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第四十六話 誰かを守りたいという気持ちは
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私が療養を終えて元の生活に戻るまで、結局一週間ほどかかった。
当初は3,4日もすれば治ると思っていたけれど、思ったよりも体が弱っていたようだった。
その間、ラウル様は仕事の合間などにも様子を見に来てくれていた。
忙しいはずなのに申し訳ない気持ちになったが、普段は慌ただしくてできないような話もできて、以前より少し距離感が縮まったような気がする。
そして今日は、ようやくお医者様の許可も出て、カイルと一週間ぶりに顔を合わせることになった。
ラウル様が言っていたカイルへの「課題」が関係しているのか、カイルは外で待っているとのことだったので、毛皮を着込むことになった。
毛皮はラウル様が用意してくれたもので暖かかったけれど、着込みすぎでだるまのようになってしまう。
「あの、こんなに着込む必要ありますか?外といっても、お城の中ですし…この中の毛皮は一枚脱いでも…」
「ダメです。まだ完全に本調子ではないですし、今日は特に冷えますから」
「はい…」
一週間も寝込んで迷惑をかけてしまった身としては、着ぶくれぐらいで文句は言えない。
「こちらです」
ラウル様が私の手を引いてくれる。
本来なら目が見えている私が手を引くべきなのだろうけど、ラウル様には必要ないようだった。
今からどこへ向かうのか分からないので、とりあえずついていくしかない。
ラウル様は見えていないにも関わらず、廊下の曲がり角なども正確に把握していた。
きっとよく通っている場所だからなのだろうとは思うけれど。
こうして曲がる場所や廊下の広さなどを把握できるまでには、かなりの時間と努力も必要だったはずだ。
「お母さん!」
建物の外へ出たところで、久しぶりに聴くカイルの声が響いた。
「どうしたの、その格好?」
カイルは騎士たちが着るような服を着て、木でできた剣を持っていた。
私が戸惑っていると、ラウル様が状況を説明してくれた。
「剣術の稽古を始めたんです。本人もやりたいというので」
「剣術の…」
「まだ始めて一週間ですが、今日はシャーレットさんにその成果を見て頂こうかと。稽古はマルティンが担当しています」
マルティン卿がぺこりと頭を下げる。
「カイル様はかなり筋がいいです。教え甲斐があります」
マルティン卿にそう言われると、自分のことではないのに、何だか少し誇らしい気持ちになる。
マルティンに褒められたカイルは、くすぐったそうに笑っている。
カイルが剣術をしている様子は想像がつかなかった。
勝手に文系男子だと決めつけてしまっていたのかもしれない。
「では、カイル様。いつも通りにやりましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」
マルティン卿とカイルの間には、すでに師弟のような雰囲気が漂っていた。
たった一週間会わなかっただけなのに、カイルが2つも3つも一気に年齢を重ねたように大人びて見える。
木剣を構えるカイルの姿は、今までに見たことのない雰囲気を漂わせていた。
「やぁ! とう!」
かけ声とともに、激しく木剣がぶつかり合った。
カイルはたどたどしいながらも、積極的にマルティン卿にぶつかっていく。
本人がやる気になったとラウル様は言っていたけれど、確かに、これまでにはなかった強い意志が感じられた。
「カイルは、あなたを守るために強くなりたいそうです」
ラウル様の言葉に、私は驚いて目を見開いた。
「私を?」
一応立場的に「お母さん」とは呼んでくれるけれど、まだ出会って1ヶ月ほどしか経っていない。
そんな私のために、強くなろうとしてくれているというのが不思議だった。
「誰かを守りたいという気持ちは、人を強くさせます」
「どうして私なんかのために…」
「カイルは人懐っこいところがありますが、誰彼構わずなつく子ではありません。シャーレットさんには、心を許せる何かを感じたのではないでしょうか」
そんな話をしている間にも、容赦のない立ち合いが続いている。
カイルはマルティン卿に何度も押し返され、剣を落とされ、それでも再び剣を取って向かっていく。
「えいっ! やー!」
寒空の下、頬を真っ赤にしながら剣を振るカイルの姿を見ているうちに、目のあたりが熱くなってきた。
ラウル様がカイルに剣術の稽古を始めさせたのは、常に危険にさらされる可能性のある自分の身を守らせるためだろう。
幼い子が命の危険に立ち向かわなくてはならない現実に胸が痛む。
そして、自分の身が脅かされているというのに、私の身を案じてくれるやさしい心に、申し訳なさとともに胸が熱くなった。
やがて、一通りの稽古を終えたカイルが、飛び跳ねるような勢いで私の元へ駆けてくる。
「お母さん!」
私は胸に飛び込んできた小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「どうだった?」
そう言ってから、カイルは怪訝そうな顔をする。
「お母さん、どうして、泣いてるの?」
当初は3,4日もすれば治ると思っていたけれど、思ったよりも体が弱っていたようだった。
その間、ラウル様は仕事の合間などにも様子を見に来てくれていた。
忙しいはずなのに申し訳ない気持ちになったが、普段は慌ただしくてできないような話もできて、以前より少し距離感が縮まったような気がする。
そして今日は、ようやくお医者様の許可も出て、カイルと一週間ぶりに顔を合わせることになった。
ラウル様が言っていたカイルへの「課題」が関係しているのか、カイルは外で待っているとのことだったので、毛皮を着込むことになった。
毛皮はラウル様が用意してくれたもので暖かかったけれど、着込みすぎでだるまのようになってしまう。
「あの、こんなに着込む必要ありますか?外といっても、お城の中ですし…この中の毛皮は一枚脱いでも…」
「ダメです。まだ完全に本調子ではないですし、今日は特に冷えますから」
「はい…」
一週間も寝込んで迷惑をかけてしまった身としては、着ぶくれぐらいで文句は言えない。
「こちらです」
ラウル様が私の手を引いてくれる。
本来なら目が見えている私が手を引くべきなのだろうけど、ラウル様には必要ないようだった。
今からどこへ向かうのか分からないので、とりあえずついていくしかない。
ラウル様は見えていないにも関わらず、廊下の曲がり角なども正確に把握していた。
きっとよく通っている場所だからなのだろうとは思うけれど。
こうして曲がる場所や廊下の広さなどを把握できるまでには、かなりの時間と努力も必要だったはずだ。
「お母さん!」
建物の外へ出たところで、久しぶりに聴くカイルの声が響いた。
「どうしたの、その格好?」
カイルは騎士たちが着るような服を着て、木でできた剣を持っていた。
私が戸惑っていると、ラウル様が状況を説明してくれた。
「剣術の稽古を始めたんです。本人もやりたいというので」
「剣術の…」
「まだ始めて一週間ですが、今日はシャーレットさんにその成果を見て頂こうかと。稽古はマルティンが担当しています」
マルティン卿がぺこりと頭を下げる。
「カイル様はかなり筋がいいです。教え甲斐があります」
マルティン卿にそう言われると、自分のことではないのに、何だか少し誇らしい気持ちになる。
マルティンに褒められたカイルは、くすぐったそうに笑っている。
カイルが剣術をしている様子は想像がつかなかった。
勝手に文系男子だと決めつけてしまっていたのかもしれない。
「では、カイル様。いつも通りにやりましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」
マルティン卿とカイルの間には、すでに師弟のような雰囲気が漂っていた。
たった一週間会わなかっただけなのに、カイルが2つも3つも一気に年齢を重ねたように大人びて見える。
木剣を構えるカイルの姿は、今までに見たことのない雰囲気を漂わせていた。
「やぁ! とう!」
かけ声とともに、激しく木剣がぶつかり合った。
カイルはたどたどしいながらも、積極的にマルティン卿にぶつかっていく。
本人がやる気になったとラウル様は言っていたけれど、確かに、これまでにはなかった強い意志が感じられた。
「カイルは、あなたを守るために強くなりたいそうです」
ラウル様の言葉に、私は驚いて目を見開いた。
「私を?」
一応立場的に「お母さん」とは呼んでくれるけれど、まだ出会って1ヶ月ほどしか経っていない。
そんな私のために、強くなろうとしてくれているというのが不思議だった。
「誰かを守りたいという気持ちは、人を強くさせます」
「どうして私なんかのために…」
「カイルは人懐っこいところがありますが、誰彼構わずなつく子ではありません。シャーレットさんには、心を許せる何かを感じたのではないでしょうか」
そんな話をしている間にも、容赦のない立ち合いが続いている。
カイルはマルティン卿に何度も押し返され、剣を落とされ、それでも再び剣を取って向かっていく。
「えいっ! やー!」
寒空の下、頬を真っ赤にしながら剣を振るカイルの姿を見ているうちに、目のあたりが熱くなってきた。
ラウル様がカイルに剣術の稽古を始めさせたのは、常に危険にさらされる可能性のある自分の身を守らせるためだろう。
幼い子が命の危険に立ち向かわなくてはならない現実に胸が痛む。
そして、自分の身が脅かされているというのに、私の身を案じてくれるやさしい心に、申し訳なさとともに胸が熱くなった。
やがて、一通りの稽古を終えたカイルが、飛び跳ねるような勢いで私の元へ駆けてくる。
「お母さん!」
私は胸に飛び込んできた小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「どうだった?」
そう言ってから、カイルは怪訝そうな顔をする。
「お母さん、どうして、泣いてるの?」
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