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一章

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 逃げながらこの学院の地図を思い浮かべる。

 馬車のある門前か、難しいなら医療室……いいえ、今はとにかくもう帰らなくては。

 早る気持ちが思考力を鈍らせる。
 帰らなくてはというより、もう帰りたいという気持ちの方がほんとのところ、強かった。
 広場を突っ切る事にして急いで向かう。
 通りがかった東屋で見知った顔を見つけ、無視するわけにもいかず歩みを緩める。

 ぺこりと深くお辞儀をしそのまま門まで行こうと足を向けると、珍しくマルガレーテ様から声が掛かった。

「あら、メルティアーラ様ご機嫌よう。おげんき?」

 そのねっとりとした物言いに、思わず気持ち悪くなりそうになるのを気合いでなんとかした。

「ええ、変わりなくですわ。マルガレーテ様、殿下、御前失礼致しますわね。」

 私はしっかりと顔に笑みをのせた。
 先程何かあったなど、気取けどられてはいけない。

「そういえば――授業が終わってすぐ、ルミナリク様が探してらしたようでしたから、心当たりを教えて差し上げましたのよ。無事に、会えまして?」

 こてんと首を傾げながら艶やかに微笑む彼女に、一瞬虚をつかれる。
 仲良くもない貴方が何故わたくしの良くいる場所をわかるの、とか得体の知れなさに少し混乱して。

 ……わらわ、なくては……

 動揺を悟られたが最後、わたくしはきっと喉元を噛みちぎられてしまう。
 本能的に察してきゅっと唇を一瞬だけ引き結んだ後、わたくしは自分が思う最上級の笑顔を思い浮かべた。

「ご親切に、ありがとうございました。お陰で友人とその婚約者のお役に立てました」
「そう、それなら良かったわ」
「ご配慮感謝いたしますわ。では、わたくしはこれで」

 もう一度、今度はなるべく優雅に淑女の礼をすると、ゆったりと門の方へと歩く事にした。
 心が千切れそうになっているのを、決して知られたくはなかった。



 館へ帰ると、一番先に湯浴みをお願いする。
 左手に何かよくないものがまとわりついている気がして、入念に洗った。
 だけど、ゾッとした気分はなかなか消えてはくれなかった――。

 湯浴みから上がり一旦自室に戻る。
 何故だか机の上に、以前殿下からお見舞いにといただいた白いイブリスの花が、今度は束で、凝った包装もなくざっくりと、置いてあった。
 レイラードに聞いても今日は贈り物は特になかったという。

「もしかして、殿下から?……なぁんて、ね……っ、…………ふっ、……うっ。」

 我慢していたものが、堰を切って溢れてきて。
 初恋の名を冠する花の束を抱えてしゃがみ込み。
 涙が、とまらくなってしまった。
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