身代わり濃姫~若き織田信長と高校生ヒロインが、結婚してから恋に落ちる物語~

梵天丸

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小咄

身代わり濃姫(小咄)~明智光秀の乱・壱~

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※第一章22話を読んでいただいた後でお読みいただけますと、内容が分かりやすくなるかと思います。

「あのたわけ殿は……人の限界というものを知っているのでしょうか……知らないのでしょうね……たわけですから……」
 ふらふらとした足取りで、明智光秀は清洲きよす城下の町に降り立ったが、徹夜明けの目には、外の光はあまりにも眩しすぎた。
 光秀が『たわけ殿』と呼んだのは、もちろん彼の主である織田信長のことである。
 仕事ができない男などと思われるのもしゃくなので、与えられる仕事をすべて引き受けてしまった自分の責任を一切合切、棚上げにして、一度は『たわけなどではなかった』と思った主のことを、再び『たわけ』と心の中で罵り始めた光秀だった。
 しかし、おかげで今のところ、光秀に対する信長の覚えは良いようだ。
 信長の家臣たちの中でも、光秀はかなり高い地位にあるといえるだろう。
 もちろん、そんな些細な地位で満足するつもりはないが、天下統一に向けて、順調に光秀の作戦は進んでいるといっても良い。
(あのたわけ殿には、天下統一のぎりぎりまで頑張ってもらって、そこで退場していただきましょう。その時のことを考えれば、三日や四日、五日や六日の徹夜ごときで挫けている場合ではありません……)
 光秀が変装をして城下の町に降りてきたのは、これまた信長から押しつけられた町の設備の修復箇所を確認するためだった。
 町の人間から上がってきている報告書と、実際の修復箇所を見比べ、普請の予算を出すのが妥当かどうかを見極めるのが光秀の役割だった。
 そのためには、こうして素性を隠し、町人に紛れて調査をするのが、正確な情報を得るためにもっとも効率の良い方法だった。
(それにしても、騒がしい町ですね。騒がしいのはあのたわけがふれを出して人を集めたからに他なりませんが、まさかその人選まで押しつけられるとは……)
 いくら農民から商人まで誰でも応募できるといっても、下手な人間を信長に近づけるわけにはいかない。
 そんなことをすれば、ひいては光秀の計画にも狂いが生じてしまう。
 しかし、中には思わぬ才能を発揮する人材もいるので、それを見過ごさないようにすることも必要だった。
(それにしても……少し休まないと身が持ちませんね……たまに徹夜で気絶していると、あのたわけが布団をかけてくれているようですが、その程度で埋め合わせをしているつもりなのでしょうか。布団をかける暇があるのならばろくを増やせと私は訴えたい……)
「旦那様、奥様にいかがですか? これは清洲の新しい城主、信長様の誕生を記念して、特別にお安くしておきますよ!」
「あ、あぁ……」
 気がつくと信長は、とある雑貨店の店主に捕まっていた。
 店主の名は正之助しょうのすけという。
「すごいですねぇ! 新しい城主である信長様は、たった一晩であの清洲城を落としたんですよ! しかもまだ若い殿様だというではありませんか! いやぁ、本当にすごい! 信長様万歳!」
 信長を絶賛する正之助の言葉に、光秀はだんだん腹が立ってきた。
「私が聞いた話では、あの清洲の一夜攻めはすべて家臣の手柄によるものだそうですよ」
「ええっ!? それは本当ですか!?」
「ええ、本当です。信長様の家臣に非常に優秀な者がいて、その者がすべて取り仕切り、先陣を切って戦ったからこそ、清洲が一夜で落とせたのですよ。間違った情報を広めてもらっては困ります」
「ははぁ、なるほど~」
 正之助は素直に感心している。
「織田信長という人は、隣国にまで響き渡る大うつけです。尾張の大うつけといえば、皆、織田信長のことだと知っています。貴方も知らないわけがないでしょう?」
「はぁ、聞いたことがあるようなないような……」
「こうも呼ばれています。『たわけ殿』と」
「なるほど。信長様ってそんな方だったんですねぇ~。でも、たわけや大うつけにも使い道はあるんじゃないですか?」
「ええ、あるでしょうね。彼の傍には優秀な家臣がいますから、たとえ彼自身がたわけだろうが大うつけだろうが、使いこなすでしょうね」
「では、まわりまわって結局清洲は安泰ということでよろしいんでしょうか、旦那様?」
「そういうことです。清洲は安泰です。優秀な家臣のおかげで」
「なるほど! これは景気の良い話をお聞きしました! もう一声、下げますからこちらをいかがですか、旦那様? きっと奥様にお似合いですよ」
 にこにこと笑いながら正之助が差し出してきたのは、南蛮なんばん風の石がついたかんざしだった。
 なかなか小洒落ているなと光秀は感心し、
「では、それをもらおう」
 と、渡す相手もいないのに買い求めた。
 品物が良いものであったということもあったし、ここで断ってただ愚痴を言って帰っていっただけの侍とも思われたくなかった。
「まいどありがとうございます! またお越しください、旦那様!」
 愛想の良い店主に見送られ、光秀は買い求めたかんざしを懐の中に収める。
(まあ、そのうち……贈る相手も見つかるでしょう。それよりも、早く仕事を終わらせなくては……また眠る時間が。このままでは、天下統一する前に、いや、結婚する前に死んでしまう……)
 光秀はふらふらとしたおぼつかない足取りで、人でごった返す清洲の通りを歩いて行った。
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