14 / 57
序章 その物語について
0-11. Pause-Corvo
しおりを挟む
「ザクスが手駒にしやすい? 本気で言ってるのかな、君」
我々の一座と昼食を共にする兵卒は少ない。彼らは音楽や物語といった娯楽にはさほど興味を持たないため、仕方ないとも言える。
しかし、ジャン・コルヴォは例外だった。
「……だって、あいつバカじゃん」
隣に座った少年の言葉を、物腰の柔らかい声色でたしなめる。
「バカって、むしろ扱いが大変だろうね。少しくらい知恵がある方が使いやすいから」
「……そんなもんなのか?」
「だって、反乱起こしやすいのもああいう手合いじゃないか」
あっ、と息を呑む声が聞こえる。
この青年は、人の心にたやすく入り込める。本人もそれは自覚しているらしく、処世術として存分に利用しているのが見て取れる。
「寝返ると怖いって、一種の尊敬かもしれない」
「……すげぇ」
まだ幼い楽士とは言えど、チェロも聡明な少年だ。少々背伸びしすぎるのは難点だが……。
「……で、モーゼは元気?」
「……あっ、クソ赤毛のことか! ムカつくぐらいピンピンしてるぜ!」
「口が悪いね。もう少し言葉には気をつけようか。……さて、諜報に回るのか、それとも寝返りか……情勢次第かな」
慎重なジャンは、たとえ元親友であったとしても油断などしない。
「……そういう話は、ここではやめてもらえますか。知り過ぎると彼も危険なのです。チェロも、あまり深く聞いてはいけません」
我々旅芸人は、すぐに始末できるからこそ、多くの人間と関わることができる。無論、危険もある。
「そうだね。ごめん。僕はまだチェロの演奏を聴きたいから、ここまでかな」
「……わかった」
まだ話を聞きたそうなチェロも、グッとこらえて隣の幼い兄弟を撫でる。食事に夢中になっていた歌い手ソーラは、こてんと首をかしげて兄を見上げる。
「おいジャン話……って、そいつらといたのかよ」
「おや、噂をすれば」
「ホークニウムだっけか?なんか眠たい音楽出すヤツら」
「アナタの気質に合わないのは知っていました」
この男は我々の音楽が好きではないらしい。だからこそ、チェロもよく噛み付いている。
「で? 落ち着いた? 相棒がいなくなって荒れたのは分かるけどね」
「言っとくけどよ、モーゼがいねぇとどんだけ困るか知ってんのか?」
「実害の方に目がいくのは流石だよ」
「たりめぇだろ。いつ死ぬかわかんねぇんだし。まああいつたぶん殺しても死なねぇけど」
「それは思う」
話を聞きながらチェロが露骨に不機嫌になっていくのは、何もザクスの存在が気に食わないからだけではない。
「お前この国の言葉もうちょっとちゃんと喋れよー!!!」
チェロの耳には、粗暴な南国訛りの言葉が少々聞き苦しかったらしい。
***
……さて、このページは実は特殊なんだ。
物語には版というものがある。印刷された時期により、場合によってはかなり異なる翻訳、注釈になることも珍しくはない。
そして、内容すら変わってしまうことも、ね。
……このページは、とある版には存在しない。
まあ、先程の乱丁……「note-Palomarita」もそうなのだけど。
我々の一座と昼食を共にする兵卒は少ない。彼らは音楽や物語といった娯楽にはさほど興味を持たないため、仕方ないとも言える。
しかし、ジャン・コルヴォは例外だった。
「……だって、あいつバカじゃん」
隣に座った少年の言葉を、物腰の柔らかい声色でたしなめる。
「バカって、むしろ扱いが大変だろうね。少しくらい知恵がある方が使いやすいから」
「……そんなもんなのか?」
「だって、反乱起こしやすいのもああいう手合いじゃないか」
あっ、と息を呑む声が聞こえる。
この青年は、人の心にたやすく入り込める。本人もそれは自覚しているらしく、処世術として存分に利用しているのが見て取れる。
「寝返ると怖いって、一種の尊敬かもしれない」
「……すげぇ」
まだ幼い楽士とは言えど、チェロも聡明な少年だ。少々背伸びしすぎるのは難点だが……。
「……で、モーゼは元気?」
「……あっ、クソ赤毛のことか! ムカつくぐらいピンピンしてるぜ!」
「口が悪いね。もう少し言葉には気をつけようか。……さて、諜報に回るのか、それとも寝返りか……情勢次第かな」
慎重なジャンは、たとえ元親友であったとしても油断などしない。
「……そういう話は、ここではやめてもらえますか。知り過ぎると彼も危険なのです。チェロも、あまり深く聞いてはいけません」
我々旅芸人は、すぐに始末できるからこそ、多くの人間と関わることができる。無論、危険もある。
「そうだね。ごめん。僕はまだチェロの演奏を聴きたいから、ここまでかな」
「……わかった」
まだ話を聞きたそうなチェロも、グッとこらえて隣の幼い兄弟を撫でる。食事に夢中になっていた歌い手ソーラは、こてんと首をかしげて兄を見上げる。
「おいジャン話……って、そいつらといたのかよ」
「おや、噂をすれば」
「ホークニウムだっけか?なんか眠たい音楽出すヤツら」
「アナタの気質に合わないのは知っていました」
この男は我々の音楽が好きではないらしい。だからこそ、チェロもよく噛み付いている。
「で? 落ち着いた? 相棒がいなくなって荒れたのは分かるけどね」
「言っとくけどよ、モーゼがいねぇとどんだけ困るか知ってんのか?」
「実害の方に目がいくのは流石だよ」
「たりめぇだろ。いつ死ぬかわかんねぇんだし。まああいつたぶん殺しても死なねぇけど」
「それは思う」
話を聞きながらチェロが露骨に不機嫌になっていくのは、何もザクスの存在が気に食わないからだけではない。
「お前この国の言葉もうちょっとちゃんと喋れよー!!!」
チェロの耳には、粗暴な南国訛りの言葉が少々聞き苦しかったらしい。
***
……さて、このページは実は特殊なんだ。
物語には版というものがある。印刷された時期により、場合によってはかなり異なる翻訳、注釈になることも珍しくはない。
そして、内容すら変わってしまうことも、ね。
……このページは、とある版には存在しない。
まあ、先程の乱丁……「note-Palomarita」もそうなのだけど。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる