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第三話 勉強の日々

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「いえ、なんでも。このおドレスとか、布で作ったお花がついていて素敵です!」

 今私は、アンナ様の好意で洋服をあててもらいながら、じじいの相手もしていた。アンナ様との交流に邪魔なのですっこんでて欲しかったけど、これも介護なのかもしれない。
 という冗談はさておき、具体的な方法を知らされていなかったのできちんと知っておくのも大事だった。

「なら、これを少し手直ししてもらいましょう」
「何から何まで、ありがとうございます」
「マルク様のお願いですもの、幼馴染の頼み事は断らないことにしているのよ」

 花がほころぶ様に微笑む。彼女の王子への信頼が、見えた気がした。

「……彼は、アンナ様にとって素敵な人ですか?」
「あら、それは婚約者であるマリーの方が、よく知っているのではなくって? まぁ、幼馴染としてからなら、そうね。とても聡明で、楽しくて、優しい人よ」
「そうですか、答えてくださってありがとうございます」
「どういたしまして? じゃ、これとこれを、直しに出してくるわね」

 言うと、彼女は部屋を出て行く。残ったのは私とじじいだけだ。

「で。具体的に何をどうすれば良いわけ? 魔法少女って」
『単刀直入じゃのぅ。そうじゃな、お前さんがドボンと言いながら目を見た相手の魅了、眠れと言って見た範囲の人間の気絶。殲滅せよって言いながら名前を思い浮かべたやつの死、くらいが授けられる力かの』
「充分過ぎるし」
『ワシとしてはファンミするくらいの勢力にしたいのぅ』
「ファンミーティングはアイドルの仕事でしょじじい」
『外交も内政も、敵にせず味方や仲間と思わせたが勝ちぢゃよ。要はふぁんにすればよい。その点アイドルといえなくもないじゃろ?』
「なんか違う気がする」
『まぁ何はともあれ、行動あるのみじゃて』

 婚約者という立場、存分に使うと良いぞい。そう言った後、神様(仮)は沈黙した。アンナ様の足音を聞きつけたらしい。

(行動って言ったって、さぁ……)

 具体的なやる事を何も言われなかったものだから、私はちょっと困ってしまった。だって、この間まで小学生で、お姉さんのなりたてだ。何をすればいいのか想像すらつかなかった。



 ※



 戸惑ったまま、貴族のお屋敷の中で婚約者としての教育が始まった。この国の歴史、他国の歴史、近年の外交事情エトセトラエトセトラ。
 魔法少女としては、街ゆく人の困りごと解消、喧嘩の仲裁、歌って踊れる魔法少女になる為の練習(これが一番意味わかんない)、犯罪者の逮捕補助エトセトラエトセトラ。
 王子様と勉強する度、神様にレクチャーを受ける度、段々とイレギュラーが日常に溶け込んで、紅茶がミルクティーになるみたいに、混ざって当たり前になっていく。
 そうして半年があっという間に過ぎ、私は十三歳になっていた。ぅぅ……先生の新刊……。

「マリー、そこ間違っているよ。正しくは、」
「え、どこ。あ! わかるわかる、デムトラード皇国だよね。うっかりしてた」
「ふふ。うっかりに気付けたんだから、マリーはすごいよ」

 マルク様に褒められた。ちょっと得意げにすると、しょうがないなぁと彼が笑う。
 今私たちは王城で後継者としての勉強中だ。日本でとった杵柄とばかりに猛勉強して、王子の勉強範囲に追いついたので、たまに一緒にさせてもらっている。
 この半年、何くれと情報をもらったり、こうして一緒の時間を過ごしていく中で、マルク様とはちょっと仲良くなった。
 何より仮の婚約者だし、そうみせる必要もあったのでそれはもう積極的に仲良くなりにいったのも、ある。
 けど彼、勉強を一緒にする様になってから観察していたんだけど、本当に国のことを思っていて熱心だ。周りに仕える人にも優しく、不調なんて本人より早く気づいてお休みをあげていたり。けれど甘やかし過ぎない感じで、アンナ様がベタ褒めするのも理解できた。

「あれ、マリー。ちょっとじっとしていて」
「え」

 ふいに手が伸びてきて私の頬を擦る。

「とれた」

 微笑まれて見せられた彼の親指には、いつの間についていたのか、ペンのインクが掠れてついていて。

「……あり、がとう」
「どういたしまして」

 声がインクのように掠れていませんように。そう願いながら声を振り絞った。
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