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第三章 誰も寝てはならぬ

第2話「生きている限り、望みあり」

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「なんで今それ聞いた!?」
「いや、大事だろう。僕は『お前らがもう恋仲なのか』って聞いたんだ」

 あ、ああ、なるほどな。そういうことか。
 ……いや、それにしても他に聞き方あるだろ。

 別に言ってもいいんだが、そうなるとこいつは更に興味を示すだろう。
 芸術家ってのは想像力が豊かだ。抱かれてるフェルドの、あんな姿やそんな姿を頭の中で作り上げることなんて簡単にできちまう。

 ……正直、無理だ。やめろ。俺以外の男がフェルドの痴態ちたいを妄想すんな。俺が竿役なら百歩譲って許すが、自分を竿役にしてヌくのを考えたらマジで無理だ。ぶち殺したくなる。
 俺はフェデリコとは程々の距離感の友人でいたい。……だから、フェルドのスケベな姿が想像できるネタなんざほんの少しでも与えたくねぇ。

 そんなこと言ったら、実際に手ぇ出してるクソ親父の方がよっぽどやべぇわけだが……
 当然ぶち殺したいに決まってんだろ。うちのファミリアの客じゃなかったらとっくに殺ってた。

「……な、なんか、ごめんな。そんなに怖い顔すんなよ」
「何だよ。別に何も言ってねぇだろ?」
「雰囲気が怖いんだって!」

 フェデリコは狼狽ろうばいし、視線を左右に泳がせる。
 ……ああ、よく見たら片方、義眼だな。全然気付かなかった。これもフェデリコの「作品」か。……やっぱり、相当腕は良いんだな、こいつ。

 何はともあれ、向こうから引き下がってくれて何よりだ。
 ……「どんな関係か」って言われても、一言じゃ言い表せねぇしな。

「……ん……」
「お、起きたか」

 そんなこんなで賑やかにしていると、フェルディナンドが目を覚ました。周りを見回し、状況を理解したんだろう。寝台から起き上がり、すぐに身支度を始める。

「世話になった」
「ええー……。もっと休んでいけよ。お前の身体、ボロボロじゃないか」

 帰ろうとするフェルディナンドを、フェデリコが引き止める。
 マローネ中尉も「健康診断の結果が良くない」って言ってたな。……この野郎、平気な顔で無理しやがって。

「兄上。私がここにいるとバレれば、困るのは貴方だ」
「いや、そうなんだけどさ……父さんにどやされるの目に見えてるんだけど、それにしてもだ」

 あえて口を挟まず、黙って見守る。
 フェデリコは気まずそうに目を伏せつつ、歯切れ悪くボソボソと呟いた。

「……このままだと、死ぬぞ、お前」

 フェルディナンドの返しは、ある意味想像通りだった。

「構わない」

 唖然あぜんとするフェデリコをよそに、フェルディナンドは続ける。

「どうせ死していた身だ。この命、とうに『使う』覚悟はできている」

 ……その瞳に曇りはなく、その言葉に迷いはない。
 ああ……クソが。お綺麗なこと言いやがって。

 押さえつけていた黒い感情が一気に渦巻く。
 形を変えた憎悪が、新たな顔を覗かせる。

 ああ……これでよく理解した。
 こいつを救うのは、愛や希望なんかじゃねぇ。そんな生易しいもんじゃ、奴を縛る鎖はほどけねぇ。

 こいつに必要なのは、とっておきの悦びピアチェーレだ。

 足早に部屋を出ていくフェルディナンドの後に続き、俺も部屋を出る。

「安心しな」

 去り際、明らかに意気消沈しているフェデリコに向け、こう言っておく。

「俺が、あいつの鎖を噛みちぎってやる」



 ***



 無言で俺の前を歩くフェルディナンドに、無言でついて行く。

「良いのかよ」

 俺が話しかけると、フェルディナンドはぴたりと足を止め、こちらに振り返った。

「……何がだ」
「さっきの話だよ。死ぬ覚悟は出来てるとか、大見得おおみえ切ってただろ」

 俺の言葉にフェルディナンドは藍色の目を見開き、「何が言いたい」と、小さく呟いた。

「本当に、それで良いのかよ」

 フェルディナンドが人生に絶望しているのだとしても。……死に至る道しか見えなくなっているのだとしても。
 間違いなく、葛藤はあるはずだ。
 俺達は「生き物」なんだからよ。本能は生きてたいって思ってるはずなんだ。

「馬鹿にするな」

 ……が、返ってきたのは予想外の言葉だった。

「どうせお前には無理だ、とでも言いたいんだろう」
「……え?」

 そんなこと言おうとも思ってなかったし、そもそも考えてもいない。
 フェルディナンドは俺の返事を聞くことなく、震える肩を両手でかき抱き、唇を噛み締める。

「私はあの日、自害すら出来ずにこの身体をけがされた」

 それは、魔獣に犯された日のことか、それとも、あのクソ親父のことか。
 ……俺のことなのか。

「君は私を、死ぬことすらできぬ臆病者と罵りたいのだろう……!」

 聞いていられなくなって、唇を奪った。

「ん……っ!?」

 抵抗する手首を掴み、壁に押さえつける。
 顎を掴み、舌を絡め、深く、深く口付ける。
 唇を離せば、銀の糸が舌先を繋ぎ、ぷつんと切れた。

「二度と、ふざけたこと言うな」

 熱く乱れた呼吸が、二人の隙間を埋めていく。

「言ってんだろ。お前のことが好きだって。こちとら好きで好きでたまらなくて、とっくにおかしくなっちまってんだ」

 藍色の瞳を見つめ、がっちりと肩を掴む。
 ああ……ついつい感極まっちまった。頬が濡れてら。……情けねぇの。

「お前が穢れようが歪もうが何しようが、死ぬことだけは絶ッッッ対に望まないね!」

 だって、死んだら俺のそばにいられないだろうが。
 あの世がある保証なんてどこにもねぇ。……どれだけ愛そうが、どれだけ憎もうが、死んだらそこで終わりなんだよ。

「なぁ……そんな湿っぽい話なんかより、もっと色っぽい声を聞かせてくれよ」

 耳元で囁き、引き締まった腰を撫でさする。

「な、にを……」
「言っただろ。お前を壊してすくってやるって」

 ああ、決めた。
 もう、欲望のままに犯したりはしねぇ。

 一緒に溺れて、とことん深くまで墜ちてやろう。

 死にたいなんて考えられなくなるくらい。
 俺以外のことがどうでも良くなるくらい。
 ……まだまだ足りない、もっと欲しいと、もっともっと生きていたいと感じるくらい。

 たっぷり、啼かせてやる。
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