上 下
15 / 57
序章 その物語について

0-11. Andleta-Ⅱ

しおりを挟む
 智恵者と言うものは、俗人とは見る世界が異なるからこそ特殊とされる。
 レヴィ、時にモーゼ、時にノアと名乗る赤毛の賢人の場合、その卓越した才にいささか驕っていたとも言える。
 その才が、自らのみに備わっていたと彼は信じていた。目の前の青年……ルマンダに勝負を挑むまでは。



 発端は、ほとんど王専用の遊戯室と化した合議部屋でのカークの一言だった。

「ルマンダとチェスして勝てるヤツなんかいないだろ」
 
 どのような話の流れだったかは割愛するが、何より娯楽の類を愛するレヴィがそれに乗らないはずはなかった。

「じゃ、俺と勝負してみるか?」

 楽しげに輝く金の瞳を、ルマンダの灰色の瞳が射抜いた。鈍く光を放つその眼光は、時折銀色にも見える。

「……良いだろう」

 それまで赤毛の賢人には、ルマンダが非常に短気かつその情緒を激情に支配されているように見えていたらしい。
 しかし、

「キサマ、ポーンの使い方が雑だな」

 冷静に吐き捨てるように駒を動かす彼の手には無駄がない。彼は、駒を手に取る前に相手の動きを凝視し、思考を巡らせていた。短絡的な激情型とは、思いがたい手法。

「……へぇ」

 楽しげに喉を鳴らした賢者の空気が変わる。ルマンダに対する評価が彼の中で書き変わったことを意味していた。

「……え、何この空気」

 完全についていけていないカークを置き去りにし、レヴィも新たな策を練る。わざと手を空中でさ迷わせ、相手の視界を撹乱する。

「……小賢しい手を」
「周りにゃ普通にしてるように見えてるぜ、たぶんな」
「やはり頭が回るようだ。油断ならん」

 意味がわからず目を回しているカークの隣で、既に思考を放棄したハーリスは読書に夢中だ。

「あ、勝った方には負けた方が秘密か何かの暴露とかどう?」

 ……しかし、何気なく発した一言で、二人の空気はさらに張り詰めてしまった。

「余計なこと言わないでくださいよ!! この空気本当に怖いんですけど!?」

 慌てふためくカークをよそに、炎と氷の魔術師は盤面での争いを熾烈にしていく。

 レヴィは気づいていた。知識や情報の蓄積を得意とする智恵者が自分であるならば、目の前の青年は……時流や相手の動きを察知し、分析する。

 彼もまさしく、「賢者」に近い存在だと言えるのかもしれない。
 ヘラヘラと浮ついた感覚が、引き締まっていく。

「……なぁ、昨日お前が殺した兵士」
「今、その話は必要か?」

 チラリと顔を上げたルマンダに、レヴィは投げかけた。

「上司に会うのに、短刀は隠し持たねぇよな?」
「無論だ」
「……ひょっとして、気づいてたのか?」
「……さあな」

 死体に近づくのは、弔いが目的とは限らない。

「私からも一ついいか」
「いいぜ?」
「楽士の手は、あのような形に豆が潰れて固まるものか?」
「……どうだろうな」

 二人とも表情は一切変わらない。張り詰めた感情を先に途切れさせたのは……

「……王、こんなところで眠られてはお風邪を召されます」

 隙が、生まれた。

「……ルイン・クレーゼ」

 静かに発せられた言葉に、ルマンダの顔色が変わる。

「……その名を、どこで」
「あれ?お前の相方の名前じゃねぇの?」

 とぼけたような口調だが、その声色は一種の確信に満ちていた。

「……なるほど、お互いに……」

 ルマンダの口元に薄らと浮かんだのは、笑み。レヴィは知っていた。窮地に瀕した者の攻撃ほど恐ろしい。

「……ボードゲームの場で殺し合いはやめてねー」

 気の抜けた声で、ルマンダの殺気は氷解した。

「……申し訳ございません。王」
「僕もう飽きちゃった。部屋に帰るね」

 目を白黒させたカークが付き従う。ハーリスが部屋を出た刹那、ルマンダは弾けるように立ち上がり、レヴィの胸ぐらを掴んだ。

「何が目的だ。言え!」
「そんな怖い顔すんなって。真っ青だぜ?」

 殺意に怯むことなく、穏やかに……いや、穏やかなのではない。余裕のあるふてぶてしい笑みを浮かべる。

「ふざけるな。キサマほど信用ならん男がなぜその名を……!」
「そうカリカリすんなよ。目的ならちゃんと話してやるから」
「……どうせ信ずるには足らん。言ってみろ」
「おう。俺はな……」

「楽しく生きようと思ってる」

 その時のルマンダの顔は、今でも忘れられない。



 ***



 ページに貼られた付箋:
「激動の時代に生きた2人の「異端」」(「異端」が、線で消されている。他にも「賢者」「魔女」「旅鳥」などと書かれた付箋も)



 ボクは本を読む時は必ず付箋を貼るのだがね、自著『旅鳥の唄』を書くにあたって大事だったのがこのシーンだ。
 ミシェル……レヴィ、モーゼのモデルとなった旅芸人だ。彼の人間性は、物語にするにおいて実に興味深かった。

 旅芸人がなぜ平気で王城に上がれるのか……と、疑問には思うが……おそらく、「ハーリス」は「王」ではなかったのだろう。というより、モデルが誰か分かっているので断言もできる。

 ハーリス・フェニメリル。モデルはルイ=フランソワ・フィリップ伯爵。小さな地方領地の、実権なき領主だよ。
 お気に入りの旅芸人を囲うくらいなら、容易い立場だっただろうね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

赤松一族の謎

桜小径
歴史・時代
播磨、備前、美作、摂津にまたがる王国とも言うべき支配権をもった足利幕府の立役者。赤松氏とはどういう存在だったのか?

おぼろ月

春想亭 桜木春緒
歴史・時代
「いずれ誰かに、身体をそうされるなら、初めては、貴方が良い。…教えて。男の人のすることを」貧しい武家に生まれた月子は、志を持って働く父と、病の母と弟妹の暮らしのために、身体を売る決意をした。 日照雨の主人公 逸の姉 月子の物語。 (ムーンライトノベルズ投稿版 https://novel18.syosetu.com/n3625s/)

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。 12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。 ※このお話は史実を参考にしたフィクションです。

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

織田信長に逆上された事も知らず。ノコノコ呼び出された場所に向かっていた所、徳川家康の家臣に連れ去られました。

俣彦
歴史・時代
織田信長より 「厚遇で迎え入れる。」 との誘いを保留し続けた結果、討伐の対象となってしまった依田信蕃。 この報を受け、急ぎ行動に移した徳川家康により助けられた依田信蕃が その後勃発する本能寺の変から端を発した信濃争奪戦での活躍ぶりと 依田信蕃の最期を綴っていきます。

処理中です...