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外伝「つばめ」

中編「冬」※

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 あれは、18歳の冬のことだった。
 夜、窓からやって来たジュゼッペを、いつもの如く寝室に招き入れた。
 冬の冷たい空気とともに、ジュゼッペはするりと僕の部屋へ身を滑り込ませ、熱い口付けを交わす。

「ンッ、ふ……ぅ……」
「ん……っ、待ってたかい。俺のロンディネッタツバメちゃん
「い、いつの間に、そんな軽薄な口説き文句を覚えたんだ」
「そりゃ、俺もイタリア男だからな。口説き文句の一つや二つ、言えなきゃ恥ずかしいだろ?」

 二人での時間を過ごすうち、僕達はいつの間にか友としての関係を飛び越え、身体を重ねるようになった。
 最初は性器をこすり合わせるくらいの軽いものだったけれど、次第に互いを深く求め合うようになり、僕が抱かれる側に回った。
 抱く側になろうとは、特に思わなかった。……どうせ、僕はどこかの令嬢と婚約しなくてはならない。父は長らく決めあぐねていたようだったが、未来は決まっている。

 ごめんだった。
「妻」を抱くたびに、彼を思い出してしまうなんて。
 ……だから、抱くよりは抱かれる方が良かった。

「はぁ……子どもの頃ならまだしも、僕は肉付きも良くなったし背も伸びた。そろそろ、女の子に乗り換えたくなる頃合ころあいじゃないのか」
「おいおい。お前以上の女なんているわけねぇだろうが」
「……口が本当に上手くなったな」
「本当だって。……俺はもう、お前以外抱けねぇんだよ。どうしたって満足できねぇ」

 噛み付くようにキスをしながら、ジュゼッペは僕をベッドに押し倒した。

「お前を好きになりすぎたからだよ。フェルド」

 情熱的な声が胸を焦がす。
 どこかで諦めなければならない恋なのに。
 父上は、絶対にこんな関係を許したりしないのに。

「あ……っ」

 ジュゼッペの指が胸をまさぐり、思わず声が漏れる。

「……イイ声だ」

 興奮しきった声が耳をかすめ、思わず自身が勃ち上がるのがわかる。
 首筋をぺろりと舐め、ジュゼッペは僕の寝間着を剥ぎ取った。

 抱かれる時、最初は痛かった。
 別に気持ち良くなれるとは思っていなかったし、それよりも、彼と深く繋がっていられるのが嬉しかった。

 でも、ジュゼッペはそれで満足しなかった。
 色々「勉強」して、僕が気持ち良くなるように工夫を重ねた上で抱いてくれた。

「しっかりおぼえとけよ。……痛みも、快感も」
「んぅ、ぁ、あ……ッ」

 男の怒張どちょうで後孔を掻き回されるのには、不快感もあった。
 けれど、特定の場所を責められると目の前がチカチカとするほど気持ち良くて、思わず声が漏れてしまう。

「あっ、そこ……んぁっ」
「……っ、フェルド……好きだ、好きだ……っ」

 僕に愛を囁きながら、ジュゼッペは懸命に腰を振った。
 長ったらしい口説き文句より、真っ直ぐな言葉の方が、よっぽど心に刺さった。

 やがて、後孔からずるりと熱が引き抜かれる。
 名残惜しいという気持ちと共に、「あ、イくんだ」と察する。
 ジュゼッペは自身を僕のそれと擦り合わせ、先走りに濡れた亀頭と亀頭をぬるりと重ねた。

「あ、ぅ……んんんんっ」
「は……ッ、イク……っ」

 そのまま、二人同時に果てる。
 白濁が勢いよく飛び出し、互いの腹筋を汚した。

 広いベッドには、二人で横たわった方がしっくり来る。
 互いに裸で、 肩で息をしながら、見つめ合った。
 ……ジュゼッペが手を伸ばし、指をからめてくる。照れ臭かったけど、その日は何となく応じた。

「どうしたんだ。浮かない顔だぞ」

 ……どこかで。
 その指摘をするのを、恐れていたように思う。

「……俺、シチリアに帰るんだよ」

 僕たちの別れを意味する言葉を、予感していたから。
「仕事」が終わったんだろう。契約満了、というやつだ。
 いつかは終わる関係だと分かっていた。諦めなければいけない恋だと分かっていた。でも……いざ「その時」が来ると、受け入れたくない思いの強さに驚く。
 ……いつの間にか、こんなにも好きになっていたのだと。

「ジャグアーロ」
「……え?」
「俺の、本当の名前だ。オヤジには『絶対に言うな』って言われてるけど……お前は、特別だから」

 僕の髪を撫でながら、ジュゼッペ……いや、ジャグアーロは真剣な瞳で語る。

「ジャグアーロ・ビアッツィ。……イカす名前だろ?」

 ……ああ。
 彼が故郷に帰ったら、僕はついに独りになる。
 父は厳しく、僕を愛さなかった母はもうこの世におらず、新しい母も僕や兄を避けている。
 兄上と話せば父から良い目で見られず、弟や妹と話しても新しい母が良い顔をしない家中で、どうにかやっていかなくてはいけない。
 今まで通り、「優等生」として。
   
「ジャグアーロ」

 その言葉は、自然と口をついて出た。

「連れて行ってくれ。ここではない、どこかに」

 僕の懇願に、ジャグアーロはきょとんと目を丸くしたが、次第に、口角を持ち上げて破顔する。

「ああ……良いぜ。連れて行ってやる」

 ジャグアーロは心底嬉しそうに、僕の顔に口付けの雨を降らせた。



 ***



 翌朝。
 陽の昇らないうちに服を着替えて、怪しまれない程度の荷物を持って、公園に向かう。
 そこが「待ち合わせ場所」だった。

 ……が、目的地に辿り着く前に、行く手を見覚えのある顔に阻まれる。

「……。ビオンディさん……」

 ジュゼッペ……いや、ジャグアーロの父である「庭師」の男は、道を遮るようにして立ちはだかっていた。

「坊ちゃん。逃げ出したいのは分かります。……ご家庭を見てりゃ、嫌でも分かります」

 彼は唇を噛み締め、手を広げた。
「通さない」という確固たる意志が、ジャグアーロと同じ色の瞳から読み取れる。

「でもね。ワシらと一緒に来るのは行けません。貴族のご子息が『さらわれた』となっちゃ、大問題です。せっかく円満な『仕事』ができたってのに、水の泡どころか、余計ないさかいの種にもなりかねやせん」

 彼の言っていることは、正論だった。
 何一つ間違った部分などなく、冷静に考えれば「そうだろうな」と思うようなことしか言っていない。
 ……悲しいけれど、それが現実だった。

「後生です。どうか、耐えてくだせぇ」

 そのまま、「庭師」の男は僕の肩に手を置き、すがり付くようにして頼み込んでくる。
 ふと、巣から墜ちたつばめの啼き声が、脳裏によぎった。

 ──人間の匂いがついたら、親鳥は余計に近寄らなくなります

 つばめの雛は、あの後どうなったのだろう。
 ……親に拾われて、無事、巣立ちできたのだろうか。

「……彼には『忘れてくれ』と、伝えて欲しい」

 一言そう告げ、振り返らず走り出す。
 振り返れば、未練が溢れ出してしまう気がした。

 巣立ったつばめは、冬を越すために南へ向かう。
 墜ちてしまった雛は、飛ぶことすらできはしない。

 僕にできるのは、凍える季節を耐え忍ぶだけだ。
 ……例えその先に希望が見えなくとも。



 たった一つの希望すら、手のひらから零れ落ちたのだとしても。
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