけ出されたモノは若々しく……いいや、年甲斐もなく、膨張して黒光りをし、先端からだらだらと先走りを溢れさせていた。
「拘束を解いてやりなさい」
弟子にそう語りかけているのは、私を逃がすためではなく……
「彼に、拘束具を使う必要は無い」
がちゃり、と、鎖の外れる音がした。
痩せぎすの指が私の顎を掴み、無理やり顔を持ち上げる。
「見たまえ。もう、男を知っている顔だ」
逃げなければ。
「これは、必要な教育だ」
この、声から。
「世の中は醜く、欺瞞に満ちている。それは抗いようもない現実だ」
一刻も早く。
「だから、不条理を受け入れられるよう、教え込む必要があるのだよ……」
逃げ出さなければ──
気が付けば、無我夢中で森の中を走り抜けていた。
「う……っ、ぐ、ぉえ……! ゴホッ、ゲホッ」
血や胃液と共に、白濁が地面に飛び散る。脚にも、似たような粘度の何かが伝っている。
ぽつり、ぽつりと雨が降り出し、やがて、土砂降りへと変わる。足元が悪くはなるが、陽の光が厭わしい私にとっては、むしろありがたかった。
降り注ぐ雨は、頬や身体の血を洗い流し、地面へと落ちていく。
それが私の血なのか、他の「誰か」の血なのか……もはや、分からない。
「ぅ、えぇ……っ、はぁ……は……ぁ……」
どれだけ吐いても、胸元の不快感が治まらない。
殴打された痕や裂けた傷はみるみるうちに癒え、自らがヒトでなくなったことを嫌でも突き付けられた。
「……ぁ、く……っ、────────ッ!」
拳が破れるのも構わず、地面を叩いた。砂利により傷付いた手は、拍子抜けするほど簡単に元の姿へと戻る。
憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
頭の中を怒りと憎悪が埋め尽くす。
誰かの足音が近付いてくる。
──殺してやればいい
「……ッ、主よ……お赦しを……」
湧き上がった殺意を押し殺し、ロザリオを握り締めた。
よく聞けば、足音は人間にしては軽い。慎重に辺りを探れば、餌を探す野ウサギが茂みに隠れていた。
安堵している暇はない。
追手に見つかる前に、逃げなければ。
どこか、遠くへ……。
……どこに?
いったい……どこに、行けばいいというのだ。
ふらふらと、当てどもなくさまよい、辿り着いたのは件の教会だった。
死体は既になく、血痕も洗い流されてはいたが、掃除の後は誰も訪れなくなったのだろう。夜の帳に包まれ、礼拝堂内は寂しく静まり返っていた。
突如、立ち尽くす私の腕を、誰かが掴んだ。
……悪夢はいつも、そこで終わりを告げる。
***
「ヴィル」
「貴様は、私を犯せるのだろう」
「……すべて、忘れさせろ」
眠る度に繰り返される悪夢に耐えかね、抱かれることを願ったのは私だった。
ヴィルはしばし葛藤する様子を見せていたが……やがて、静かに私を抱き締め、「まずは慣らしましょ」と言った。
そうして、私は自ら罪を犯した。
悪夢から逃れるために、……身を灼くほどの怒りと憎しみを忘れるために、快楽を欲したのだ。
***
ヴィルに愛撫された男根が熱く火照り、大きく膨らむ。
尻の穴に、また、指が入ってくる。
「……ッ、うぅ!?」
先ほど感じた刺激が、今度は確かな快感となって脳天を走り抜けた。
呆気なく精を吐き出した私の耳元に、ヴィルの吐息が触れる。
「次は……もっと、気持ち良くなれそうっすね」
舌なめずりをする音が、私の理性を崩していく。
背中に触れるヴィルの「それ」が、たまらなく欲しくなる。
本能に導かれるまま、体勢を変え、そそり立つ幹に舌を這わせた。
「え、ちょ……っ!」
「ん……む、ぅう……」
先端をぺろぺろと舐めるとびくりと脈打ち、興奮しているのがこちらにも伝わってくる。
「……っ、は……。ダメっすよ、神父様……っ。そんなことされちゃ……オレ……!」
どうにか理性で抑えようとしているのか、荒い吐息の混じった声が頭上から降ってくる。
余裕のない姿が、無性に愛おしくなった。
「……飲みたいんすか? オレの、精液」
「……! う……」
直接的に問われて、思わず顔が熱くなる。
ヴィルはニヤニヤと笑いながら、「わかりました」と頷いた。
「いっぱい、出すんで……っ、お腹いっぱい、飲んで……ッ、くだ、さい……!」
ヴィルに手ずから扱かれて張り詰めた肉棒を、思い切って咥え込む。
舌を絡めると熱く張った性器がびくびくと震え、口の中がヴィルの精で満たされる。
濃厚な雄の香りが口腔内に溢れるが、不快感はなく、むしろ癖になりそうな味で喉越しも悪くない。
吐くほど不愉快な行為だったはずなのに、相手がヴィルであるというだけで、以前の感覚とはまったく違う。
「……うわ……えっろ……」
我に返ると、まじまじと見つめられていた。
途端に羞恥心が蘇り、顔から火が出そうになる。
冷静に考えれば、私は今、男の性器を咥えて一心不乱に舐めていたということで……
「……ッ、余計なことを言うな、愚か者!」
「ええー」
毛布を頭から被り、高鳴る心臓と真っ赤になった顔をどうにか誤魔化した。
「またヤりましょ。オレ、神父様といっぱいセックスしたいです」
ヴィルが能天気に抱き着いてくるが、心臓の音を聞かれたくないので引き剥がした。
「ううー……冷たい……」
「……主よ、お赦しください……」
「別にさぁ、神父様がケツで気持ち良くなっても誰も困らねぇっしょ。オレはむしろ幸せになれるし……」
「黙れ」
以前と違い、私はヴィルに優しくできなくなった。
解き放たねばと思っているからだ……が、もう一つ、大きな理由がある。
「チンコは、指で慣らしてケツで感じるようになってから挿れましょ。そっちのが開発できるって昔の知り合いが言ってたんで」
「……一体、どんな知り合いなのだ……?」
「えーと、盗賊団の頭で……。……あー……まあ、うん、気にしなくていいです! 昔の話なんで! そんなすっげぇ悪さしてたとかじゃないっすよ! マジで!」
「…………。深くは聞かんが、悔い改めろ」
私は、ヴィルと過ごすことに安らぎを覚えている。……心に負った傷も、少しずつではあるが、確かに癒されている。
そして……
「と、とにかく……! オレ、神父様に頼ってもらえてめちゃめちゃ嬉しいっす。これからも、しんどかったらいつでも頼ってください!」
間違いなく、私はヴィルに惹かれつつある。
……だが、私はまだ、この感情を恋や愛だとは認められない。
「……私は寝る。くれぐれも寝ている間に犯したりはするな」
ベッドに身を横たえ、赤くなった顔を見られないよう、そっぽを向く。
「そ、そんなことしねぇし!」
「どうだかな。……私の『死体』を犯したのだろう」
「う……っ」
済まない、ヴィル。
私は、おまえの想いに応えられない。
解き放ってやることも、正しい道に導くこともできない。
……そんな私を、許さなくていい。
「だが……その……悪夢を見たら……また……また、何か頼んでも、構わないか……?」
「……! 全然いいっすよ! なんなら話聞くとか寝る前のキスとか、エッチなこと以外でもアリだし……。エッチなことのが嬉しいけど!」
「……貴様の言う接吻は、性的なことだろう」
「えっ、唇にチュッとするだけなのに!?」
「いや、性的なことだろう……」
どうか……今だけは、隣にいて欲しい。
「そっかぁ……。ま、いいや。やりたいこと、考えといてください。ちなみにオレは、いつでも神父様とセックスしたいです!」
「お、愚か者! 貴様、先程から正直にも程があるだろう……!」
今だけは。
どうか、笑えなくなった私の代わりに、笑っていてくれないか。
***
温もりに寄り添われたまま、眠りに落ちる。
悪夢の続きへと誘われていく。
立ち尽くす私の腕を掴んだのは、かつての襲撃犯でもエマヌエルでもなかった。
「神父様、どこ行ってたんすか! 探したんですよ!?」
見覚えのある亜麻色の髪、大きな傷のある精悍な顔、茶色の瞳……。
会いたかったような、会いたくなかったような……複雑な感情が押し寄せ、言葉にならない。
「いや、色々迷ったんすけどね、血飲めなくて飢えてんじゃねぇかなぁ……とか、色々考えると放っとけなくて……」
言い訳がましく早口で語りながら、ヴィルは左右に目を泳がせた。
掴んでいる手に、確かな執着を感じる。……強さの問題ではなく、逃がしたくない、離したくない……そんな未練が伝わってくるのだ。
「牢に繋がれていた」
隠す意味もないので、「どこに行っていた」という問いには正直に答えておく。
「うぇえっ!?」
ヴィルは私の答えが余程予想外だったのか、間抜けな声を上げ、目を見開いた。
「……どうにか、逃げ出したところだ。行く宛てもない」
「た、大変じゃないですか! ……あ、じゃあ……いっそのこと……いや、その……」
ヴィルは慌てながらも何かを提案しようとする……が、即座に言い淀み、視線を左右にうろうろとさまよわせ始めた。
「……いっそのこと、何だ」
私が追求すると、ヴィルは顔を耳まで真っ赤にする。
「え、ええっと……オレと一緒に逃げませんか……なんっつって」
赤く染まった頬をポリポリと書きながら、ヴィルは驚くほどに軽い口調で、愚かな提案を持ちかけてきた。
「私は、吸血鬼……に、なったとされている」
「知ってますけど」
「逃げるために、おそらく誰かを殺した」
「仕方ないでしょ」
「捕まれば、処刑される身だ」
「オレもそんな感じです」
「すぐにでも、追手が差し向けられるだろう。……これからは、『化け物』を殺すような相手と戦わねばならない」
自分の状況に関して、驚くほど淡白に言葉が紡がれていく。
内心、受け入れているとは言い難いが、態度だけは自分でも驚く程に冷静だった。
「大丈夫です。オレが護りますから!」
そう言って、ヴィルは私の手を握り、軽く自分の方へと引っ張る。
朗らかな笑みだった。
向かう先は、私のために多くを犠牲にする道だと言うのに……だ。
「……愚かな」
嗚呼。本当に、愚かな選択だ。
それなのに、あんなにも朗らかに、嬉しそうに笑って……
そんなおまえに、どれだけ救われたことか。
唇を噛み締め、堪えなければ、涙が溢れ出していたかもしれない。
「服の替え、まだ残ってそうっすかね。必要なもの漁ったら、すぐ出発しましょ!」
「……ああ」
そうして、私は手を引かれるまま、ヴィルと共に闇夜へと走り出した。
果てのない絶望の中、たった一つの希望に縋るように。
たとえ、それが堕ちていく道だったとしても、だ。
……ヴィル。おまえの隣は、居心地がいい。
牢に入ってどれほど経った頃か、よく覚えていない。
ただ……訪れたエマヌエルが、上機嫌に笑っていたことを、嫌に覚えている。
手足を拘束された私に向け、エマヌエルはひらひらと封書を見せつける。既に開かれた封を摘まみ、もったいぶるように中から手紙を取り出した。
口角を吊り上げ、切れ長の目をさらに細めて、私に内容を見せつけるように手紙を開く。
「中を改めさせてもらったが……どうやら、君は見捨てられたようだ」
痩せぎすの指先が、手紙の文章をなぞる。
「情けないことだが、私はお前を見捨てる他ない。……すまない」と……確かに、兄上の文字で書かれていた。
「……そうですか」
分かりきっていたことだったが、ショックを受けたことも否定はできない。
とはいえ、吸血衝動に耐え続けた肉体は既に疲れ果てており、ろくな反応を返せずにいた。それがエマヌエルを喜ばせたのか落胆させたのか、私には判断できない。
「逃げたいかね?」
その言葉は、あまりに唐突だった。
「その若さで、死にたくはないだろう?」
悪巧みをするように顔を近づけ、エマヌエルは囁く。
下卑た笑みを浮かべる唇の間から、ちろちろと赤い舌が覗いていた。……まるで、「創世記」に描かれた蛇のように。
「何が、目的なのですか」
私は、既に処刑を受け入れる心づもりでいた。
下手に動けば、家族にまで危害が及びかねない。
エマヌエルは立場に甘んじ、隠れて他者を虐げる男だ。……聖職者らしからぬ、魂の腐った男だ。どんな取引を持ちかけられようが、突っぱねなくてはならない。……はずだった。
「しゃぶれ」
その言葉に……耳元で舐るように放たれた命令に、ぞわりと鳥肌が立った。
「看守も、協力してくれるらしい。……君が、愉しませてくれるならの話だが」
以前と、似たような感覚だった。
身体が固まり、動くことができない。
要求を突っぱねるだけのはずなのに、声が、出せない。
鎖で拘束されているのは手足だけだと言うのに、喉が絞められたかのように、息苦しい。
「もちろん、君も『共犯』だ。わかっているだろうな」
付き添いの、助祭らしき青年にも語りかけ、エマヌエルはゆっくりと近づいてくる。
濁った黄土色の瞳が、私を見下ろして妖しく光る。
撫で付けられた栗色の髪には、多くの白髪が混じっており、その年齢を伺わせる。
だが、目の前にさらけ出されたモノは若々しく……いいや、年甲斐もなく、膨張して黒光りをし、先端からだらだらと先走りを溢れさせていた。
「拘束を解いてやりなさい」
弟子にそう語りかけているのは、私を逃がすためではなく……
「彼に、拘束具を使う必要は無い」
がちゃり、と、鎖の外れる音がした。
痩せぎすの指が私の顎を掴み、無理やり顔を持ち上げる。
「見たまえ。もう、男を知っている顔だ」
逃げなければ。
「これは、必要な教育だ」
この、声から。
「世の中は醜く、欺瞞に満ちている。それは抗いようもない現実だ」
一刻も早く。
「だから、不条理を受け入れられるよう、教え込む必要があるのだよ……」
逃げ出さなければ──
気が付けば、無我夢中で森の中を走り抜けていた。
「う……っ、ぐ、ぉえ……! ゴホッ、ゲホッ」
血や胃液と共に、白濁が地面に飛び散る。脚にも、似たような粘度の何かが伝っている。
ぽつり、ぽつりと雨が降り出し、やがて、土砂降りへと変わる。足元が悪くはなるが、陽の光が厭わしい私にとっては、むしろありがたかった。
降り注ぐ雨は、頬や身体の血を洗い流し、地面へと落ちていく。
それが私の血なのか、他の「誰か」の血なのか……もはや、分からない。
「ぅ、えぇ……っ、はぁ……は……ぁ……」
どれだけ吐いても、胸元の不快感が治まらない。
殴打された痕や裂けた傷はみるみるうちに癒え、自らがヒトでなくなったことを嫌でも突き付けられた。
「……ぁ、く……っ、────────ッ!」
拳が破れるのも構わず、地面を叩いた。砂利により傷付いた手は、拍子抜けするほど簡単に元の姿へと戻る。
憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
頭の中を怒りと憎悪が埋め尽くす。
誰かの足音が近付いてくる。
──殺してやればいい
「……ッ、主よ……お赦しを……」
湧き上がった殺意を押し殺し、ロザリオを握り締めた。
よく聞けば、足音は人間にしては軽い。慎重に辺りを探れば、餌を探す野ウサギが茂みに隠れていた。
安堵している暇はない。
追手に見つかる前に、逃げなければ。
どこか、遠くへ……。
……どこに?
いったい……どこに、行けばいいというのだ。
ふらふらと、当てどもなくさまよい、辿り着いたのは件の教会だった。
死体は既になく、血痕も洗い流されてはいたが、掃除の後は誰も訪れなくなったのだろう。夜の帳に包まれ、礼拝堂内は寂しく静まり返っていた。
突如、立ち尽くす私の腕を、誰かが掴んだ。
……悪夢はいつも、そこで終わりを告げる。
***
「ヴィル」
「貴様は、私を犯せるのだろう」
「……すべて、忘れさせろ」
眠る度に繰り返される悪夢に耐えかね、抱かれることを願ったのは私だった。
ヴィルはしばし葛藤する様子を見せていたが……やがて、静かに私を抱き締め、「まずは慣らしましょ」と言った。
そうして、私は自ら罪を犯した。
悪夢から逃れるために、……身を灼くほどの怒りと憎しみを忘れるために、快楽を欲したのだ。
***
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尻の穴に、また、指が入ってくる。
「……ッ、うぅ!?」
先ほど感じた刺激が、今度は確かな快感となって脳天を走り抜けた。
呆気なく精を吐き出した私の耳元に、ヴィルの吐息が触れる。
「次は……もっと、気持ち良くなれそうっすね」
舌なめずりをする音が、私の理性を崩していく。
背中に触れるヴィルの「それ」が、たまらなく欲しくなる。
本能に導かれるまま、体勢を変え、そそり立つ幹に舌を這わせた。
「え、ちょ……っ!」
「ん……む、ぅう……」
先端をぺろぺろと舐めるとびくりと脈打ち、興奮しているのがこちらにも伝わってくる。
「……っ、は……。ダメっすよ、神父様……っ。そんなことされちゃ……オレ……!」
どうにか理性で抑えようとしているのか、荒い吐息の混じった声が頭上から降ってくる。
余裕のない姿が、無性に愛おしくなった。
「……飲みたいんすか? オレの、精液」
「……! う……」
直接的に問われて、思わず顔が熱くなる。
ヴィルはニヤニヤと笑いながら、「わかりました」と頷いた。
「いっぱい、出すんで……っ、お腹いっぱい、飲んで……ッ、くだ、さい……!」
ヴィルに手ずから扱かれて張り詰めた肉棒を、思い切って咥え込む。
舌を絡めると熱く張った性器がびくびくと震え、口の中がヴィルの精で満たされる。
濃厚な雄の香りが口腔内に溢れるが、不快感はなく、むしろ癖になりそうな味で喉越しも悪くない。
吐くほど不愉快な行為だったはずなのに、相手がヴィルであるというだけで、以前の感覚とはまったく違う。
「……うわ……えっろ……」
我に返ると、まじまじと見つめられていた。
途端に羞恥心が蘇り、顔から火が出そうになる。
冷静に考えれば、私は今、男の性器を咥えて一心不乱に舐めていたということで……
「……ッ、余計なことを言うな、愚か者!」
「ええー」
毛布を頭から被り、高鳴る心臓と真っ赤になった顔をどうにか誤魔化した。
「またヤりましょ。オレ、神父様といっぱいセックスしたいです」
ヴィルが能天気に抱き着いてくるが、心臓の音を聞かれたくないので引き剥がした。
「ううー……冷たい……」
「……主よ、お赦しください……」
「別にさぁ、神父様がケツで気持ち良くなっても誰も困らねぇっしょ。オレはむしろ幸せになれるし……」
「黙れ」
以前と違い、私はヴィルに優しくできなくなった。
解き放たねばと思っているからだ……が、もう一つ、大きな理由がある。
「チンコは、指で慣らしてケツで感じるようになってから挿れましょ。そっちのが開発できるって昔の知り合いが言ってたんで」
「……一体、どんな知り合いなのだ……?」
「えーと、盗賊団の頭で……。……あー……まあ、うん、気にしなくていいです! 昔の話なんで! そんなすっげぇ悪さしてたとかじゃないっすよ! マジで!」
「…………。深くは聞かんが、悔い改めろ」
私は、ヴィルと過ごすことに安らぎを覚えている。……心に負った傷も、少しずつではあるが、確かに癒されている。
そして……
「と、とにかく……! オレ、神父様に頼ってもらえてめちゃめちゃ嬉しいっす。これからも、しんどかったらいつでも頼ってください!」
間違いなく、私はヴィルに惹かれつつある。
……だが、私はまだ、この感情を恋や愛だとは認められない。
「……私は寝る。くれぐれも寝ている間に犯したりはするな」
ベッドに身を横たえ、赤くなった顔を見られないよう、そっぽを向く。
「そ、そんなことしねぇし!」
「どうだかな。……私の『死体』を犯したのだろう」
「う……っ」
済まない、ヴィル。
私は、おまえの想いに応えられない。
解き放ってやることも、正しい道に導くこともできない。
……そんな私を、許さなくていい。
「だが……その……悪夢を見たら……また……また、何か頼んでも、構わないか……?」
「……! 全然いいっすよ! なんなら話聞くとか寝る前のキスとか、エッチなこと以外でもアリだし……。エッチなことのが嬉しいけど!」
「……貴様の言う接吻は、性的なことだろう」
「えっ、唇にチュッとするだけなのに!?」
「いや、性的なことだろう……」
どうか……今だけは、隣にいて欲しい。
「そっかぁ……。ま、いいや。やりたいこと、考えといてください。ちなみにオレは、いつでも神父様とセックスしたいです!」
「お、愚か者! 貴様、先程から正直にも程があるだろう……!」
今だけは。
どうか、笑えなくなった私の代わりに、笑っていてくれないか。
***
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悪夢の続きへと誘われていく。
立ち尽くす私の腕を掴んだのは、かつての襲撃犯でもエマヌエルでもなかった。
「神父様、どこ行ってたんすか! 探したんですよ!?」
見覚えのある亜麻色の髪、大きな傷のある精悍な顔、茶色の瞳……。
会いたかったような、会いたくなかったような……複雑な感情が押し寄せ、言葉にならない。
「いや、色々迷ったんすけどね、血飲めなくて飢えてんじゃねぇかなぁ……とか、色々考えると放っとけなくて……」
言い訳がましく早口で語りながら、ヴィルは左右に目を泳がせた。
掴んでいる手に、確かな執着を感じる。……強さの問題ではなく、逃がしたくない、離したくない……そんな未練が伝わってくるのだ。
「牢に繋がれていた」
隠す意味もないので、「どこに行っていた」という問いには正直に答えておく。
「うぇえっ!?」
ヴィルは私の答えが余程予想外だったのか、間抜けな声を上げ、目を見開いた。
「……どうにか、逃げ出したところだ。行く宛てもない」
「た、大変じゃないですか! ……あ、じゃあ……いっそのこと……いや、その……」
ヴィルは慌てながらも何かを提案しようとする……が、即座に言い淀み、視線を左右にうろうろとさまよわせ始めた。
「……いっそのこと、何だ」
私が追求すると、ヴィルは顔を耳まで真っ赤にする。
「え、ええっと……オレと一緒に逃げませんか……なんっつって」
赤く染まった頬をポリポリと書きながら、ヴィルは驚くほどに軽い口調で、愚かな提案を持ちかけてきた。
「私は、吸血鬼……に、なったとされている」
「知ってますけど」
「逃げるために、おそらく誰かを殺した」
「仕方ないでしょ」
「捕まれば、処刑される身だ」
「オレもそんな感じです」
「すぐにでも、追手が差し向けられるだろう。……これからは、『化け物』を殺すような相手と戦わねばならない」
自分の状況に関して、驚くほど淡白に言葉が紡がれていく。
内心、受け入れているとは言い難いが、態度だけは自分でも驚く程に冷静だった。
「大丈夫です。オレが護りますから!」
そう言って、ヴィルは私の手を握り、軽く自分の方へと引っ張る。
朗らかな笑みだった。
向かう先は、私のために多くを犠牲にする道だと言うのに……だ。
「……愚かな」
嗚呼。本当に、愚かな選択だ。
それなのに、あんなにも朗らかに、嬉しそうに笑って……
そんなおまえに、どれだけ救われたことか。
唇を噛み締め、堪えなければ、涙が溢れ出していたかもしれない。
「服の替え、まだ残ってそうっすかね。必要なもの漁ったら、すぐ出発しましょ!」
「……ああ」
そうして、私は手を引かれるまま、ヴィルと共に闇夜へと走り出した。
果てのない絶望の中、たった一つの希望に縋るように。
たとえ、それが堕ちていく道だったとしても、だ。
……ヴィル。おまえの隣は、居心地がいい。
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