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第三章 誰も寝てはならぬ

第1話「芸は身を助ける」

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 俺が親父と一緒にアリネーラ家の使用人として過ごしたのは、13歳から18歳。
 親父の仕事は表向き庭師で、本職は「屋敷に忍び込んだ暗殺者やぞくを始末すること」だった。ちっとばかし物騒なボディーガードってとこだな。

 敵は場合によっちゃ使用人に紛れ込んでたりもするし、魔術やらなんやら使って忍び込もうとする輩もいるしで、「裏」の経験が必要とされたって訳だ。
 雇い主は領主になっていたが、俺らに指示を出すのは、ほとんど領主の妻(厳密には後妻)であるエレオノーラだった。

 間取りやらスケジュールやらを頭に叩き込めと言われた上で、守秘義務について繰り返し耳にタコができるほど聞かされ、極めつけは「私の子ども達には決して関わらないでください」。……そんな感じだった。

「悪影響を及ぼしますので」

 正直、俺が貴族嫌いになったのはこの辺の経験がデカいかもしれない。
 エレオノーラは更に続けた。

「先妻の子であればいざ知らず、うちの子に話しかけているのを見かけた場合、即座に罰則を与えます」

 ……そこまで言うか? とは思ったが、立場上、向こうが雇用主で俺たちは代わりの効く番犬だ。命令には従うしかねぇ。
 任期は五年で、そこから先は別の人員が同じファミリアから派遣されることになってる。……まあ、幸いにも「先妻の子」に関しては「いざ知らず」って言われたし、ちょっかいかけりゃ暇つぶしくらいにはなるだろう。

 ……なんて、軽い気持ちで話しかけることにしたんだが。
 趣味が合わねぇ上に時々何言ってんのか分からねぇ長男に、喋り方が無愛想で無機質で、お人形さんみてぇな次男。どっちも気が合いそうにねぇなと思ったよ。……最初はな。

「フェルドは感情を出すのが下手なんだよ。『どう振る舞えばいいか』は知識としてしっかり身につけてるが、『自分がどうしたいか』を言うのは下手くそだ。試しに遊びにでも誘ってみろよ。本音が見えてくるかもな」

 ……と、言うのを、長男のフェデリコから聞いて、「案外可愛いやつなのかもな」と思った。

「ほら帰った帰った。僕は作業に忙しいんだ」
「モデルくらいはできますぜ。俺、結構男前でしょう?」
「好みじゃないね」
「……へーい……」

 まあ、フェデリコとも、そんなやり取りをするぐらいの仲ではあった。趣味が合わねぇのでそこまで仲良くはならなかったが、フェルディナンドとのことで、たまーに話を聞きに行くことはあった。
 月に一度くらいだったか。あんまり頻繁に顔を見せ過ぎると、「作業中だ」とかで部屋に入れてくれねぇしな。

「な? 僕の言った通りだったろう。……可愛い? お、おう……まあまあなハマり方したな……」

「おーおー、仲良くなれたみたいで何よりだ。……ま、僕は父さんの言いつけで話もできないんだけどな!」

 そのうち俺は感情を出し始めたフェルディナンドに惚れて、フェデリコに話す内容も恋愛相談に近くなっていった。
 ……仕方ねぇだろ。あの頃のあいつは本当に可愛かったんだよ。感情出すのが下手なりにぎこちなく頷いたり笑ったり、俺が教えたことに無表情のまま目を輝かせたり……。
 些細な仕草すら可愛くて可愛くて、堪らなく好きになっちまったんだ。

 フェデリコも、雑に中途半端な長さで切られてるとはいえフェルディナンドと同じく艶やかな黒髪で、そこそこ綺麗なツラをしてやがるが、弟とは違って全然魅力的には見えなかった。
 ……そういや後妻の子供らもそれなりに美男美女揃いだったが、俺が惚れたのはフェルディナンドだけだな。不思議なことに。

「はぁ? 惚れた? あいつは綺麗な顔だが、しっかり男だぞ。わかってるのか?」

「……まあ、誰かを好きになるのって理屈じゃないよな。ふーん、なるほどなぁ。そういうこともあるのか。ふーん……」

「キスしたぁ!? ……ど、どうなったんだよ。それで。……真っ赤になって黙り込んでた……ふーん、脈アリだな。よし、次は舌入れろ舌」

「キスの最中に舌入れたらトロトロに……誰がそこまでしろって言ったよ。けしからんもっとやれ。……いや、そこまで行ったらあとセックスぐらいしか残ってなくないか……?」

「……なぁ、結局あの後セックスはしたのか? ……教えろよ! 気になるだろ……!!」

 ……まあ、だいたいこんなことを言われてたし、向こうも興味はあったんだろう。弟と関わることを禁じられてるなら、余計に。

 フェデリコの部屋は離れにある。
 使用人連中なら、誰もが知っていることだ。
 やるべきことをやらず、引きこもって自分の趣味ばっかりやってる穀潰し。……それが、フェデリコに対する周りからの評価だ。

 俺はそうは思わねぇが、あいつの趣味についていけるわけじゃなかった。なんかすごいことをしてるのは分かるが、内臓の模型ばっか作ってるの見ると、正直引く。

「やっぱり、心臓が人間の臓器で一番美しいよな……。見ろよ、この血管。肺動脈と大動脈の重なったこのライン。……もはや芸術だよ……」

 そんなふうに語られたこともあるけど、ひとつも分からなかった。
 一応周りには彫刻師って呼ばれてるらしいが、本人曰く「人体模型芸術家」……だ、そうだ。

 ……そして。
 今、目の前で眠ってるフェルディナンドの片肺と子宮も、フェデリコの手によって造られた「作品」ってことになる。



 ***



 屋敷の裏口からフェルディナンドを担ぎ込み、フェデリコによる処置が終わるのを待った。
 使用人だった時に覚えた経路だ。ここからだとフェデリコの離れに近い代わりに、本館の方には新しい「番犬」が目を光らせているので辿り着けない。

 フェデリコはそれを利用して女を連れ込んだりしてる……との、噂だが、その辺は真偽不明だ。
 あの内臓マニアが女に興味を持つのかどうかすら、よくわかんねぇしな……。

 処置自体はすぐに終わったが、フェルディナンドが悪夢にうなされ始めたので、深く眠らせるのに少々時間がかかった。
 最終的に麻酔術をかけてどうにかしたらしい。……結局、俺はほとんど何もしてやれなかった。

 ……そして、現在に至る。
 青ざめ、苦しそうだった表情は和らぎ、フェルディナンドは俺の目の前で静かに寝息を立てている。

「何はともあれ……久しぶりだな、『ジュゼッペ』?」
「……もうその名前じゃねぇよ。フェデリコ」

 フェルディナンドが落ち着いたことで、ようやくフェデリコと腰を据えて話ができた。……そうして聞き出した情報は、頭が痛くなるほど悲惨で、上手く咀嚼そしゃくしきれないほど重かった。
 フェルディナンドが記憶を失ったのはどうしようもない事情だったし、性格が歪んだ原因も嫌というほど理解した。
 ……あまりにも、むごすぎる。

「……記憶喪失って、知識は残るんだな」
「酸欠による記憶障害だからだな。ダメージを受けた部位によって、失われる記憶には差がある。……で、こいつの場合は『自分が体験した記憶』が消えちまったと」
「……体験、か……」
「僕としては、良かったのか悪かったのか何とも言えない。……全部の記憶があったら、親父に犯された時……たぶん、壊れてたよ」

 何で助けてやれなかった、何で父親の言いなりになった……と、フェデリコに掴みかかるのは簡単だ。でもさ。俺に、そんな資格があるかよ。
 辛い目に遭ったあいつを脅して、無理やり犯して……俺の方が、よっぽど最低なことをしてやがる。

「……フェルド……」

 赤みが差した頬を撫でる。
 ……あいつは息ができない苦しみの中、俺の「昔の名前」を呼んでくれた。
 記憶が戻ったかどうかはまだ分からねぇが、泣いて罵られても文句の言えないことを俺はやっちまった。
 どうすりゃいい? ……どうしたら、落とし前をつけられる?

「……なぁ、今がどんな名前か、お前らがどんな関係になってるのか知らないけど……」

 フェデリコは俺よりも思いっきり「無精ぶしょう」な髭を撫でながら、フェルディナンドより青みの強い瞳を真っ直ぐに向けてきた。

「結局……セックスはしたのか? はぐらかすばっかりで教えてくれなかったろ」
「今気になるのそこかよ!?」

 ああ……くそ。
 人が真面目に考えてたってのに、こいつは……!
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