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4巻

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 朝起きると、ポッポちゃんがルビーにほおをぴったりとつけて寝ている姿が見えた。
 いつもは俺より先に起きている事が多いのだが、昨日はルビーに夢中でずっと見ていたのかもしれない。すぴーと可愛い呼吸の音が聞こえてくる。
 俺はポッポちゃんを起こさないように、ゆっくりと部屋から出た。
 廊下の窓から見える外の景色はまだ暗い。
 大きな欠伸あくびをしながらリビングに向かうと、台所から物音が聞こえてきた。先に起きた誰かが朝食の用意をしてくれているようだ。
 台所を覗き込むと、マーシャさんとナディーネに、先日新しく買った奴隷の女の子二人の姿があった。
 俺はこの家でナディーネとその妹のミラベル、母親のマーシャさん達と一緒に暮らしている。ナディーネ達とは、以前住んでいた村で依頼を受けて以来の関係だ。商売を手伝ってくれる奴隷も増えてきたが、彼女達はいつもこうして率先して家事をこなしてくれている。

「あっ、おはようございます」
「おはようございます、ゼン様」

 二人の奴隷が俺に気付いてぺこりと頭を下げる。

「あら、おはよう。今日は早いわね」
「おはよう、ゼン君。ごめんね、朝ごはんはまだ時間が掛かるわよ」

 俺は四人に挨拶あいさつを返して、今日の朝ごはんは何かと台所を覗き込んだ。
 パンに目玉焼き、ベーコンにチーズ、果物に野菜。いつもの朝食を調理中だ。
 朝飯を食べる人数は、この家に六人と二軒隣の離れに九人。合計十五人もいると、本当に大量の食材が必要だ。
 ナディーネが忙しそうに皿を運びながら俺に声をかけた。

「ゼン君、ちょうど良かった。パンを出してくれない? もうストックが少なくなってきたわ」

 俺はマジックボックスから【無尽蔵むじんぞうのパン袋】を取り出す。このパン袋は名前の通り、いくらでもパンを取り出せる伝説級レジェンダリーのアイテムだ。
 俺はパン置き場になっている大きなバスケットの中にせっせとパンを積み上げていく。
 気がついた奴隷の子達が、元からバスケットに入っていたパンを今朝食べる分として取り除いてくれた。

「ありがとう、ホリー、ジュディ。良い子だから、今日の帰りにでもお菓子を買ってきてやろう」
「わーい、良かったね、ジュディ」
「うん。でも昨日もお菓子食べたよ? ゼン様、本当に良いの?」

 ホリーとジュディ。二人とも十二歳の女の子で、町娘風のシンプルなワンピースに、白いエプロンを身につけている。ホリーは純朴じゅんぼくな感じの子で、ジュディの方は少し勝気かちき雰囲気ふんいきがある子だ。奴隷商館から買い取った直後は、何をさせられるのかとおびえ、いつも無表情に近かったが、今ではすっかり笑顔を取り戻していた。二人には家事の手伝いをしてもらっている。
 二人が朝食の準備に戻ったので、俺はせっせとパンを取り出す作業を再開した。
 バスケットがパンで一杯になる頃には、すっかり朝日が昇っていた。
 神殿から鐘の音が聞こえてきて、目を覚ました皆がぞくぞくと集まってくる。

「あっ、おはようございます。ゼン様がこの時間に起きてるなんて、珍しいですね?」

 離れに住む猫型獣人の奴隷、レイレがやってきた。彼女と出会った時はそれほど身長差はなかったのに、今では俺の背が伸びて彼女の頭は腹のあたりだ。

「なんか目が覚めちゃってさ。これ持ってくんだろ? 俺が持つよ」

 この街に来て最初に買った奴隷、獣人のレイレ、エルフのオーレリーさんに、職人がしらのマートさんの三人組は、最近までこちらの家で食事をしていたのだが、新たに購入した奴隷のまとめ役になったので、今は別宅で食事を取っている。
 ホリーとジュディの二人だけでは、大量の食事を運ぶには手が足りないので、毎度レイレや他の人が受け取りに来ているのだ。
 ここは男の見せ場だと、俺は九人分の朝食をトレイに載せて、両手で持って移動する。
 結構な重さがあるので、ホリーとジュディは手放しで褒めてくれた。うむ、その声が聞きたかったんだ。

「マジックボックスを使えば、楽に運べるんじゃないですか?」

 レイレは、何故俺が手で持っているのか理解出来ないと首をひねる。
 馬鹿! 女の子二人に、黄色い声を上げてもらう為に決まっているじゃないか!
 レイレも俺の意図を分かった上で言ってるのかもしれないが、バレたら恥ずかしいからやめてほしい。
 食事の配達が終わり、俺も朝食を取る為に家に戻る。
 ダイニングには既に皆が揃っていて、残るはポッポちゃん一羽だけだ。こんなに遅くまで寝ているなんて、ポッポちゃんはよほど夜更よふかししたに違いない。
 俺は一度部屋に戻って、ポッポちゃんを優しくでて起こした。
 ポッポちゃんはパチパチとまばたきして、「主人~、おはようなのよ」と鳴くと、大きく翼を開く。

「ご飯だから起きてね。ほら行こう」

 俺はポッポちゃんを抱きかかえ、皆が待つ食卓に向かった。


 朝食後はポッポちゃんを連れて家を出て、グウィンさんのもとへ向かう。

「おはようございます。準備は出来ていますので、早速レイコック様のところに参りましょう」

 家の前で待っていたグウィンさんと共に、この街の中心地にある侯爵様の城館に向かう。
 周囲には貴族が暮らす大きな庭付きの豪邸や、軍やまつりごとに携わる者が働く建物などがある。
 それらを左右に見ながら道を進むと、やがて正面に高い壁が見えてくる。侯爵様の住まいは、完全にいくさを想定した守りの固い城砦じょうさいそのものだった。
 出入口の正面門では、武装した警備兵が睨みを利かせている。
 物々しい態勢だが、グウィンさんの引率もあって、俺はあっさり入城を許された。俺自身、彼らとは何度も顔を合わせている。
 グウィンさんとともに案内された客間のソファーに座っていると、飲み物が用意された。
 器から湯気と香りが立ち上る。そのぎ覚えのある香りに、俺は思わず手に取って口を付けた。
 緑茶だ……
 口の中に広がった緑茶の味に驚愕きょうがくした。
 お茶があるという事は聞いていたが、茶葉はこの大陸の東側にある竜人が治める国でしか栽培されていないので、手に入れる機会は、数年に一度しかないという話だ。
 せっかくだから膝の上のポッポちゃんにも飲ませてあげたが、彼女は苦いのが嫌なのか一口でやめてしまった。
 俺が美味うまそうに飲んでいるのが不思議らしく、頭をクルクルと振って「だいじょうぶなの?」と心配してくれている。
 緑茶を味わいつつ、ワインで煮たフルーツのタルトを楽しんでいると、ドアが開かれ侯爵様が現れた。

「美味いだろ、その茶は」
「ええ、大金貨を積んででも買い取りたいくらいですよ」
「そうかそうか。蜂蜜はちみつを入れても美味いらしいぞ。娘が言っておったわ」

 ぐっ……緑茶に蜂蜜はちょっとありえねえ。
 ドスンッとソファーに腰を下ろした侯爵様は、一緒に来た側近に目配せめくばをした。すると、側近が綺麗きれいな布の袋を侯爵様に手渡した。

「まず、これが最初に約束していたダンジョン攻略報酬ほうしゅうの残り、大金貨五十枚だ。しっかり数を確認してくれ」
「その必要はないと思いますので、このまま受け取らせてもらいます」

 侯爵様は大きく頷いて人払いをした。
 俺と侯爵様とグウィンさんの三人だけになると、侯爵様はマジックボックスから取り出した数点のアイテムをテーブルの上に置いていく。

「さあ、約束だ。この中から一つ選んでくれ。実は、ワシが所有しているアーティファクトはもう一つあるのだが、それはこの地を治めた初代から受け継がれている物でな。申し訳ないが勘弁してくれ」

 家宝みたいな物なら仕方がない。
 俺は用意されたアーティファクトに目を移した。
 テーブルの上に置かれているアーティファクトは四つある。
 一つ目は宝石がちりばめられた金属製の筒だ。見た目は望遠鏡だな。
 鑑定すると、思っていた通りの結果で、測量の神のアーティファクトだと出た。
 名前は【雲の目】。覗き込むと、自分を中心とした現在地を上空から見下ろせる。人工衛星的な視覚を得られるアーティファクトだ。覗いて意識を集中すれば、対象の長さや面積等が頭に浮かぶとある。
 試しにこの部屋の中で使ってみると、今いる位置を真上から見下ろした光景が見えた。今いる位置と言っても石造りの建物の屋根が見えるだけだが。使いようによっては、かなり強力なアイテムな気がする。ただ、自分が移動しなければ視点も動かないし、見える範囲はそれほど広くはないので、偵察衛星的な運用をしようとしたら、大変そうではある。面白いのだが、今の俺には不要な気がするので、優先度は低い。
 次のアーティファクトは、アンティークな如雨露じょうろといった外見で、とても可愛い形をしている。アニア辺りに見せたら、絶対これが良いと言い出しそうだ。俺も少し欲しくなっている。
 鑑定で出た名前は【神樹しんじゅの如雨露】。農耕の神のアーティファクトだ。
 如雨露だけあって、植物の育成を助けたり病気を治療したりする効果があると出た。それだけなら随分地味なアーティファクトだが、鑑定の説明では、育てるのが難しい植物ほどその効果が高まると書いてある。
 錬金スキルでポーションを作る際には、人が育てるのは困難な、希少な植物が素材として必要になる事がある。このアーティファクトがあれば、それらを人工的に育てる事が出来るかもしれない。しかし、今の俺にとってはあまり必要な物ではない。
 三つ目のアーティファクトは、金銀二色が組み合わさった幅の広い指輪だ。魔法陣のような幾何学きかがく模様が描かれている。
 鑑定結果は【魔道士の盾】と出た。魔具の神のアーティファクトだ。流石異世界、聞いた事もないような神様の名前が次々出てくる。
 効果はシンプルで、指輪を装着している方の腕を中心に盾が作り出せるというものだ。感覚としては魔法抵抗スキルで作り出せる魔法防壁に近い。だが、この盾は魔法だけでなく物理的な攻撃も止める事が出来ると鑑定結果に書いてある。前の二つが微妙だっただけに、これには心が躍ってしまった。
 最後のアーティファクトは木製の矢筒だ。縁は鉄で補強されている。アーティファクトだけあって、細工さいくは素晴らしく、頑強そうな竜がられている。
 鑑定結果は【無限の矢筒】で、狩猟の神のアーティファクトだ。効果は名前そのままで、今収められている矢が無限に補充されるというものだ。俺にとってこのアーティファクトは微妙である。
 補充されるのは単なる鉄の矢。高品質ハイクオリティーではあるが、いかんせん普通の矢だ。魔法的な力がある訳ではないので、攻撃力が上がるなどの効果は得られない。これは見送ろう。
 もう少し戦闘向きのアーティファクトがあると思ったのだが、今欲しいと思えるのは【魔道士の盾】一つだけだ。候補が簡単にしぼれるのは、ありがたい事だが、もう少し悩みたくもあった。
 とはいえ、文句を言っても仕方がないので、俺は【魔道士の盾】をもらう事にした。
 エアがダンジョンで盾を手に入れた事を考えると、なんだか運命を感じてしまう。どうせなら可愛い女の子と運命で繋がりたかった……

「ふむ、やはりそれにしたか……」

 侯爵様は額を叩きながらそんな事を言う。だが、表情は穏やかだ。ある程度この選択は予想していたのだろう。
 早速【魔道士の盾】を指にめて試してみる。
 意識を集中して盾を展開すると、ブゥンという低い唸りと共に、半透明の白いエネルギーのまくが、俺の腕から少し離れた場所に浮かび上がった。

「な、なんだそれは!? ワシが前に配下に試させた時には、もっと小さくて弱々しい盾だったぞ!」

 俺が展開した盾を見た侯爵様は、飲みかけていた緑茶を噴き出して驚きの声を上げた。グウィンさんも以前に使用したところを見た事があるらしく、侯爵様と同様に驚いている。
 盾の大きさが違うのは、それが使用者のスキル値に依存するからだ。
 ちなみにポッポちゃんも、突然現れた光の盾にビビって一瞬羽をバタつかせたが、今は落ち着いて目を閉じている。多分ビビった事を隠そうとしているのだろうが、バレバレである。

  名称:【魔道士の盾】
  素材:【金 銀】
  等級:【伝説級レジェンダリー
  性能:【障壁生成】
  詳細:【魔具の神のアーティファクト。物理・魔法障壁を生成する。障壁の強さは装備した者の魔法抵抗スキル・盾術スキルに依存する】

 俺の魔法抵抗スキルのレベルは4、そして盾術は3だ。この世界ではおおっぴらにスキル値を公表しないのが常識なので実際はどうだか分からないが、多分俺以上にスキルが高い奴はほとんどいないだろう。
 そんな俺が展開した光の盾は、とても力強く感じられる。
 頭の中で盾が消えるようにイメージすると、実際に光の盾は消えてくれた。
 ふ、ふははは。これは良い! 何がいいって、見た目が良い! 俺を襲う攻撃を防ぐ光の盾! 突然現れる盾に驚愕する敵! ははは、見えるぞ、カッコイイ未来が見えるぞ!
 思わず子供じみた妄想もうそうが爆発してしまう。だが俺はいつまでも少年の心でいたいのだ。全く恥ずかしくなんかない――と思おう……

「ゼンよ、お楽しみのところすまんが、今日はこれでお開きにさせてもらう。お前さんのお蔭で、忙しくなってしまってな、ははは」

 侯爵様はびながら席を立った。俺のお蔭って事は、エア関係の事で忙しいのだろう。
 グウィンさんとは城を出たところで別れる。彼もダンジョン攻略の事後処理がまだまだあるので忙しいとの事だ。ドロップ品の売却をすべて任せているから当然だろう。


 俺はポッポちゃんと一緒に歩いて次の目的地へ行く事にした。
 街の中心街から離れて職人街へと向かう。辿り着いたのは、以前マジックボックスの腕輪の加工なども依頼した事がある、ドワーフのおっちゃんが経営する細工店だ。

「なるほどなあ、このルビーを中心に、その周りに金やらで台座を付けて置物にするんだな?」

 この店に来た目的を告げていなかった事もあり、当初ポッポちゃんは何をするつもりか理解していなかった。だが、丁寧に説明すると、興奮したご様子でピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。「主人うれしいのよー」と、クルゥクルゥ鳴きながら、俺にまとわりついてくる。
 すごく可愛いので俺もしばらく為されるがままになっていた。
 今回の加工代金は材料費を含めて大金貨五枚。なかなかの金額だが、ポッポちゃんはダンジョンで俺の次に活躍していたといっても過言ではない。この程度の報酬はもらって当たり前だろう。
 ドワーフのおっちゃんは良い笑顔で「全力でやってやる」と言ってくれた。出来上がりは二日後らしい。
 帰ろうと思って席を立つと、ドワーフのおっちゃんが声をかけてきた。

「なあ坊主ぼうず。お前ももう成人したんだから、ペットじゃなくて女にも何かプレゼントしたらどうだ?」
「ん~、贈る相手がいない訳じゃないけど、相手はまだ成人してないから、今からそんな事するのは大げさだと思うんだよね」
「……お前だって今年成人したばかりだろ。そんな事は気にすんな。今なら二割引きで良いぞ」
「なんだよ、買わせたいだけじゃねえか。そもそもおっちゃんは女向けの物は基本外注してるんだろ?」

 俺が最後にそう返すと、おっちゃんはガハハと笑いながら、俺の背中を叩いて見送ってくれた。
 しかしまあ、大金も入った事だし、この前のお詫びとして、本当にジニーを食事に誘ってプレゼントを贈るのもいいかもしれない。


  ◆


 翌日、約束通りセシリャが家に来た。
 遠慮がちにソファーに腰を下ろすと、家の中を見回してソワソワとしている。

「ご家族、一杯いるんだね」

 前にエアにも同じような事を言われたなと思いながら、一通り家族の紹介をした。

「家の場所は教えていませんでしたけど、迷いませんでしたか?」
「あっ、レイコック様が教えてくれたから、だ、大丈夫だった。それに、私はこの街の出身だしね」

 以前はよく目を逸らされていたが、今日のセシリャはちゃんと俺の目を見ながら話をしてくれる。
 ダンジョンの中で、度々会話をしたのが良かったのか、大分俺にも慣れてきたみたいだ。
 最初に食事を取り、その後ソファーに移動してゆっくりと話す事にした。
 さっきから彼女の頭の上にはポッポちゃんが乗ったままで、少し動きにくそうだ。

「ポッポちゃん、下りなさい」

 俺がそう注意すると、ポッポちゃんは渋々といった様子でセシリャの頭から下りた。
 何故頭に乗ったのかと理由を聞いてみると、頭に生えた狐耳の間が収まりがよさそうだと思ったようだ。実際に乗ってみたら思った通りだったらしく、「ふかふかなのよ?」と、首をかしげながら鳴いている。
 俺も一度ぐらいは触ってみたいと思っているセシリャの耳を易々と攻略するなんて、ズル過ぎる。

「すみません、セシリャさん」
「えぇっ!? 大丈夫だよ! ポッポちゃんを怒らないでね?」

 セシリャは少し残念そうな顔をしている。もしかして、頭に乗せたままの方が良かったのか……?
 まあ、それは良いとして、改めて今日の用件を尋ねてみた。

「えっと、話は二つあって。まず、ダンジョンで貸してくれたおのを私に売って欲しいんだ」
「ルーンメタルを使ったやつですか?」
「うん。ルーンメタルの斧なんて、普通のお店を探してもなかなか見つかる物じゃないし、高価な物だって事は知ってるよ。でも、今は報酬を頂いたから少しお金持ちなんだ。た、多分払えると思うんだよ……ね?」

 実はルーンメタル製なのは刃の部分だけなので、それほど量は使っていない。それでも斧自体のサイズは大きいから、短剣に換算すると三本分ぐらいは使っている事になる。ざっと大金貨十五枚の価値はありそうだな。セシリャは可愛いから当然オマケする。

「分かりました、売りますよ。値段は大金貨十枚でどうですか?」
「うん、ありがとう。思い出の品になるから嬉しいよ。でも聞いてた金額よりかなり安い気がするんだけど……良いの?」

 あぁ、誰かに大体の値段は聞いていたのか。トバイアなんかはその辺の事は詳しそうだしな。
 ルーンメタルは元々俺が掘り出した物なので、原価などあってないようなものだ。だが、そんなに安いのが気になるなら、他の品と抱き合わせにして少し値上げしようかと、冗談交じりで言ってみると、セシリャの人柄を思わせる答えが返ってきた。

「最初の金額なら、お母さんにもお金を大分渡せるから、それでお願いしたいな。お父さんがいない分、苦労をかけてるしね」

 うむ、いい子だ。侯爵様が可愛がるのも頷ける。

「それでは、大金貨十枚でお譲りしますよ。でも、このままで良いんですか? もう少し装飾とか出来そうですけど」
「確かに綺麗な装飾も良いけど、これは武器だからね。私はこの無骨な感じの方が上手うまく振るえそうな気がするんだ」

 外見重視で武器を選ぶ、キャスとかいうどこぞの元冒険者に聞かせてやりたいお言葉だ。

「で、もう一つの話というのは?」
「えっとね……あのね、ゼン殿はアニアちゃんやアルン君を訓練しているんだよね?」
「何事も訓練は基本だと思いますからね、当然してますよ」
「あの……そ、それに参加させてもらえないかなって!」

 俺がジニー達を訓練してるって話を侯爵にでも聞いたのかな……? あっ、ダンジョン内でアニアと話してたから、その時か。
 だけど、今後エア達がどう動くか、俺自身まだ読めてないんだよな。

「セシリャさんなら分かっていると思いますけど、今後の展開によってはそれどころじゃなくなると思います。それでも良いなら、是非来てください。近いうちに再開しますから」

 俺が承諾すると、セシリャは顔をほころばせ、両手で胸を押さえて安堵あんどの吐息を漏らした。

「良かったぁ……本当にうれしいよ! 私はあのダンジョンであまり活躍出来なかったでしょ? ゼン殿は……まあ別格として、アニアちゃんもアルン君も凄くて、自分の力不足を痛感していたんだ……」

 十分活躍していたと思うが、戦闘スタイル的にどうしても補助が必要だった事を気にしてたんだろう。それにしても、俺は最初から比較対照外か。まあ自分でも自覚があるから良いけど。

「そ、それにね、私、こんなだから、お喋り出来る人も少なくて……。でもね、ゼン殿やアニアちゃんにアルン君とは、お喋りが出来てるの。私嬉しくてっ!」

 あぁ、本当はこっちがメインかもな。特にアニアとはダンジョン攻略の休憩中にずっと話してたしな。良いじゃないか、そんな理由でも。可愛い女の子が増えるなら俺は大歓迎さ!

「セシリャさんが来てくれたら、皆喜びますよ。そういえば、俺はダンジョン内で魔法を教えるって言いましたよね」
「あー、そういえばそうだったね。でも、今から魔法をはじめても、訓練して使いものになる頃にはおばさんになっちゃってるから無理じゃない?」
「適性があるかは分かりませんが、最低限、魔法技能レベル1は目指して行きましょう」
「お、おぉー……」

 セシリャはどう答えたらいいか迷ったのか、握った拳を軽く突き上げた。だが、やってみて恥ずかしくなったのか、即引っ込めてしまう。
 なんだろう、狙ってやってんのかな? 違うか、本当に顔が赤い。

「あっ、ゼン殿。あの、前から気になってたんだけど、なんでずっと敬語でしゃべってるの?」
「そりゃ、セシリャさんは年上だからですよ」
「あぁ、そうだったんだ。これからは普通に喋ってもらえると嬉しいな。名前も〝さん〟は要らないし」

 敬語で喋るのは苦ではないのだが、本人がそう言うなら普通に話そう。

「じゃあ、そうするよ、セシリャ。改めてよろしくね。で、俺も言わせてもらうけど、〝ゼン殿〟ってのはどうなの? アニアとアルンは普通に呼んでるんだから、俺も普通にならない?」
「む~、ゼ、ゼン……君? むむ~、駄目だめだ。ゼン殿はゼン殿と呼ばせて」
「別に良いけど、なんでそうなるの?」
「う~ん、ゼン殿は年下だって分かったけど、それでもなんかお父さんみたいでもあるし……呼び捨てだと変な感じ」

 ぐっ! お父さんか……。俺の生きている総年齢的に考えれば、セシリャくらいの歳の子供がいてもおかしくはない。
 だが、この若い体で言われると、若干ヘコむ。……俺そんなにおっさん臭い事してるか?
 こうして数日後に再開予定の朝の訓練には、セシリャも参加する事になった。
 セシリャにも侯爵様のところで仕事があるんじゃないかと気になって聞いてみると、ダンジョン攻略者になったのだから、そろそろ一人立ちしろと言われてしまったらしい。
 俺が思うに、これから起こる事にセシリャを巻き込まない為の方便ほうべんのような気がする。まあ、それは今度侯爵様に会った時にでも聞いてみる事にしよう。
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