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45 父
しおりを挟む「は、離せっ!!」
「言われて俺が離すと思うのか?」
桔梗が懸命に、自分の腕から逃れようと足掻いているのを楽しむように肩で笑いながら、鷹呀は腕の中の彼女を見下ろす。
逃げようとすればする程、鷹呀の力が強くなるので桔梗は足掻くのを諦め、自分を拘束する男の顔を睨んだ。
「そう睨むな。お前を連れ戻しに来た訳じゃねえよ」
「じゃあ、何しに来たんだっ!?」
「さっきも言っただろう? 最後にお前に触れたかったんだ。まだこの村に留まっていてくれて良かった」
嬉しそうに笑う顔が、どこか白銀と重なる。その表情が白銀とこの男が親子だという事を思い出させた。
「自分でも驚いてる。俺が一人の女に執着するなんざ、今まで無かったからなあ」
ざあっと強い風が吹く。鷹呀の紅い長髪が風になびいた。
こんな状況なのに、美しいという言葉が桔梗の頭をよぎる。母がこの男に惹かれた理由も何となくわかる気がした。
鷹呀の手が桔梗の顔に触れる。彼女は反射的にビクッと身体を揺らし思わず目をぎゅっと瞑った。
「そんなに怯えるな……」
鷹呀の声がしたかと思うと、桔梗の唇に何かが触れる。
「──っ!?」
気がついた時には遅かった。
鷹呀の唇が桔梗の口を塞いでいた。
「んぅっ──!!」
慌てて両手で鷹呀の身体を突き放すが、全く動かない。それどころか、彼の手が桔梗の後頭部を固定したことで、ますます身動きが取れなくなった。
桔梗は抵抗をするため、鷹呀の唇に強く歯をたてる。
「つっ……!!」
鷹呀は一瞬眉をしかめるが、怯んで唇を離すどころか更に押し付けてきた。桔梗の口元から鷹呀の紅い血液がつっと伝い顎から落ちる。
「はっ……やめっ」
抗議の声をあげようとしたが、すぐに後悔した。その隙に、彼の舌が侵入して来たからだ。
「んんんっ──!!」
鉄の味とともに、鷹呀の熱い舌は無遠慮に奥まで入り込んで来る。
それは桔梗の咥内を堪能するようにゆっくりと侵していった。
息がうまく出来ない桔梗の顔が、苦しそうに歪む。
あまりの苦しさに鷹呀の襟元の衣服をぎゅっと掴むと、それに気がついた鷹呀はやっと解放してくれた。
肩で荒く呼吸をする桔梗の頬を、鷹呀は人差し指の裏で慈しむように優しく撫でた。
「俺に傷をつけるとは、たいした奴だな」
鷹呀が口元の血を親指でぐいっと拭い、何かを思い付いたように口の端を吊り上げる。
そして、桔梗の首筋の衣服をぐっと引き、肌を晒させると間髪いれずそこをべろりと舐めあげた。
「──っ!!」
鷹呀はそこに口を押し付け、舌を這わせる。嫌がり、どうにか離れようともがく桔梗の身体を、そうはさせまいと押さえつけた。
「い……やだ。離せっ!!」
「……仕返しだ」
そう言ってニッと笑うと、鷹呀は自身の歯を桔梗の白く柔らかい首筋に食い込ませる。
「痛うっ……!!」
鷹呀は痛みと恐怖で強ばる桔梗の身体を、抱きすくめながら、更に噛みつく歯に力を込めた。歯が食い込んだ傷口から滲み出た血が、桔梗の首筋から胸元へと紅い線を引きながら流れ落ちる。
初めはこんな事をするつもりは無かった。が、血の味が匂いが鷹呀を興奮させ酷く残忍な気分にさせた。
本音を言えば、桔梗を我が手元に置いておきたい。
だが、こんな自分の傍に置けばいずれ彼女を自身の手で殺めてしまいそうだと、桔梗の血の味を感じながら彼はそんな事を思った。
────やはり、手放すべきか……。
鷹呀は口を開き、肉に食い込んでいた歯を肌から離した後、傷口から流れる血液をゆっくりと舐め取った。
「私を傷つけるつもりは無い……とか言ったか?」
痛みで目に涙を溜めた桔梗が、浅い息づかいで責めるように言うと、鷹呀は不遜に笑う。
「鬼というのは気まぐれなんだよ」
その時だった。
小さな黒い物体が、鷹呀の顔を目掛けて飛んできた。
「──っ!?何だっ?」
それは一羽の燕だった、鷹呀に手で払われ上空へと飛んでいく。
直後、何かが鷹呀と桔梗の間に割って入り、あっと言う間にその腕の中から桔梗を奪い去ると鷹呀から距離をとった。
鷹呀は、その人物を確認するとふっと口元を緩める。
「……やっと来たか?」
「しろ……がね?」
桔梗が自分を抱き抱える男の名を呼ぶと、それまで鷹呀を睨んでいた彼がこちらを見下ろす。
「ききょっ……!?」
彼女の紅く染まる首筋に気がついた途端、白銀の目が大きく見開かれた。
桔梗は痛そうに顔を歪め、苦しそうに息をしている。
その傷が誰によってつけられたかを瞬時に把握した白銀は、先程とは比にならない程の憎悪を込めて鷹呀を見据えた。
「お、前……。桔梗に何を……」
ざわりと桔梗の肌が泡立った。
白銀の身体から、黒い靄が立ち上る。あの時と同じだと桔梗は思った。
また、彼が我を失うのではないのかと慌ててその名を呼ぶ。
「だ、駄目だ……白銀。しっかりしろっ!!」
が、桔梗の呼び掛けも虚しく彼の包帯が巻かれていない方の目が見る間に黒く染まっていく。
その様子を感心したように眺めていたのは鷹呀だった。
「ほう、やはり俺の息子だな」
ふーふーと牙を剥き今にも鷹呀に飛びかかりそうな白銀の襟を、桔梗は必死の思いで掴むと自分に関心を向けるように引っ張る。
「白銀っ……駄目だ、私を……見るんだ」
再び、ぐっと襟を引くと、白銀は荒い息のまま桔梗を見た。
「落ち着けっ、私は大丈夫だからっ!!」
暫く桔梗を見ていた白銀が、また鷹呀を見据えた時には息づかいも多少落ち着いていた。桔梗の言っている事は理解できているようだ。
「大事な女を傷つけられ、逆上したか? 鬼が傷をつけるのは求愛表現なんだがな……。お前の血の半分は俺のものだ、少しは解るんじゃないのか」
「わか……るかよっ!!」
「白銀?」
はあはあと、辛そうに息をする白銀を桔梗は凝視する。
彼はもう一人の自分から自我を保つために戦っているように見えた。
「どうした? ここでやりあってもいいんだぞ? ……と言いたいところだが、俺も今は本調子では無いのでな」
言うと、鷹呀は腰に差していた日本刀を一組鞘ごと抜いた。
それは通常の長さの打刀と脇差しで、黒の鞘に銀の装飾が施され、柄に巻かれた柄巻が深い紫色の美しい日本刀だった。
鷹呀が使っていたあの長い日本刀とは別のものだと直ぐにわかった。
鷹呀はそれを手にふたりに歩み寄る。
警戒する白銀の視線は気にもしていない様子で、傍まで近づくと鷹呀はその二組の刀をすっと白銀に差し出した。
「お前にやるよ」
意外すぎる鷹呀の言葉に、白銀と桔梗は言葉を失う。
「蘇芳にも作ってやったんだが、その時に一緒にな……。当時はお前が生きているかどうかも分からんかったが……まあ、無駄にならずに済んで良かった」
言うと鷹呀は屈託無く笑う。
この男の次の行動も心理も全く読めない。
「歯こぼれどころか、よっぽどじゃなきゃ折れることも無い。ここまでの日本刀は中々お目にかかれんぞ。俺が保証する」
鷹呀は、白銀に抱えられたままの桔梗の身体の上に二組の刀を置くと踵を返した。
「多分もう、会うことは無ぇとは思うが」
背を向け歩きながら言うと、鷹呀は片手を軽く上げる。
「達者でな」
ふたりと鷹呀の間をザァっと風が吹く。
その風の強さに目を瞑り、開いた時には既に鷹呀の姿はどこにも見当たらなかった。
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