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1巻

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「よっしゃ、出来た! 初めてにしてはなかなかの出来じゃないか? 早速鑑定だな」

 名称:【幅広のナイフ】

 ふははは、素晴らしい。ちゃんとナイフと表示されているではないか。
 上機嫌で出来たてのナイフを振り回してみる。
 戦闘のメインで使う為に作った物ではなかったが、このサイズは思ったより振りやすかった。
 少しの間、ナイフをで回したりながめたりしていたが、ふと空腹を感じたので辺りを見回すと、外が大分暗くなってきている事に気付いた。

「もう夜になるのか」

 体感だけど、目が覚めてからまだ五~六時間てところだよな、って事は十二時ぐらいに起きたのか。いや、そもそもここは地球じゃなかった。この世界は一日二十四時間なのかも分からない。
 一人で考えても答えは出ないんだよな……。様々な疑問が湧き、自然と溜息が出てくる。
 表の様子が気になり、痛む足を庇いながら入口に向かう。頭を出して外の様子を窺うが、物音一つせず、静かなものだった。

「スライムも、来る気配はないな」

 この部屋にいる数時間の間ではあるけど、部屋の前を何かが通過した気配もなかったし、ここは安全と考えて良いみたいだな。本格的に暗くなる前に飯を食って寝ちまおう。
 作業台へと戻り、パンを頬張りながら、今後の事を考える。
 とりあえず、鍛冶が出来る事は分かった。スキルの有用性も確認出来たし、教本と素材がある物に関しては、自分で作れると考えて良いな。
 足の怪我が治り次第、外の壁を上ってみたいけど、完治するのを待つか、教本にあるポーションを試すかは考えどころだな。何が起こるか分からないから、節約は大事だろうし。
 ん~よしっ、取りあえずは足が治るまでの間に、教本にある物を片っ端から作るか。
 外を見ると既に日は落ちていた。月明かりが部屋の中にも射し込むようで、真っ暗にはなっておらず、ある程度は部屋の中を見回す事が出来る。気温もそこまで下がってないし、火をおこさなくても寝るには問題ないな。
 そうすると、この寝床もそこまで悪くないかもしれない。慣れたら余裕で眠れそうだ。
 意外と快適な藁の寝心地を感じながら、俺は誘われるまま睡魔に身を委ねた。


  ◆


 朝の光を感じながら、藁の匂いに包まれて目を覚ます。寝苦しさも寒さも特に感じずに、一度も眠りから覚める事なく朝を迎えられた。時計が無いので時間は確認のしようがないが、満足のいく時間睡眠が取れたようで、快適な寝起きだ。

「ふぁ~……」

 足を注意しながら立ち上がって、大きく息を吸い込み、体を伸ばす。一瞬、体が小さくなっている事に驚いて混乱したが、すぐに原因を思い出し、安堵の息を吐いた。
 そうだ、俺は生まれ変わったんだよな……
 壺からコップに一杯水を汲み、歯ブラシを手に取って表に出る。
 何の毛か分からない、謎の歯ブラシで歯を磨いていく。当然、歯磨き粉なんて無いので、そのまま磨くだけだが、しないよりかはずっとマシで、随分すっきりとした。
 部屋の外は、垂直にそびえ立つ壁に囲まれているが、部屋の入り口から日差しは十分射し込み、俺の体を温めてくれる。
 朝の運動がてらに、軽く体を動かしながら辺りを見回すが、相変わらず周囲には何もいないようで、動物や魔物の気配などは全く感じなかった。
 うがいをして、吐いた水が地面に染みこむのを見つめながら、水の扱いを暫し考える。
 鍛冶で使う水に関しては炉を動かせないから仕方がないが、それ以外の水は極力表に出て使おうと思った。生活汚水を室内に垂れ流す訳にはいかないしね。
 それに、現状は柄杓やコップしか水を汲める物が無い事に軽い不満がある為、手頃な大きさの桶も欲しい。
 欲しい物を挙げていくと、今ある素材だけでは足りないのは明白だが、解決方法はすぐに思いついた。材料が無いならればいいのだ。
 都合よく目の前の通路には木が一本生えている。この木を除けば昨日進んだ三方向の道いずれにも木は生えていなかったので、こんな近場に木があるのは、神様の配慮だと思える。教本にも斧の作り方があるし、これを活用しろって事で間違いないのだろう。
 同じく素材という事で言えば、鉄に関しても特定の場所を掘れば出るような気がしている。教本にツルハシの作り方が載っていて、あの炉を使えば製錬作業が行える事を考えると、鉱石の調達もそれほど難しくないのかもしれない。


 さて、今日は予定通り、一日中教本を見て製作に明け暮れる。
 まずは木のヘラからだ。これは俺が日常生活品を送る上で最優先アイテムとなった。何故なら、紙がないのでお尻をくものがないからだ。ファンタジー世界に来て、こんな事で悩むとは思わなかった。
 木工製品の教本は木材を削るだけの工程で出来る簡単な物ばかりで、慎重に削っていけば問題なく作れた。だが、昨日のナイフ作りの時のような、スキルの補助は感じる事はなかった。
 パンしか食べるものがないのに、食器類の教本があるのは何の冗談かと思ったが、いつか役に立つと信じて作っておこう……
 次に金属製品を作製する為に、炉に魔力をそそいで火を入れる。炉の中に昨日の充填じゅうてん分がどれだけ残っているかは分からないが、再び体から力が抜けていく感覚を覚えた。
 まずは教本のページ順に斧、ツルハシと作っていく。これらの道具は後々ダンジョン内の生活で必要になってくる気がする。
 続いて剣の教本を見て手が止まった。
 剣か……。昨日は無策で突っ込んだとはいえ、あの弱そうなスライムにさえ、この身体能力と技術じゃ通用しないだろう。それなら、今持っているスキルの投擲術を活かせる物を作りたい。
 そうすると、投げ槍を作るのが良いのかな? 大昔の人が投げ槍でマンモスとかを狩ってた絵を見た事あるし、名案かもしれない。
 投擲術って名前だし、スキルは投げる物全般で使えそうだから、投げナイフも有効かもしれないな。よし、剣はやめだ。
 正直、近付いて戦うのは怖すぎる。それに、そもそも剣術はスキルさえ持ってないし、何かとやり合う事になっても、体格的に子供の体では不利だ。あの地獄の痛みは二度と御免ごめんだしな。
 鍛冶スキルのレシピから投げ槍を見つけた。しかし、レシピ通りだとかなり大型のようだ。自分の体が子供なので仕方ないが、レシピ通りに作っても使えないんじゃ意味がない。ここはレシピを元に、ひと回り小さくイメージを修正していく。
 ある程度イメージが固まってきたところで、悩ましい問題に直面した。槍の全体を鉄にするか、穂先だけ鉄にして、柄の部分を木材にするかだ。
 この選択次第で、かなり素材の消費割合が変わってくる。
 槍の穂先から柄まで全て鉄製にすると、残りのインゴットを全て消費する量が必要になる。これは子供サイズだから辛うじて足りているが、元のサイズで作ったら足りない量だ。鉄なら不要になっても溶かせばやり直しは利くけど、残りのインゴットをほぼ全部使って、また剣のように無くしたら笑えない。
 一方、柄に木材を使う場合は、今ある素材では木材の長さが足りない。加工して組み合わせる事も出来そうではあるが、今の俺の技術では失敗しそうな予感がする。仮に成功したとしても、手持ちの木材を大量に使う事になるので、慎重に選択しなければならない。
 それならまずは、あそこに生えてる木から必要な長さの木材を切り出すのが確実だろう。そうすれば、数本は投げ槍を用意出来そうだし、余った木を他の用途にも使えるだろうから、一石二鳥だ。
 投げ槍の製作は一旦中断して、木材を入手してから再開しよう。


 一休みしようと作業台に腰を掛けると、小腹が減っている事に気付いた。
 水とパン。まだ辛うじて平気だが、すぐに食べきてしまうのは予想出来る。食べられるだけ有難いのだが、つい先日まで日本で普通の食生活を送っていただけに、食べ物への欲求が高くなるのは仕方ない。
 せめてハムでもあれば、パンに挟んだだけで美味いのに。いや、ハムなんて加工食品は贅沢か。レタスでいい。草だし、贅沢じゃないだろ。はぁ、考えるだけ無駄か……


 質素な食事を済ませて、教本の次の項目に取り掛かる。
 今度はマジックバッグという物を作るつもりだ。主な材料は【黒狼の革】と【浮魔の瞳石】だ。
 教本にある説明では、名前の通りの魔法の鞄で、見た目以上のサイズの物が収納出来るとの事。ゲームで言うアイテムボックスみたいなものか? 本当にそんなものが自作出来るなんて信じ難いが、この瞳石に不思議な力があるのだろうか。
 教本に書いてある型紙に合わせ、黒狼の革を切っていく。続けて、紐を通す穴をきりで開け、縫い合わせる。こうして一つ一つ手作業で物を作るのは、時間が掛かるが楽しい。
 工作やプラモ作りなどは今までほとんどやった事がなかったが、物作りは案外俺に向いているのかもしれない。
 そんな事を考えながら作業を進めて、革の縫い合わせの作業は完了した。
 本来はバッグを腰紐やベルトに通して身に着けるのだが、服を失った今の格好でそれは無理だ。なので、革の端切れをほそく切って縫い合わせ、ベルトのようにして、直接腰に着けられるように加工した。
 縫い目は素人丸出しだが、そこさえ見なければ結構なクオリティーに思える。
 黒狼の革の濃い黒色がシックな感じを出していてかなり良い。
 さて、この段階では、単なる「黒狼革の腰鞄」でしかないので、更に作業は続く。
 鞄の中頃まで覆う「かぶせ」の部分を上げて、鞄の外側中央に作ったポケットの中に、浮魔の瞳石を取り付ける。
 瞳石の固定には金具などを使うのではなく、ポケットに瞳石を入れて縫い付ける作りだ。ポケットには、瞳石を露出させる程度の切れ込みを入れて、外からでも瞳石にれられるようにしている。もっと格好かっこよく金属の台座に瞳石を埋め込んで縫う形を思い付いたが、初の魔法アイテムの作製だけに、慎重を期して今回は手を加えずに教本通りに作製したのだ。
 瞳石を取り付けただけではまだ完成ではなく、この魔法の鞄を使用する為の工程が残っている。
 それは所有者登録だ。
 どうやらマジックバッグには物理的な鍵ではなく、血を登録する事によって、登録者のみが使用出来る機能があるらしい。最初の登録者が所有者となって最高権限が与えられ、登録者の追加などの管理も行えるようだ。
 早速登録を行うべく、ナイフの先端で親指を少し傷つける。鞄に付けた瞳石に親指で触れると、一瞬指先に電気が走ったようなしびれを感じた。反応があるって事は、多分成功したのだろう。
 鞄の中を見ると、水面のように波紋はもんを浮かべる、銀色の空間の膜が作られていた。
 恐る恐る手を突っ込んでみると、鞄の大きさからは考えられないほど、どこまでも腕が沈んでいく。流石魔法の道具だと感心はしたが、同時に、抜いたら腕の先が無かったらどうしようかと急に怖くなる。
 慌てて腕を引き抜くと、幸い、腕は以前と変わらず何の問題もなく生えていた。
 ほっと息を吐き、今度は先ほどまで使っていたハサミを、ゆっくりと水にけるように鞄に入れていく。ハサミは抵抗なく沈んでいき、ハサミを持つ俺の指が空間に接触すると、手の中から感触が消えた。
 次はハサミを取り出してみる。マジックバッグに手を突っ込むと、先ほどには感じなかった、ハサミが入っているという情報が頭に浮かんできた。
 頭の中で選択をすると手にハサミが収まるのを感じ、そのままマジックバッグから手を引き上げると、さっき入れたハサミを持っていた。
 面白いのでマジックバッグに手当たり次第道具を入れていく。入れたのは小物ばかりだが、本来なら相当の重さになるはずだ。しかし、元の鞄の重さしか感じない。
 何だこれは、全くもって素晴らしい! こんな物が日本にあったら、トラックなんて必要ないんじゃないか?
 教本の説明によると、鞄の口に入らないような大きい物を収納する場合は、片手で瞳石を触ったまま、もう片方の手で対象に触れて念じれば実行されるようだ。ただし、その際は、対象の形を完全に認識していないと駄目らしい。要するに、地面に埋まっていて一部が露出している物などは、掘り出して全貌ぜんぼうを把握するか、あらかじめ全体像を把握している物でない限り、マジックバッグに入れられないって事だ。
 また、生物も中に入れる事が出来ないみたいだ。
 最後の説明には、バッグの許容量が書いてある。
 マジックバッグを作れる石には等級があり、それによって容量が変わるみたいだ。俺が使った瞳石で約一立方メートルの容量。縦横二十センチもない小さな鞄がそれだけの容量を持っているという事実には違和感しかないのだが、便利なんだから文句はない。ここは魔法万歳と言っておこう。


 マジックバッグを作り終えた頃には、すっかり日が落ちて暗くなってきていた。暗い中で作業する気はないし、もう疲れたので今日は終わりにする。
 ここまでの作業は至って順調だ。
 子供時代はこれほど器用には出来なかった気もするが、体の操作は記憶や魂に依存するという事なのだろうか?
 まあいいか、体が思い通りに動かせている事実があれば良いのだ。
 作業台から立ち上がって伸びをすると、昨日怪我をした足に少し痛みを感じたが、大分良くなってきている。若い体は治りが早いって事かな? 長い間おっさんをしすぎて、そういう感覚はもう忘れているよ。
 本格的に暗くなる前に食事をとる。布団に潜り、寝る前にステータスの確認をした。
 そうそう、ステータスは別に言葉にしなくても、頭の中で意識をすれば見られるっぽいね。


【名前】ゼン 【年齢】10 【種族】人族
【レベル】 1 【状態】ーー
【H P】 137/162 【M P】 14/22

【スキル】
 ・投擲術 Lv1(0・0/100)
 ・格闘術 Lv1(0・0/100)
 ・鑑定  Lv1(3・8/100)
 ・料理  Lv1(0・0/100)
 ・魔法技能Lv0(0・4/50)
 ・鍛冶  Lv0(1・2/50)
 ・錬金  Lv0(0・5/50)
 ・大工  Lv0(0・4/50)
 ・裁縫  Lv0(0・2/50)

【加護】・技能神の加護 ・*******


 ん、いつの間にかスキルが増えている! しかも結構上がっている。今日やった作業に対応したスキルが追加されていっている感じか。
 ふふふ、これは楽しいな。しかも簡単にスキルレベル1にはなれそうだ。
 明日は残りの教本を片付けて、あとは木こりタイムだな。
 んじゃ、おやすみなさい。


  ◆


 翌朝、目を覚ました俺は、昨日未着手だったポーションの製作に取り掛かった。
【低級ポーション】の作製方法は至ってシンプルだ。
 まず、【雫草】を乳鉢で潰して、そこに水を加えて成分の抽出を促す。成分が溶け出した液体をして容器に入れるだけ。試験管に三本分の低級ポーションが出来上がった。実に簡単だった。
 教本の説明には、負傷した場合、飲むか患部に掛けると有効とある。この雫草自体にもある程度薬効があるのだろう。ちなみに、この低級ポーションを基礎にして素材を追加すると、上の等級のポーションが作製出来るらしい。
 色は薄い緑色で、もろに草の匂いを漂わせていて、いかにも不味そうな印象だ。
 足の裏の傷は大分良くなったが、体重をかけるとまだ痛みがある。ここでポーションを使うかどうかは悩みどころだが、効能のテストの為にも半分は飲んで、もう半分は患部に塗布とふする事にした。
 まずは口に含んでみる。先に匂いをいでしまった為に、飲み込むまで少し躊躇ちゅうちょしたが、勢いを付けて一気に半量を飲み干した。

「うぇ……まずぅ」

 思わず唸ってしまう。やはりかなり不味い。とてもじゃないけど、好んで飲むような物ではない。
 少しすると、体が中から温かくなったような感覚を覚えた。特に、怪我をした足の裏にそれを感じ、驚いて見てみると、先ほどまであった細かい切り傷が塞がって新しい皮膚ひふが出来ていた。れも引いているようで、もう手で触っても痛みは感じなくなっている。スライムから逃げる時に転んでできた傷も同じく治っていた。

「うぉぉ、ポーション凄げえ!」

 こんなのがあるなら、この世界じゃ医者なんかいらないんじゃないのか?
 足の傷がここまで治ったら、もう半分は無理に使わなくていいか。
 普通に歩いても痛くないし、これなら壁も登れそうだな。


 早速表に出てダンジョンの壁面を確認してみる。
 この壁、改めて見るとボロボロだな。顔を近付けると、土が乾燥した物のように見える。
 壁に手を伸ばして体重を掛けてみると、驚くほどもろく、手を掛けた部分が呆気あっけなく崩れ落ちた。
 うぉっ、こんなにすぐに崩れるのかよ! こりゃ登るとか不可能じゃねえか……
 場所を変えて慎重に登ってみるが、今度は足を掛けた部分を踏み砕いてしまう。
 壁は十階建てのビルほどあり、この高さを登り切るのはどう考えても不可能だと判断した。
 まあ、壁が頑丈だったとしても落ちたらヤバイし、素手で登るのはありえないか……
 これで脱出の手段が道を進む以外になくなったぞ。
 う~ん、魔物に出くわしたらマジでやばいけど、諦めるには早い。
 この世界に来て三日も経ってないんだ、こんな面白そうな世界を堪能せずに死ぬなんて、ありえねえ!
 まあ、ダンジョンの壁を登って脱出なんて反則っぽいし、スッパリ諦めよう。
 気持ちを切り替えて、一度部屋に斧を取りに戻る。
 次は、予定通り木材の調達だ。
 正面の道に生えている木は六メートルほどの高さがあり、まっすぐに伸びた幹から左右に数本の枝が伸びている。まだ若木のようだが幹はしっかりとしていて、枝の先にある葉は青々として生命力に溢れていた。
 名前を確かめてみようと、鑑定スキルを木に使う。

 名称:【マホガニーの木】

 マホガニーって建材なんかに使う木だよな? 知らない名前の植物が出てくると思っていたけど、地球にある木も存在するのか。実物を見た事はないし、木の性質なんかも詳しい事は知らないが、建材として使える木だからっても無駄にせずに済みそうだ。


「ふぅ~、やっとれたか」

 ややあって、ようやく木が倒れた。自分で作った斧で切り倒せた事に満足する。
 動き過ぎて、体中が汗でビッショリになってしまった。
 水を全身に浴びて体温を冷ましながら、休憩がてら次の作業を考える。
 まず必要なのは、投げ槍の柄と桶だから、その分をノコギリで切れば良いか。柄は長細い棒にするとして、桶はどうやって作ろう。
 ん~、大工スキルでレシピが出ないのが謎だ。大工スキルのレシピを思い浮かべても、木材の製材方法や、昨日作った木のヘラと食器しか浮かばず、鍛冶スキルを使った時のような、様々なレシピの閲覧えつらんは行えなかった。
 やり方が違うのかな? 一度感覚を確かめよう。
 試しに鍛冶スキルを使ってみたが、何故か頭に浮かぶ鍛冶のレシピが大幅に減っていた。
 あれ、バグってんのか? あっ……違う、そういう事か。
 たしか炉の説明には「鍛冶スキルを補助する」とあったはずだ。部屋に戻って炉の近くでスキルを使ってみると、思った通り、今度は以前のようにレシピが見られた。
 なるほど、これが補助って奴か。要するに炉の近くだと、スキル値が上昇するって事だな。
 炉から離れて鍛冶のレシピを見ると、知っているはずの事を思い出せないせいで頭がモヤモヤしてくる。この感覚はやばい。炉の近く以外で鍛冶のレシピ見るのはもう止めよう。
 だが、昨日作ったナイフだけは炉から離れても作り方が分かるので、一度作った物は炉の補助を受けなくても頭に浮かぶようだ。
 まあ、スキルの検証は程々にして、日が落ちるまでにやれる事はやっちまおう。
 気を入れ直して、木材の加工を考える。
 大工スキルでレシピが見られない以上、桶の製作は自分で考えて作るしかない。記憶にある木の桶は、木の板を組み合わせて作るものだが、加工技術が足りないし、接合する金具の作り方が分からない為、単純に木をそのままくり抜いて作る方法を採用する事にした。
 地面に倒れている木からノコギリで適当な大きさの木材を切り出す。ノコギリだと、斧で切るより時間が掛かってクタクタになってしまう。
 疲労と空腹により一時間ほど休憩したが、なんとか木材を切り出して部屋に運び入れた。
 次は、ノミと木槌きづちを使って中身をくり抜いていく。この作業はとても時間が掛かり、瞬く間に日が暮れていた。今日中は無理か。
 作業を中断して、木のクズを空いている袋に纏める。
 食事と歯磨きを済ませて布団に潜ると、すぐに睡魔に襲われた。
 考えてみれば、今日はかなりの重労働をした気がする。子供の体であれだけの作業をすれば、疲れてもおかしくはないだろう。俺は睡魔に身を任せて、素直に眠りに落ちた。


  ◆


 今日は鳥の鳴き声で目を覚ました。
 鳥……? 鳥がいるのか!
 そういえばダンジョン内ではあのモンスター達以外の生物は見ていないが、ダンジョンの外には当然、他の生き物もいるんだろう。鳥ならばこの崖も関係なく下りて来る事もあるだろうし、どうにかして捕まえられないかな?
 いい加減、パンだけの生活には飽きてきたぞ……
 朝飯を食べながら、そんな事を考えていると何かが頭に引っかかった。
 無限にあるパン……
 一時期、毎日のように会社の近くの公園で昼飯を食っていた事があった。……別にボッチとかじゃなくて、心地好い日差しの中で食べる飯が美味かったからそうしていただけだ。嘘じゃないぞ。その時、たまにパンをちぎって鳩の餌にしていた事を思い出したのだ。
 まずは、餌付けだけでも出来ればいいけど、寄って来るかな?
 まあ、いくらでもパンはあるんだ、やるだけやってみよう。
 鳴き声だけでまだ鳥の姿は見ていないが、物は試しとパンを二つほど取り出して、細かくちぎって部屋から少し離れた場所にいておいた。警戒されないようにしばらくは餌を撒くだけで放置しておくのがいいだろう。
 部屋に戻って、昨日の続きの桶作りを再開する。作業は大体三分の一ほど残っているが、もう少し中をくり抜けば、あとは細かい成形の作業だけだ。薄く仕上げる自信がなかったので、底も側面も厚みを残して作業を終えた。重くて見栄えも悪いが、この方が丈夫だし水も漏れないので気にしない。
 試しに水を半分ほど入れて持ち上げてみる。少し重たいが持てないほどではなく、一度に大量の水を使えるので満足だ。
 桶を仕上げた俺は、今度は投げ槍の柄を作る為に、昨日った木から柄の長さの棒状の木材を切り出す事にした。
 自分の身長と同じぐらいの長さに、丸太から棒材を切り出していく。
 ノコギリが幹の半分くらいに差し掛かると、急に今までとは手応えが変わった。

「うぉっ、何事だよ!?」

 ノコギリの刃が今までの倍ほどの速さでズブズブと進んでいくので、驚いて手を止めてしまった。

「もしかして……スキルか?」

 ステータスを開いて確認すると、思った通り「大工」が上がっていた。
 昨日の夜は疲れていたのでステータスをチェックせずに寝てしまったが、どうやら製材工程でもスキルの熟練度が上がるようだ。
 いきなり倍の早さで作業がはかどりだしたので、調子に乗って全力でノコギリを進めていく。あっという間に切り出しが終わり、続けて大まかな柄の形へと棒材を加工する。
 スキルの恩恵はすさまじく、今までの苦労がなんだったのかと思うほど、楽に作業は進められた。
 スキルが上がってから、ものの数十分で、全ての製材作業は終わった。
 おおまかに加工した棒材を削って槍の柄を作る。細かい調整は穂先が完成してからでいいだろう。
 スキルが上がったお蔭で、この作業もスイスイと捗り、瞬く間に柄は出来上がった。
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