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小咄
身代わり濃姫(小咄)~明智光秀の乱・弐~
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※こちらの話は、第一章22話→明智光秀の乱・壱をお読みになられた後に読んでいただきますと、話の内容が分かりやすいかと思います。
与えられた仕事の報告のため、明智光秀は信長のもとへと向かっていたのだが。
見覚えのある人物が足を止めたので、光秀も思わず足を止めた。
(げ……!?)
相手の顔を見て光秀は、光秀は足を止めたことを後悔した。
それはこんな場所で会ってはならぬ相手だったからだ。
とりあえず立ち去ろう、そう思ったが、相手が声をかけてきたので、立ち去ることもできなくなってしまった。
「あの……お侍様、もしかしてどこかでお会……」
「会っておりません!」
光秀は即座に答えた。
どうやら相手はそれで納得してくれたようで、明るく笑った。
「そうですかぁ。いやぁ、気のせいだったのかもしれませんなぁ。これは失礼しました」
「いえ……では、失礼……」
「ううん、でも、見たことがあるような……やはりあなたはあの時お会いし……」
「会っておりません!」
再び強く即座に返答した光秀に、相手は苦笑しながら頭をかく。
「そ、そうですよねぇ。お侍様のような立派な方なら、一度お会いすれば忘れることもないでしょうし」
「そうですね……では私はこれ……」
いい加減に立ち去ろうと考えた光秀を見ながら、相手はまた首をかしげてしまう。
「でも、やっぱり見たことがあるような……やはりお会いし……」
「会っておりません!」
光秀はさらに強い言葉で否定した。
相手は気を悪くした様子もなく、愛想の良い笑いを浮かべる。
「ははは、そうですな。やはり私の気のせいでしょう。実はその方にもう一度お会いしたら、お礼が言いたくて、私は探していたのですよ」
「お礼?」
意外なことを言われ、光秀は思わず反応してしまった。
「ええ。その方は、清洲を落としたのは信長様の手柄ではなく、すべて家臣の手柄だとか、信長様は大うつけだとかたわけだとかいろいろ言っていかれましてねぇ。けしからんやつでしょう?」
「な、なるほど……それはけしからんやつですね」
とりあえず、光秀は話を合わせておいた。
「そう、けしからんやつだったのですがね。でも、そのけしからんやつのおかげで、私はこうしてお城へあげていただいているわけでして」
「ど、どういうことですか?」
光秀が問うと、相手は得意げな顔をして語り始めた。
「実は、信長様がお忍びで清洲城下に降りてこられたことがありましてね。私めの店に立ち寄ってくださったのですよ。私は相手が信長様などとは思わなかったものですから、そのけしからんやつに聞いたことをそのまま伝えたわけなのですが、そのことがなぜか信長様に気に入ってもらえるきっかけになったようでして」
「はぁ……?」
「おかげさまで今はこうして御用商人として認めていただき、信長様の御用を承ることができるようになりました。あのけしからんやつに会えたら、一言お礼を言いたかったのですがねえ」
「まあ、私には関係のないことです」
光秀はすました顔でそう告げた。
「そうでしたな。つまらぬ話をお聞かせして申し訳ございません。城下にお立ち寄りの際には、ぜひ正之助商店をごひいきに!」
正之助はそう告げると、ご機嫌な様子のまま立ち去って行った。
正之助の姿が見えなくなると、光秀はがっくりと肩の力が抜けた。
「何たる敗北感……」
光秀は目眩を感じて額に手を当てる。
決してこれは寝不足だからというだけではないだろう。
信長を絶賛する正之助に苛立ちを感じ、日頃の忙しさに対するせめてもの抗議の意味を込めて正之助に信長の悪口を言ったことが、まさかこんな展開になっていたとは……。
「ああ、光秀。そこにおったのか」
信長に声をかけられ、光秀は慌てて居住まいを正した。
信長に、心の中の光秀の動揺を悟られてはならない。
「私も今、信長様のところへ参ろうと思っておりました」
涼しげに微笑みながらそう言うと、信長も笑った。
「俺もそなたを探しておったのだ。ちょうど良かった」
「あの……何か私に御用で?」
光秀は嫌な予感を感じつつ聞いてみる。
「ああ。いろいろ用ができた。そなたに追加の仕事だ。清洲の近くに最近盗賊が頻繁に現れて商人たちが困っておるらしいからその対策と、城下の町に猿が降りてきて困っておるらしいからその対策と……それから……」
要件がひとつでは済まないようなので、光秀は思わず口を挟んで問い直した。
「あの……まだあるんですか……?」
「ああ、心配はいらぬ。あと三つほどだ」
「三つ……」
……ということは、全部で五つ。
ただでさえ、光秀の仕事は溜まりに溜まってそれを片付けるのが精一杯だというのに、よくも平気で仕事が追加できるものだと光秀は決して軽くはない殺意を信長に覚えた。
しかし、信長は光秀の心中など知ることもないから、次から次へと用事を言いつけていく。
「……以上だ! では、頼んだぞ!」
「……はい、かしこまりました」
うんざりとした気分を顔に出さないようにしながら、光秀は信長に静かに頭を下げる。
「あ、もうひとつ思い出した!」
「ま、まだあるんですか……」
顔をあげかけた光秀が、思わずうんざりとした表情をしていたのは、仕方のないことだろう。
「これが一番大事な用だ。次にどこの城を攻めるのが良いか、考えて策と共に提示せよ。できるだけ早急に。ああ、今日中とは言わぬ。明日ぐらいで大丈夫だ。そなたも忙しいであろうからな。ただし、確実に落とせそうな城に限るぞ。では、頼んだ」
「…………」
言いたいことを言い終えると、信長はさっさとどこかへ行ってしまった。
(明日って……明日までに攻める城を決めて策も用意して出せだと? しかも確実に落とせそうな城だと? 人の睡眠時間をなんだと思っているのだ、あのうつけは……)
光秀はよろめきそうになる身体を、廊下の柱でかろうじて支える。
気がつくと、光秀はかたく拳を握りしめていた。
(いつか……絶対に……殺す……織田信長を、この明智光秀が殺す!!!!)
殺意を心の中で発散し終えた光秀は、すぐに脱力する。
「とりあえず……ひとつひとつ片付けていくしかありませんね……というか、また今日も徹夜ですか……はぁ……」
ひとまず目の前の仕事を片付けなければ、天下統一も信長暗殺もできないのだと思い知った光秀だった。
与えられた仕事の報告のため、明智光秀は信長のもとへと向かっていたのだが。
見覚えのある人物が足を止めたので、光秀も思わず足を止めた。
(げ……!?)
相手の顔を見て光秀は、光秀は足を止めたことを後悔した。
それはこんな場所で会ってはならぬ相手だったからだ。
とりあえず立ち去ろう、そう思ったが、相手が声をかけてきたので、立ち去ることもできなくなってしまった。
「あの……お侍様、もしかしてどこかでお会……」
「会っておりません!」
光秀は即座に答えた。
どうやら相手はそれで納得してくれたようで、明るく笑った。
「そうですかぁ。いやぁ、気のせいだったのかもしれませんなぁ。これは失礼しました」
「いえ……では、失礼……」
「ううん、でも、見たことがあるような……やはりあなたはあの時お会いし……」
「会っておりません!」
再び強く即座に返答した光秀に、相手は苦笑しながら頭をかく。
「そ、そうですよねぇ。お侍様のような立派な方なら、一度お会いすれば忘れることもないでしょうし」
「そうですね……では私はこれ……」
いい加減に立ち去ろうと考えた光秀を見ながら、相手はまた首をかしげてしまう。
「でも、やっぱり見たことがあるような……やはりお会いし……」
「会っておりません!」
光秀はさらに強い言葉で否定した。
相手は気を悪くした様子もなく、愛想の良い笑いを浮かべる。
「ははは、そうですな。やはり私の気のせいでしょう。実はその方にもう一度お会いしたら、お礼が言いたくて、私は探していたのですよ」
「お礼?」
意外なことを言われ、光秀は思わず反応してしまった。
「ええ。その方は、清洲を落としたのは信長様の手柄ではなく、すべて家臣の手柄だとか、信長様は大うつけだとかたわけだとかいろいろ言っていかれましてねぇ。けしからんやつでしょう?」
「な、なるほど……それはけしからんやつですね」
とりあえず、光秀は話を合わせておいた。
「そう、けしからんやつだったのですがね。でも、そのけしからんやつのおかげで、私はこうしてお城へあげていただいているわけでして」
「ど、どういうことですか?」
光秀が問うと、相手は得意げな顔をして語り始めた。
「実は、信長様がお忍びで清洲城下に降りてこられたことがありましてね。私めの店に立ち寄ってくださったのですよ。私は相手が信長様などとは思わなかったものですから、そのけしからんやつに聞いたことをそのまま伝えたわけなのですが、そのことがなぜか信長様に気に入ってもらえるきっかけになったようでして」
「はぁ……?」
「おかげさまで今はこうして御用商人として認めていただき、信長様の御用を承ることができるようになりました。あのけしからんやつに会えたら、一言お礼を言いたかったのですがねえ」
「まあ、私には関係のないことです」
光秀はすました顔でそう告げた。
「そうでしたな。つまらぬ話をお聞かせして申し訳ございません。城下にお立ち寄りの際には、ぜひ正之助商店をごひいきに!」
正之助はそう告げると、ご機嫌な様子のまま立ち去って行った。
正之助の姿が見えなくなると、光秀はがっくりと肩の力が抜けた。
「何たる敗北感……」
光秀は目眩を感じて額に手を当てる。
決してこれは寝不足だからというだけではないだろう。
信長を絶賛する正之助に苛立ちを感じ、日頃の忙しさに対するせめてもの抗議の意味を込めて正之助に信長の悪口を言ったことが、まさかこんな展開になっていたとは……。
「ああ、光秀。そこにおったのか」
信長に声をかけられ、光秀は慌てて居住まいを正した。
信長に、心の中の光秀の動揺を悟られてはならない。
「私も今、信長様のところへ参ろうと思っておりました」
涼しげに微笑みながらそう言うと、信長も笑った。
「俺もそなたを探しておったのだ。ちょうど良かった」
「あの……何か私に御用で?」
光秀は嫌な予感を感じつつ聞いてみる。
「ああ。いろいろ用ができた。そなたに追加の仕事だ。清洲の近くに最近盗賊が頻繁に現れて商人たちが困っておるらしいからその対策と、城下の町に猿が降りてきて困っておるらしいからその対策と……それから……」
要件がひとつでは済まないようなので、光秀は思わず口を挟んで問い直した。
「あの……まだあるんですか……?」
「ああ、心配はいらぬ。あと三つほどだ」
「三つ……」
……ということは、全部で五つ。
ただでさえ、光秀の仕事は溜まりに溜まってそれを片付けるのが精一杯だというのに、よくも平気で仕事が追加できるものだと光秀は決して軽くはない殺意を信長に覚えた。
しかし、信長は光秀の心中など知ることもないから、次から次へと用事を言いつけていく。
「……以上だ! では、頼んだぞ!」
「……はい、かしこまりました」
うんざりとした気分を顔に出さないようにしながら、光秀は信長に静かに頭を下げる。
「あ、もうひとつ思い出した!」
「ま、まだあるんですか……」
顔をあげかけた光秀が、思わずうんざりとした表情をしていたのは、仕方のないことだろう。
「これが一番大事な用だ。次にどこの城を攻めるのが良いか、考えて策と共に提示せよ。できるだけ早急に。ああ、今日中とは言わぬ。明日ぐらいで大丈夫だ。そなたも忙しいであろうからな。ただし、確実に落とせそうな城に限るぞ。では、頼んだ」
「…………」
言いたいことを言い終えると、信長はさっさとどこかへ行ってしまった。
(明日って……明日までに攻める城を決めて策も用意して出せだと? しかも確実に落とせそうな城だと? 人の睡眠時間をなんだと思っているのだ、あのうつけは……)
光秀はよろめきそうになる身体を、廊下の柱でかろうじて支える。
気がつくと、光秀はかたく拳を握りしめていた。
(いつか……絶対に……殺す……織田信長を、この明智光秀が殺す!!!!)
殺意を心の中で発散し終えた光秀は、すぐに脱力する。
「とりあえず……ひとつひとつ片付けていくしかありませんね……というか、また今日も徹夜ですか……はぁ……」
ひとまず目の前の仕事を片付けなければ、天下統一も信長暗殺もできないのだと思い知った光秀だった。
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