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第二章 苦闘の冬

第6話「されど傷は深く」※

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 マリアさんって名前は洗礼名で、本名は覚えていないらしい。オレと同じで、孤児だったそうだ。
 そもそも洗礼名が何かよく分からねぇんだけど、どうやら神父様も持ってる名前っぽい……?

「ほんとに良いんすか。置いてもらっちゃって」

 手伝いを頼まれたので山積みの本を運びつつ、話してみる。

「ええ……。とはいえ、あまり長くは置いておけません。……申し訳ないのですが、『食事』について隠し通すのには限界があります」
「……だよなぁ」

 2~3日なら泊めてくれるっぽいし、当然、その間(栄養補給以外の)セックスは我慢だ。神父様の傷も癒えてないし、無理はさせられない。

「……あなた方を見ていると、昔の知り合いを思い出します」
「知り合い? どんな人?」
「いつの間にか孤児に紛れていた盗賊の男の子に、貴族に貰われていった男の子……ですね」
「お、オレは盗賊とかじゃないっすよ! マジで!」
「そういうことにしておきます」

 経験ってのはバカにできなくて、オレが言い訳すればするほど見透かされてる気分になる。
 神父様に言うと「貴様がわかりやすいのだ」って一蹴されたけど……。

「……貴族に貰われて行った子は……そう、ね。ちょうどあなた方くらいの年齢で、断頭台の露と散りました」
「それ……処刑されたってこと?」
「ええ……灰色の目の子でした。優しくて、信心深い子で……真っ直ぐすぎたのね、きっと……」

 ふっと、マリアさんの目が遠くを見つめる。
 ……なんだか、悪いことを聞いちまった気がする。

「それにしても……伝承や物語のようですね。吸血鬼、だなんて」
「イカすっしょ」
「ええ……とても、浪漫のあるお話です」

 マリアさんは知り合いに作家がいるらしくて、むしろ面白いと思ってる節があるらしい。
 そういや、運んでる本の中にもその人が書いた作品があるんだとか。オレは本とか読んだことねぇけど……面白いのかな。

「お手伝い、ありがとうございます」
「こんぐらいのことで良いんすか」
「ええ、充分ですよ」

 マリアさんって、ほんとに優しい人だな。
 オレにもばあちゃんがいたら、こんな感じだったのかな。
 ……なんて考えつつ、神父様が寝ている部屋に戻った。



 ***



 神父様は悪夢にうなされているらしく、苦しげな呻きを漏らしていた。
 手を握ると、少しだけ落ち着いた表情になる。しばらくそばで見ていると、突然ガバッとはね起きた。
 冷や汗がたらたらと顎を伝って落ちる。何か、嫌な夢を見たんだろうか。

「……司教、様……」
「司教様? 誰っすか、それ」
「……早く……出立しゅったつせねば……。巻き込むわけには……」

 神父様はまだ悪夢から覚めきっていないらしく、真っ青な顔で荒い息を吐いている。……と、手のひらで口を押さえ、激しく咳き込んだ。

「……ッ、ゲホッ、ゴホッ……」

 真っ赤な血が、指の隙間から滴り落ちる。

「だ、大丈夫っすか!?」
「……内側の……傷だ……いずれ、癒える……」

 いずれ癒える……とか言われても、血を吐きながらじゃ心配になる。ベッド横に用意されてた布切れで口元を拭き取り、神父様はつらそうに身を横たえた。

 周りに誰もいないことを確認してドアに鍵をかけ、下半身の服を脱ぎ捨て、ベッドに上がる。
 神父様の目の前に膝をつき、まだ萎えたままのオレ自身を差し出した。

「栄養、要りますよね。ちゃっちゃとヤりましょ」
「……ああ……」

 ぼんやりとした瞳が、一瞬、赤く光る。
 青白い手がオレのブツを握り込み、ゆっくりと上下に扱き始める。ゆるく頭が持ち上がってきたあたりで、神父様はオレを口に含んだ。
 垂れないよう喉奥に咥え込み、吸い上げる。イチモツが次第に大きくなり、硬さを増していく。

「……っ、は……エロ……」

 必死で吸い付いているのが性欲からか食欲からか、オレにはわからない。
 オレが喉奥で達すると、神父様は喉を鳴らして全て飲み干した。

「……ッ、お赦しください……」

 赤く染まった瞳が、じっとオレの腕を見る。はぁ、はぁと乱れた呼吸が、何かを訴える。半開きの口から唾液が垂れ、覗いた牙がきらりと光る。

「……血、飲みます?」 
「……だ、だめだ……さすがに……」
「オレはまだ全然イケます。飲んでくださいよ。大怪我でしょ?」

 胴体に三つぐらい穴が開いたんだから、そりゃあ、回復するのにも時間がかかるし栄養もいる。
 腕を差し出すと、神父様は渋々といった様子で噛み付いて血を啜った。
 ほんとはキスしたかったけど、それやるとこっちの歯止めが効かなくなりそうだからな……。

「ん……ふ……っ、ぅう……」

 飲む姿がやけに色っぽくて、出したばかりの息子に響く。……もう一発出して、たっぷり栄養摂ってもらうか……。



 服を整え、神父様の顔を覗き込む。

「……で、何を焦ってるんすか」

 頬についた精液を舐め取り終え、神父様は少し落ち着いたらしい。
 いつもみたいに冷静な表情に戻り、オレに視線を合わせた。

「恩人に害が及ぶのは、こたえる。……そう、思っただけだ」

 灰色の瞳がどんな哀しみを見てきたのか、オレはまだ何も知らない。……知りたくはあるけど、触れていいのかがわからない。

 だけど、これだけは言える。

「それ、オレも同じですよ。……オレも、神父様が傷ついたり苦しむのはキツいっす」

 しっかりと目線を合わせ、想いを伝える。
 神父様がどう思ってるか知らないけど、オレは、神父様に本気で惚れてる。護りたいし、そばにいたい。……また、笑って欲しい。

「……次無茶なことしたら、マジで怒りますんで」

 灰色の瞳が揺れる。しばし左右に視線をさまよわせ、神父様は「……済まない」と項垂れた。
 可愛い。いや、可愛いからって無茶は許さねぇけど。でも可愛い。

「そういや、神父様の親父さん? と関係あるんすか、ここ」

 運び込んだ時の言葉が気になったから、聞いてみる。

「……私の父は貿易商だった。ミヒャルケ商会は、取引相手の一つで……確か、鉱山や鉄道事業で儲けていたのだったか。慈善活動も盛んに行っていたはずだ」
「えっ、神父様って商家の生まれだったんすか。てっきり貴族だと……」
「…………確かに、母方は没落貴族だったな」
「うっわ、エッチな響き……」
「…………」
「じ、冗談っすよ! 睨まねぇでください!」

 神父様は不機嫌そうに鼻を鳴らし、そのまま横になった。

「すんませんって! 謝りますからぁ」
「……ケダモノが」

 なんて戯れてる間に、ノックの音が響く。
 起き上がろうとする神父様を寝かせておき、オレが出た。
 ドアを開けると、困った顔のマリアさんが事情を伝えてくる。

「……その、悪魔祓いエクソシストの方が……」

 ……。マジかよ。
 神父様の能力? を辿れば嗅ぎつけられるとはいえ、もう来やがったのか。

「……戦わなきゃなら、外でやるっす」
「い、いえ、その……」

 マリアさんは口ごもりつつ、チラチラと神父様の方に視線を投げている。
 どうしたんだろう。様子がおかしい。

「その……『吸血鬼に会わせて欲しい。美人なら僕の妻に加えるから』とかなんとか……」

 は?

「『男性でも大丈夫。大事なのは顔立ちだよ』と……」

 よし、ぶっ殺すか。
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