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2巻

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 村の門まで戻ってくると、門番のおっさんに唖然あぜんとされてしまった。狩った動物を木の棒にるして帰ってきたのだが、ちゃんと獲物を捕ってくるとは思わなかったのだろう。それでも、そのまま一言挨拶をして通らせてもらった。
 家までの道中、道行く人からも視線を感じたが、特に話しかけてくる訳でもないので、そのまま素通りして戻る。ちゃんと狩りをしてきた事をアピールする為にマジックバッグに入れなかったが、失敗だったか?
 家に着くとカーラさんも仕事から戻ってきていて、リビングでポッポちゃんに水をあげているところだった。
 カーラさんは笑顔でおかえりと迎えてくれたが、俺が背負っている獲物を見ると、声を上げて驚いた。いい機会だから解体の仕方を教えてもらう事にしよう。
 カーラさんに解体方法を教わっていると、キャスが帰ってきた。彼女は台所に転がる肉を見て、大喜びで俺に抱きついてくる。久しぶりに母親の肉料理が食えるのが嬉しいようだ。
 少しして、俺の格好が変わっている事に気付いたのか、目を細めて俺を眺め始めた。

「いいじゃなぁ~い、可愛いわ」

 そんな事を言いながら、キャスは俺の頭を撫でまわす。うむ、悪い気はしないので、甘んじて受けよう。
 さばいた肉の一部は俺のマジックバッグに保存しておき、後はカーラさんに渡して好きにしてもらう。これで数日は肉料理が出るだろう。食べきれない分は、ご近所におすそ分けでもするだろうから、お返しで他の食材が食える可能性だってある。
 今日は久々にしっかりとした肉料理を満喫まんきつして、大満足の日だった。
 今まで自分が食べていた肉料理といえば、火で焼いただけのものだった。だが、野菜と一緒に煮込むと、これほどまでに味わいが増すとは思ってもいなかった。
 正直言えば、調味料が少なくて物足りないのだが、あまり贅沢ぜいたくは言えない。
 美味うまい飯を作ってくれたカーラさんに感謝だ。
 夕飯を食べながら、キャスとカーラさんとは色々と相談したので、明日の予定も大体決まった。
 次の日に備え、俺は早めに寝ることにした。


 ◆


 翌日俺は昼までかけて、村で買った物や、今まで何も考えずにマジックバッグに入れていた物を整理してみた。
 マジックバッグの中に入れれば勝手にリストを作ってソートしてくれるので、実はあまりやる事がない。だが、手に取って一つずつ確認してみると、なかなか楽しくなって夢中になってしまったのだ。
 とはいっても、森から抜ける途中で狩った亜人の死体など、ここでは取り出せないものもある。さらに死体と言えばもう一つ、最高にデカいキマイラの死体もあるのだが、いつになったらこれらの処分が出来るのかと、少し心配になってきた。


 整頓せいとん作業も一段落したところで、今日もコリーンちゃんの家に行って服を作ってもらう事にした。
 昨日キャスが冒険者ギルドから報酬をもらってきたので、半分受け取ってある。
 金貨五枚、日本円で大体五十万円くらいだろう。
 依頼の相場がいまいち分からないが、命をけるにしては安い気がしたのでキャスに聞いてみたところ、森の深部に入らない依頼なら一回でこの金額はかなり割が良いという。
 まあそうか、人攫いが森の奥に逃げ込んだから大変な事になったが、本来は森のもっと手前で解決出来たはずの仕事だもんな。
 店に着くなり、俺が昨日買った服のサイズを直しに来たと勘違いしたフラニーに服を脱がされそうになる。俺は驚いて少しの間されるがままにしていたが、放っておくと丸裸になりそうだったので、新しい服を買いに来た旨を伝えた。
 するとフラニーは、少し眉をひそめて困惑の表情を浮かべた。

「ゼン君、新しいお洋服は安くないのよ?」

 一着数万円程度らしいが、この村の生活水準を考えると確かに安くはないだろう。だが、この店で大金を使うには、それ以外方法がないのだ。直接金を渡しても、どうせ受け取らないだろうからね。駆け引きは面倒くさいので、俺は金貨五枚を取り出して、この金を全部使う事を伝える。
 金貨を見たフラニーは、更に困った顔をしてうーんとうなり始めた。

「カーラさんの分と、キャス姉の分もお願いします。お世話になるのでそれくらいのお礼はしたいんです」

 それっぽい言い訳で納得してもらおうとしたが、まだ押しは足りないらしい。
 他の理由か……少し生意気だけど、こんなのは如何いかがだろう。

「僕は将来偉くなりたいので、今からちゃんとした服を持っておこうと思うんです。どこに行っても恥ずかしくない服を、一着作ってください」

 良いんじゃないのか? 子供が背伸びしてる感じがして最高だ。
 この言葉を聞いて最初は唖然としていたフラニーだが、何故なぜかうんうんと頷き出した。

「……確かにゼン君ならそうなるかもね。分かったわ、受けさせてもらうわよ」

 俺だって、こんなガキが自力で皆が恐れる森を抜けてきたら、大物になると思うわ。実際は中身がおっさんだし、神様から加護を貰ってるしで、かなりのズルをしてるんだけどな。
 そんなやり取りもあり、俺の普段着を二着と、少し上等な服を一着、そしてキャスとカーラさんに一着ずつプレゼントする服を作ってもらう事にした。
 流石、地域密着の裁縫店というべきか、二人の体のサイズはばっちり把握はあく済みだった。
 それにフラニーが二人の好みまで知ってるのは、プレゼントをあげる方としては助かるな。
 結局服だけでは金を使いきれなかったので、残りの金額でいくつかの品物を頼んだが、これは簡単には手に入らないらしい。よって、材料の買い出しの時にでも、ついでに仕入れてもらう事にした。
 最後に、ちゃんと普通のもうけが出るように、念を押しておく事も忘れない。気を利かせて利益度外視の仕事をされたら本末転倒だ。
 全てが出来上がるのは一ヵ月以上掛かるらしい。仕上がり次第まとめて受け取る事にした。


 フラニーの店を出てから数時間。森での狩りから戻った俺は、日暮れ前に今日最後の予定である鍛冶屋へと足を運ぶ。
 村の中心から少し離れた場所にある建物からは煙が立ち昇り、金属を叩く音が外まで響いていた。
 ダンジョン内では自分で鍛冶仕事をしていたので、ある意味馴染なじみ深い音だ。
 鍛冶屋に辿り着く前にマジックバッグから今日仕留めた鳥を取り出して、手に持って店に入る。

「こんにちはー」

 俺が挨拶をしながら中に入ると、ひげもじゃの怖い顔をした五十過ぎの親父が椅子いすに座って鍋を叩いていた。
 鍛冶屋のバートさん。昨日キャスから聞いたこの村唯一の鍛冶屋の親父だ。

「見たことねえ坊主だな。何か用か?」

 子供の俺を邪険じゃけんに扱うでもなく普通に接してくれる。顔に似合わず案外優しいのか?

「鍛冶場を見学したいんですが、いいですか? これ取ってきた鳥です。よかったら食べてください」
「うむ、悪いな。おい母さん、鳥貰ったぞ捌いといてくれ」

 ふはは、おくり物をされたら嫌とは言えないだろ。俺の完璧な作戦が功を奏したようだな。

「で、坊主。いったい何が見たいんだ?」
「初めてなので全部見たいです。僕には気にせず作業してください」

 俺がそう言うと、バートさんは「分かった」と一言だけ言って作業を再開した。
 バートさんは金床かなどこに押し当てた鍋をハンマーで叩いてく。既に最終段階なのか、手に持っている鍋はほとんど完成に近い形をしていた。軽く叩いているように見えるが、結構力が加わっているのを感じる。それを数度繰り返して、若干の凹凸おうとつがあった場所を、なめらかな形に変えていく。
 その力加減や精密さを見ると、明らかにスキルの恩恵を受けている事が分かる。
 おそらく、まだ俺には出来ない技術を使っている。鍛冶スキルは最低3以上ありそうだ。
 そんな事を考えながら、作業場を見回す。
 一番目を引くものはやはり炉だ。レンガを組み合わせて作られた炉の中に、燃えて輝く光が見える。レンガは炉の上にも延びていて、そのまま煙突になっていた。
 炉の下の方には何かの棒がある。その形状を見る限り、それを引けばふいごの機能を果たすのではないだろうか。
 どう見てもいわゆる「普通の鍛冶屋の炉」で、俺がダンジョンの中で使っていた魔力炉とは全てが違っていた。

「魔力炉って使わないんですか?」
「あぁ? おとぎ話の鍛冶屋じゃねえんだ。そんな物ある訳ないだろ」

 なるほど、あれってそういうレベルの設備だったのか。そりゃあ簡単には持ち出せないわ。マジックバッグに入らなかったのも納得だな。
 鍋作りは完了したらしく、バートさんは鍋をぐるぐると回して細部を確認している。彼はチェックが終わった鍋を俺に渡して、「見てみるか」なんて言ってきた。
 目近で見るとこの鍋は、俺が作った物の倍は品質が良い気がする。同じような物を作っても、スキルレベルによってかなり出来が変わるんだな。
 今日の仕事はもう終わりらしい。普段ならこれで店じまいだが、鳥を一匹貰っておいてすぐ帰すのもなんだと言って、俺の相手を続けてくれた。顔に似合わず良いおっさんである。
 俺は一から武器を作る様子が見たかったので、マジックバッグから鉄のインゴットを取り出して、ちゃんと工賃を払うからこれでナイフを作ってくれとお願いしてみた。

「坊主はマジックバッグの使い方がなってねえな。そんな小さな鞄からなんでも取り出したら、マジックバッグだって言ってるようなもんだ。普通はな、でかい鞄から出したように見せるんだ」

 鋭いおっさんだ、見事にばれている。バートさんはインゴットを受け取ると、唸りながら眺めまわし始めた。何か問題でもあるのか?

「久しぶりに見たが、これはダンジョン産の鉄だろ、不純物が少な過ぎる」
「見ただけで分かるものなんですか?」
「俺は二十年以上この仕事をしてるんだぞ。この程度の事なら分かるわい」

 おぉ、なんという職人的発言、格好いい。

「坊主はどうやってこれを手に入れたんだ? まさか掘った訳じゃあるまい」
「えーと、親が残してくれてたんですよ。鉱石はダンジョン以外でも普通に掘れるんですよね?」
「そりゃ当たり前だろ。普通は鉄や銅といったら鉱山を掘って得る物だからな。ダンジョン産の鉱石は、混じり物が少なく希少なんだが、魔物が出やがるから掘るのが難しくてな」

 なるほど、この世界も地球と同じように採掘してるんだな。ダンジョンの鉱石は、特殊な例だと考えて良いのだろう。
 ナイフ制作の工賃は銀貨三枚でやってくれるらしい。それを了承すると、バートさんは鉄のインゴットを炉に入れて熱し始めた。ふいごを使って炉の温度を上げていくと、鉄のインゴットが赤熱せきねつし始める。鉄の状態を見極みきわめながら、バートさんは鍛冶スキルを使って、必要な分の鉄をインゴットのかたまりから平箸ひらはしで移していく。
 続けて鍛冶スキルによる成形が行われ、次はハンマーを使い細かな調整に入った。
 この作業を見る限り、俺がやっていた鍛冶と同じ事をしているのが分かる。
 ただ、スキルレベル差の為か、作業の精度や速度は俺の上を行っていた。
 ほどなくして出来上がった刃に木製の柄を取り付け、革のさやに収めたら完成だ。
 作業場の奥から持ってきた作り置きの鞘に一発で収まったのは流石だ。職人技、凄まじい。
 ナイフは俺の手に収まるように成形されたので小さいが、ゆがみもなくとても美しい。俺が作った物や森の中で亜人達が持っていた物と比べても、一目で違いが分かる。
 サイズが小さいのと、材料持ち込みなので銀貨三枚ですんだんだろうが、この品質で剣を一本作ってもらったら、相当な金額を取られそうだ。
 ふと思い出して、俺は鑑定スキルで品質を調べてみる。

  名称:【ショートナイフ】
  素材:【鉄】
  等級:【高品質ハイクオリティー

 以前、俺の作った武器を鑑定した時は大体が標準ノーマルで、一割が高品質ハイクオリティー、二割が低品質プアだった。
 それを考えると、これを一発で作り上げたバートさんの腕は確かなんだろう。
 バートさん自身も納得の出来らしく、純度が高いインゴットはやはり違うと笑っている。
 余ったインゴットを譲ると、バートさんはさらに上機嫌になり、日が沈むまで鍛冶に関する話をしてくれた。
 またいつでも来いと言ってくれたので、今度お邪魔してみようかと思う。


 ◆


 今日は遂に俺も冒険者登録をすべく、近くの街の冒険者ギルドへと向かう事になった。
 今滞在している村にも冒険者ギルドはあるのだが、簡易的な出張所のようなものだという。主に地元の依頼を受け付ける窓口になっていて、冒険者登録などの事務手続きは出来ないらしい。
 その為面倒だが、村から馬車で一日の場所にある、領主が住むイヴリンという街まで行かなくてはならないのだ。
 馬車は数日に一度のペースで各村を通りながら街まで運行しているそうで、今日がその馬車が来る日だ。
 キャスには街まで同行してもらう。
 コリーンちゃん救出の報酬を受け取ったキャスは、大金が入ったので当分休むなどと言い出して、ダラダラとした生活を送っていた。それを見かねたカーラさんの命令もあって連れ出す事になったのだ。キャスも手に入った金で武器でも買おうと思っていたらしく、街行きには乗り気だ。
 せっかく街に行くならば、ギルド登録以外にもしたい事はあるのだが、子供の身では何かと動きづらい。だから俺の保護者役になってくれるキャスは、誘拐ゆうかいしてでも連れて行くつもりだったんだけどね。
 ポッポちゃんにはお留守番をしてもらう。傷自体はえているが、まだ安静にしていてほしいからだ。それに、羽をなくした事を気にしている様子だったので、少しの間はそっとしておこうと思った。
 上機嫌なキャスに手を引かれて、村の外れに停まっている馬車の所に向かう。
 馬車の御者ぎょしゃはキャスと知り合いらしく、俺の姿を見て「キャス、あんた子供がいたのか……」なんて漏らした。
 それにぶち切れたキャスは「まだ私は十八だ。こんな大きな子供なんていない!」などと大声で反論している。俺はずっと二十歳はたちくらいだろうと思っていたので、それより下だったのは意外だ。
 キャスをなだめながら、御者に銀貨四枚を支払って馬車に乗り込んだ。
 客車には他の村から乗ってきた物売りや、護衛など数人の先客がいた。その中にはこの村の冒険者ギルドの受付をしている三十歳くらいの女性の姿もあった。
 皆に軽く挨拶をして席に座る。そういえばこんな馬車に乗るのは初めてだ。ほろが掛かった馬車の形を思い出すと、自分がまるで有名RPGの一員になった気がしてきて、ちょっとテンションが上がった。


 しばしの待ち時間の後、馬車は出発した。途中、数箇所の村を経由しながら街に行くらしい。
 道中は景色を見るか他の乗客と会話をする以外に何もすることがない。
 ちなみに、隣に座っているキャスはかなり前から俺の頭に寄りかかって寝ている。柔らかい部分が当たってるから、悪い気はしないんだけどさ……
 この馬車には護衛が二人乗っている。彼らに話を聞いてみると、普段から国やギルドによる討伐とうばつで街道沿いの魔物を減らしているので、これらによる襲撃は少ないのだそうだ。年に数度は強盗などの被害もあるみたいだが、街に近付けばそれだけ治安は良くなるので、あまり心配をするなと言われた。
 逆に護衛の兄ちゃんは、子供の俺が街まで行く理由が気になったらしく、あれこれ質問してきた。
 俺が冒険者ギルドに登録しに行くと話すと、同乗している村のギルド職員の女性――マグさんが説明をしてくれるという流れになった。
 どの道ひまを持てあましているので、断る理由はない。それに、今話を聞いておけば登録時に説明を受けなくて済むので、時間の有効利用にもなる。
 マグさんの話は、ギルドの歴史についてから始まった。
 冒険者ギルドは元々、狩人かりゅうどが情報交換や狩った動物の取引などを行っていた互助ごじょ組織――ハンターギルドから出発したらしい。
 森に入る狩人達は、そこに住む亜人と戦う事も多い。亜人を討伐すると国から謝礼金が出るのだが、国からの指示で、狩人達への報酬の支払い業務をハンターギルドが代行するようになったのだ。
 その為ハンターギルドには、従来の狩人だけではなく、亜人を主に狩る冒険者も多く所属するようになっていった。その後いつの間にか立場は逆転して、討伐を中心とした様々な依頼を仲介する、冒険者の為のギルドの形になった。やがてこれが国全体、さらに他国にまで広がったという話である。今俺がいるこのシーレッド王国でも同様だ。
 現在の冒険者ギルドは国が運営する組織であり、軍の手が回らない場所に出没する亜人の討伐などを冒険者に常時委託している。もちろんこういった危険な仕事だけでなく、地元の人間が簡単なお手伝いレベルの依頼を出す事も出来る為、子供が登録するのも決して珍しくないらしい。
 冒険者ギルドのメンバーは、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤと五段階のクラスに分けられ、これによって受注できる仕事が制限される。
 基本的に自分の所属するランク以下の依頼しか受けられない。つまり、ブロンズクラスがいきなりシルバーやゴールドの仕事は受けられないのだ。
 はじめは皆ブロンズクラスからスタートして、昇格試験や依頼の達成内容、達成数に応じてランクが上がっていく。
 依頼によっては失敗時にペナルティーを科せられる場合があり、失敗を繰り返すとギルドから除名処分を受けてしまう。ギルドに対して不利益を与えた場合も、同じく除名処分の対象になる。
 除名をされた者は二度とギルドに所属出来なくなるので、冒険者としては生きていけない。
 マグさん曰く「出来る仕事だけやっとけば、そのうちランクも上がるよ」だそうだ。
 ギルドメンバーになると、世界共通で使えるギルドカードというものが交付されて、これによってランクなどの様々な情報が確認できる。
 偽造や書き換えなどの不正も横行おうこうしているかと思ったが、このカードは不思議な力で保護されているとの事で、人間が手を出せるものではないらしい。
 俺はこの管理システムに興味をそそられたので、色々と質問してみた。
 今から行くイヴリンはシティーコアを持つ街で、その機能の一つにギルドメンバーの登録があるのだという。シティーコアというのは、魔物の侵入をはばむ都市を作る為のものらしいのだが、詳しくは分からない。
 このシティーコアから生み出されたクリスタルを使用すると、全世界共通のデータベースのようなものにアクセスできるので、登録者の情報などはそこで一括管理するみたいだ。元IT系社員の俺としては、そんなデータベースがあれば悪用し放題だと思ったが、それは絶対に出来ないと言われてしまった。何故なら、このシステムは神が用意してくれたものであり、悪意を持って用いれば、必ず神の怒りを受けるとの事だ。
 マグさんも、実際に不正を働いた同僚に神罰が下るところを目撃したことがあるらしい。
 それはまだマグさんが若かった頃の事。貴族同士のいざこざが起こっていた時、とある貴族と懇意こんいにしていた冒険者の情報が悪意のあるものに変更された。ところがその直後、情報を改ざんした職員、並びにその指示を出した敵対勢力の貴族に、神の怒りが降り注ぎ、消し炭に変えられたとのことだ。
 話を聞くだけでもおっかないが、少しのミスくらいならすぐに直せば問題ないらしい。たまに疲れてミスをしたまま居眠りをした場合には、空から拳骨げんこつが飛んで来るとか来ないとか。
 不注意には神様もそこまで厳しくはないようだ。
 要は悪意を持って行うかどうかなのだろう。神様による管理とは、なかなか強固なセキュリティーシステムで頭が下がるな。
 それにしても、この世界の神様は人々の世界に介入する度合いが大きいみたいだ。まあ、基本的には優しい神様達だと思うが。
 他にも、マグさんはこの国の税に関して説明してくれた。
 大半の国では、成人するまで基本的に納税義務は発生しないのだが、冒険者ギルドに入って収入がある場合は、子供でも大人の半分の納税が必要になる。だから俺の場合は年間で金貨二枚だ。
 ちなみに、比較的低所得層である農家の平均年収が大金貨一枚。
 この税は貧富ひんぷの差は関係なしに一律らしいので、収入が少ない農家には痛い出費と言えそうだ。
 税が払えない場合は、身売りをするか他の国に逃げるしかない。村で協力して金を出し合う事もあるようだが、それも二度目はない。ブロベック村でも数年前に一人の男性が奴隷どれいとして炭鉱に送られたという。
 冒険者が一国に定住していないのであれば、毎回依頼を受けるごとに報酬から税が徴収されていく。
 自分が属するクラスによって、一月ひとつきに受けなくてはならない依頼の数が決まっており、ランクが低いほど多くの依頼を受ける必要がある。一番下のブロンズでは、月に十回以上の依頼を達成する事が課せられているのだ。
 プラチナクラスからは税の免除がある。これは強力な冒険者を確保する為の措置そちだろう。
 月に十回の依頼達成は大変そうだが、依頼内容によっては二回分に相当する物や、お使い程度の仕事もあるので、月に半分ほど働けば問題ないらしい。ちなみにこの必要回数も子供は半分で済む。
 これらの義務は当然金で解決できる。面倒だから、金が出来たら事前に税金分をいくらかギルドに支払っておくことにしよう。
 ギルド以外の話も聞けて、また一つこの世界の事を理解出来たので、有意義な時間だった。
 キャスはこの話の間もずっと俺に寄りかかったまま寝ていた。キャスの口からよだれが垂れそうだったので、雑貨屋で買った手拭てぬぐいで拭う。
 物欲しげにこちらを見ていた護衛の兄ちゃんに手拭いをあげて、俺も一眠りする事にした。


 ◆


 馬車は途中いくつかの村で馬を休ませながら、また次の村へと進んでいく。
 見える景色は大体が草原、たまに林や勾配こうばいの急な丘なんかも越えていくが、退屈をまぎらわすほどの風景ではない。

「でね、この子ったらギルドに乗り込んできて、その子らにパンチよ!?」
「やだっ! 言わないでよ、マグさん。あれは、私を置いて逃げた罰なんだから!」

 目を覚ましたキャスは、馬車内にいる女性達の会話に加わっていた。
 流石にそこに入る気にはなれないので、暇である。キャスの涎付き手拭いの見返りとして護衛の兄ちゃんがくれた干し肉を頬張ほおばりながら、時間を過ごしていた。


 日が暮れはじめたので、馬車を停めて野営の準備が始まった。食事には当然肉を提供して馬車の皆と分け合う。お蔭で他の人からも色々もらえて豪華ごうかな夕食となった。
 その後はやる事もないので横になり、ポッポちゃんの羽をどうやって取り戻そうか? などと考えていると、そのうち寝てしまっていた。
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