【R18】墜ちた将校、恩讐に啼く【完結済】

譚月遊生季

文字の大きさ
3 / 31
第一章 哀れみも、誉れも、愛も

第3話「先に手を出す者は二度殴る」※

しおりを挟む
 洞窟は封鎖されていた。将来有望と目された、若き将校の率いる先遣隊がやられたわけだ。それも当然だろう。
 俺は迷わず見張りの兵士に近づくと、耳打ちした。

「ビアッツィに栄光あれ」

 途端に見張りの顔つきが変わる。「お気を付けて」との声かけを背に、中に入った。
 足元に丸い「何か」がぶつかり、転がる。……人間の頭だった。

「……」

 気を引き締め、奥に進む。懐に手を入れ、隠し持っていた改造銃を取り出した。「裏」の方で流通してるブツなもんで、うかつに人目にゃ出せねぇが……これなら、魔獣にも効く。

「魔獣」と一口に言っても、その種族はかなり多岐たきにわたる。
 今や、人間がごく当たり前に用いるようになった「魔術」。……それが自然界に影響を与え、いくつかの動植物に変化が起こった。そん中で、人間に害があるものを「魔獣」と呼ぶ。「獣」と名がついちゃいるが、虫や植物が変異してる場合も少なくない。

 魔獣を刺激しないよう、慎重に進む。……血や臓物や身体の一部が辺りに飛び散ってはいるが、魔獣そのものはやけに大人しい。
 でかい寄生虫みてぇな魔獣だと噂に聞いていたが、おそらくは大量に「エサ」が手に入って食事に忙しいんだろう。
 本来ならここが仕留めるチャンスだろうに、想定外の損害で上層部も混乱してると見た。

「……あ?」

 血の海の中に、薄い金属板が落ちているのが見えた。ただの記念貨メダイに見えるが、今の時代、メダイに見えるもんはほぼほぼ魔術交信用の識別タグだ。
 表面の聖母マリア像がほんのり光り輝いている……つまり、「受信」があるらしい。

 拾い上げ、指先から魔力を流し込む。苦しげにうめく声が、メダイを通して聞こえ始めた。

「……ッ、せんけん、たいに、つぐ……っ」

 この声を、聞き間違えるわけがない。

「そっ、こく、たいひ、せよ……っ」

 息も絶え絶えに、苦悶の声を噛み殺すようにして、フェルディナンドは伝達を続ける。

「なお……わたし、を、みつけた、ものは……」

 耳を澄ませる。
 はぁ、はぁと乱れた息と、うごめく「何か」の音が、嫌な予感を伴って耳にまとわりつく。

「……ッ、く……っ、すぐに……ころ、せ……っ」

 苦しげな言葉の最後に、ぐちゅりと、かき回すような水音が聞こえた。

「あっ、んぁあっ、やめ、く……っ、ぅ、ぁ、あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 洞窟に絶叫が響き渡り、通信が途絶える。
 聞き間違いでなければ、今のは──

「……イッてた、よな……?」

 噂によると、今回の討伐対象はでかい寄生虫みてぇな魔獣だ。
「標的」は男を喰らい、養分にすると聞いた。
 ……そして、女を孕ませ、苗床にする……とも。



 ***



 探索に手間取ったが、魔力を明かりに変換し、数時間ねばってどうにか「核」の居場所を突き止めた。
 本来なら青く澄んだ地下湖があるはずの場所は、兵士たちが流した血で真っ赤に染まっている。この色じゃ、俺の麦わら色の髪もマラカイトの瞳も映りそうにねぇ。

 血色の湖を見渡せば、中央に奴はいた。

「く……ぅ、うううっ、ころ、せ……っ! ぃ、あぁあっ」

 軍服は無惨にも引き裂かれ、整った恵体けいたいがあらわになっている。
 鍛え上げられた肉体の上を、粘液まみれの触手が蠢いていた。

「あっ、アァッ……っ、は、なせ……ッ、んぁぁぁあっ」

 淫らな嬌声きょうせいを上げ、フェルディナンドは身悶える。
 抵抗は虚しく、身体は完全に触手に飲み込まれ、藍色の瞳は既に光を失っている。
 なけなしの理性すら蝕まれつつあるのは、目に見えて明らかだった。

「ぅ……ンッ、あぁあっ、孕まされ……ッ、あぁーーーーっ」

 ……この魔獣は、男を喰らって養分にし、女を孕ませ、苗床にするんだったか。
 フェルディナンドは男のはずだが、何かしらの「想定外」があったんだろう。理由が何にせよ、見ていて気持ちがいいもんじゃねぇ。
 ……いや、まあ、勃つには勃ったが。

「おい、離れろ化けモン……」

 繁殖に夢中な「核」に向け、改造銃を構える。

「俺より先にぶち犯しやがって、クソがよぉっ!!!!!!」

 ありったけの怒りを込めて弾丸をぶち込めば、ピキィだのキシャアだの変な声を上げて触手が暴れ回る。
 ばしゃんと派手な音を立て、もてあそばれ続けた恵体が真っ赤な粘液だまりに落ちた。

「う……」

 すかさず抱え、避難する。
 ついでに小型の催涙爆弾を投げ、魔獣の嗅覚やらなんやらを鈍らせておく。魔獣を殺すことは無理だろうが、身を隠して逃げることはできる。……ま、これも「裏」のブツだから、人間に直撃すりゃ運によっちゃ死ぬかもだけどな。

 フェルディナンドは俺の腕の中でぐったりしているが、生きているのに違いはない。
 青みがかった黒髪が、はらりと紅潮した頬にかかる。……クソ、無駄にエロい顔しやがって……。

 触手が届かない場所まで逃げ、地上に続く穴が見えたところで地面に下ろす。
 フェルディナンドはガタガタと震えながら、半狂乱になって俺に縋り付いてきた。

「こ、ころせ、殺せ殺せ殺せ……ッ」
「落ち着けよ。何も助からねぇ傷じゃないです」

 肩を掴んで言い聞かせる。
 月光に照らされた藍色の瞳は焦点が合わず、見開かれた両眼からは大粒の涙がボロボロと溢れ出している。

「は、腹に……腹に……ッ」
「……ああ……産み付けられたんですか」

 腹の方に目をやれば、確かにさっきまで凹んでいたはずの腹が、妊婦のごとく膨らんでいる。
 何だったっけか。あの魔獣は女の子宮に産卵して、幼体が中で育って出てくるんだっけか。この成長速度なら、もう何度か産まされててもおかしくはねぇ。
 ……いや、こいつ男だろ。なんでそうなった……?

「大丈夫ですよ。産まれたらすぐ『処理』するんで、とっととひり出してください」

 俺の言葉に、フェルディナンドは真っ青になって震える。

「な、きさまっ、ここで……ここで、私に産めというのか!?」
「じゃあ外出てから、皆の前で産みます?」
「……く、ぅうう……。こ……殺せ! これは上官命令だ……ッ」
「じゃあ命令違反します。俺、真面目に兵士やる気とか別にないんで」

 俺の言葉に、フェルディナンドの表情が絶望に染まる。
 そのまま膨れた腹を押さえ、苦しそうに呻いた。そろそろ、限界が近いんだろう。

「ほら、早く」

 手伝ってやろうと、脚を掴んでガバッと開く。

「見る、な……っ、見るな見るな見るなぁぁぁぁっ!」

 絶叫を上げながら、フェルディナンドは俺の目の前で魔獣の赤子を産み落とした。



 ***



 気絶したフェルディナンドを抱え、拠点へと運ぶ。
 落ち着いた状態で、再び奴の身体をまじまじと眺めた。よく鍛えられ、引き締まった肉体の上、胸や腹に妙な形の紋章が輝いている。おそらくだが、触手の力で刻まれちまったんだろう。孕まされてたしな……。

 さすがにこのエロい身体を他の野郎に見られるのはしゃくなので、自分の軍服を被せて隠してやる。
 出産した幼体は俺が処理したし、負傷は俺の魔術でもすぐに癒やせたし、身体は綺麗に拭いてやった。……周りからは、衰弱してるだけに見えるだろう。

 訓練兵の雑魚寝ざこね部屋に連れてくわけにもいかず、拠点の入口にそっと寝かせ、足早に立ち去った。あとは、見張りの兵が見つけて助け起こすだろう。

 俺が志願兵としてのには、色々と事情がある。……今は、目立ちすぎるわけにゃいかねぇ。
 それに、プライドの高い奴のことだ。近いうちに俺を呼び出し、口止めをしてくるだろう。



 ……予想は当たり、翌日、将校用の私室に直接呼び出された。

「要件はわかるな。ジャコモ・ドラート訓練兵」

 磨き上げられたデスクの向こうから、鋭く、棘のある視線が俺を射抜く。
 つい昨夜の痴態ちたいが嘘かのように、「少尉殿」は冷静さを装っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

冷血宰相の秘密は、ただひとりの少年だけが知っている

春夜夢
BL
「――誰にも言うな。これは、お前だけが知っていればいい」 王国最年少で宰相に就任した男、ゼフィルス=ル=レイグラン。 冷血無慈悲、感情を持たない政の化け物として恐れられる彼は、 なぜか、貧民街の少年リクを城へと引き取る。 誰に対しても一切の温情を見せないその男が、 唯一リクにだけは、優しく微笑む―― その裏に隠された、王政を揺るがす“とある秘密”とは。 孤児の少年が踏み入れたのは、 権謀術数渦巻く宰相の世界と、 その胸に秘められた「決して触れてはならない過去」。 これは、孤独なふたりが出会い、 やがて世界を変えていく、 静かで、甘くて、痛いほど愛しい恋の物語。

処理中です...