遥かなる物語

うなぎ太郎

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第3章

揺れ動く世界

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それから6ヶ月の月日が流れた。
僕たちの幸せな生活は続き、実りの秋、クリスマスなどがあっという間に過ぎ去っていった。
その間、大戦はスラーレン帝国の有利に進み、各国では厭戦気分が高まったことから、講和会議が始まっていた。

僕は戦場に出る事は無く、平和で幸せな日々を過ごしていた。

我が国と3ヶ国連合の大戦は、それまで大国スラーレンに溜まっていた怒りの噴出だった。
我が国を含んだ大陸十八国の内我が国と3ヶ国は比較的強大だが、それ以外は大陸北東海岸の大ザラリア王国を除き弱小国と言える。
そのため多くの国々は我が国への鬱憤を晴らす機会が無かった。

しかし、歴史が動き出すのは突然である。
それはたった一人の人物の死によって始まることもある。

2月。皇帝陛下崩御の知らせが大陸全土を駆け巡り、衝撃を与えた。
スラーレン帝国はこれまで大陸の覇者として君臨してきたが、そのトップである皇帝陛下の崩御は、我が帝国の国際社会における地位を揺るがしかねなかった。

帝都エラルトの大聖堂で、雪が降りしきる中皇帝陛下の国葬が行われた。
国内の貴族は勿論、各国の大臣級の来賓も参列。僕も当然参列した。
広大な大聖堂は黒いドレープで覆われ、静寂と悲しみが会場に漂っていた。

ルイ皇太子殿下が新たな皇帝に即位することになった。
皇帝陛下の崩御は帝国に大きな衝撃をもたらしたが、僕と関係の深い皇太子殿下の即位は、宮廷において僕の地位を向上させるこの上ない機会チャンスでもある。

そしてある日、一枚の手紙がボルフォーヌに届いた。
「シャルル、大至急帝都に来い。」

僕は馬車に乗り、大急ぎで帝都への道を急いだ。
暖かい我が家を出ると、高原であるボルフォーヌの厳しい寒さが骨身に染みる。
それでも既に冬も終わりに差し掛かり、春の生命の息吹が感じられ始めていた。

帝都へ着くと、エラルトの街は騒然とした雰囲気だった。
号外を売る新聞屋が走り回り、道端の人々は、至る所で必死な表情で話をしていた。

王城の大広間では貴族たちもざわめいた様子だった。一体何が起きているのか、僕は不安だった。
まだ新皇帝の即位式も行われていないのに。

ルイ皇太子殿下、いや皇帝陛下が姿を現した。
にわかに大広間が静かになる。

「皆に伝えたいことがある。先帝の崩御に付け込み、各国が我が帝国に対する不穏な動きを見せている。そして先程、3ヶ国連合は講話交渉を突然打ち切ったばかりか、十八国の内12ヶ国が合従軍を結成し、我が国に対し宣戦を布告した。」

「この事態は我が帝国にとって極めて深刻なものだ。今や我が国と3ヶ国連合の戦いは、大陸全土に広がりつつある。」
皇帝陛下の言葉が大広間に響き渡り、その重みを感じさせた。大広間の空気が一変し、貴族たちは再び不安で覆われた顔でざわつき出した。

僕も不安で仕方がなかった。3年前、ジャンが放った言葉が脳裏に蘇った。
_____これで大陸の秩序は崩れますよ。
事実、戦争に次ぐ戦争で大陸の秩序は既に崩れている。
数百年前に成立した「十八国体制」は大きな変革の時を迎えていた。

そして、大陸は新たな歴史のページを開こうとしていた。

ボルフォーヌに帰ると、もう雪は降っていなかった。まだ高原特有の寒さは残っていたが、既に花々が芽吹き始めていた。
僕は、この危機を必ず乗り越えられると信じている。

1週間程経って、皇帝陛下から手紙が届いた。
合従軍が主力をモンシュール連邦君主国との国境付近に集中させているという事で、恐らくそこで決戦になるだろうという事だった。皇帝陛下自ら戦場へ出向くということだった。

合従軍の数は推定で総勢28万人。こちらのスラーレン軍は総勢30万人。

いくら相手は弱小国の集まりとは言え、12ヶ国も集まれば、スラーレン軍とほとんど変わらない。
栄光か滅亡か、スラーレン帝国の運命をかけた一戦であることは明らかだ。

ベルタン軍に再び召集命令が出され、僕はラファエル、ロジェ、ジョゼフたちと共に再び戦場へ向かうこととなった。

出発の日、僕は再び馬上で甲冑に身を包み、町の広場にいた。広場にはベルタン軍のほぼ全兵力が集結し、その多さのために広場に入りきらないほどだった。

マリーや母上、ルネ、イザーク、ジャン、フローランは、人混みを掻き分け僕を見送りに来てくれた。

マリーがそっと言った。「シャルル様、ご武運を…勝利をお祈りしています。」

母上が優しい微笑みを浮かべながら言った。「シャルル、どうか無事で帰って来て下さい。私たちはここで勝利を祈っています。」

ルネは心配そうにしながらも、僕を励ましてくれた。「お兄様、戦場で頑張ってください。無事に帰って来てくださいね。」

イザークが言った。「お兄様、どうかご無事で戻ってきて下さい。帰ってきたら、また一緒に遊ぼうね!」

ジャンが落ち着いた様子で言った。「ご武運を、シャルル様。あなたのご帰還をお待ちしております。」

フローランが言った。「シャルル様、ご武運を!必ずご無事で戻って来てください。あなたの勝利を信じています!」

家族の温かい言葉が、僕の胸に勇気を与えてくれた。僕は彼らのためにも必ず勝利を手にして戻らなければならない。そして父上に誓ったベルタン家復興の夢も、この戦いを機に必ず果たす。戦場で功績を立てて、侯爵の地位を奪い返すつもりだ。

「シャルル様、準備はいいですか?」ロジェが声をかけてきた。
僕は、「ああ、行くぞ。」と答え、「進軍開始!」と号令をかけた。

ベルタン家の旗が風になびく中、僕たちは広場を出発し、騎士たちが先頭を切って行進を始めた。騎兵隊や傭兵部隊、農兵部隊が続き、モンシュールとの国境の町、ポン=デ=コリーヌへの道を進み始めた。

景色は高原地帯から田園地帯へと移り、やがて荒涼とした砂漠へと入った。赤道直下のヴォンティーヌ砂漠は3月でも極めて暑く、僕たちは照りつけるような太陽の下、汗を流しながらひたすら街道を進んだ。
時に街道は舗装されておらず、同じような景色の続く砂漠の中では、どこが道なのかわからなくなる程だった。

砂漠の中を進む途中、僕たちは水の補給や休息のために、小さな村やキャラバン駅を訪れることができた。その地域の住民たちは、僕たちの到来に驚きと恐れを感じつつも、親切にもてなしてくれた。彼らの支援がなければ砂漠進軍は到底不可能だった。

数日の行軍の後、僕たちはポン=デ=コリーヌに到着した。
ポン=デ=コリーヌには既に帝国各地から各領主の軍が集結しており、物々しい雰囲気を呈していた。
30万の大軍はこの小さな町には入りきらず、周辺の草原に広大な宿営地が形成されていた。

僕たちは、ルイ皇帝陛下に挨拶をするために、陛下のテントへと向かった。

テントは流石に皇帝陛下の泊まるだけあって、周りのテントより5、6倍は広く、厳重な警備体制が敷かれていた。
僕はラファエルやロジェ、ジョゼフも伴っていたが、入ることが許されたのは伯爵である僕だけだった。
中ではルイ皇帝陛下が椅子に腰掛け、国軍の将校や、有力な貴族たちが陛下の前に立っていた。

「シャルル、よく来てくれた。君の勇敢な働きを期待しているよ。」
「ありがとうございます、陛下。この戦いで帝国の未来を守るため、全力を尽くします。」

テントの中の貴族たちには、宰相のルロワ侯爵、ポリアーヌでの戦いを共にしたシモン伯爵、マリーの父親であるモロー侯爵もいた。
スラーレンでも重要な貴族や武将たちは、ほとんどここに集まっているのではないかと思われた。

そして彼らは必ずしも友好的な関係では無く、多くの貴族には誰かしら敵がいるもので、宮廷内部では派閥争いもある。
ルロワ侯爵の率いる派閥と、モレル侯爵の率いる派閥が2大巨頭で、ルロワ派にはシモン伯爵、モロー侯爵、ローラン侯爵らが参加し、モレル派にはベルトラン侯爵、フォール伯爵らが参加している。

ベルタン家はルロワ派と父上の代から関係が深く、フォール伯爵とは犬猿の仲だ。しかし最近はモレル派から多くの貴族が離れていっており、アダンのロベール家やフィリップのトマ家、ピエールのデュポン家もルロワ派に属している。

貴族たちの前で、皇帝陛下は静かながらも力強い口調で話し始めた。
「皆、今回の戦いは我が帝国の存亡をかけた戦いとなる。我が帝国はこれまで多くの試練に立ち向かってきたが、今回の戦いはそれ以上の挑戦となるだろう。

国境の向こう側に集まっている合従軍は、大陸の覇権を奪おうとする野心を持っている。しかし、我々は彼らの野望を打ち砕く決意で臨む。

この戦いが我が帝国の運命を左右するだけでなく、大陸の情勢を大きく揺るがすことは明白だ。十八国体制が崩壊し、新たな秩序が築かれる時代が来るだろう。我々はその変革の中心に立ち、帝国の名誉と栄光を守る覚悟である。

皆、今ここに集まる者たちよ。それぞれの立場を超え、我々は一つの目的の下に団結しなければならない。
我が帝国の、大陸の未来を守るため、皆が共に力を合わせて戦うのだ。」

僕は皇帝陛下の言葉に心を打たれた。陛下になら従える。陛下について行こう。僕が決意した瞬間だった。

「シャルルよ、この後2人で話さないか?」
「承知致しました、陛下。」僕は深く頭を下げた。

他の貴族たちがテントを後にすると、テントの中には陛下と僕だけが残った。
「さあ、心ゆくまで話そう、シャルル。まだ私たちが学園にいた昔のように、お互い打ち解けあって話そうでは無いか。」

続く
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