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第一章 哀れみも、誉れも、愛も
第6話「舞踏会に出たら踊らねばならぬ」
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……その後、何やかんやで俺は訓練兵から一般兵に上がり、待機期間中は「療養中」のフェルディナンドと毎晩のように寝室を共にした。
それなりに拵えのいい部屋には身分差を感じて腹が立つが、個室だと何かと都合がいいのも事実だ。
俺の方はと言うと、同僚に「娼婦を抱きに行く」と言い訳して部屋を抜け出してるから、周りにはとんでもねぇ遊び人だと思われている。
事実、そこらの娼婦よりずっとエロい相手を抱いてるし、間違いじゃねぇんだがな。
「……明日には任務に戻る」
……なんて、俺が思案していると、フェルディナンドが唐突に話し始めた。
「お? 療養明け?」
「ああ」
俺の問いにフェルディナンドは言葉少なに返し、ベッドから身体を起こした。
青みがかった黒髪がはらりと背中に流れ、小さな傷痕が隠れる。俺がつけたキスマークやら噛み跡やらは隠れきることなく、翼や月の紋章と共に白い肌を覆っていた。
「でもよ……どうすんだよ。その身体で」
毎晩のように抱いてるからわかるが、フェルディナンドの身体は完全に「苗床」に作り替えられている。平たく言えば、ハメられてなきゃ落ち着かない状態になってるってことだ。
それで尉官の仕事が務まるかってぇと……難しくねぇか。やっぱり。
「……貴様を私と同じ部隊に配属するよう、マローネ中尉に頼んだ」
フェルディナンドはベッド脇のテーブルから煙草を一本取り、咥える。見たことのねぇ銘柄だ。高ぇやつなんだろうな。どうせ。
「マローネ中尉は先日の軍議にて、私に貸しを作った。かの中尉の性格上、断れるとは思えん」
煙草に火を付け、フェルディナンドは静かに語る。
一本欲しいとねだったが、一蹴された。畜生が……帰ったら安いのを思う存分吸ってやる。
「……根回しは万全、ってやつか」
気を取り直して、会話を続ける。
マローネ中尉は……確か、無理な計画を立てたか何かで、作戦失敗の責任を負わされかけてた人だったか。
貸しを作った……ってなると、フェルディナンドがそいつを庇ったってことになる。
別に意外だとは思わねぇ。こいつも貴族だ。貸しを作ったり恩を売るのも、根回しには必要だからな。
それはそうとして、嫉妬はする。俺は蔑まれてばっかなのに、中尉の野郎は庇われたのか。クソが。
「要するに、だ。事情を知ってる俺と同じ部隊になって、隙あらば乳繰り合おうって?」
「……訂正だ。貴様が余計な放言をせぬよう、監視する意図もある」
「でも、抱かれてぇんだろ」
「繰り返しになるが、私にとってこの状況は不本意であり不可抗力であり、非常に、極めて、甚だ不愉快である……と、改めて表明しておこう」
「……そこまで嫌がることなくねぇ?」
俺の言葉にはじろりと睨むだけで返し、フェルディナンドは煙草の灰を灰皿に押し付ける。
そのまま寝台に横になり、何も喋らなくなった。
「なぁなぁ、ロンディネッタ。もう足りたのかよ」
「気色悪いあだ名で呼ぶな。私は貴様の恋人ではない」
後ろから抱き着くと、素っ気ない態度で振り払われる。
……あー、腹立つ。ちっとも靡かねぇなこいつ。
「なぜ、私に執着する」
その質問には、いつもの軽口が出てこなかった。
「……本当に、何も憶えてねぇのかい」
「……何やら、私は貴様の不興を買ったのだろう。それだけは理解した」
「俺は、『憶えてねぇのか』って聞いたんだ」
「…………」
フェルディナンドはしばらく押し黙り、やがて、背を向けたまま言い放つ。
一応、心当たりを探しはしたんだろうか。
「記憶にない」
……ああ、嫌になっちまうね。
俺はその程度の存在だった。
俺は片時たりとも忘れたことなんてねぇのに、お前ときたら、アッサリと忘れやがってよ。
──薄汚いな
どうせ、「あの時」からそうだった。
俺は、奴にとって取るに足らない存在なんだろう。
「おい、まだ寝かせねぇぞ。付き合え」
「な……! 貴様、どれだけ絶り……ンンッ」
無理やりこちらを向かせ、噛み付くように口付ける。
俺は、お前を許さねぇ。……絶対にだ。
それなりに拵えのいい部屋には身分差を感じて腹が立つが、個室だと何かと都合がいいのも事実だ。
俺の方はと言うと、同僚に「娼婦を抱きに行く」と言い訳して部屋を抜け出してるから、周りにはとんでもねぇ遊び人だと思われている。
事実、そこらの娼婦よりずっとエロい相手を抱いてるし、間違いじゃねぇんだがな。
「……明日には任務に戻る」
……なんて、俺が思案していると、フェルディナンドが唐突に話し始めた。
「お? 療養明け?」
「ああ」
俺の問いにフェルディナンドは言葉少なに返し、ベッドから身体を起こした。
青みがかった黒髪がはらりと背中に流れ、小さな傷痕が隠れる。俺がつけたキスマークやら噛み跡やらは隠れきることなく、翼や月の紋章と共に白い肌を覆っていた。
「でもよ……どうすんだよ。その身体で」
毎晩のように抱いてるからわかるが、フェルディナンドの身体は完全に「苗床」に作り替えられている。平たく言えば、ハメられてなきゃ落ち着かない状態になってるってことだ。
それで尉官の仕事が務まるかってぇと……難しくねぇか。やっぱり。
「……貴様を私と同じ部隊に配属するよう、マローネ中尉に頼んだ」
フェルディナンドはベッド脇のテーブルから煙草を一本取り、咥える。見たことのねぇ銘柄だ。高ぇやつなんだろうな。どうせ。
「マローネ中尉は先日の軍議にて、私に貸しを作った。かの中尉の性格上、断れるとは思えん」
煙草に火を付け、フェルディナンドは静かに語る。
一本欲しいとねだったが、一蹴された。畜生が……帰ったら安いのを思う存分吸ってやる。
「……根回しは万全、ってやつか」
気を取り直して、会話を続ける。
マローネ中尉は……確か、無理な計画を立てたか何かで、作戦失敗の責任を負わされかけてた人だったか。
貸しを作った……ってなると、フェルディナンドがそいつを庇ったってことになる。
別に意外だとは思わねぇ。こいつも貴族だ。貸しを作ったり恩を売るのも、根回しには必要だからな。
それはそうとして、嫉妬はする。俺は蔑まれてばっかなのに、中尉の野郎は庇われたのか。クソが。
「要するに、だ。事情を知ってる俺と同じ部隊になって、隙あらば乳繰り合おうって?」
「……訂正だ。貴様が余計な放言をせぬよう、監視する意図もある」
「でも、抱かれてぇんだろ」
「繰り返しになるが、私にとってこの状況は不本意であり不可抗力であり、非常に、極めて、甚だ不愉快である……と、改めて表明しておこう」
「……そこまで嫌がることなくねぇ?」
俺の言葉にはじろりと睨むだけで返し、フェルディナンドは煙草の灰を灰皿に押し付ける。
そのまま寝台に横になり、何も喋らなくなった。
「なぁなぁ、ロンディネッタ。もう足りたのかよ」
「気色悪いあだ名で呼ぶな。私は貴様の恋人ではない」
後ろから抱き着くと、素っ気ない態度で振り払われる。
……あー、腹立つ。ちっとも靡かねぇなこいつ。
「なぜ、私に執着する」
その質問には、いつもの軽口が出てこなかった。
「……本当に、何も憶えてねぇのかい」
「……何やら、私は貴様の不興を買ったのだろう。それだけは理解した」
「俺は、『憶えてねぇのか』って聞いたんだ」
「…………」
フェルディナンドはしばらく押し黙り、やがて、背を向けたまま言い放つ。
一応、心当たりを探しはしたんだろうか。
「記憶にない」
……ああ、嫌になっちまうね。
俺はその程度の存在だった。
俺は片時たりとも忘れたことなんてねぇのに、お前ときたら、アッサリと忘れやがってよ。
──薄汚いな
どうせ、「あの時」からそうだった。
俺は、奴にとって取るに足らない存在なんだろう。
「おい、まだ寝かせねぇぞ。付き合え」
「な……! 貴様、どれだけ絶り……ンンッ」
無理やりこちらを向かせ、噛み付くように口付ける。
俺は、お前を許さねぇ。……絶対にだ。
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