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一章
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学院に着くと、未だ固まったままの殿下をお付きの人に預け、わたくしは教室へと向かった。
朝色々あったので少し遅れ気味だった。
わたくしはあわててしまい、うっかり廊下の角でどなたかとぶつかってしまう。
「きゃっ!!」
近頃の鍛錬と、元々上背があるものだからお相手を吹き飛ばしてしまった。
「ごめ「だ、大丈夫ですわ!! ……お邪魔をしてしまって、ゆ、許してくださいまし……」
ぶつかってしまった燃える炎のような髪色をした令嬢は、泣きぼくろのついた濃い琥珀色の瞳をうるっとさせ、ふるふると怖いものでも見るかの様な表情をしてわたくしの謝罪を遮った。
そして流れる様に優雅に立ち上がると、やはりふるふるとしながらお辞儀をし逃げるようにその場を去る。
あまりに華麗に立ち去ったのでわたくしはきちんと謝罪をすることができなかった。
またお会いした際には、あらためて謝罪をしなくては。
去っていく歓迎挨拶で見かけたその方の、背中を見ながら佇んでいると授業開始のベルが鳴った。
今日の授業は女子は家政室で裁縫を習う。
貴族の子女には刺繍のみだが、一般には縫製等も習えるとあって裁縫の授業は人気が高いそうだ。
男子は詩作の授業で教室は別々である。
なのに何故かしら、わたくしの前に眩しいキラキラがあるわ。
「……殿下は詩作の授業では?というか、クラスも違ったはずですわ」
こそっと殿下に話しかけると、いたずらっ子の様な瞳がわたくしを捉えた。
そしてすっとわたくしの耳横に口を近づけると、囁く様に告げる。
「俺が学院長にわがままを言ったんだ。メルティともっと一緒にいたいから、クラスに編入させてくれーーってな」
耳にかかる湿った吐息が熱い。
殿下の低く掠れた声が妙に艶かしくて腰の辺りがむずむずする。
わたくしはガタッと椅子から転げ落ちそうになり、すんでのところでどうにか椅子に座り直した。
鍛錬がこんな所に役立つなんて……嬉しくないですわ。
「っ殿下、わたくしに、このようなお戯は」
「戯だとは、一度も言った覚えはないが?」
「え?」
「逆にこちらとしては必死だよ……定番の王子の口調と態度を真似するくらいには、な……」
色々混乱していて、殿下が最後に呟いた言葉はわたくしには届いていなかった。
何故心がこちらにある様な素振りをするのか。
ガラリと見せる態度が変わったのは何故なのか。
もしかしてとはやる心臓を沈めながら、取り敢えず気にしない様にしようと思い直し、授業を受けた。
授業中殿下はマリアと仲睦まじげだったし、たおやかな佇まいから野生味溢れる振る舞いに変わっても級友にはさして戸惑うことではなかったらしく、むしろさらに株が上がって妙にその場に馴染んでいた。
わたくしは心の中で平常心と二百回ほど呟きながら刺繍をする羽目になったけれど、それで下手になるでもなく、変わらず腕は残念な物で少々作品が血塗れになってしまった。
帰ったらアンナに雑巾にでもしてもらいましょう……。
そう考えながら刺繍をしたハンカチを畳んでいると、殿下からお声がかかった。
「……そのハンカチ、俺にもらえないか?」
「え?」
びっくりして正面に座る殿下を見つめる。
「間違っても、王族の方が持つには、だいぶ不恰好なのでお断りしたいですわ」
「ああ、うん。君ならそう言うだろう。けど、一人の男としてメルティの刺したその刺繍のあるハンカチを、身につけさせて欲しい」
「…………何故」
「君が愛しいのは勿論だが。その……メルティが頑張っているのを知っているから、というか。正直その刺繍は下手くそだ。だが俺は君がその刺繍に込めた想いを知っているつもりだ。その想いを、俺は貰い受けたく思っている」
少し気恥ずかしそうにしながら、けれどもその瞳はこちらを射るように真っ直ぐで。
もしかして殿下には筒抜けなのだろうか。
わたくしが、政略結婚でも良いから少しでもお相手と仲睦まじくあれるよう……手先の器用さが要るものは苦手だけれど諦めずに頑張っている、と。
そう思いだすと、なんだかこちらも気恥ずかしくなってしまって、思わず刺繍のハンカチを押し付けてしまったのだった。
血の染み、落ちると良いのだけれど……。
朝色々あったので少し遅れ気味だった。
わたくしはあわててしまい、うっかり廊下の角でどなたかとぶつかってしまう。
「きゃっ!!」
近頃の鍛錬と、元々上背があるものだからお相手を吹き飛ばしてしまった。
「ごめ「だ、大丈夫ですわ!! ……お邪魔をしてしまって、ゆ、許してくださいまし……」
ぶつかってしまった燃える炎のような髪色をした令嬢は、泣きぼくろのついた濃い琥珀色の瞳をうるっとさせ、ふるふると怖いものでも見るかの様な表情をしてわたくしの謝罪を遮った。
そして流れる様に優雅に立ち上がると、やはりふるふるとしながらお辞儀をし逃げるようにその場を去る。
あまりに華麗に立ち去ったのでわたくしはきちんと謝罪をすることができなかった。
またお会いした際には、あらためて謝罪をしなくては。
去っていく歓迎挨拶で見かけたその方の、背中を見ながら佇んでいると授業開始のベルが鳴った。
今日の授業は女子は家政室で裁縫を習う。
貴族の子女には刺繍のみだが、一般には縫製等も習えるとあって裁縫の授業は人気が高いそうだ。
男子は詩作の授業で教室は別々である。
なのに何故かしら、わたくしの前に眩しいキラキラがあるわ。
「……殿下は詩作の授業では?というか、クラスも違ったはずですわ」
こそっと殿下に話しかけると、いたずらっ子の様な瞳がわたくしを捉えた。
そしてすっとわたくしの耳横に口を近づけると、囁く様に告げる。
「俺が学院長にわがままを言ったんだ。メルティともっと一緒にいたいから、クラスに編入させてくれーーってな」
耳にかかる湿った吐息が熱い。
殿下の低く掠れた声が妙に艶かしくて腰の辺りがむずむずする。
わたくしはガタッと椅子から転げ落ちそうになり、すんでのところでどうにか椅子に座り直した。
鍛錬がこんな所に役立つなんて……嬉しくないですわ。
「っ殿下、わたくしに、このようなお戯は」
「戯だとは、一度も言った覚えはないが?」
「え?」
「逆にこちらとしては必死だよ……定番の王子の口調と態度を真似するくらいには、な……」
色々混乱していて、殿下が最後に呟いた言葉はわたくしには届いていなかった。
何故心がこちらにある様な素振りをするのか。
ガラリと見せる態度が変わったのは何故なのか。
もしかしてとはやる心臓を沈めながら、取り敢えず気にしない様にしようと思い直し、授業を受けた。
授業中殿下はマリアと仲睦まじげだったし、たおやかな佇まいから野生味溢れる振る舞いに変わっても級友にはさして戸惑うことではなかったらしく、むしろさらに株が上がって妙にその場に馴染んでいた。
わたくしは心の中で平常心と二百回ほど呟きながら刺繍をする羽目になったけれど、それで下手になるでもなく、変わらず腕は残念な物で少々作品が血塗れになってしまった。
帰ったらアンナに雑巾にでもしてもらいましょう……。
そう考えながら刺繍をしたハンカチを畳んでいると、殿下からお声がかかった。
「……そのハンカチ、俺にもらえないか?」
「え?」
びっくりして正面に座る殿下を見つめる。
「間違っても、王族の方が持つには、だいぶ不恰好なのでお断りしたいですわ」
「ああ、うん。君ならそう言うだろう。けど、一人の男としてメルティの刺したその刺繍のあるハンカチを、身につけさせて欲しい」
「…………何故」
「君が愛しいのは勿論だが。その……メルティが頑張っているのを知っているから、というか。正直その刺繍は下手くそだ。だが俺は君がその刺繍に込めた想いを知っているつもりだ。その想いを、俺は貰い受けたく思っている」
少し気恥ずかしそうにしながら、けれどもその瞳はこちらを射るように真っ直ぐで。
もしかして殿下には筒抜けなのだろうか。
わたくしが、政略結婚でも良いから少しでもお相手と仲睦まじくあれるよう……手先の器用さが要るものは苦手だけれど諦めずに頑張っている、と。
そう思いだすと、なんだかこちらも気恥ずかしくなってしまって、思わず刺繍のハンカチを押し付けてしまったのだった。
血の染み、落ちると良いのだけれど……。
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