上 下
30 / 39
改稿版

11 悪女は好敵手と転がり落ちる【改稿版】

しおりを挟む
 最初落ち着いていたお父様だったけれど。
 話していくうちに段々と眉間に皺が寄り出して……終わった頃には顔が真っ赤に染まっていた。

「そうか、そういうことか……」
「お父様?」

 お父様はすっくと立ち上がると、

「愛する家族に無体を働くなぞ、我らの献身を無にしおって……ウルム、お父さんは頑張ってくるから待っていなさい」

 言いつつ私の体を抱きしめた後、風のように部屋を去っていった。

「……へ?」

 何が起こったのか、分からなかった。
 もしかして、今、私のために怒ってくれたの?
 そして……なぐさめようと、ぎゅって、してくれた……?

 ……ずっと、遠い背中だと思っていた。
 武勲ぶくんを立てるほどに勇猛果敢ゆうもうかかんで、戦場の黒き熊と呼ばれるくらいに強くて、寡黙かもく
 あまり言葉を発しないから、てっきり子供のことなんて大事の二の次三の次とかそういう物だと思っていた。

「話してみないと、わからないものなのね」

 もしかしたら、王子とも話せば婚約解消くらいできるかしら……

 ちらりとそんな考えが浮かんだけれど、気を失う前の仕打ちが思い出されて、背筋が凍り霧散むさんした。



 次の日私は普通に登校した。
 病気なわけではなかったし何より、婚約解消に向けて動いておきたかったのだ。

 その日から。
 西で私に筆記帳が破かれたと囁かれているのを聞きつけては、

「あらごめん遊ばせ。ちょうどこのような筆記帳が欲しかったところですの、あなたにはこちらを代わりに差し上げるわ」

 と、破れた筆記帳をふんだくり。

 東に私が汚したと囁かれる制服の上着があれば、

「困りましたわ、私胸辺りのサイズが合わなくなった上着を、捨てる場所がわからないの。あなた代わりに羽織っておいてくださいまし」

 と、上着を押し付ける。

 そういった悪女とも呼ぶべき活動を、お昼の休憩などに積極的にするようになった。
 普通に手を貸すのでは駄目なのか、とゼファーには聞かれたけれど。
 私には、どれだけ善行を重ねたとしても根も葉もない噂となって、あの彼女の周りから悪意が駆け巡るだろう予感があった。
 ならばその悪意に乗っかりつつ、行動したほうがいい。
 見ている人は見てくれているかもしれない。
 そう考えて地道に活動をしながら、じわりじわりと、今は二人である味方をさらに増やすことを考えていた。

 少しずつ、私はそれとなく汚名をひっくり返していく。

 お父様は家に帰ってくるのが遅くなった。
 聞くと、お前は何も心配するな、と言われる。
 無理していないといいのだけれど……。



 ※ ※ ※



 私がやったという悪事やいじめに、介入しだして半月くらい経った。
 最近なんとか、一人二人、教室で一緒に話をしてくれる子が現れ出していて。
 手応えをちょっとずつ感じて嬉しい日々が続いていた。

 お昼の休憩も終わり、その日の午後は家政の授業だから裁縫道具のある二階の教室へと向かう。
 階段を上がる途中、踊り場に足をかけて折り返しの階段の方に顔を向けると、見知った相手を見つけたので声をかける。

「あらゼファー」

 その瞬間。
 私は誰かとぶつかった。



 落 ち る



 体が後方へと傾く。
 ちらりと視界に映った左の手すりへとひらめきと共に手を伸ばした。
 なんとか掴むことができ、数段落ちるだけで私はことなきを得る。

 けれど。

「きゃー!!」

 ぶつかった相手はそうもいかなかったようで、階段下から悲鳴が上がった。
 うずくまったまま顔だけ向けると、落ちた相手に対して人だかりができている。

「しっかりなさって、デューデン様!」
「……っう……、ひ、どい、……しゅて、る、さま」
「シュテール様が押してらしたわ!」
「なんて事!!」
「誰か、医務の先生を呼んできてくださいまし!」

「何事だ!!」

 そこへ、私にとって運悪く王子がやってきてしまった。

「! ナナリ、どうしたんだ?!」
「お……じ」
「今先生を呼んでおりますわ!」
「階段から落ちてしまわれたんですの」
「シュテール様のせいです!」
「きっとデューデン様憎しで押したんですわ」
「先ほど見た方がデューデン様は押されて落ちた、と」

 その言葉に、彼が階段上の私へと視線をやる。
 かち合った瞳は、怨嗟の炎で燃え上がっているようにきつい。

「お前が、お前がナナリをっ。あれほど、あれほど出過ぎるなと忠告したのにか!!」
「私ではございません殿下!」
「黙れ!」

 言うとこちらへと駆けあがる仕草をした瞬間、彼は目を見開く。

「……そうか、そういうことかゼファー!!」

 知り合いだったことに驚き振り返ると、ゼファーが私の近くまで来ていた。

「ウルム、お前はまた俺を裏切るのだな!! その根性見下げ果てたぞ……」

 王子の暗く重苦しい声は続く。

「なんのことですか」
「しらばっくれるな! 俺は見たんだ、昔、ウルムとゼファーが一緒に遊んでいたところを! 俺と一緒にいる時よりよほど、しおらしくて可愛く微笑んでいたじゃないか!!」

 その言葉で思い出す。
 一回だけ彼、ゼファーと出会っていたことを。



 あれは確か、七歳になる頃。
 従者に断って帰り間際に王城の庭で遊んでいた時だった。
 彼もそこにたまたま来ていて、だから一緒に少し遊んだのだ。
 ひとしきり、隅っこに生えていた野花で冠とかを作ったりして。

「完成!」
「わぁ! すごいなぁ」
「ふふふ、これはお母さまに教えてもらったんだ!」
「ね、君はぼくの兄のおよめさんになるんだよね」
「知らない、そうなの?」
「そう聞いたけど……まぁいいや。ぼくの兄は、優しくて、とってもせんさいなんだ。だから、どうか兄をよろしくおねがいします」
「ウィリーのことが好きなのね、私も好きよ? 友だちだもの。まかせといて!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を言い渡した王子が、復縁を願ってきた

コトミ
恋愛
王妃教育を長年受けて、お淑やかに真面目に生きてきたエリーゼ。その理由はただ婚約者が国の王子であるからだった。 どの大人からも「王子と結婚するんだから」「王妃になるのだから」と言われ続け、自分を押し殺し、我慢を続けてきたエリーゼ。そのためにエリーゼは礼儀正しく、何でもできて、魔法使いとしてもプロ、好きの無い女性に成長した。 そんなエリーゼの堪忍袋の緒が切れたのは学園の卒業祝いである舞踏会であった。 「ベリンダを妻にすることにした。君にはもう、うんざりなんだ」 すべてがどうでもよくなったエリーゼは、隣国の王子と結婚の誘いが来ているとフィル王子に話し、夜の闇に消えていった。 誰もそんなことを信じるわけがなく、失踪したエリーゼを捜索することも一年足らずでやめてしまった。これだけ見つからないのだから野垂れ死んでいると思われるの当然。 そして月日は流れ、ベリンダとフィルは結婚し間に子供ができた。だが国自体に大きな問題を抱え、八方ふさがりとなった時、エリーゼの捜索がまた始まる。

国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく

ヒンメル
恋愛
公爵家嫡男と婚約中の公爵令嬢オフィーリア・ノーリッシュ。学園の卒業パーティーで婚約破棄を言い渡される。そこに助け舟が現れ……。   初投稿なので、おかしい所があったら、(打たれ弱いので)優しく教えてください。よろしくお願いします。 ※本編はR15ではありません。番外編の中でR15になるものに★を付けています。  番外編でBLっぽい表現があるものにはタイトルに表示していますので、苦手な方は回避してください。  BL色の強い番外編はこれとは別に独立させています。  「婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました」  (https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/974304595) ※表現や内容を修正中です。予告なく、若干内容が変わっていくことがあります。(大筋は変わっていません。) ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  完結後もお気に入り登録をして頂けて嬉しいです。(増える度に小躍りしてしまいます←小物感出てますが……) ※小説家になろう様でも公開中です。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

幼稚な貴方と婚約解消したい。

ひづき
恋愛
婚約者の浮気癖にブチ切れて暴れたら相手が記憶喪失になって口説いてくる。 婚約解消して欲しい!破棄でも可!

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

裏切りの公爵令嬢は処刑台で笑う

千 遊雲
恋愛
公爵家令嬢のセルディナ・マクバーレンは咎人である。 彼女は奴隷の魔物に唆され、国を裏切った。投獄された彼女は牢獄の中でも奴隷の男の名を呼んでいたが、処刑台に立たされた彼女を助けようとする者は居なかった。 哀れな彼女はそれでも笑った。英雄とも裏切り者とも呼ばれる彼女の笑みの理由とは? 【現在更新中の「毒殺未遂三昧だった私が王子様の婚約者? 申し訳ありませんが、その令嬢はもう死にました」の元ネタのようなものです】

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

処理中です...