34 / 57
第二章 斜陽の日々
0-19(A).『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』より「Phoenimeryl-Ⅲ」
しおりを挟む
アルマン・ベルナールド版
***
・時は来た。審判の時だ。然るべき裁きを咎人に与えん。
罪人よ、許しを請え、されど贖いを受け入れよ。
ーー判事は心せよ。罪状がより重くとも、罰則がより重くとも、後に禍根を残すだろう
「……ジャン・コルヴォ。ヴリホックの秘匿情報をつまびらかにし、ザクス・イーグロウの寝返りを助けるならば、貴殿の命は保証しよう」
普段の幼稚な様子とはうって変わり、堂々とした態度でハーリスは「刺客」に向けて告げた。
「……お言葉ですが王様。その程度で流れが変わるとお思いですか?」
発せられた声を聞き、ルマンダの殺気が広間を静かに凍らせていく。
ふと、目の前に炎が上がり、ルマンダは舌打ちとともに相手を睨む。
「とりあえず聞いとけ。アイツ、こそこそ嗅ぎ回るのは一流だぜ?」
「……なるほど。人並外れた武勇と知性……比肩するほどの胆力、か」
「ああ、「裏切り」に気付けなかったのは痛かったろうけどな」
「……食えぬ男だ」
片方は事もなげに、片方は憎々しげに吐き捨て、場の成り行きを見守る。
「流れなど変える必要は無い。この玉座を打ち壊し、その上に新たな王を作るのならば……それもまた、世の理だ」
凛とした声色で、ハーリスは答える。
「……なら、王。あなたの目的は」
ジャンのセリフに、聞き覚えがあった。
私も、彼にそう問うたことがあったのだ。
「カーク、アナタはどう踏んでいますか」
「……王は、旅芸人とかなんとか明らかすぎる嘘ついた上に傷だらけの怪しいヤツでも、面白かったらそばに置くし……」
ちらりとカークの瞳がこちらを捉える。目配せをしたら呆れたように肩を竦めてきた。
「おや、そこはちゃんと私が目を光らせていましたよ?
旅芸人の子供たち曰く、普通の青年だそうですが……」
「スナルダさんはどう思うんだよ。側近としてはあんたのが長いだろ」
「……あの男が気に入られたように、彼も気に入られる必要があるでしょうね」
……私を見据えながら、スナルダは目を細める。
……食えないのはあちらもだ。そもそも、ハーリス王は趣味が悪い。
「ヴリホックにこの国を作り替えられるほどの度量があれば、とうにこの玉座、明け渡している。……余は「最後の国王」として、相応しい幕引きをせねばならぬ。次に託すものがアレでは困るのだ」
「……なるほど。確かに一理あります」
「さて……次は貴殿の番だ。立て。そして、先程の問に答えよ」
青い瞳に気圧されそうになりながらも、ジャンは王を見据えた。
そして口を開き、肯定の言葉をーー
刹那、稲光が我々の目を眩ませた。
「……見事。怯まず耐えきったか」
魔術を使うことなく、ジャンはそこに立っていた。
真横を貫いた雷光にも臆することなく、見開いた視線も逸らさない。
「……レヴィよりも肝が据わった男やもしれぬな」
「王様ー? 俺だってあん時、ちょっとびっくりしたくらいですけどー?」
私の抗議の声など意に介さず、王は玉座から立ち上がった。
「後で来い。無論、私室にな」
「……はい。あなたが望む幕引きとやらに、興味があります」
その答えに満足したのか、金の髪がひらりと風になびく。ほっとしたように、ジャンが大きく息をついた。
「……ふん、命拾いしたか」
「あの人、仕事する時は仕事するもんな。……良かったな、ジャン」
翠の瞳が複雑そうにこちらを見、揺らぐ。
「……僕はこんなところで死ねない」
私にはさほどない生への執着が、ありありと感じられた。
「ああ、そうだな。お前はしぶとく生きるやつだよ」
「……ザクスをこっちに引き入れたって、この国は……」
「誰が国とかデカい話したよ。……権力もねぇのに責任だけ取らされる王様が、ちっとばかし不憫になってな」
「……ああ、そういうことか。それなら……あのバカは適任だ。王様だって小脇に抱えるくらいできるだろうし」
籠の鳥を逃がしてやりたい、と、秘めた言葉を察したらしい。
隣で銀の眼光が、未だ訝しげにジャンを貫いている。
「……向こうもただでは乗らんだろう」
「まあね。ああ、でもあいつは単純だから……そうだな」
慎重に様子を伺うルマンダの疑心を嘲笑するかのように、水の魔術師は口角を上げる。
「ザクスに腕を認めさせられたら、簡単にこっちにつくよ」
「それ、簡単って言わねぇだろ……」
下手をしたら誰かが死ぬ。それは間違いない。
「命懸けなのは致し方ありません。それで、どうなさいますか?参謀殿」
昏い瞳をこちらに向けながら、スナルダは、おかしそうに提案した。
「……受けて立とう。私の目的も、忠義にあるものでな」
律儀な忠臣は、何の躊躇いもなく自らの命を賭した。
……特に生を望んだわけでもないが、救われた恩は返さねばなるまい。
***
ごめんなさい
……どうしても、許せなかった
(破り捨てられた草稿に記された言葉を知るものは、たった一人)
***
・時は来た。審判の時だ。然るべき裁きを咎人に与えん。
罪人よ、許しを請え、されど贖いを受け入れよ。
ーー判事は心せよ。罪状がより重くとも、罰則がより重くとも、後に禍根を残すだろう
「……ジャン・コルヴォ。ヴリホックの秘匿情報をつまびらかにし、ザクス・イーグロウの寝返りを助けるならば、貴殿の命は保証しよう」
普段の幼稚な様子とはうって変わり、堂々とした態度でハーリスは「刺客」に向けて告げた。
「……お言葉ですが王様。その程度で流れが変わるとお思いですか?」
発せられた声を聞き、ルマンダの殺気が広間を静かに凍らせていく。
ふと、目の前に炎が上がり、ルマンダは舌打ちとともに相手を睨む。
「とりあえず聞いとけ。アイツ、こそこそ嗅ぎ回るのは一流だぜ?」
「……なるほど。人並外れた武勇と知性……比肩するほどの胆力、か」
「ああ、「裏切り」に気付けなかったのは痛かったろうけどな」
「……食えぬ男だ」
片方は事もなげに、片方は憎々しげに吐き捨て、場の成り行きを見守る。
「流れなど変える必要は無い。この玉座を打ち壊し、その上に新たな王を作るのならば……それもまた、世の理だ」
凛とした声色で、ハーリスは答える。
「……なら、王。あなたの目的は」
ジャンのセリフに、聞き覚えがあった。
私も、彼にそう問うたことがあったのだ。
「カーク、アナタはどう踏んでいますか」
「……王は、旅芸人とかなんとか明らかすぎる嘘ついた上に傷だらけの怪しいヤツでも、面白かったらそばに置くし……」
ちらりとカークの瞳がこちらを捉える。目配せをしたら呆れたように肩を竦めてきた。
「おや、そこはちゃんと私が目を光らせていましたよ?
旅芸人の子供たち曰く、普通の青年だそうですが……」
「スナルダさんはどう思うんだよ。側近としてはあんたのが長いだろ」
「……あの男が気に入られたように、彼も気に入られる必要があるでしょうね」
……私を見据えながら、スナルダは目を細める。
……食えないのはあちらもだ。そもそも、ハーリス王は趣味が悪い。
「ヴリホックにこの国を作り替えられるほどの度量があれば、とうにこの玉座、明け渡している。……余は「最後の国王」として、相応しい幕引きをせねばならぬ。次に託すものがアレでは困るのだ」
「……なるほど。確かに一理あります」
「さて……次は貴殿の番だ。立て。そして、先程の問に答えよ」
青い瞳に気圧されそうになりながらも、ジャンは王を見据えた。
そして口を開き、肯定の言葉をーー
刹那、稲光が我々の目を眩ませた。
「……見事。怯まず耐えきったか」
魔術を使うことなく、ジャンはそこに立っていた。
真横を貫いた雷光にも臆することなく、見開いた視線も逸らさない。
「……レヴィよりも肝が据わった男やもしれぬな」
「王様ー? 俺だってあん時、ちょっとびっくりしたくらいですけどー?」
私の抗議の声など意に介さず、王は玉座から立ち上がった。
「後で来い。無論、私室にな」
「……はい。あなたが望む幕引きとやらに、興味があります」
その答えに満足したのか、金の髪がひらりと風になびく。ほっとしたように、ジャンが大きく息をついた。
「……ふん、命拾いしたか」
「あの人、仕事する時は仕事するもんな。……良かったな、ジャン」
翠の瞳が複雑そうにこちらを見、揺らぐ。
「……僕はこんなところで死ねない」
私にはさほどない生への執着が、ありありと感じられた。
「ああ、そうだな。お前はしぶとく生きるやつだよ」
「……ザクスをこっちに引き入れたって、この国は……」
「誰が国とかデカい話したよ。……権力もねぇのに責任だけ取らされる王様が、ちっとばかし不憫になってな」
「……ああ、そういうことか。それなら……あのバカは適任だ。王様だって小脇に抱えるくらいできるだろうし」
籠の鳥を逃がしてやりたい、と、秘めた言葉を察したらしい。
隣で銀の眼光が、未だ訝しげにジャンを貫いている。
「……向こうもただでは乗らんだろう」
「まあね。ああ、でもあいつは単純だから……そうだな」
慎重に様子を伺うルマンダの疑心を嘲笑するかのように、水の魔術師は口角を上げる。
「ザクスに腕を認めさせられたら、簡単にこっちにつくよ」
「それ、簡単って言わねぇだろ……」
下手をしたら誰かが死ぬ。それは間違いない。
「命懸けなのは致し方ありません。それで、どうなさいますか?参謀殿」
昏い瞳をこちらに向けながら、スナルダは、おかしそうに提案した。
「……受けて立とう。私の目的も、忠義にあるものでな」
律儀な忠臣は、何の躊躇いもなく自らの命を賭した。
……特に生を望んだわけでもないが、救われた恩は返さねばなるまい。
***
ごめんなさい
……どうしても、許せなかった
(破り捨てられた草稿に記された言葉を知るものは、たった一人)
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる