遥かなる物語

うなぎ太郎

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最終章

死か、それとも

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夜が更け、周囲は徐々に静けさを取り戻し、敵の動きが鈍くなっているように見えた。しかし、その静けさの中にも危機感が漂っていた。

この夜は全員が敵陣を見下ろし、寝ずの番を続けていた。僕も粉コーヒーを何杯も啜りながら、半分閉じかけた目で麓に光る敵陣の明かりを見つめていた。

「もう少し持ちこたえてくれ。」僕は兵士たちに声をかけ、防備の強化を続けさせた。
敵軍とて大軍だ。山を包囲し持久戦を続ければ、兵站も悲鳴を上げ始める。とは言えこの地は大ザラリア王国の領内であり、テレルリンからもそれほど遠くはなかった。それに僕たちこそ物資が尽きれば、勝利の可能性の半分は無くなる。

色々と考えに耽るうち、次第に眼球が苦しみ始めた。両目が痛くなっていき、思わず目を閉じると、次第に意識が無くなっていった。

「シャルル様!大変です!起きてください!」
翌朝、まだ午前4時か5時という頃にクロードに叩き起こされた。

「大変です!敵が総力を上げて、山を登り始めました!」
僕は閉じかけていた目を見開いた。慌てて飛び起き、甲冑を装着し、槍を握り、馬に飛び乗る。

「敵襲!敵襲!」
既に陣地には敵軍が侵入し、早朝の薄暗さの中で、壮絶な場面が展開されている。
僕は生命の危機を感じながら、眼前の敵を次々となぎ倒していった。

槍先が敵兵の胸を突き、火山噴火のように血を噴出させる。次の瞬間には、別の兵士の顔面が引き裂かれ、悲鳴と共に地面に崩れ落ちた。

戦闘は激しさを極めた。
戦場が狭く、僕の炎魔法も思うように使えず、次第に戦況は不利に傾いていった。

「ラファエル!このままでは全滅するだけだ、血路を開いて脱出するぞ!」
僕はラファエルに呼びかけた。
「分かりました、シャルル様!包囲網の西側に集中攻撃を仕掛け、敵部隊を突破します!」

僕たちは再三に渡って脱出を図った。
「逃げねば後がない」という文字が、僕の頭の中で激しく回転する。しかし敵軍は簡単には僕たちを逃さない。その時戦場にいる敵兵全てが、悪魔に見えた。

「ハァハァ…」僕は息を荒くしながら、それでも生きる希望を捨てなかった。
マリーやアルベールの顔が浮かび、もう一度故郷の土を踏みたい一心で戦い続ける。

次の瞬間だった。

馬が石につまづき、よろけた。それとほぼ同時に、僕の左手を矢がかすめた。僕は思わず手綱を放す。自分の体が宙に浮かび、空を飛ぼうとしたが、そのまま地面に落下した。

「あぁっ!」
クロードが駆け寄ってきたが、わずかに間に合わなかった。

両腕を敵の兵士が掴み、僕は必死に抵抗を試みるが、両手を後ろに回される。手を縛っていく縄を感じた。そのまま僕は引っ立てられ、敵軍の奥深くへと連行されていった。

そう、僕は大ザラリア王国軍の捕虜となったのだった。

「シャルル様!」クロードが僕を追いかける。自らの命を捨て、護衛騎士として主君である僕を守ろうとする。
僕もその思いに応えようと手足をばたつかせるが、ついに抵抗も虚しく連行された。

それから僕は放心状態になり、気づいた時には大ザラリア王国首都、テレルリンまで連行されていた。

牢屋らしき石造りの建物に連れ込まれ、薄暗く狭い通路を通っていく。
一室に入れられ、ドアが閉められ、鍵のかかる音がした。

僕はしばらく鉄格子のはまった小窓を眺めて突っ立っていたが、やがてひざを床につき、床に崩れ落ちた。

僕は敵の捕虜となった、処刑されるのだ。
侯爵となり、新領地を賜り、ベルタン家の復興を果たし、最後にこのような形で死ぬとは、僕もよほど不運な男だ。

幸運の女神フォルトゥーナの加護を過信していたが、最後の最後に女神は微笑まなかったということだ。いや、考えてもみれば、今まで僕はどれだけの無辜の人間を殺してきたか。

戦争だけでは無い、陰謀でも多くの人を葬ってきた。フォール伯爵は別として、ベルトラン侯爵やモレル侯爵は全く無実の人間。2人の処刑が発表された時の、モレル侯爵の子息のあの目が忘れられない。

僕はいつも、家を出る時「生きて戻って来るよ」と言っていた。今まではその約束を守れていたかもしれないが、それがついに守れなくなる日がやって来たのだ。ああ、許してくれ、マリー、アルベール。君たちを裏切るつもりは毛ほども無かった。

マリーとアルベールの顔が、僕の脳裏に浮かんでは消え、彼らの声がこだまする。いつの日だったか、ジャンとフローランと一緒に、ボルフォーヌの森を冒険したことが思い出される。あの頃の幸せは、いまや遠い昔…。

それでも、家族と暮らし、故郷に暮らせる僕は幸せだった。家の復興は僕自身が望んだこと、手段に流血を用いても、それ自体は僕にとっての不幸では無い。

だが人の不幸の上に成り立つ幸せとは長続きしないものだ。戦場での数え切れない命の上に築かれたこの地位、そして僕が築こうとした未来。それが何の意味を持っていたのか、今ではまるで無価値に思える。

こんなにも多くの人たちを不幸にし、背負いきれないほどの罪を犯してきたのだから、きっと僕が最後に受けるこの運命は当然の報いなのだ。

それでも、心のどこかでほんのわずかにでも希望を持っていたい。もう一度、あの故郷ボルフォーヌに戻りたかった。しかし、それが叶うことはないのだろう。

数日後、僕は牢屋に足音が響くのを聞いた。

いよいよ処刑かと、僕は覚悟を決めた__

続く
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