上 下
2 / 7
第二章

一か月後の自殺計画

しおりを挟む
第二章

 ムギはもう、いない。そんな事実は私の心を締め付け、私は毎日のように無心だった。ただでさえ精神を追い詰めていた人の一番大切なものを取ってしまったら、こんな状態になるのは当たり前だろう。
 ムギがこの世を去った際に母親に言われた。「辛い時に傍にいてやれなくてごめんね。」と。でもお母さんは、ムギがいなくなった次の日も出勤した。自分がいかに大事にされていないか、明確になった瞬間だった。
「香織、本当に大丈夫…?」
 休み時間に現実を放棄していたからだろう。美羽に心配されてしまった。
「…美羽、みのり、私今日のお昼いつもと違う場所で食べたい。」
 私はごまかすために、適当に思ってもいない言葉を発した。
「なんだ。そんな軽いことなら遠慮せず早く言ってよねー。」
 私たちは結局、屋上でお昼を食べた。私が気まぐれで言った屋上は絵に描いたように眺めが良く、言って正解だと思った。
「ここの屋上初めてきたけど、景色綺麗だねー。」
 …ここから身を投げたらすっきりするだろうな。自分の身体が、この綺麗なキャンバスに浮き上がるのだから。どうせ死ぬなら美しい場所で死にたい。
「美羽、みのり、私明日から毎日ここでお昼食べたい。」
 私たちはいつも、天井の下でお昼を済ませていた。でもここは、美しい空が天井だ。私はもう決めていた。この空をバックに死のう──。
「それいいじゃん!ここ眺めも良いし、お昼はいつも教室だったからね。」
「私もいいと思う。風通しも良くて落ち着く。」
 よし決まり。私は心の中でガッツポーズをした。──やっと死ねる。
 この日を境に、午後のルーティンは屋上に行くこととなった。喜ばしいことだ。
「毎日思うんだけどさ、このお弁当本当に香織が作ってるの!?」
「うん。朝はどっちの親も時間に余裕がないから。」
「本当すごいよね!尊敬しちゃうなー!」
 …何もすごくない。美羽だって習い事をしてたからピアノが弾けるじゃない。それと一緒なんだ。家庭の事情で身についた技術は誰にだって存在するはず。私の場合、それがたまたま料理だっただけだ。
 私は、美羽を無視して自分だけの思考に潜る。この中学の屋上の柵は、だいたい1メートル強だ。柵に手を置いて手に体重をかけ、身を乗り出せば越えられる。柵の方は問題なさそうだ。この調子だと一か月後には確実に計画も立て終われるだろう。では次、人の目につかない時間帯──
「──香織ってば!」
「…え?」
 一気に現実に戻された。
「ずっと柵の方見てボーっとして、大丈夫?もう授業始まるよ。」
「ご、ごめん!戻ろう。」
 私の悪癖が発動してしまった。友達といる時は要注意だ。
 次の日。私は昨日よりは浅めに、思考の海に潜る。時間帯…。深夜に学校に忍び込むことは難しいし、仮に入れたとしても防犯カメラに私の姿がはっきりと残るだろう。それはあまり美しくないし、好ましくもない。そうだ、授業を抜け出して授業中に死んでやろう。我ながらなかなかの名案だと思った。決まりだ。──私は一か月後に死ぬ。
「今日も香織のお弁当、色合い最高ー!」
「そう…?ありがと。」
「なんか香織、今日ご機嫌?」
「あはは…。…そうかも?」
 そんな他愛のない会話ですら、今は心地よかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夏蝉鳴く頃、空が笑う

EUREKA NOVELS
ライト文芸
夏蝉が鳴く頃、あの夏を思い出す。 主人公の僕はあの夏、鈍行列車に乗り込んであの街を逃げ出した。 どこにいるかもわからない君を探すため、僕の人生を切り売りした物語を書いた。 そしてある時僕はあの街に帰ると、君が立っていたんだ。 どうして突然僕の前からいなくなってしまったのか、どうして今僕の目の前にいるのか。 わからないことだらけの状況で君が放った言葉は「本当に変わらないね、君は」の一言。 どうして僕がこうなってしまったのか、君はなぜこうして立っているのか、幾度と繰り返される回想の中で明かされる僕の過去。 そして、最後に訪れる意外なラストとは。 ひろっぴーだの初作品、ここに登場!

欠陥少女(短編集)

瑞木歌乃
ライト文芸
人生や自分自身、生活環境などに悩みを抱える(いわゆる病んでいる)少女たちの短編集です。悩みを抱えた少女たちが最後に見た景色とは──。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

死にたい君は、今日も優しい嘘をつく

瑞木歌乃
ライト文芸
活気のない人生に疲れ、自殺しようと屋上にたどり着いた藤本 空(ふじもと そら)。飛び降りようと思っていると、謎の美少女、榊原 颯来(さかきばら そら)が現れて…!?二人の自殺願望者が導いた答えとは──。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

like a bird

瑞木歌乃
ライト文芸
人生に疲れ、自殺を試みる如月 希(きさらぎ のぞみ)。かかとを宙に浮かせたその時、希を凄い勢いで追い抜かして、飛び降りた人影が見えた──。そんな不思議な出来事で亡くなってしまったのは、朝比奈 彩葉(あさひな いろは)。クラスの人気者だった。何故彩葉は、意図的に希を助けたのか。その理由が明らかになる時、一筋の涙が流れる。 (なんか登場人物のキャラが濃くなっちゃいました…。)

フィラメント

EUREKA NOVELS
ライト文芸
小桜 由衣(こざくら ゆい)は少し変わった女の子。 プライドだけは人一倍で怒りっぽく感情に流されやすい彼女は周囲と溝を作りながら生きてきた。独りで絵を描くことに没頭していたのだが、ある日—— 「障害と創作」をテーマにした短編。

君に出会わなければよかった

瑞木歌乃
恋愛
高校生である上原 千里(うえはら ちさと)は、自分だけの長所が無く自殺を志願していた。そんな死んだように生きる千里はある日、とある転校生と出会ってから変わっていった。そこから千里の心境がどんどん変化していって──。

処理中です...