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第五章
途切れた信頼
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5 途切れた信頼
青天の霹靂。その悲劇は突然起きた。
「下倉が倒れたって。」
今日は金曜日。そう、平日だ。それなのに下倉は今日、学校を休んだ。なぜだろう。答えはとっくに出ているのに、俺はその噂から逃げていた。
放課後。今日は勉強会はなしか。…意味もなく下倉と交換したメールを思い出した。
『今日どうしたの?』
入力してみた。うーん。
『今日大丈夫?どうしたの?』
この文面にしよう。俺は勇気をふり絞って送信ボタンを押した。
ピコン。え、早いな。
『ごめん。今日勉強会、お預け…(汗)』
どうやら同時送信だったらしい。ピコン。
『ちょっとお腹痛くてさ。月曜には頑張って元気になって、復活します!』
嘘、だな。俺の、なんの根拠もない勘が言った。そして俺は覚悟して送った。
『本当は何で倒れたの?熱中症?』
『あ、そうそう。ごめん、心配かけたくなくて。本当は熱中症!』
…。昨日のあの寂しそうな瞳、間違いではなかったかもしれない。
『本当は精神的に疲れてたとか?もしそうなら、遠慮せず相談するといいよ。一人で溜めこむのは良くないし。相談するのは誰でもいい!俺でもいいし、あとは佐原とか!』
柄でもないビックリマークをつけて送信。
…しまったか?送信してから四分、なにも返信がないことに俺は怯えていた。ピコン。
『もし精神を病んだら、上野君は頼りにならないからハルに頼るとするよ(笑)ありがとう。』
ひとまずホッとした。地雷を踏んでしまったかと思ってヒヤヒヤした。
俺は、あることを思い出した。明日から休日だというのに、本を教室に置いてきてしまった。まだ門の前だからセーフ。
生徒の点々とした流れに逆らって向かった教室は、少し怖いくらいに静まり返っていた。早く本を取って帰ろう。
──ガラッ。
「「えっ?」」
声が重なる。そこには、涙を一筋流した佐原がいた。なんで泣いているのだろう。聞くべきだろうか。でも、目が合ったのに何も言わないのも変だから、
「どうした?」
と聞いた。何が、とは言わずに。
「いや、ちょっとさ…。ユリと喧嘩しちゃって…。そのユリが倒れたって聞いて…。もう、私のせいじゃん…。ユリ…ずっと…一人で…抱えて…う…うぅ……」
け、喧嘩…?俺さっき、下倉になんて送った…?
「ごめん。勢いで話しちゃって。こんな話、知るかって感──」
「下倉今どこにいんの!?」
俺は必死だった。本来の用件なんて机の中に置いて、とにかく走った。
下倉はどんな気持ちで、俺が送ってしまったあの文面を四分間見ていたのだろう。きっと凄く、悲しくて寂しくて…。それなのに俺は…何も知らずに…!
俺は走った。走って走って、転びそうになっても走り続けた。そしてやっと、佇む病院を認識できた。早く。俺が傷つけてしまった、彼女の元へ──
**
お腹にハサミを向ける。ハサミの鋭い先端が光った。手が震える。どうして…。どうして…?私って、死ぬことすらできないほど無能だったのか。なんだか自分の惨めさを思い知らされた気がして、急に泣けてくる。誰もいない静かな病室に、私の嗚咽だけが響いていた。
「下倉っ!!!」
えっ。なんで…。ドアのところに、今までに見たことのないくらい焦りと悲しさを抱えた顔の上野君がいた。肩で息をしている。
「下倉、ハサミ置いて?」
今にも泣きそうな優しい声を合図に、ハサミと私の涙が零れ落ちる。
「うぅ…ぁあっ…」
なんだかやるせない気持ちになり、取り乱していた私に、
「話をしよう。」
と、傍に優しく寄ってくれる上野君。
「私ね、ずっと自分のことが嫌いだった。私なんて死んじゃえーって思うことなんて、日常茶飯事で。」
そんな言葉を始めに、私は自分の過去をいつのまにか全部話していた。
「うん…。」
相槌をうってくれる優しい心が、嬉しかった。私のために必死になってくれるその心が、嬉しかった。
「ストレスによる呼吸困難だって。私が倒れた理由。私、ハルと喧嘩しちゃって……。」
言葉を区切ってもう一息。
「上野君、親友って、本当の親友って何かな…?」
上野君は少し考えて、こう言った。
「親友であることに定義なんてないんじゃないかな。ただその人のことをが好きって思えたら──」
上野君の言葉は、一度途切れた。私は上野君が、誰か大切な友人を思い浮かべているのだと、勝手に解釈した。上野君は続けた。
「強いて言うなら、羞恥心も気にせず何でも相談し合える関係…?」
羞恥心なく、相談し合える…。
上野君は、
「ごめん。急だったからまぁまぁ適当…。」
とでも言いたげな表情で、わたしが考えるのを黙って見守ってくれている。
私にとっては、凄く心強くて正しい答えだと思ったのだが。
「そっか、ありがとう。月曜日、学校でまた。」
「また。」
今は、その「また。」ですら嬉しい。
一人になって静かになった。私は深く、考えた。そうか。たしかになんでも相談できるえみを、私は本当の親友だと思っていた。
分かり合えたらいいな。君が教えてくれた、親友というものを──。いつかハルとも分かり合えたらいいな。いつかハルと、本当の親友になれたらいいな。
「なれるかな…?」
一人で呟いた言葉に、
「私もなりたい。ユリと、本当の親友に──」
ハルの優しい声が、聞こえた気がした。
青天の霹靂。その悲劇は突然起きた。
「下倉が倒れたって。」
今日は金曜日。そう、平日だ。それなのに下倉は今日、学校を休んだ。なぜだろう。答えはとっくに出ているのに、俺はその噂から逃げていた。
放課後。今日は勉強会はなしか。…意味もなく下倉と交換したメールを思い出した。
『今日どうしたの?』
入力してみた。うーん。
『今日大丈夫?どうしたの?』
この文面にしよう。俺は勇気をふり絞って送信ボタンを押した。
ピコン。え、早いな。
『ごめん。今日勉強会、お預け…(汗)』
どうやら同時送信だったらしい。ピコン。
『ちょっとお腹痛くてさ。月曜には頑張って元気になって、復活します!』
嘘、だな。俺の、なんの根拠もない勘が言った。そして俺は覚悟して送った。
『本当は何で倒れたの?熱中症?』
『あ、そうそう。ごめん、心配かけたくなくて。本当は熱中症!』
…。昨日のあの寂しそうな瞳、間違いではなかったかもしれない。
『本当は精神的に疲れてたとか?もしそうなら、遠慮せず相談するといいよ。一人で溜めこむのは良くないし。相談するのは誰でもいい!俺でもいいし、あとは佐原とか!』
柄でもないビックリマークをつけて送信。
…しまったか?送信してから四分、なにも返信がないことに俺は怯えていた。ピコン。
『もし精神を病んだら、上野君は頼りにならないからハルに頼るとするよ(笑)ありがとう。』
ひとまずホッとした。地雷を踏んでしまったかと思ってヒヤヒヤした。
俺は、あることを思い出した。明日から休日だというのに、本を教室に置いてきてしまった。まだ門の前だからセーフ。
生徒の点々とした流れに逆らって向かった教室は、少し怖いくらいに静まり返っていた。早く本を取って帰ろう。
──ガラッ。
「「えっ?」」
声が重なる。そこには、涙を一筋流した佐原がいた。なんで泣いているのだろう。聞くべきだろうか。でも、目が合ったのに何も言わないのも変だから、
「どうした?」
と聞いた。何が、とは言わずに。
「いや、ちょっとさ…。ユリと喧嘩しちゃって…。そのユリが倒れたって聞いて…。もう、私のせいじゃん…。ユリ…ずっと…一人で…抱えて…う…うぅ……」
け、喧嘩…?俺さっき、下倉になんて送った…?
「ごめん。勢いで話しちゃって。こんな話、知るかって感──」
「下倉今どこにいんの!?」
俺は必死だった。本来の用件なんて机の中に置いて、とにかく走った。
下倉はどんな気持ちで、俺が送ってしまったあの文面を四分間見ていたのだろう。きっと凄く、悲しくて寂しくて…。それなのに俺は…何も知らずに…!
俺は走った。走って走って、転びそうになっても走り続けた。そしてやっと、佇む病院を認識できた。早く。俺が傷つけてしまった、彼女の元へ──
**
お腹にハサミを向ける。ハサミの鋭い先端が光った。手が震える。どうして…。どうして…?私って、死ぬことすらできないほど無能だったのか。なんだか自分の惨めさを思い知らされた気がして、急に泣けてくる。誰もいない静かな病室に、私の嗚咽だけが響いていた。
「下倉っ!!!」
えっ。なんで…。ドアのところに、今までに見たことのないくらい焦りと悲しさを抱えた顔の上野君がいた。肩で息をしている。
「下倉、ハサミ置いて?」
今にも泣きそうな優しい声を合図に、ハサミと私の涙が零れ落ちる。
「うぅ…ぁあっ…」
なんだかやるせない気持ちになり、取り乱していた私に、
「話をしよう。」
と、傍に優しく寄ってくれる上野君。
「私ね、ずっと自分のことが嫌いだった。私なんて死んじゃえーって思うことなんて、日常茶飯事で。」
そんな言葉を始めに、私は自分の過去をいつのまにか全部話していた。
「うん…。」
相槌をうってくれる優しい心が、嬉しかった。私のために必死になってくれるその心が、嬉しかった。
「ストレスによる呼吸困難だって。私が倒れた理由。私、ハルと喧嘩しちゃって……。」
言葉を区切ってもう一息。
「上野君、親友って、本当の親友って何かな…?」
上野君は少し考えて、こう言った。
「親友であることに定義なんてないんじゃないかな。ただその人のことをが好きって思えたら──」
上野君の言葉は、一度途切れた。私は上野君が、誰か大切な友人を思い浮かべているのだと、勝手に解釈した。上野君は続けた。
「強いて言うなら、羞恥心も気にせず何でも相談し合える関係…?」
羞恥心なく、相談し合える…。
上野君は、
「ごめん。急だったからまぁまぁ適当…。」
とでも言いたげな表情で、わたしが考えるのを黙って見守ってくれている。
私にとっては、凄く心強くて正しい答えだと思ったのだが。
「そっか、ありがとう。月曜日、学校でまた。」
「また。」
今は、その「また。」ですら嬉しい。
一人になって静かになった。私は深く、考えた。そうか。たしかになんでも相談できるえみを、私は本当の親友だと思っていた。
分かり合えたらいいな。君が教えてくれた、親友というものを──。いつかハルとも分かり合えたらいいな。いつかハルと、本当の親友になれたらいいな。
「なれるかな…?」
一人で呟いた言葉に、
「私もなりたい。ユリと、本当の親友に──」
ハルの優しい声が、聞こえた気がした。
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