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挿話
夏季休暇と避暑地 1
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夏真っ盛りの事。
学院の夏季長期休暇中に、わたくしは王子に招待され避暑地の別荘へと、侍女同伴で向かっていた。
「王家所有の別荘って、あれかしら? ……っと、とても大きいのね、ため息が出てしまいそうだわ……」
わたくしが手配されて乗った王子所有の馬車から見た景色は、今までに見た事がない程、大きかった。
敷地は少し高めの塀で囲まれ、見るからに長く続いていて。
その塀も鉄の洒落た格子柵がついていて、格子自体も要所要所に花の意匠があしらわれていたりと、とても可愛い。
――だいぶ眺めていたような気がしますわ。
やっと門が見えその中へと入った途端、四季折々の花々が咲くだろう生垣や、噴水が目の前に広がった。
あれは四阿だろうか?
少し大きめのそれは、彫刻のしてある柱があり、細部にまでこだわっている様で目に楽しい設計となっている。
目にするもの全てが新鮮で、かつ敷地は半日散歩しても回れるかしらと心配になる程、とっても広大だった。
その中を、馬車はカタゴトと揺れも少なく快適に進む。
わたくしったら、このような場所でちゃんとした振る舞いができるかしら。
少し不安な気持ちも乗せて、馬車は目的地へと近づいていく。
その建物も、実に贅を尽くされた意匠の洗練されたものであり、再度わたくしはため息を漏らすことになるのだった。
到着して案内された客間で、荷物を解くのをアンナに任せると、わたくしは応接セットの椅子へと腰を下ろした。
これも座った途端に、ふわっと包まれて、なんだか夢見心地の座りの良さなのに妙に気後れしてしまった。
勿論わたくしの家だって、公爵家ということもあって調度品はお母様がこだわってらっしゃる。
だけれど、次元が違うと感じてしまっていた。
「アンナ、わたくしこの椅子に座っていいのかしら……きちんと、座れていて?」
「お嬢様……殿下に誘われてこちらに来たのですから、堂々と座ってらして大丈夫だと思いますよ」
紅茶をもらって来ますから一息入れましょう、続けてはげますようにそう言うと、アンナは部屋を出ていった。
事実を口にしてもらっていくらか気持ちが落ち着いたのか、先ほどよりは安心してその場にいることができた。
コンコン
不意にノックの音が部屋に響く。
誰かしら? と思いながら相手の言葉を待っていると、
「メルティ」
と、とても甘やかな声がした。
途端わたくしの背筋は変にピンと伸びてしまって、考えがまとまらなくなった。
お休みに入って少し日が経ったから、久しぶり、ですわ。
クリスの声……
「入っても?」
少しぼぉっとしていたから、聞かれたことに反射的に返事をする。
「っはい!」
返事とほぼ同じタイミングにガチャッと音がして部屋へと入ってきたのは、当たり前だけれど招待をしてくれたクリスその人だった。
わたくしは慌てて椅子から立ち上がると、淑女の礼をし、彼がこちらにやってくるのを待つ。
彼は戸を半開きにしながら、わたくしの元へと歩いてきた。
「そんなに緊張しなくてもいいんだが。少し距離があったから疲れたろ? その、婚約者……なんだ、気楽にしてくれ」
言うと自分の発した単語に照れたのか、顔を真っ赤にしながら、頬を人差し指でかいている。
その様子にわたくしの頬も何だか熱を持った気も、したけれど……気にしないようにした。
気にしたらきっと、一緒にいられませんもの……。
彼が「座っても?」ときいてきたので了承の返事をする。
てっきり向かいの椅子に座るのだと思ったら、気楽にしてと言われて座ったわたくしの右隣に、すとんと腰を下ろしてきた。
きょ、距離が近い、ですわ……
何だか落ち着かなくて顔を見られないでいると、不意にクリスがわたくしの頬に右手で、触れてきた。
自然、視線が彼の方へと向かう。
瞳の熱が、わたくしにこれでもかというくらいに覆いかぶさってきて、目が逸らせなくなる。
あ……
学院の夏季長期休暇中に、わたくしは王子に招待され避暑地の別荘へと、侍女同伴で向かっていた。
「王家所有の別荘って、あれかしら? ……っと、とても大きいのね、ため息が出てしまいそうだわ……」
わたくしが手配されて乗った王子所有の馬車から見た景色は、今までに見た事がない程、大きかった。
敷地は少し高めの塀で囲まれ、見るからに長く続いていて。
その塀も鉄の洒落た格子柵がついていて、格子自体も要所要所に花の意匠があしらわれていたりと、とても可愛い。
――だいぶ眺めていたような気がしますわ。
やっと門が見えその中へと入った途端、四季折々の花々が咲くだろう生垣や、噴水が目の前に広がった。
あれは四阿だろうか?
少し大きめのそれは、彫刻のしてある柱があり、細部にまでこだわっている様で目に楽しい設計となっている。
目にするもの全てが新鮮で、かつ敷地は半日散歩しても回れるかしらと心配になる程、とっても広大だった。
その中を、馬車はカタゴトと揺れも少なく快適に進む。
わたくしったら、このような場所でちゃんとした振る舞いができるかしら。
少し不安な気持ちも乗せて、馬車は目的地へと近づいていく。
その建物も、実に贅を尽くされた意匠の洗練されたものであり、再度わたくしはため息を漏らすことになるのだった。
到着して案内された客間で、荷物を解くのをアンナに任せると、わたくしは応接セットの椅子へと腰を下ろした。
これも座った途端に、ふわっと包まれて、なんだか夢見心地の座りの良さなのに妙に気後れしてしまった。
勿論わたくしの家だって、公爵家ということもあって調度品はお母様がこだわってらっしゃる。
だけれど、次元が違うと感じてしまっていた。
「アンナ、わたくしこの椅子に座っていいのかしら……きちんと、座れていて?」
「お嬢様……殿下に誘われてこちらに来たのですから、堂々と座ってらして大丈夫だと思いますよ」
紅茶をもらって来ますから一息入れましょう、続けてはげますようにそう言うと、アンナは部屋を出ていった。
事実を口にしてもらっていくらか気持ちが落ち着いたのか、先ほどよりは安心してその場にいることができた。
コンコン
不意にノックの音が部屋に響く。
誰かしら? と思いながら相手の言葉を待っていると、
「メルティ」
と、とても甘やかな声がした。
途端わたくしの背筋は変にピンと伸びてしまって、考えがまとまらなくなった。
お休みに入って少し日が経ったから、久しぶり、ですわ。
クリスの声……
「入っても?」
少しぼぉっとしていたから、聞かれたことに反射的に返事をする。
「っはい!」
返事とほぼ同じタイミングにガチャッと音がして部屋へと入ってきたのは、当たり前だけれど招待をしてくれたクリスその人だった。
わたくしは慌てて椅子から立ち上がると、淑女の礼をし、彼がこちらにやってくるのを待つ。
彼は戸を半開きにしながら、わたくしの元へと歩いてきた。
「そんなに緊張しなくてもいいんだが。少し距離があったから疲れたろ? その、婚約者……なんだ、気楽にしてくれ」
言うと自分の発した単語に照れたのか、顔を真っ赤にしながら、頬を人差し指でかいている。
その様子にわたくしの頬も何だか熱を持った気も、したけれど……気にしないようにした。
気にしたらきっと、一緒にいられませんもの……。
彼が「座っても?」ときいてきたので了承の返事をする。
てっきり向かいの椅子に座るのだと思ったら、気楽にしてと言われて座ったわたくしの右隣に、すとんと腰を下ろしてきた。
きょ、距離が近い、ですわ……
何だか落ち着かなくて顔を見られないでいると、不意にクリスがわたくしの頬に右手で、触れてきた。
自然、視線が彼の方へと向かう。
瞳の熱が、わたくしにこれでもかというくらいに覆いかぶさってきて、目が逸らせなくなる。
あ……
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