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小咄
身代わり濃姫(小咄)~ふじのすけのぼうけん・壱~
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主君である信長の命を受け、京にいる帰蝶の兄・雪春を探すために、藤ノ助は京に向かっていた。
藤ノ助が上洛するのは、初めてのことではない。
以前にも、信長や信長の父の信秀の命を受けて、何度か上洛したことがある。
しかし、その時の滞在時間はどれも短いものだったので、さほど京に詳しいかといえば、そうでもなかった。
今回はかなりの長期滞在になるかもしれないという覚悟をしている。
雪春の兄は京にいたらしい……という情報しかなく、すでに近隣のどこかへ移動している可能性も十分にある。
そうなると、顔も知らない、情報も乏しい雪春の居所を探すのは、かなりの困難が伴うだろう。
しかし、主命なのだから、雪春が見つかるまで探すのが、藤ノ助の役目だった。
この藤ノ助は、諜報活動や暗殺など、さまざまな特技を持っているが、実はどこでも寝ることができるという特技も持っている。
寝ようと思ったその場所が寝床であり、寝ようと思ったその時が就寝時間となるのだ。
尾張をたって一昼夜、ほぼ休まずに歩き続けた藤ノ助は、京まであと少しというところまで来たが、身体がそろそろ睡眠を欲していることに気づいて休むことにした。
時刻はまだ夕刻ではあったが、藤ノ助には関係ない。
身体が『睡眠』といっているのだから眠るだけである。
いつものように、安全に身体を休める場所を確保し、ありったけの防寒具をかき集めて身体に纏い、横になる。
次の瞬間にはもう、藤ノ助は夢の中だった。
そしてかなりの時間が経過し、藤ノ助はふと何かあたたかくふさふさしたものの気配を感じて目を覚ました。
身体は睡眠時間に十分満足しているようだった。
よく眠ったこともあり、頭の覚醒が少し遅れていた。
だから、それに気づくのも少し遅れた。
(何か……いる……)
藤ノ助はぼんやりとした目で、自分が密着している、あたたかくふさふさしたものの正体を確かめる。
「…………」
それは、一頭の子熊だった。
まさか自分を親熊だとでも勘違いしたのだろうか……。
道理でこの極寒の空の下、やたらあたたかく気持ち良く眠れたのだと藤ノ助は理解した。
忍びの習性で、藤ノ助は即座に気配を殺した。
しかし、野性の熊にそれがどこまで有効かは藤ノ助にも分からない。
もしもここに親熊が現れたりなどしたら、周防藤ノ助という人間の一生はここで終わるだろう。
それはそれで良いのかもしれないとも思いつつも、役目途中で命が尽きた弟を、双子の兄はきっとさんざん罵るのだろうと考えると、もう少し生きる努力でもしてみるかとも思う。
とりあえず、子熊を起こさないよいに、そっと、まずは手から話そうとしたのだが……。
「…………!」
何と子熊がすやすやと眠ったまま、無意識なのだろうか……藤ノ助に『行かないで』とでもいうように、その手を押さえつけてしまったのだ。
このまま子熊が起きるまで待つか、それとも離脱の努力を続けるか……藤ノ助はしばらく考え、ここは下手に動かない方が良いと判断した。
この状態は暖かいし、何より心地よい。
二度寝をすれば、とても気持ちの良い睡眠が取れそうだった。
藤ノ助の判断が伝わったのかどうか、子熊はさらにその身体を藤ノ助に密着させてくる。
そっと視線を空に向けて確認すると、夜明けがもう近いようだった。
夜が明ければ、子熊もきっと目を覚まし、勝手に自分から離れていくだろう……いや、そうであって欲しい。
できれば親熊は現れないでもらいたい。
そして、自分の睡眠の邪魔はしないでもらいたい。
藤ノ助はそんな願いを胸の中で唱えながら、とりあえず二度寝することにした。
睡眠時間は取りたいときに、そして取れるときにとっておくのが藤ノ助の信条だ。
そして、時間は過ぎる……。
次に藤ノ助が目を覚ましたのは、早朝の厳しい冷え込みと、そこにあったものの喪失感だった。
(いない……)
気がつくと小熊の姿はなくなっていた。
親熊が迎えに来たか、それとも自分で去って行ったのか。
子熊は藤ノ助が眠る前に唱えた願いを、ちゃんと聞いてくれていたかのように、藤ノ助の睡眠を邪魔することなく去って行ったのだ。
藤ノ助は少しの寂しさを感じた。
いずれにしても、藤ノ助が子熊のおかげで暖かく快適な睡眠を取ることができたのは事実だった。
藤ノ助は子熊に感謝しつつ、出立の支度をし、京への残りの道を急いだのだった。
藤ノ助が上洛するのは、初めてのことではない。
以前にも、信長や信長の父の信秀の命を受けて、何度か上洛したことがある。
しかし、その時の滞在時間はどれも短いものだったので、さほど京に詳しいかといえば、そうでもなかった。
今回はかなりの長期滞在になるかもしれないという覚悟をしている。
雪春の兄は京にいたらしい……という情報しかなく、すでに近隣のどこかへ移動している可能性も十分にある。
そうなると、顔も知らない、情報も乏しい雪春の居所を探すのは、かなりの困難が伴うだろう。
しかし、主命なのだから、雪春が見つかるまで探すのが、藤ノ助の役目だった。
この藤ノ助は、諜報活動や暗殺など、さまざまな特技を持っているが、実はどこでも寝ることができるという特技も持っている。
寝ようと思ったその場所が寝床であり、寝ようと思ったその時が就寝時間となるのだ。
尾張をたって一昼夜、ほぼ休まずに歩き続けた藤ノ助は、京まであと少しというところまで来たが、身体がそろそろ睡眠を欲していることに気づいて休むことにした。
時刻はまだ夕刻ではあったが、藤ノ助には関係ない。
身体が『睡眠』といっているのだから眠るだけである。
いつものように、安全に身体を休める場所を確保し、ありったけの防寒具をかき集めて身体に纏い、横になる。
次の瞬間にはもう、藤ノ助は夢の中だった。
そしてかなりの時間が経過し、藤ノ助はふと何かあたたかくふさふさしたものの気配を感じて目を覚ました。
身体は睡眠時間に十分満足しているようだった。
よく眠ったこともあり、頭の覚醒が少し遅れていた。
だから、それに気づくのも少し遅れた。
(何か……いる……)
藤ノ助はぼんやりとした目で、自分が密着している、あたたかくふさふさしたものの正体を確かめる。
「…………」
それは、一頭の子熊だった。
まさか自分を親熊だとでも勘違いしたのだろうか……。
道理でこの極寒の空の下、やたらあたたかく気持ち良く眠れたのだと藤ノ助は理解した。
忍びの習性で、藤ノ助は即座に気配を殺した。
しかし、野性の熊にそれがどこまで有効かは藤ノ助にも分からない。
もしもここに親熊が現れたりなどしたら、周防藤ノ助という人間の一生はここで終わるだろう。
それはそれで良いのかもしれないとも思いつつも、役目途中で命が尽きた弟を、双子の兄はきっとさんざん罵るのだろうと考えると、もう少し生きる努力でもしてみるかとも思う。
とりあえず、子熊を起こさないよいに、そっと、まずは手から話そうとしたのだが……。
「…………!」
何と子熊がすやすやと眠ったまま、無意識なのだろうか……藤ノ助に『行かないで』とでもいうように、その手を押さえつけてしまったのだ。
このまま子熊が起きるまで待つか、それとも離脱の努力を続けるか……藤ノ助はしばらく考え、ここは下手に動かない方が良いと判断した。
この状態は暖かいし、何より心地よい。
二度寝をすれば、とても気持ちの良い睡眠が取れそうだった。
藤ノ助の判断が伝わったのかどうか、子熊はさらにその身体を藤ノ助に密着させてくる。
そっと視線を空に向けて確認すると、夜明けがもう近いようだった。
夜が明ければ、子熊もきっと目を覚まし、勝手に自分から離れていくだろう……いや、そうであって欲しい。
できれば親熊は現れないでもらいたい。
そして、自分の睡眠の邪魔はしないでもらいたい。
藤ノ助はそんな願いを胸の中で唱えながら、とりあえず二度寝することにした。
睡眠時間は取りたいときに、そして取れるときにとっておくのが藤ノ助の信条だ。
そして、時間は過ぎる……。
次に藤ノ助が目を覚ましたのは、早朝の厳しい冷え込みと、そこにあったものの喪失感だった。
(いない……)
気がつくと小熊の姿はなくなっていた。
親熊が迎えに来たか、それとも自分で去って行ったのか。
子熊は藤ノ助が眠る前に唱えた願いを、ちゃんと聞いてくれていたかのように、藤ノ助の睡眠を邪魔することなく去って行ったのだ。
藤ノ助は少しの寂しさを感じた。
いずれにしても、藤ノ助が子熊のおかげで暖かく快適な睡眠を取ることができたのは事実だった。
藤ノ助は子熊に感謝しつつ、出立の支度をし、京への残りの道を急いだのだった。
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