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21. 歩かされるんです
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その日の午後の授業は身が入らず、帰宅するとすぐ下の弟二人が暗器まで使って喧嘩をしていました。
あちこちに武器が刺さったり、壁紙が焦げてしまったりと惨憺たる有り様です。
「こら二人とも!!」
一応声を掛けますが、聞く耳はもうもげてしまったようです。
いつもなら割って入って止めるのですが、今日はその気力がありません。
内装の改修をお父様に手配してもらえるよう、執事のセルマンに言付けました。
昔のように、明日が来るのが少し億劫に感じてしまう――そんな自分を受け入れることが、なんだか出来ません。
今日の夜は長く感じるだろうな。
そう思いながら、ベッドに入りました――。
翌朝は、雨でした。
しとしとと降る雨が少し年季の入りだした窓に当たってくだけていきます。
学校の教室についても、私は何だかぼんやりとしてしまっていて、調子が出ません。
それでも何とか一時限目の移動授業をこなし、休憩中にトイレに行った後教室に戻ってくると、次の演習の着替えが無くなっていました。
頭が働かなくて、解決策を思いつかないまま突っ立っていると、不意に横から声がします。
「もしかして、着替えがなくて困ってらっしゃいますの?」
声がした方を見ると、確か体術好きの…… カシューリア=エンペルテ男爵令嬢でしたでしょうか、彼女が私の方を窺っています。
「エンペルテ様……はい、そうなんです」
「カシューリアでいいですわ、クラスメイトなのですもの。隣のクラスの友人に予備を持ってる方がいらっしゃるので、 借りに行きませんこと?」
「カシューリア様、よろしいんですか? 助かります……」
「クラスメイトのよしみですわ、助け合うのも大切なことですしね」
彼女はそう言うと、艶やかな黒髪の奥からのぞく緑色の勝ち気そうな瞳を緩ませて微笑みました。
今は何だか、こんなさりげない優しさが胸に沁みます。
私はカシューリア様の提案をありがたくお受けして、お隣のクラスの彼女の友人であるララジニア=クレケット男爵令嬢に、着替えを貸してもらったのでした。
どうにかこうにか授業も、昼食の時間も普段通りに近い感じでやり過ごし、放課後を迎えました。
帰る準備を済ませ廊下に出て出入口へと歩いていると、片想い令嬢軍団がこちらに向かって歩いているのが見えます。
鉢合わすのが嫌だなとは思いましたが、どうやらあちらは私に用事があるようです。
姿を見つけるなり、足早にこちらに来ると私の手首をひっ捕まえて人気の無い方へと歩かされてしまいました。
ついてない、です……。
人気の無い特別教室が並ぶ区画まできました。
手を勢いよく離され、少しよろけながら壁際へやられます。
「あら、ごめん遊ばせ」
思ってもない口調でコケット様に謝られました。
ククルツィエ様とサナドバ様がそれに追従する形で話し始めます。
「今日はショコラリア様が良い知らせを持ってきましたのよ」
「こんなこと滅多にないのですから、ありがたく思いなさいましね」
それに気をよくしたコケット様が歌うように機嫌よく私に話しかけます。
「これはまだ公式発表ではないのですけれど、第四皇子の公爵家との養子縁組が決定したようですの。確か貴女跡取りでしたわよねぇ? これからは身分を弁えて行動した方がよろしくてよ。あの方の隣は、ワタクシの方がふさわしいのですし」
そう言い切ると満足したのか、御三方はさっさと元来た方へ行ってしまわれました。
廊下には、動けないまま私だけが残されます。
「公爵家との、養子、えんぐみ……」
廊下に、私の反芻する声がやけに響いた気がしました。
あちこちに武器が刺さったり、壁紙が焦げてしまったりと惨憺たる有り様です。
「こら二人とも!!」
一応声を掛けますが、聞く耳はもうもげてしまったようです。
いつもなら割って入って止めるのですが、今日はその気力がありません。
内装の改修をお父様に手配してもらえるよう、執事のセルマンに言付けました。
昔のように、明日が来るのが少し億劫に感じてしまう――そんな自分を受け入れることが、なんだか出来ません。
今日の夜は長く感じるだろうな。
そう思いながら、ベッドに入りました――。
翌朝は、雨でした。
しとしとと降る雨が少し年季の入りだした窓に当たってくだけていきます。
学校の教室についても、私は何だかぼんやりとしてしまっていて、調子が出ません。
それでも何とか一時限目の移動授業をこなし、休憩中にトイレに行った後教室に戻ってくると、次の演習の着替えが無くなっていました。
頭が働かなくて、解決策を思いつかないまま突っ立っていると、不意に横から声がします。
「もしかして、着替えがなくて困ってらっしゃいますの?」
声がした方を見ると、確か体術好きの…… カシューリア=エンペルテ男爵令嬢でしたでしょうか、彼女が私の方を窺っています。
「エンペルテ様……はい、そうなんです」
「カシューリアでいいですわ、クラスメイトなのですもの。隣のクラスの友人に予備を持ってる方がいらっしゃるので、 借りに行きませんこと?」
「カシューリア様、よろしいんですか? 助かります……」
「クラスメイトのよしみですわ、助け合うのも大切なことですしね」
彼女はそう言うと、艶やかな黒髪の奥からのぞく緑色の勝ち気そうな瞳を緩ませて微笑みました。
今は何だか、こんなさりげない優しさが胸に沁みます。
私はカシューリア様の提案をありがたくお受けして、お隣のクラスの彼女の友人であるララジニア=クレケット男爵令嬢に、着替えを貸してもらったのでした。
どうにかこうにか授業も、昼食の時間も普段通りに近い感じでやり過ごし、放課後を迎えました。
帰る準備を済ませ廊下に出て出入口へと歩いていると、片想い令嬢軍団がこちらに向かって歩いているのが見えます。
鉢合わすのが嫌だなとは思いましたが、どうやらあちらは私に用事があるようです。
姿を見つけるなり、足早にこちらに来ると私の手首をひっ捕まえて人気の無い方へと歩かされてしまいました。
ついてない、です……。
人気の無い特別教室が並ぶ区画まできました。
手を勢いよく離され、少しよろけながら壁際へやられます。
「あら、ごめん遊ばせ」
思ってもない口調でコケット様に謝られました。
ククルツィエ様とサナドバ様がそれに追従する形で話し始めます。
「今日はショコラリア様が良い知らせを持ってきましたのよ」
「こんなこと滅多にないのですから、ありがたく思いなさいましね」
それに気をよくしたコケット様が歌うように機嫌よく私に話しかけます。
「これはまだ公式発表ではないのですけれど、第四皇子の公爵家との養子縁組が決定したようですの。確か貴女跡取りでしたわよねぇ? これからは身分を弁えて行動した方がよろしくてよ。あの方の隣は、ワタクシの方がふさわしいのですし」
そう言い切ると満足したのか、御三方はさっさと元来た方へ行ってしまわれました。
廊下には、動けないまま私だけが残されます。
「公爵家との、養子、えんぐみ……」
廊下に、私の反芻する声がやけに響いた気がしました。
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