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第九章 戦役

三十四話 結末

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 亜人軍とシーレッド軍の戦いは、俺がセラフィーナを捕まえてから二時間ほどで収束した。
 これは今まで経験してきた戦としては、城攻めなどを抜かせば相当時間がかかっている。
 それもこれも、逃げ出したシーレッド軍を数キロに渡って追いかけたからだ。
 戦果としては約千近くの人間が降伏し、まだ正確な数は分からないが、その同数が俺らからの逃亡を成功させたらしい。幾ら追っ手が多くとも、草原には多くの林や丘があるので、一人で逃げられるとそれを全て捕まえるのは難しかったんだ。
 逃亡した彼らは、周辺に展開しているエゼル兵やラングネル兵に任せる事にする。
 群れて数百程度なら、彼らでも問題なく対処出来るからだ。
 ただ、街の規模なら問題ないが村を襲われるのは怖いので、この近隣にはシェードをお供にさせて、足の速い亜人に見回りをさせるつもりだ。

 また、この戦場には数え切れないほどの人間の死体がある。
 これから数日をかけて亜人軍は死体の処理に当たってもらう。中には人間を食う亜人もいるのだが、基本的に二足歩行の生物は飢えない限り食べないので、埋めるしかない。このまま放置するとどう見ても地獄絵図だし、ゴブ太君の管轄外の亜人や魔獣が引き寄せられたり、増えても困るので埋めるのだ。

 あの戦いで当初三千近くいた亜人は二千程度に減っていた。
 だが、生き残ったその全てが二段階以上の進化をしていた。
 ゴブ太君からの報告を聞く限り、俺がセラフィーナの近くにいた強者をほとんど殺したので、それほど亜人軍に負担はなかったらしい。
 三倍いた相手に、ほとんど一方的な勝利だが、手に負えない化物が何匹もいたらこうもなるよな。スノアやポッポちゃんを相手にするのは、竹槍もって爆撃機を落とすのに等しい行為だし、ゴブ太達亜人の幹部はもう通常の武器じゃ手傷を負わすことが難しいから、戦車相手にしているようなもんだ。
 個の武が物をいうこの世界じゃ、騎士などの実力者が如何に強力な手駒なのか理解できる。そりゃ、あいつらも偉ぶるよ。
 それにしても、そんな奴らを自分が率いられると思うと、微妙な気持ちだが気分が良い。人間部隊をアルンに任せ、亜人はゴブ太に任せるとか、盤石の構えじゃないか……。この体制だと俺が何をするんだって話になるけど。
 俺はまだ先のことだろうが、ちょっと先の未来を考えながら、黙って従うセラフィーナを連れて各国の王が待つ街へと戻った。

 スノアに乗って数日をかけ戻ると、エゼルやセフィの兵士に完全に包囲された街の姿があった。
 マリウスの暴走によって王を守ろうとした兵士たちが街になだれ込んだ時に、多くの血が流れただけあって、その後の反抗を防ぐ為、警戒を厳にしているのだろう。

 そんな場所にドラゴンで乗り込み、不用意な混乱を起こす必要はないので、街の外でスノアから降りた。

「ここからは自分の足で歩いてくれ」
「ドラゴンでの旅はなかなか良かったです。今度また乗せなさい」
「……そうだな」
「それと、この手枷と足枷は何時取ってくれるのですか?」
「良いから黙って歩いてくれ」

 数日同行して分かったが、この女は反省という面を全く見せていない。むしろ、俺が乱暴を働く気がないと分かったのか、こんな感じで要求をするようになっていた。
 簡単な要求を聞いていれば素直についてくるので、受け入れていた俺が悪いんだろうけど。

 俺はスノアに自由を与え、ポッポちゃんには先に城砦へ向かい、アニア達に俺の帰りを知らせにいってもらった。

 少し歩くと門番をしていた兵士が向こうからやってきて、丁重な扱いを受けた。
 樹国の兵士だったが俺の事を知っていたので簡単に街へ入る事が出来る。
 俺らは兵士の案内を受けながら、城砦へと向かう街の目抜き通りを歩く事となった。

 多くの兵士が俺らの周りを囲い、道行く人を退けている。
 わずかながらに感じる非難の目を受けながら歩いていると、街の人達の声が聞こえてきた。

「お、おいっ! あれってセラフィーナ姫じゃ!?」
「あぁ、間違いねえ」
「あの女が……」
「アイツの所為で息子はッ!」

 街の人達の注目はセラフィーナに注がれていた。
 彼らはあの騒動が誰によって引き起こされたのか知っているのだろうか。
 だとしたらシーレッド王が流した情報か。講和で有利な条件を引き出すためか、それとも保身のためかは分からないが、本来であれば敵国である俺らに向けられる憎悪を、セラフィーナに背負わせてたんだな。
 という事は、そうなるのか……

 厳しい視線が注がれる中、当のセラフィーナは微塵も気にする様子がない。それどころか、俺に気軽な様子で話しかけてきた。

「ゼン、お父様には今日話してくれるのですよね?」
「何の事だ?」
「私の事です。貴方の物になるのですから、ちゃんとしてください」
「はぁ……そうだな」

 正直、相手するのが辟易してきた。だが、これももうすぐ終わる事と思えば別にいいか。
 軽い返事をしてまた歩き出すと、街の人達が俺たちの後方をついてきていた。
 その数は歩けば歩くほど増えていき、それと同じく憎悪の声も膨れ上がってきた。

 それから数分歩くとようやく城砦の門が目の前に迫った。
 その時、俺の背後に姿を隠したヴィンスが立つと、彼は声も出さずに俺に一枚の紙を手渡した。
 俺はある程度の予想をしながらその紙に目を通し、ヴィンスにだけ聞こえる声で言った。

「後は任せる。何があっても最後だけは確認しろ」

 ヴィンスの反応を確かめる前に、続いて俺はセラフィーナへと声をかけた。

「さて、セラフィーナ。お前とはここでお別れだ」

 俺がそう言うと、セラフィーナは首を傾け疑問の表情を見せた。



 城砦の門前で突然告げられた言葉の意味を、理解できず私は思わず聞き返してしまった。

「……? 一体何を言っているのですか?」

 私の疑問に奴は冷たい目を私に向けて言った。

「だから、お前とはここでさようならだと言ったんだ。ここから先をお前が進む事はない。意味が分からないか?」

 本当にこの男は何を言ってるの? こんな場所に置いていかれたら……ッ!

「ち、ちょっと待ちなさい! 本当にここに置いていくつもりですか!?」
「だから、そうだって言ってるだろ。もしかして、お前は本当に未来があると思ったのか?」
「だ、だって、貴方は私を……」
「何か勘違いしていたようだが、俺にはすでに愛しい子達がいる。お前がどんな美しい女だろうが、なびく事はないんだよ」

 確かにこの男から一度もそんな言葉は聞いていない。でも、誰もが欲しいと言った私を欲しがらない男なんて……
 いえっ! 今はそんな事を考えている時じゃない! けど、どうすればいいの……

「待って! な、何でもするから! に、二度と逆らわないと約束するから! 奴隷にでもすればいいわ! そうよ! 奴隷にしなさい!」
「断る。俺は奴隷には優しくしたいんでな。お前に奴隷になられたら、その信念が崩されそうだ」
「この場所に残されたらどうなるか分かるでしょ!?」
「あぁ、だがそれがこの国の決定らしい。俺が口を挟むつもりはない。俺が出る前から提案されていた内容だしな。だから言っただろ、抵抗をしなくて良いのかって」

 し、処刑の場さえも与えられないって事!?
 こんな扱い……

 ゼンから放たれた信じられない言葉に気を奪われていると、何時しか私の背後には憎悪の表情を浮かべる民がいた。普段ならば何があっても打ち払える相手だが、今は装備を奪われ枷を付けられている。その事実に思わず体の底から声が出てしまった。

「ひっ!」
「こんな姿を見てしまうとお前が哀れに見えるな。それでも許しはもうないんだよ。お前、エゼルから戻った後も俺に対して色々してくれたようじゃないか。聞いているぞ、俺の家に刺客を送ったそうだな? アレが成功しなくて良かったな。もし一人でも死んでいたら、各国の王たちが何を言おうと、お前の寿命が尽きるまで何度も拷問と治癒を繰り返してただろうからな。そう考えれば、この方がよほど楽な終わりだと思うぞ」

 ゼンのあまりの言葉に、驚き戸惑っていた自分が、嫌に冷静になってきた事が分かる。
 そして、考えれば考えるほど、私の終わりはここなのだと、逃げ場はもうないのだと分かった。
 私は怒りも喜びも見せずに、冷たい表情を見せるゼンを見て言った。

「……お前のような男を神は絶対に許さないでしょう。必ず罰が下るわ!」
「はははっ、神様か。何、この程度の事はあの方々にとっては瑣末な事さ。お怒りを買うような事じゃない。それにな、俺は神様からある程度黙認すると既に言われている。大神様から直接のお墨付きだからな」

 大神……? この男は一体何を言っているの? まさか、亜人を率いるこの男が真なる勇者だっていうの!? それじゃあ……シーレッドは神の怒りを……?
 私が心のなかで戸惑っていると、ゼンがそれを遮るように続けた。

「お前が思っている以上に神様は寛大だ。神を冒涜する行為や、世界を滅ぼそうとでもしない限り、この世界に住む者を咎めるような事はなさらないんだよ。前世ならばこんな事を言ったら頭がおかしいと思われそうだが、本当に神様には感謝しかないな。さて……それじゃあ、そろそろ俺は行く。恨むなら恨んでくれて結構だ。お前の来世があればその時は仲良くしよう。じゃあな」

 ゼンが私に背中を見せて門番に声をかけている。
 私はそれを追いかけようと体を動かすが、何かに引っ張られるように体が止まってしまった。
 驚いた私はその原因を確かめると、傍らにはアーティファクトを使い姿を隠していたヴィンスが私を見ていた。

「ヴィンス……!? 貴方生きていたの!? 良くやったわ。早くこの手枷と足枷を取って助けなさい!」
「姫様すまねえな……それは出来ねえんだ。あんたの最後を確認しろとゼンの旦那に言われていてな……」
「なっ!? 貴方裏切ったの!? は、離しなさい!」

 私が叫びながらそう言っても、ヴィンスの力は強く逃げることは叶わなかった。

 ゼンが門を通り扉が閉められると、残された私の下へ大勢の民が押し寄せてきた。
 万全の状態であれば貧弱な民など物の数ではない。だけど、今の私は拘束されている。
 それでもどうにかしようと、必死にヴィンスの拘束を解こうとしていると、突然腹部に痛みが走った。

「民の好きにさせろと言われたが、流石にそれは忍びねえ……」

 衝撃とヴィンスの声に驚いて腹部に手を当てると、私の手は真っ赤に染まっていた。
 自分の血が思いの外暖かい事を感じていると、体の力が抜けて地面に倒れた。そしてそこに大勢の民が覆いかぶさってきた。
 何を言っているか分からない絶叫と同時に、体中に衝撃を感じる。
 でも、弱い民の力では私を傷付けるのは簡単ではないらしい。

 朦朧とする意識の中、民の罵声を子守唄に、民が私を叩く衝撃をゆりかごのように感じていると、腹部から流れ出す血の量が多くなり、私は何も感じなくなってきた。

「何が……間違って……」

 かすれた声を上げると、闇が私を迎えに来て私の終わりを迎えたのだと分かった。



 俺の後ろで門の扉が閉まると、群衆達の吐き出す憎悪の声が聞こえてきた。
 その声が大きすぎて、どんな状況になったのか分からない。

 今回の件は女性だからか若干思うところはあるけど、それでもこれはシーレッド王が決定した事だし、エア達も認めた結果なのだろう。ならば俺が口を出す事ではない。
 そもそも、あれを助ける義務も必要も俺にはないのだから、気に病む必要もないんだよな。街の人達の怒りの矛先にされたのは哀れだけどさ。
 まあ、美しさという面で言えば心残りはあるのが正直ところだが、これを口にしたら下衆過ぎて回りから愛想をつかれるだろう。

 先日、散々殺し尽くしてきた俺だ。今更敵の一人の死に心を病む事はないのだと分かり、改めて以前の俺はもういないのだと感じた。
 これもこの世界に対する順応というか、俺が選んだ道で必要な事なんだろう。結局は俺の周りが幸せならそれで良いんだしな。

 城砦に入るとポッポちゃんを抱えたアニアに出迎えられた。アニアは戦いの場ではないからか、見たことのないフリルの付いたドレスを身にまとっている。

「ただいま、可愛いじゃないかその格好」
「おかえりなさい、ゼン様。エア兄様がくれたのです。久しぶりに会ったら物凄い可愛がってくれるのですが、エア兄様寂しいんのかもしれません。ゼン様はもっとエア兄様と会ってあげてほしいのです」
「帰ってきていきなりだな……。それは良いとして、エア達に報告をしないといけない。案内をしてくれるか?」

 俺がそう言うと、アニアが眉間にしわを寄せながら近付いてきた。

「そこまで急ぐ内容ではないのですよね? なら、その前に少し私とお話をしてください。ゼン様、目が怖くなってるのです……」

 言われて分かったが、確かに自分の目が鋭くなっている事に気づいた。

「そうか、ならそうしよう。アニアとポッポちゃんに癒やしてもらおうかな」

 俺はそう言いながらアニアの体を抱きかかえた。所謂お姫様抱っこだ。

「わっ! ちょ、ゼン様。皆が見てるのですよ!?」
「良いんだよ、アニアがエアのお気に入りとでも思われていたらムカつくから、俺のだって知らしめないとな」

 慌てるアニアを抱きかかえていると、苦笑する兵士さんに案内され個室に通された。
 ソファーに座りアニアが用意をしてくれた菓子と紅茶を堪能していると、ポッポちゃんが俺たちを見て楽しそうに「卵なのよ?」と鳴いた。

「ポッポちゃん、それはもう少し待ってね?」
「何のお話なのですか?」
「ん? あぁ、ポッポちゃんは俺達の子供が早く見たいらしいよ」
「ッ! ポッポちゃんはおませさんなのです……」

 顔を赤くしたアニアの反応を楽しみつつ、十分ほど一人と一羽の癒やしを堪能してから、俺は各国の王が待つ場へと向かう事にした。
 その日は俺が疲れているだろうからと、事の顛末を伝えたらすぐに開放される事となった。

 翌日、俺はまたお偉方達に呼ばれる事となった。
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