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小咄
身代わり濃姫(小咄)~信長様に聞いてみよう・壱~
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(そういえば……織田信長って、蘭丸って小姓がいたのよね。その蘭丸と信長がうふふな関係になってっていう話をどこかで読んだことがあるような気がするのだけど……)
美夜はふと、そんなことを思い出した。
美夜の日本史知識の中に、織田信長の占める割合は決して多くはない。
それなのに、美夜が小姓の一人である蘭丸の名を覚えているのは、元の世界で少年愛を描いた小説を、兄にも内緒でこっそりと読んでいたからだ。
いつまで経っても彼女のできない兄も、ひょっとすると男の子ほうが好きなのかもしれないと勝手な妄想を膨らませ、胸をときめかせていたことは、絶対に兄には知られてはならない美夜の秘密だ。
ただ、美夜が読んでいたものに、性的な生々しい描写はなく、どちらかというと精神的恋愛を美しく描いたものばかりで、具体的にどういう行為をするのかということに関して、美夜はキス以上のものを知らない。
だからこそ美夜は、兄の雪春にファーストキスを捧げたことによって、処女に等しいものを捧げたような気持ちになり、踏ん切りをつけることができたのだし、その先の行為もその程度のものだろうと高をくくっていたからこそ、織田信長の元に嫁ぐという怖い物知らずな真似ができたのだろう。
ともあれ、そうしてこっそり読んでいた物語のひとつに、信長と蘭丸の物語を描いた短編小説があり、美夜の中で信長はそういう人だという認識が形成されるに至った。
(でも、今の信長様の小姓には、蘭丸って名前の子はいなかったはずだから、もっと先になってから出てくる予定なのかな……)
今は新婚だし、美夜のことをこよなく愛してくれている信長だが、いずれ蘭丸にその愛が向けられてしまう日が来るのだろうか……などと考えると、相手が男の子であるとはいえ、少し不安になってくる。
(の、信長様に聞いてみようかな……で、でも……何て聞けば良いんだろう……男の子は好きですか、とか……? 男と女、どっちが好きですか、とか……? でも、やっぱり変に思われるよね、そんなこと聞いたら……)
中途半端に知識があるというのも困りもので、美夜は蘭丸のことが気になって仕方がなくなる。
ちなみに、史実において蘭丸こと森成利が誕生するのは、これから約十五年後の話で、蘭丸が信長の小姓として召し抱えられるのは、さらに十二年後の話である……ということを、もちろん美夜は知らない(※そこで『じゃあ四十三歳の信長様が十二歳の蘭丸を……』などと妄想を膨らませてはいけません。本作の信長様のイメージがぶっ壊れてしまいます……)。
しかし、小説を読んで男同士の恋愛に胸をときめかせ、きゅんきゅんしていたあの頃とは違い、事が自分の夫の話となってくると、とたんに生々しい話になってくる。
(今も小姓は何人かいるけど、まさかその中の誰かと……ってことは……たぶん、ないかな。ないよね。うん……まだあって欲しくない……いちおう新婚だし……)
相手が女性よりは男の子のほうがまだ美夜の傷は浅く済みそうだが、それでもやはり、もしもそういうことがあれば複雑な気持ちになってしまうのは間違いなさそうだ。
「でも、信長様は本当はどちらが好きなのかな……」
男か、女か……。
相手が自分だけなら女と答えて欲しいけれど、そうでないなら男と答えてもらったほうが傷が浅くてすみそうな気がするのは何なんだろう……。
「俺の何が好きだって?」
「ふあっ!?」
「何だ、素っ頓狂な声を出して」
気がつけば信長が背後に立っている。
「もう、またですか!? 足音を立たせずに背後に来るのはやめてくださいってあれほど言ったのに……」
「別に気配を消して近づいてきたわけではないぞ。そなたが熱心に何かを考えておったから、足音が聞こえなかったのではないのか?」
「そ、そうですか……そうかもしれませんね、あはは……」
言われてみれば、確かに周囲の物音も聞こえないほどに集中して信長のことを考えていたのは事実だ。
「それで、好きだとか何だとか、いったい何の話だ?」
「え、あ、ええっと……」
(信長様は男と女、どっちが好きなんですかなんて聞けない……聞いてみたいけど、絶対聞けない……)
「まさか俺に何か隠し事か?」
信長にしかめっ面をして問われて、美夜は慌てて首を横に振る。
「そ、そんな……滅相もない!」
「では、先ほどのは何の話だ?」
「え、えっと……ですね……その……」
(聞いてみたい欲求は高まるばかりだけど……でも、それ聞いた後のいたたまれない空気を想像すると、やっぱり無理……でも、やっぱり聞いてみたい……かも……)
「あ、あの……っ……の、信長様は……っ……」
「な、何だ?」
(男と女……どちらがお好きですか!? って、やっぱり聞けない……)
「ど、どうしたのだ?」
「えっと、その……」
(早く聞いちゃえばいいのよ! 思い切って聞いちゃえば、すっきりするじゃない!)
自分にそう言い聞かせてみるものの、なかなか美夜は踏ん切りがつかない。
「だから、何なのだ?」
信長がだんだん苛立ってくるのを感じる。
「あ、あのですね……その……何と言いますか……」
「早く言え」
「お……」
「お……?」
「お肉とお魚、どちらが好きですか!?」
「肉と魚か……どちらも好きだが、どちらと言われればやはり魚だな!」
「お魚ですよね、やっぱり!」
「そなたも魚か。奇遇だな」
「やっぱり夫婦だからですかね」
「そうだな! 夫婦だからであろう!」
(うぅ、やっぱり聞けなかった……)
とりあえず笑ってごまなしながらも、敗北感にうちひしがれる美夜だった。
美夜はふと、そんなことを思い出した。
美夜の日本史知識の中に、織田信長の占める割合は決して多くはない。
それなのに、美夜が小姓の一人である蘭丸の名を覚えているのは、元の世界で少年愛を描いた小説を、兄にも内緒でこっそりと読んでいたからだ。
いつまで経っても彼女のできない兄も、ひょっとすると男の子ほうが好きなのかもしれないと勝手な妄想を膨らませ、胸をときめかせていたことは、絶対に兄には知られてはならない美夜の秘密だ。
ただ、美夜が読んでいたものに、性的な生々しい描写はなく、どちらかというと精神的恋愛を美しく描いたものばかりで、具体的にどういう行為をするのかということに関して、美夜はキス以上のものを知らない。
だからこそ美夜は、兄の雪春にファーストキスを捧げたことによって、処女に等しいものを捧げたような気持ちになり、踏ん切りをつけることができたのだし、その先の行為もその程度のものだろうと高をくくっていたからこそ、織田信長の元に嫁ぐという怖い物知らずな真似ができたのだろう。
ともあれ、そうしてこっそり読んでいた物語のひとつに、信長と蘭丸の物語を描いた短編小説があり、美夜の中で信長はそういう人だという認識が形成されるに至った。
(でも、今の信長様の小姓には、蘭丸って名前の子はいなかったはずだから、もっと先になってから出てくる予定なのかな……)
今は新婚だし、美夜のことをこよなく愛してくれている信長だが、いずれ蘭丸にその愛が向けられてしまう日が来るのだろうか……などと考えると、相手が男の子であるとはいえ、少し不安になってくる。
(の、信長様に聞いてみようかな……で、でも……何て聞けば良いんだろう……男の子は好きですか、とか……? 男と女、どっちが好きですか、とか……? でも、やっぱり変に思われるよね、そんなこと聞いたら……)
中途半端に知識があるというのも困りもので、美夜は蘭丸のことが気になって仕方がなくなる。
ちなみに、史実において蘭丸こと森成利が誕生するのは、これから約十五年後の話で、蘭丸が信長の小姓として召し抱えられるのは、さらに十二年後の話である……ということを、もちろん美夜は知らない(※そこで『じゃあ四十三歳の信長様が十二歳の蘭丸を……』などと妄想を膨らませてはいけません。本作の信長様のイメージがぶっ壊れてしまいます……)。
しかし、小説を読んで男同士の恋愛に胸をときめかせ、きゅんきゅんしていたあの頃とは違い、事が自分の夫の話となってくると、とたんに生々しい話になってくる。
(今も小姓は何人かいるけど、まさかその中の誰かと……ってことは……たぶん、ないかな。ないよね。うん……まだあって欲しくない……いちおう新婚だし……)
相手が女性よりは男の子のほうがまだ美夜の傷は浅く済みそうだが、それでもやはり、もしもそういうことがあれば複雑な気持ちになってしまうのは間違いなさそうだ。
「でも、信長様は本当はどちらが好きなのかな……」
男か、女か……。
相手が自分だけなら女と答えて欲しいけれど、そうでないなら男と答えてもらったほうが傷が浅くてすみそうな気がするのは何なんだろう……。
「俺の何が好きだって?」
「ふあっ!?」
「何だ、素っ頓狂な声を出して」
気がつけば信長が背後に立っている。
「もう、またですか!? 足音を立たせずに背後に来るのはやめてくださいってあれほど言ったのに……」
「別に気配を消して近づいてきたわけではないぞ。そなたが熱心に何かを考えておったから、足音が聞こえなかったのではないのか?」
「そ、そうですか……そうかもしれませんね、あはは……」
言われてみれば、確かに周囲の物音も聞こえないほどに集中して信長のことを考えていたのは事実だ。
「それで、好きだとか何だとか、いったい何の話だ?」
「え、あ、ええっと……」
(信長様は男と女、どっちが好きなんですかなんて聞けない……聞いてみたいけど、絶対聞けない……)
「まさか俺に何か隠し事か?」
信長にしかめっ面をして問われて、美夜は慌てて首を横に振る。
「そ、そんな……滅相もない!」
「では、先ほどのは何の話だ?」
「え、えっと……ですね……その……」
(聞いてみたい欲求は高まるばかりだけど……でも、それ聞いた後のいたたまれない空気を想像すると、やっぱり無理……でも、やっぱり聞いてみたい……かも……)
「あ、あの……っ……の、信長様は……っ……」
「な、何だ?」
(男と女……どちらがお好きですか!? って、やっぱり聞けない……)
「ど、どうしたのだ?」
「えっと、その……」
(早く聞いちゃえばいいのよ! 思い切って聞いちゃえば、すっきりするじゃない!)
自分にそう言い聞かせてみるものの、なかなか美夜は踏ん切りがつかない。
「だから、何なのだ?」
信長がだんだん苛立ってくるのを感じる。
「あ、あのですね……その……何と言いますか……」
「早く言え」
「お……」
「お……?」
「お肉とお魚、どちらが好きですか!?」
「肉と魚か……どちらも好きだが、どちらと言われればやはり魚だな!」
「お魚ですよね、やっぱり!」
「そなたも魚か。奇遇だな」
「やっぱり夫婦だからですかね」
「そうだな! 夫婦だからであろう!」
(うぅ、やっぱり聞けなかった……)
とりあえず笑ってごまなしながらも、敗北感にうちひしがれる美夜だった。
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