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19 夜盗の襲来
しおりを挟む夜中に、外の騒がしさで青葉は目覚めた。
「おかあちゃん?」
隣で寝ていた勇太も目を擦っている。
何かあったのかと、家の扉を開けた時だった。目の前の光景に息を飲む。
向こうの家が燃えて、悲鳴が聞こえてきた。村人が何者かに刃物で切られている様子が炎で照らされて見えた。
────夜盗だっ!!
直感でそう思った。勇太を連れて逃げようと中に入ろうとした時。
髪の毛を捕まれ外に引きずり出された。
「おい、女がここにも居るぞ!!こりゃ中々の上玉だ」
引き倒された身体を起こして相手を見上げる。見るからに野蛮で粗暴な身なりの男が三人、青葉を見下ろしていた。
「こりゃ高く売れそうだ」
「よし、連れてけ」
青葉は青ざめた。冗談じゃない、売られた女の末路なんてどう考えても悲惨に決まっている。
腕を捕まれ、悲鳴をあげた。
「いやあああぁぁぁっ!!誰か、助けて!!」
「うるせえ、騒ぐな!!」
「離してっ離してえぇぇぇ!!」
「おい、こいつ黙らせろっ!!顔は傷つけるなよっ」
男のひとりが、こん棒のようなものを思いきり青葉の身体に振り下ろした。思わず目をつぶり、その衝撃を待つ。
鈍い音がした。
が、何の痛みも感じなかった。
「……?」
恐る恐る目を開けると、青葉の目に飛び込んできたのは銀色。
それが人の髪の毛だという事はその人物が青葉の顔を見た時に分かった。
金色の目が至近距離でこちらを見ている。
「大丈夫か?怪我は?」
声をかけられ我にかえった。
同時にこの男が自分に馬乗りになり男の打撃から身を呈して守ってくれたという事を理解した。
結構な衝撃だったのだろう。銀髪の男は苦しそうに顔を歪めながら青葉を背にかくまった。
「何だお前は!?」
「……おい、その髪の色……お前、白鬼だな?」
「こいつも捕らえたら高く売れるぞ!!」
思いがけない獲物に、三人の夜盗は興奮ぎみに言った。
「んな簡単に捕まるかよっ!!」
白鬼と呼ばれた男は懐から小刀を取り出し、男のひとりに切りかかる。
「うあっ!!」
腕から血しぶきがあがり、男は怯んだのか後ろに後ずさる。
残りの二人、同時に襲いかかるが白鬼は軽くかわすとそのうちのひとりの鳩尾目掛けて小刀の柄の先端を打ち付けた。声にならない呻き声をあげ、男はその場に崩れ落ちる。
完全に怖じ気づいた男達は、うずくまる男を置いて逃げていった。
「おい、お前ら全部で何人だ」
白鬼に肩を捕まれ、乱暴に上体を起こされると、男は痛みで苦しそうな顔を恐怖で歪ませた。
「じゅ……十人ほどだ……」
「……そのくらいなら、後は何とかなりそうだな」
独り言のように呟くと、彼はくるりと青葉を振り返る。
「あ、怖がらないでくれ。俺はあんたの味方だ」
一旦、近づこうとした足を止めると、彼は片手をあげて言う。青葉がそれに頷くと安心したように近づいてきた。
「立てるか?」
腕をとり立たせようとした時、青葉の顔が痛みで歪んだ。どうやら倒された時に足を挫いたようだった。
「なんだ、怪我したのか?」
「え?ひゃっ!!」
言うと、彼はひょいと青葉を抱き抱えた。
「皆広場に集めている。そこは俺の仲間が守ってるから安心だ」
そう言うと、彼は青葉の家の入り口からこちらを覗く男児に気がついた。
「あんたの子か?」
青葉が頷くと、彼は勇太に声をかけた。
「お前、走れるか?付いてこい」
言うと走り出した。
「…………」
青葉はまじまじと自分を抱えている男を見た。
大人の自分を軽々と抱える逞しい腕。先程の戦いではだけた着物のから覗く筋肉質な胸元。何より目を引くのは美しくなびく銀色の頭髪と珍しい金色の瞳。
さっきの男達は彼の事を“白鬼”と呼んでいた。
聞いた事の無い言葉だが、彼の人種の事なのだろうか。見たことは無いが、この国のどこかに鬼と呼ばれる種族がいるくらいだ、そんな人種が居てもおかしくはない。
彼の腕の中で、青葉は自分の心臓の音が早く脈打つのを感じていた。
「桔梗っ!!」
広場に行くと、弓矢をつがえた若い女がいた。きっと彼の仲間なのだろう。
「玄は?」
「他の村人達の救出に行っている」
「殺し屋が人助け?」
「私が依頼した。夜盗の排除をしてくれとな」
「なるほど。また金かかるな」
「仕方ないだろう」
そんな会話をした後、男は青葉を抱えたまま村人が集まっている場所へと向かおうとした。
「白銀」
呼ばれて彼が桔梗を振り向く。
「怪我人はあっちだ」
「おう」
彼女が指差す場所を見ると、そこは怪我人が集められているらしく横になっている者や同じ村人に手当てされている者が居た。
だが、そんな事より彼の名が分かったのが青葉は嬉しかった。
「痛むか?後で桔梗が手当てしてくれるから我慢してくれ」
そこに黒髪の男が、村人を何人か引き連れてやって来た。
「おや、白君。ちゃんと助けたんだ。偉い偉い」
男は癖のある髪の間から覗く細い眼で、青葉と勇太を見た。
「夜盗は十人。僕は五人やったけど、君は?」
「三人」
「じゃあ、あと二人か」
「……殺したのか?」
「まさか君、殺してないの?言っておくけど、そういう甘さが自分の首を絞める事になる事もあるんだよ?」
「うるさい。行くぞ」
「し……白銀さん!!」
二人、走りだそうとするのを青葉が呼び止めた。
白銀は振り返って青葉を見た。金色の光が松明に照らされ揺れる。
「あ、ありがとうございました」
男慣れしている筈の青葉が、そう言うのがやっとだった。白銀は照れ臭そうに笑みを作り、片手を上げてそれに応えると玄と呼ばれた男と駆けていった。
翌朝。桔梗は怪我人の手当てで忙しそうだった。
白銀は他の村人達と燃やされた家の瓦礫の撤去や、夜盗の死体を埋めるのを手伝った。
玄はまだ夜盗の仲間がいるかも知れないからと、村周辺の見回りに出掛けた。
昨日の晩。
桔梗達がこの村に着いたのは夜もすっかりふけてからだった。
村の明かりは見えるのに、山の地形のせいか中々たどり着かない。思った以上に時間がかかりそんな時間になってしまっていた。
こんな夜中に訪ねるのも迷惑だろうと、近くで野宿の準備をしている時だった。村の方から悲鳴が聞こえ、火の手が上がる。
すぐに対処が出来たおかげか、村人達は怪我人を出すだけで済んだのだった。
初めは白銀の見た目に驚いていた村人達も、村の危機を救ってくれた事に感謝し、桔梗が薬師だという事を有り難がった。
弟の事を聞いてみたのだが、そもそも白鬼の存在を知っているのは年寄りだけで、村の若い者はその存在すら知らないようだった。ここで、これ以上の情報は聞き出せないと、桔梗は早々にここでの情報収集は諦めた。
「白銀さんっ」
「ああ、あんたか。もう怪我はいいのか?」
瓦礫の除去を手伝っていると、青葉が声をかけてきた。
自分の事を覚えていてくれた事に、青葉は嬉しくて頬を染めた。
「これ、良かったら召し上がって下さい」
「あ、ああ。そういや何も食ってなかったな……」
盆に乗った握り飯を手に取り頬張る白銀に、青葉は「おいしい?」と聞いている。
「ちょっと、あの握り飯うちらが握ったやつじゃないか」
「自分は手伝いもしなかった癖にねえ。ちょっといい男と見るとすぐあれだよ」
ヒソヒソと村の女達が話していた。
青葉の行動に良い感情を抱いていない者は、女達だけではない。あからさまに彼女に贔屓される白銀を、青葉に想いを寄せている男達が嫉妬の眼差しで見ていた。
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