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第九章 戦役
三十三話 決着
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シーレッド王国首都北部の街フマイワルでは、一度中断された講和の取り直しが行われていた。
今回は身の回りの雑事や警備など、その全てをエゼルと樹国セフィ主体で行っており、シーレッド王国の手は一切入っていない。
一同の準備が整ったのを見て、樹国セフィの代表リュシールが口を開いた。
「それでは皆さん、講和のやり直しを行います。まず初めに先日取り決められた内容は一度破棄します。よろしいですね?」
リュシールがそう言うと、エゼル王エリアスが大きくうなずき、それにラングネル王国大公ギュディオンとカフベレ国女王サリーマが続いた。
リュシールが残る代表の一人である、シーレッド王シージハードに視線を送ると彼は言った。
「儂からは最早何の異議はない。好きにしてくれ」
講和の始めの頃は敗戦国であっても威厳を見せていたシージハードだったが、セラフィーナやマリウスの暴走により立場がなくなっていた。以前と比べたら彼は誰の目から見て、明らかに老け込んだ印象を与えていた。
リュシールはやや不憫そうな瞳を向けながら言った。
「では、シーレッド王国には、前回の交渉よりさらなる領土の譲渡、並びに国内で産出されるエーテル結晶体を一定量収めて頂きます。これには期限を設け――」
事前にある程度取り決められていた内容が、リュシールの口から告げられた。
シージハードも承知している内容だけに、異議が出る事なく再度の契約はなされた。
二度目の講和が問題なく終決されると、リュシールが打って変わって柔らかい表情で言った。
「ところでエリアス殿、お願いがあるのですが、ゼン殿を一度我が国に招くことはできますか?」
「ゼンをですか? あれは私の配下ではないので、ゼンに直接交渉していただきたい」
「そうなのですか? なら、帰ってきたら話をしてみましょう」
「……一応確認をしておきますが、ゼンに何用で?」
「いえ、大した事はないのです。以前セフィに来た時はすぐに立ってしまい我が国の良いところを見せられなかったようなので、改めてセフィを見てもらおうかと」
「一応言っておきますが、勧誘は止めていただきたい」
「いえ、違います。先日のお礼をしたいと思いまして」
何食わぬ顔でそう言ったリュシールに、エリアスが目を細めて抗議の表情を見せていると、二人の間に割り入るように大公ギュディオンが言った。
「リュシール殿、それは少し困りますな。ゼンとは先に約束をしてましてな。ラングネルが落ち着くまでは我が国で力を尽くしてくれる事になっている。申し訳ないがあの地が落ち着き、時期領主が決まるまでは手放せん」
「えっ……そうなのですか? エリアス殿?」
「い、いや、私は知りませんが……。ですが、そんな事を勝手に決められては困ります! それに、今戦は爵位に相当する働きです。ゼンにはエゼルに戻り次第領地を与える予定ですから」
エリアスが驚きながらも冷静を装い返事をすると、ギュディオンは穏やかな表情を浮かべながら言った。
「それは素晴らしい。ならばラングネルに隣接する土地を与えるのが良いのでは?」
「……まだ場所までは決まっていませんが、エゼル王都に近い位置を考えています」
「ふむ……一つお聞きするが、王都周辺で空いている土地などあまりないのでは? まさかあの働きに対して男爵、子爵程度の領地を与える訳にはいかぬと思うのだが……。それに、それをすると他と釣り合いが取れなくなる。であれば、今回獲得した土地を与えるのが適切。幸いラングネルの北部や南部の広い土地を獲得できたのだ。幾らでも余ると思いますぞ」
饒舌に語ったギュディオンに、エリアスは少し落ち着いた表情を見せると口を開いた。
「そうであれば、今ゼンが住んでいる街の西部を与えましょう。あの地であればレイコック侯爵の手助けが受けられる。ゼンも落ち着いて領地を治められましょう」
「むむっ……これはゼンと話し合いが必要になりそうですな」
「そうですね。しかし、ギュディオン殿、お忘れなく。あれは我が国の民です」
「確かに……だが、ゼンとは約束をしてしまった。あの男がそれを反故すると?」
「くっ……ゼ、ゼンの奴め……」
エリアスが小声でゼンに悪態を吐いていると、二人の会話を聞いていたサリーマが、さり気なく口を開いた。
「お二人のお話を聞かせて頂きましたが、ゼン殿に交渉が可能なのですか? ならば私は彼に王座を用意しますと伝えて下さい」
突然のサリーマの発言に、ギュディオンは驚きの表情を見せると疑問を口にした。
「はっ……? サリーマ殿、一体何を? 貴方には息子がいるではないですか」
「確かに私には息子がいます。ですが、まだ幼いのです。カフベレはこれから苦難の道を歩むでしょう。それには強い王が必要なのは皆さんも理解できるはず。形式的には私の夫として迎え入れますが、それはあくまで形式だけですから。そう、形式だけなのです」
「いやいやいや……ゼンが欲しいからってそれは……」
「サリーマ殿……形式って、貴方はもしかして……」
エリアスとギュディオンの二人が、サリーマの言葉の中に秘められた物を感じ取り、生暖かい目をしながら追及をはじめようとすると、焦った様子のリュシールが割って入った。
「ちょっと待って下さい! サリーマ殿それはずるいです! それでしたら私は孫娘達を出しますよ!? ふふ……人族がエルフに弱い事は知っています。この戦い、私の勝ちです!」
リュシールが謎の勝利宣言をすると、エリアス、ギュディオン、サリーマの三人が、揃って異論の声を上げた。
何時しか講和の場だった一室では、ゼンの獲得合戦が行われており、この話し合いはゼンが戻る前日まで続くのだった。
「我が国との講和がどうしてこうなった……。いや、おかげで大した追求もなしにこの場を去れる。これは喜ぶべきか……」
一人話に入れないシージハードは、寂しそうにそうつぶやいたのだった。
◆
俺へと群がる敵兵を蹴散らしながら、敵陣へと突っ込む。
俺の左右ではゴブ太達、亜人の幹部がそれぞれの武器を手に敵兵と戦っている。
いや、彼ら幹部連中に対してシーレッド兵は二合も持たずに死んでいる。個の武が圧倒的すぎて、これじゃあ戦いというより人間狩りだな。
古参のボーク君やゴブシン君はそれぞれの種で上位の存在になっており、一対一であればシーレッドの将軍でも倒すことは難しいだろう。最後までやり合うのであればアーティファクト分で将軍たちに軍配があがるだろうが、同じくアーティファクトを持つゴブ太君ならば、間違いなく勝つはずだ。
そういえば、盾のアーティファクトが俺のマジックボックスに眠っているんだったな。ゴブ太君に与えて、巨剣と大盾の組み合わせっていうイカした装備にさせるかな。
そんな事を考えられる余裕が出来るほど、亜人軍は強かった。
ただ、圧倒的に強力なのは、ゴブ太君達の影響下にある俺の周辺だけなので、楽しそうなところを悪いが、ゴブ太君にはもう少し味方を殺さないやり方で戦ってもらおう。
「ゴブ太、お前が俺の隣にいるのは頼もしいが、ここは少し離れて味方を援護しろ」
俺の言葉にゴブ太君が「しかし、大王の援護を!!」と、珍しく意見を言ってきた。
まあ、こうやって肩を並べて戦うことはそうもないから嬉しく思ってくれているんだろう。楽しすぎなのか、あいつらよだれ垂らしながら戦ってるしな。
「俺に援護が必要だと思ってるのか?」
若干声のトーンを落としてそう言うと、ゴブ太君はハッとした表情をして「仰せのとおりに!」とギィ! と鳴き、幹部連中を連れて俺から離れていった。
キツイ言い方をしたが、多分この言い方で正解だ。だってアイツ、ちょっと嬉しそうな顔しながら下がっていったし。
「さてと……この敵兵を全て平らげるにはまず頭を潰すべきだよな。ははは、戦場のセオリーってやつをまるで無視だな」
初めての戦を味わっていた頃、敵兵にビビって少数だけを相手していた俺とは思えないやり方だ。
なるほど、今になってよく分かる。ゲームの魔王が何故軍隊相手に負けないかってやつが。選ばれし強者である勇者でも現れないと、太刀打ちできないってのはこういう事か。
って、俺が魔王サイドかよ……。やべやべ、殺伐としすぎた行動と発言で考え方が偏るわ。俺は可愛い王女ちゃんと優しい聖女ちゃんを嫁にする、神様寄りの存在。いわゆるゴッドサイダーだったわ。
自分の中のカルマゲージを善側に傾ける事を考えながら、敵兵の脳天を撃ち抜くように槍を突き入れる。生暖かい脳髄を体に浴びて気持ちが悪いが、もう俺の体で返り血を浴びていない箇所はないだろうから関係ないか。
そんな事を繰り返していれば、当然また敵は引きはじめる。というより、今まで何故俺に立ち向かってきたのか疑問だ。
また俺が進むと敵兵が割れていく現象を味わいながら前方へと進んでいくと、セラフィーナの姿を捉えた。しかしその前には、彼女を守る屈強な男達が俺の前に立ちはだかった。
「ひ、姫様をお守りしろ! あの化物を殺せ! 殺せッ!」
男達の背後では何やらカエルのような顔をした男が叫んでいる。一目しただけで分かる程、上等な鎧を身にまとっているし、セラフィーナの隣に陣取るところを見ると、相当位の高い人物だろう。
だが、そんなやつも俺に取っては一般兵と変わらぬ有象無象でしかない。
俺は屈強な男達を蹴散らしながら、その男に向かって走り出し、一足飛びでたどり着くと、素早く周囲の敵兵を【テンペスト】で排除した。
「お前がこいつらを率いてる大将だな。一応お前にも聞いておくが、降伏するか?」
俺がそう声をかけるが、カエルのような顔をした男は口をワナワナとさせると、つばを吐き出しながら喋りだした。
「き、貴様さえいなければっ! セラフィーナは俺のものだったのに! 平民風情が邪魔を!」
「ははっ、一体何の事か分からんが、あれはお前にはもったいないから俺が貰っていこう。降伏を受け入れないのであればお前はもう不要だ。俺と戦い死ぬか、豚のように喚きながら死ぬか選べ」
そう言いながら、腰を落として【テンペスト】を構えると、カエルのような男は慌てた様子で腰から剣を抜いた。その立ち姿は護衛の奴らに引けを取っていない。どうやらただのお飾りではないらしい。
「それじゃあ、行くぞ?」
「お、お前達ッ! 俺を守れッ!」
俺が合図をしてから突撃すると、カエルのような男は周りの味方に向けて叫んだ。
しかし、それは虚しく響き渡るだけだ。誰一人彼を助けようとせず、ただ立ち尽くしている。
【テンペスト】の攻撃範囲に彼を捉えた俺は、一言声をかけた。
「はぁ、人望がないな。俺もそうならないように注意しないとな」
「や、止めっ――」
俺の突きを剣で払って防ごうとしたが、その程度で攻撃の軌道は変わらない。【テンペスト】はカエルのような男の剣を弾き飛ばしながら進み、豪華な鎧の腹を突き破って爆散させた。
「ぶっ! クソッ……近すぎた。肩に内蔵が……。爆竹カエルかよ……」
カエルのような男が爆散した結果、彼の臓物が俺に降り掛かった。
俺はそれを払い除けながら、近くで俺を見つめて動かないセラフィーナに言った。
「セラフィーナ見ていただけで良かったのか? 動機はどうあれ、あれはお前のために動いたんだと思うんだがな。加勢の一つでもしてやれよ」
俺が声をかけるとセラフィーナはビクリと肩を震わせ反応した。その様子はどこか怯えているようにも見える。
「……い、一体お前は何なのですか! 私の邪魔ばかりして!」
「そんな事を言われてもな、お前がエゼルに攻め込んできたからはじまった戦いだろ。今回だってどうせお前が今死んだ男を動かしたんだろ? 自業自得じゃないか」
「黙りなさいッ! シーレッドが覇権を握る事は正義です! それの一体何がおかしいと言うのですか!」
「はぁ……。たいした会話をした事はなかったが、お前はそんな女だったのか。俺の知っている王族ってのがまともなだけだったのか?」
セラフィーナのあまりの考え方に、俺は一瞬で気が抜けてしまった。
こいつはあれか、偉い私は何をしてもいいと思ってる典型的な王族ってやつだったのか。
まあ、それならそれで今までの行動も何となく納得がいく。自分が失敗するとか間違いだとかそんな事は思いも付かないんだろう。
「とにかく、お前は俺に抵抗するのか? それとも黙って捕まるのか選んでくれ」
「あれほどの事を言っておいて、私を生かすつもりなのですか……? ……ふんっ! お前も所詮下衆な男という事ですか。分かりました、今は従いましょう。私を好きにすればいいではないですか」
セラフィーナは何を勘違いしたのか、俺を蔑むような目をすると、大人しく従う様子を見せた。
「素直なのは助かるが、良いのか最後の抵抗をしなくて?」
「抵抗したところで勝ち目があると? 私はそこまで愚かではありません」
なるほど、冷静な様子ではなかったが、ある程度の計算は出来るって事か。
それにしても素直に付いてくるならばそれでいいが、体目当てとでも思われてんのはムカつくな。
馬から下りたセラフィーナがこちらに向かって歩いてきた。どうやら本当に従うつもりらしい。
だが、それを見た兵士たちは一様に困惑の表情を浮かべている。
「ひ、姫様……我々はどうすれば……」
一人の兵士がそう声を上げると、セラフィーナは足を止めたが、振り返りもせず言った。
「好きになさい」
そう言い放ったセラフィーナの表情は、俺に厳しい表情を見せるだけで、兵士に対しては全くの関心を持っていなかった。
言われた兵士たちは更に困惑している。シーレッド兵の中でも強力な力を持つ兵士たちは、ほとんどが俺に立ち向かって死んでいる。彼らを率いる存在はもういないのだ。
「姫様とリンチ様がいないんじゃ……なあ?」
「もう意味がない……こ、降伏を……」
「魔槍殿ッ! 我々にもう戦う意思はない! 降伏する!」
こんな状況になるとやはり出てくる言葉は決まっていた。
だが俺はゴブリン軍団の強化という、せっかくの機会を奪われたくない。
ならば残すのはある程度の数だけだな。
「あぁ、それはもう遅いぞ。お前たちは残らず俺の軍の糧となってもらう。残念だが最初に勧告を無視した時点で決まった事だ」
シーレッド兵に絶望の表情が浮かぶ中、俺は更に続けた。
「でもな、俺も少しは哀れに思う気持ちがある。だからよく働きそうな奴ならば考えなくはない。どうだろう、逃げようとする奴らを捕まえてくれば、命だけは奪わないという条件は?」
シーレッド兵の目に戸惑いが浮かんでいる。
「あれを見てみろ、一部の兵が逃げているだろ? あいつらはもうドラゴンの餌食になるだけだが、これから逃亡する奴らは更に増えるだろう。あれを捕まえればいいだけだ。おっと、俺の前から移動できるからって、それであいつらみたいに逃げられると思うなよ? 既に言ったが、シーレッド王に捨てられたお前らは国にはもう帰れないんだ。逃げ場がないお前たちを捕まるのは簡単だからな、逃げれば必ずその生命を奪う。忘れるな」
俺の言葉に無言で頷いたシーレッド兵達は、我先にと駆け出すと、遠くに目をやり逃げる味方を探し始めた。
だが、敵陣深くのこの周辺は、亜人軍が前進を続けた結果、戦いの坩堝と化している。そう簡単に移動する事は出来なかった。
「まあ、そうなるよな……仕方がない。ゴブシンッ!」
俺は唯一探知範囲内にいた、幹部であるゴブシンに向かって叫んだ。伝令役も務める彼は何かあった時の為に側にいたのだろう。
素早く近くに立ったゴブシンに指示を出す。指示といってもどうにかしてくれと、完全にお任せなのだが、ゴブ太君に伝えてくれれば勝手にやってくれるだろう。最悪、彼らに殺されてしまっても、それはそれで仕方がないと思うしかない。
離れていくゴブシン君を見守っていると、側に立っていたセラフィーナが言った。
「本当に亜人を操りますか。まるでおとぎ話の魔王ね」
「ははは、魔王か。それはそれで面白いかもしれないな」
「……エゼル王は貴方の正体を知ってるのかしら?」
「何、アイツとはガキの頃からの知り合いだ。この程度のことなら笑ってくれるさ。それはともかく、お前の武装は解除させてもらうぞ。マジックボックスを渡せ」
抵抗する気がないらしいセラフィーナが、大人しくマジックボックスを差し出した。
逆らえばどうなるかは散々見せていたからだろう。
「あっ、忘れるところだった。ポッポちゃん達にも言わねえとな」
俺はポッポちゃんとスノアにも一応の命令を伝えに行くため、セラフィーナを連れながらゆっくりと戦場を進んだのだった。
それから三十分ほど経つと、戦いは大分落ちついてきた。
万の数がいたシーレッド兵は亜人軍に食いちぎられるように数を減らしていき、約半数程度になっている。数字の上ではまだ倍以上いるが、敵を倒せば倒すほど強くなっている亜人軍をもう止める事は不可能だろう。
何せホブゴブリンの上位種に進化する奴が出てるし、最前線で戦い続けていた大型亜人も進化しているので、一般兵など物の数ではないのだ。
その様子を高台の上から眺めていると、シェードの長老が背後に立った。戦場近くにいたのだろう。
「今回は助かった。金でしか報いる事が出来なくてすまないが、次回の資金は五倍ほど増やすよ」
「ありがたき幸せ。しかしながら、完全に被害を防ぐことは出来ませんでした……」
「……どの程度の被害が?」
「シーレッド兵からは逃げることが出来ましたが、その途中で野盗や魔獣に襲われた民が出ておりました」
「そうか……それでも良くやってくれた」
その後、シェードから細かい報告を聞いてると、数匹の亜人に連れられた人間の姿が近付いてきた。かなりの人数がいる事が探知スキルで分かる。これはブロベック村の人達か? それにしては人数がいるから、他の村の人間も混ざってるな。
俺はその中から、よく知っている人物の下へ向かった。
「キャス姉、ブロベック村の人は全員無事だった?」
「貴方……ゼン……君? ちょっと……全身血だらけじゃない……。腰に何かぶら下がってるわよ……?」
こちらに振り返ったキャスが俺を見て一瞬で引いた顔を見せた。
「あぁ、返り血だから気にしないで。この腰のは……何かな……? 俺も分からないな」
「……ゼン君、せめて水でも浴びてよ……」
確かにそう言われればそうか。俺の姿を見た村人たちは、みんなしてうわぁ……って顔してるもんな。
魔法で水を生み出して頭からかぶった後は、キャスから救出されるまでの経緯を聞き、俺も目撃した村の様子を伝えた。
「燃やされてたかぁ……。でも村の人達は皆生きてたから問題ないわよ!」
「……そう言われると気が楽になるよ。さっきも言ったけど、今回の件は俺も関係してるからさ」
「ゼン君が悪いんじゃなくて、あそこの……お姫様が悪いのよ。だから、気にしないの! それより、助けてくれたのはありがたいんだけど、ゴブリン達を森から出して良かったの?」
「一応、ラングネルの大公様は知ってるから大丈夫だと思うよ。それでも問題が起きるようならば、大人しく森に引き返すさ」
「うーん、本当に大丈夫かしら……。冒険者ギルドが討伐クエストでも組みそうなんだけど」
キャスは顎に手を当てながら本当に心配をしてくれている。
「冒険者ギルドなんて国の機関なんだから、大公様にお願いすれば解決するさ。まあ、それでも駄目っていうなら、その時はその時だよ」
「怪しい目をしてるんだけど、どうするつもりなのよ……」
「俺らを滅ぼしたいなら、それ相応の対応をするだけって事。逆に滅ぼしてやればいいさ」
「やだゼン君……悪党みたいな目をしないでよ……」
冗談を交えて悪い目をしながら笑ってみると、キャスにまた引かれてしまった。
だが、俺が本気ではない事に気付いているのか、その後すぐに笑顔を見せてくれた。
まあ、俺らを滅ぼそうとするならば、逆に滅ぼすってのは本当だけど。
もう戦局が覆る様子はないので、気楽に会話をしていると突然俺の横っ腹に衝撃が走った。
「ゼン兄様! 見てました! 凄いです!」
視線を腰に移せば、そこには俺に抱きつくコリーンちゃんがいる。
「コリーンちゃん! 血が付くぞ?」
「こういう時の漆黒の服です!」
コリーンちゃんがもの凄く良い笑顔を見せている。
だが、何故か頬が真っ赤だ。俺は思わずその顔を掴んで覗き込んでしまった。
「それは誰にやられたんだ……まさか、シーレッド兵か……?」
「ゼン兄様……? ち、違います! これは、その……お母さんに……」
話を聞けば、コリーンちゃんの母親であるフラニーさんにお仕置きされたらしい。
「コリーン、あんたね、その程度で許してくれたフラニーさんに感謝しなさいよ?」
キャスの話ではコリーンちゃんはかなり無謀な行動に出たらしい。
「コリーンちゃんに魔道具をあげたのは失敗だったか。こりゃ後でフラニーさんに謝らないとな」
「うぅ……」
コリーンちゃんは相当反省しているらしく、俺の腰に抱きついたまま何も言わずにうつむいている。
「仕方がない……今度会った時には修行だな」
「ゼ、ゼン兄様!?」
「コリーン……俺は修行だと言った」
「やっぱり……。やっぱり兄様は私の魔王兄様だったのね!?」
「……何かなそれは?」
やべえ、何か知らねえけど、またあの病気が発動してるぞ!?
俺らのやり取りを苦笑しながら見ていたキャスが言った。
「それで、ゼン君はこの後どうするの?」
「俺はあれを連れて一度戻るよ。あれにはまだ役割があるからね」
俺が近くで戦場を見つめているセラフィーナに視線を送りながら言うと、キャスが眉間にしわを寄せて言った。
「大変そうね。お礼をしたかったのに残念だわ」
「あぁ、それならまたラングネルに戻ってくる予定だから、その時また会おうよ。村を失った人達の住む場所は俺に考えがあるからさ」
「大公様に掛け合ってくれるの?」
「まあそうだけど、キャス姉って俺がダンジョン攻略者って知ってたっけ?」
「へっ? ダンジョンってあのダンジョンよね? そ、そうだったの!?」
元冒険者だけあってダンジョンに対する反応が良いな。
「そそ、だから俺は結構持ってるんだよね。ダンジョンコアをさ」
「結構って……もしかして、それを使って街を作る気なの!?」
「うん、今回の戦で俺って結構活躍したから、土地ぐらいもらえると思うよ。そこに新しい街を作るから、村を失った人達を受け入れたいなって、今さっき思い付いた」
「はぁ……そうなると……ゼン君が貴族になるって事!?」
キャスが目を見開いて俺を見ている。本当に色々驚いてくれる姉ちゃんだな。
「それにはまだ時間がかかりそうだし、その前にまずは戦争の決着をつけないとね」
そう言いながら俺は、まだ戦場を見つめているセラフィーナを見て、若干の哀れみを感じたのだった。
今回は身の回りの雑事や警備など、その全てをエゼルと樹国セフィ主体で行っており、シーレッド王国の手は一切入っていない。
一同の準備が整ったのを見て、樹国セフィの代表リュシールが口を開いた。
「それでは皆さん、講和のやり直しを行います。まず初めに先日取り決められた内容は一度破棄します。よろしいですね?」
リュシールがそう言うと、エゼル王エリアスが大きくうなずき、それにラングネル王国大公ギュディオンとカフベレ国女王サリーマが続いた。
リュシールが残る代表の一人である、シーレッド王シージハードに視線を送ると彼は言った。
「儂からは最早何の異議はない。好きにしてくれ」
講和の始めの頃は敗戦国であっても威厳を見せていたシージハードだったが、セラフィーナやマリウスの暴走により立場がなくなっていた。以前と比べたら彼は誰の目から見て、明らかに老け込んだ印象を与えていた。
リュシールはやや不憫そうな瞳を向けながら言った。
「では、シーレッド王国には、前回の交渉よりさらなる領土の譲渡、並びに国内で産出されるエーテル結晶体を一定量収めて頂きます。これには期限を設け――」
事前にある程度取り決められていた内容が、リュシールの口から告げられた。
シージハードも承知している内容だけに、異議が出る事なく再度の契約はなされた。
二度目の講和が問題なく終決されると、リュシールが打って変わって柔らかい表情で言った。
「ところでエリアス殿、お願いがあるのですが、ゼン殿を一度我が国に招くことはできますか?」
「ゼンをですか? あれは私の配下ではないので、ゼンに直接交渉していただきたい」
「そうなのですか? なら、帰ってきたら話をしてみましょう」
「……一応確認をしておきますが、ゼンに何用で?」
「いえ、大した事はないのです。以前セフィに来た時はすぐに立ってしまい我が国の良いところを見せられなかったようなので、改めてセフィを見てもらおうかと」
「一応言っておきますが、勧誘は止めていただきたい」
「いえ、違います。先日のお礼をしたいと思いまして」
何食わぬ顔でそう言ったリュシールに、エリアスが目を細めて抗議の表情を見せていると、二人の間に割り入るように大公ギュディオンが言った。
「リュシール殿、それは少し困りますな。ゼンとは先に約束をしてましてな。ラングネルが落ち着くまでは我が国で力を尽くしてくれる事になっている。申し訳ないがあの地が落ち着き、時期領主が決まるまでは手放せん」
「えっ……そうなのですか? エリアス殿?」
「い、いや、私は知りませんが……。ですが、そんな事を勝手に決められては困ります! それに、今戦は爵位に相当する働きです。ゼンにはエゼルに戻り次第領地を与える予定ですから」
エリアスが驚きながらも冷静を装い返事をすると、ギュディオンは穏やかな表情を浮かべながら言った。
「それは素晴らしい。ならばラングネルに隣接する土地を与えるのが良いのでは?」
「……まだ場所までは決まっていませんが、エゼル王都に近い位置を考えています」
「ふむ……一つお聞きするが、王都周辺で空いている土地などあまりないのでは? まさかあの働きに対して男爵、子爵程度の領地を与える訳にはいかぬと思うのだが……。それに、それをすると他と釣り合いが取れなくなる。であれば、今回獲得した土地を与えるのが適切。幸いラングネルの北部や南部の広い土地を獲得できたのだ。幾らでも余ると思いますぞ」
饒舌に語ったギュディオンに、エリアスは少し落ち着いた表情を見せると口を開いた。
「そうであれば、今ゼンが住んでいる街の西部を与えましょう。あの地であればレイコック侯爵の手助けが受けられる。ゼンも落ち着いて領地を治められましょう」
「むむっ……これはゼンと話し合いが必要になりそうですな」
「そうですね。しかし、ギュディオン殿、お忘れなく。あれは我が国の民です」
「確かに……だが、ゼンとは約束をしてしまった。あの男がそれを反故すると?」
「くっ……ゼ、ゼンの奴め……」
エリアスが小声でゼンに悪態を吐いていると、二人の会話を聞いていたサリーマが、さり気なく口を開いた。
「お二人のお話を聞かせて頂きましたが、ゼン殿に交渉が可能なのですか? ならば私は彼に王座を用意しますと伝えて下さい」
突然のサリーマの発言に、ギュディオンは驚きの表情を見せると疑問を口にした。
「はっ……? サリーマ殿、一体何を? 貴方には息子がいるではないですか」
「確かに私には息子がいます。ですが、まだ幼いのです。カフベレはこれから苦難の道を歩むでしょう。それには強い王が必要なのは皆さんも理解できるはず。形式的には私の夫として迎え入れますが、それはあくまで形式だけですから。そう、形式だけなのです」
「いやいやいや……ゼンが欲しいからってそれは……」
「サリーマ殿……形式って、貴方はもしかして……」
エリアスとギュディオンの二人が、サリーマの言葉の中に秘められた物を感じ取り、生暖かい目をしながら追及をはじめようとすると、焦った様子のリュシールが割って入った。
「ちょっと待って下さい! サリーマ殿それはずるいです! それでしたら私は孫娘達を出しますよ!? ふふ……人族がエルフに弱い事は知っています。この戦い、私の勝ちです!」
リュシールが謎の勝利宣言をすると、エリアス、ギュディオン、サリーマの三人が、揃って異論の声を上げた。
何時しか講和の場だった一室では、ゼンの獲得合戦が行われており、この話し合いはゼンが戻る前日まで続くのだった。
「我が国との講和がどうしてこうなった……。いや、おかげで大した追求もなしにこの場を去れる。これは喜ぶべきか……」
一人話に入れないシージハードは、寂しそうにそうつぶやいたのだった。
◆
俺へと群がる敵兵を蹴散らしながら、敵陣へと突っ込む。
俺の左右ではゴブ太達、亜人の幹部がそれぞれの武器を手に敵兵と戦っている。
いや、彼ら幹部連中に対してシーレッド兵は二合も持たずに死んでいる。個の武が圧倒的すぎて、これじゃあ戦いというより人間狩りだな。
古参のボーク君やゴブシン君はそれぞれの種で上位の存在になっており、一対一であればシーレッドの将軍でも倒すことは難しいだろう。最後までやり合うのであればアーティファクト分で将軍たちに軍配があがるだろうが、同じくアーティファクトを持つゴブ太君ならば、間違いなく勝つはずだ。
そういえば、盾のアーティファクトが俺のマジックボックスに眠っているんだったな。ゴブ太君に与えて、巨剣と大盾の組み合わせっていうイカした装備にさせるかな。
そんな事を考えられる余裕が出来るほど、亜人軍は強かった。
ただ、圧倒的に強力なのは、ゴブ太君達の影響下にある俺の周辺だけなので、楽しそうなところを悪いが、ゴブ太君にはもう少し味方を殺さないやり方で戦ってもらおう。
「ゴブ太、お前が俺の隣にいるのは頼もしいが、ここは少し離れて味方を援護しろ」
俺の言葉にゴブ太君が「しかし、大王の援護を!!」と、珍しく意見を言ってきた。
まあ、こうやって肩を並べて戦うことはそうもないから嬉しく思ってくれているんだろう。楽しすぎなのか、あいつらよだれ垂らしながら戦ってるしな。
「俺に援護が必要だと思ってるのか?」
若干声のトーンを落としてそう言うと、ゴブ太君はハッとした表情をして「仰せのとおりに!」とギィ! と鳴き、幹部連中を連れて俺から離れていった。
キツイ言い方をしたが、多分この言い方で正解だ。だってアイツ、ちょっと嬉しそうな顔しながら下がっていったし。
「さてと……この敵兵を全て平らげるにはまず頭を潰すべきだよな。ははは、戦場のセオリーってやつをまるで無視だな」
初めての戦を味わっていた頃、敵兵にビビって少数だけを相手していた俺とは思えないやり方だ。
なるほど、今になってよく分かる。ゲームの魔王が何故軍隊相手に負けないかってやつが。選ばれし強者である勇者でも現れないと、太刀打ちできないってのはこういう事か。
って、俺が魔王サイドかよ……。やべやべ、殺伐としすぎた行動と発言で考え方が偏るわ。俺は可愛い王女ちゃんと優しい聖女ちゃんを嫁にする、神様寄りの存在。いわゆるゴッドサイダーだったわ。
自分の中のカルマゲージを善側に傾ける事を考えながら、敵兵の脳天を撃ち抜くように槍を突き入れる。生暖かい脳髄を体に浴びて気持ちが悪いが、もう俺の体で返り血を浴びていない箇所はないだろうから関係ないか。
そんな事を繰り返していれば、当然また敵は引きはじめる。というより、今まで何故俺に立ち向かってきたのか疑問だ。
また俺が進むと敵兵が割れていく現象を味わいながら前方へと進んでいくと、セラフィーナの姿を捉えた。しかしその前には、彼女を守る屈強な男達が俺の前に立ちはだかった。
「ひ、姫様をお守りしろ! あの化物を殺せ! 殺せッ!」
男達の背後では何やらカエルのような顔をした男が叫んでいる。一目しただけで分かる程、上等な鎧を身にまとっているし、セラフィーナの隣に陣取るところを見ると、相当位の高い人物だろう。
だが、そんなやつも俺に取っては一般兵と変わらぬ有象無象でしかない。
俺は屈強な男達を蹴散らしながら、その男に向かって走り出し、一足飛びでたどり着くと、素早く周囲の敵兵を【テンペスト】で排除した。
「お前がこいつらを率いてる大将だな。一応お前にも聞いておくが、降伏するか?」
俺がそう声をかけるが、カエルのような顔をした男は口をワナワナとさせると、つばを吐き出しながら喋りだした。
「き、貴様さえいなければっ! セラフィーナは俺のものだったのに! 平民風情が邪魔を!」
「ははっ、一体何の事か分からんが、あれはお前にはもったいないから俺が貰っていこう。降伏を受け入れないのであればお前はもう不要だ。俺と戦い死ぬか、豚のように喚きながら死ぬか選べ」
そう言いながら、腰を落として【テンペスト】を構えると、カエルのような男は慌てた様子で腰から剣を抜いた。その立ち姿は護衛の奴らに引けを取っていない。どうやらただのお飾りではないらしい。
「それじゃあ、行くぞ?」
「お、お前達ッ! 俺を守れッ!」
俺が合図をしてから突撃すると、カエルのような男は周りの味方に向けて叫んだ。
しかし、それは虚しく響き渡るだけだ。誰一人彼を助けようとせず、ただ立ち尽くしている。
【テンペスト】の攻撃範囲に彼を捉えた俺は、一言声をかけた。
「はぁ、人望がないな。俺もそうならないように注意しないとな」
「や、止めっ――」
俺の突きを剣で払って防ごうとしたが、その程度で攻撃の軌道は変わらない。【テンペスト】はカエルのような男の剣を弾き飛ばしながら進み、豪華な鎧の腹を突き破って爆散させた。
「ぶっ! クソッ……近すぎた。肩に内蔵が……。爆竹カエルかよ……」
カエルのような男が爆散した結果、彼の臓物が俺に降り掛かった。
俺はそれを払い除けながら、近くで俺を見つめて動かないセラフィーナに言った。
「セラフィーナ見ていただけで良かったのか? 動機はどうあれ、あれはお前のために動いたんだと思うんだがな。加勢の一つでもしてやれよ」
俺が声をかけるとセラフィーナはビクリと肩を震わせ反応した。その様子はどこか怯えているようにも見える。
「……い、一体お前は何なのですか! 私の邪魔ばかりして!」
「そんな事を言われてもな、お前がエゼルに攻め込んできたからはじまった戦いだろ。今回だってどうせお前が今死んだ男を動かしたんだろ? 自業自得じゃないか」
「黙りなさいッ! シーレッドが覇権を握る事は正義です! それの一体何がおかしいと言うのですか!」
「はぁ……。たいした会話をした事はなかったが、お前はそんな女だったのか。俺の知っている王族ってのがまともなだけだったのか?」
セラフィーナのあまりの考え方に、俺は一瞬で気が抜けてしまった。
こいつはあれか、偉い私は何をしてもいいと思ってる典型的な王族ってやつだったのか。
まあ、それならそれで今までの行動も何となく納得がいく。自分が失敗するとか間違いだとかそんな事は思いも付かないんだろう。
「とにかく、お前は俺に抵抗するのか? それとも黙って捕まるのか選んでくれ」
「あれほどの事を言っておいて、私を生かすつもりなのですか……? ……ふんっ! お前も所詮下衆な男という事ですか。分かりました、今は従いましょう。私を好きにすればいいではないですか」
セラフィーナは何を勘違いしたのか、俺を蔑むような目をすると、大人しく従う様子を見せた。
「素直なのは助かるが、良いのか最後の抵抗をしなくて?」
「抵抗したところで勝ち目があると? 私はそこまで愚かではありません」
なるほど、冷静な様子ではなかったが、ある程度の計算は出来るって事か。
それにしても素直に付いてくるならばそれでいいが、体目当てとでも思われてんのはムカつくな。
馬から下りたセラフィーナがこちらに向かって歩いてきた。どうやら本当に従うつもりらしい。
だが、それを見た兵士たちは一様に困惑の表情を浮かべている。
「ひ、姫様……我々はどうすれば……」
一人の兵士がそう声を上げると、セラフィーナは足を止めたが、振り返りもせず言った。
「好きになさい」
そう言い放ったセラフィーナの表情は、俺に厳しい表情を見せるだけで、兵士に対しては全くの関心を持っていなかった。
言われた兵士たちは更に困惑している。シーレッド兵の中でも強力な力を持つ兵士たちは、ほとんどが俺に立ち向かって死んでいる。彼らを率いる存在はもういないのだ。
「姫様とリンチ様がいないんじゃ……なあ?」
「もう意味がない……こ、降伏を……」
「魔槍殿ッ! 我々にもう戦う意思はない! 降伏する!」
こんな状況になるとやはり出てくる言葉は決まっていた。
だが俺はゴブリン軍団の強化という、せっかくの機会を奪われたくない。
ならば残すのはある程度の数だけだな。
「あぁ、それはもう遅いぞ。お前たちは残らず俺の軍の糧となってもらう。残念だが最初に勧告を無視した時点で決まった事だ」
シーレッド兵に絶望の表情が浮かぶ中、俺は更に続けた。
「でもな、俺も少しは哀れに思う気持ちがある。だからよく働きそうな奴ならば考えなくはない。どうだろう、逃げようとする奴らを捕まえてくれば、命だけは奪わないという条件は?」
シーレッド兵の目に戸惑いが浮かんでいる。
「あれを見てみろ、一部の兵が逃げているだろ? あいつらはもうドラゴンの餌食になるだけだが、これから逃亡する奴らは更に増えるだろう。あれを捕まえればいいだけだ。おっと、俺の前から移動できるからって、それであいつらみたいに逃げられると思うなよ? 既に言ったが、シーレッド王に捨てられたお前らは国にはもう帰れないんだ。逃げ場がないお前たちを捕まるのは簡単だからな、逃げれば必ずその生命を奪う。忘れるな」
俺の言葉に無言で頷いたシーレッド兵達は、我先にと駆け出すと、遠くに目をやり逃げる味方を探し始めた。
だが、敵陣深くのこの周辺は、亜人軍が前進を続けた結果、戦いの坩堝と化している。そう簡単に移動する事は出来なかった。
「まあ、そうなるよな……仕方がない。ゴブシンッ!」
俺は唯一探知範囲内にいた、幹部であるゴブシンに向かって叫んだ。伝令役も務める彼は何かあった時の為に側にいたのだろう。
素早く近くに立ったゴブシンに指示を出す。指示といってもどうにかしてくれと、完全にお任せなのだが、ゴブ太君に伝えてくれれば勝手にやってくれるだろう。最悪、彼らに殺されてしまっても、それはそれで仕方がないと思うしかない。
離れていくゴブシン君を見守っていると、側に立っていたセラフィーナが言った。
「本当に亜人を操りますか。まるでおとぎ話の魔王ね」
「ははは、魔王か。それはそれで面白いかもしれないな」
「……エゼル王は貴方の正体を知ってるのかしら?」
「何、アイツとはガキの頃からの知り合いだ。この程度のことなら笑ってくれるさ。それはともかく、お前の武装は解除させてもらうぞ。マジックボックスを渡せ」
抵抗する気がないらしいセラフィーナが、大人しくマジックボックスを差し出した。
逆らえばどうなるかは散々見せていたからだろう。
「あっ、忘れるところだった。ポッポちゃん達にも言わねえとな」
俺はポッポちゃんとスノアにも一応の命令を伝えに行くため、セラフィーナを連れながらゆっくりと戦場を進んだのだった。
それから三十分ほど経つと、戦いは大分落ちついてきた。
万の数がいたシーレッド兵は亜人軍に食いちぎられるように数を減らしていき、約半数程度になっている。数字の上ではまだ倍以上いるが、敵を倒せば倒すほど強くなっている亜人軍をもう止める事は不可能だろう。
何せホブゴブリンの上位種に進化する奴が出てるし、最前線で戦い続けていた大型亜人も進化しているので、一般兵など物の数ではないのだ。
その様子を高台の上から眺めていると、シェードの長老が背後に立った。戦場近くにいたのだろう。
「今回は助かった。金でしか報いる事が出来なくてすまないが、次回の資金は五倍ほど増やすよ」
「ありがたき幸せ。しかしながら、完全に被害を防ぐことは出来ませんでした……」
「……どの程度の被害が?」
「シーレッド兵からは逃げることが出来ましたが、その途中で野盗や魔獣に襲われた民が出ておりました」
「そうか……それでも良くやってくれた」
その後、シェードから細かい報告を聞いてると、数匹の亜人に連れられた人間の姿が近付いてきた。かなりの人数がいる事が探知スキルで分かる。これはブロベック村の人達か? それにしては人数がいるから、他の村の人間も混ざってるな。
俺はその中から、よく知っている人物の下へ向かった。
「キャス姉、ブロベック村の人は全員無事だった?」
「貴方……ゼン……君? ちょっと……全身血だらけじゃない……。腰に何かぶら下がってるわよ……?」
こちらに振り返ったキャスが俺を見て一瞬で引いた顔を見せた。
「あぁ、返り血だから気にしないで。この腰のは……何かな……? 俺も分からないな」
「……ゼン君、せめて水でも浴びてよ……」
確かにそう言われればそうか。俺の姿を見た村人たちは、みんなしてうわぁ……って顔してるもんな。
魔法で水を生み出して頭からかぶった後は、キャスから救出されるまでの経緯を聞き、俺も目撃した村の様子を伝えた。
「燃やされてたかぁ……。でも村の人達は皆生きてたから問題ないわよ!」
「……そう言われると気が楽になるよ。さっきも言ったけど、今回の件は俺も関係してるからさ」
「ゼン君が悪いんじゃなくて、あそこの……お姫様が悪いのよ。だから、気にしないの! それより、助けてくれたのはありがたいんだけど、ゴブリン達を森から出して良かったの?」
「一応、ラングネルの大公様は知ってるから大丈夫だと思うよ。それでも問題が起きるようならば、大人しく森に引き返すさ」
「うーん、本当に大丈夫かしら……。冒険者ギルドが討伐クエストでも組みそうなんだけど」
キャスは顎に手を当てながら本当に心配をしてくれている。
「冒険者ギルドなんて国の機関なんだから、大公様にお願いすれば解決するさ。まあ、それでも駄目っていうなら、その時はその時だよ」
「怪しい目をしてるんだけど、どうするつもりなのよ……」
「俺らを滅ぼしたいなら、それ相応の対応をするだけって事。逆に滅ぼしてやればいいさ」
「やだゼン君……悪党みたいな目をしないでよ……」
冗談を交えて悪い目をしながら笑ってみると、キャスにまた引かれてしまった。
だが、俺が本気ではない事に気付いているのか、その後すぐに笑顔を見せてくれた。
まあ、俺らを滅ぼそうとするならば、逆に滅ぼすってのは本当だけど。
もう戦局が覆る様子はないので、気楽に会話をしていると突然俺の横っ腹に衝撃が走った。
「ゼン兄様! 見てました! 凄いです!」
視線を腰に移せば、そこには俺に抱きつくコリーンちゃんがいる。
「コリーンちゃん! 血が付くぞ?」
「こういう時の漆黒の服です!」
コリーンちゃんがもの凄く良い笑顔を見せている。
だが、何故か頬が真っ赤だ。俺は思わずその顔を掴んで覗き込んでしまった。
「それは誰にやられたんだ……まさか、シーレッド兵か……?」
「ゼン兄様……? ち、違います! これは、その……お母さんに……」
話を聞けば、コリーンちゃんの母親であるフラニーさんにお仕置きされたらしい。
「コリーン、あんたね、その程度で許してくれたフラニーさんに感謝しなさいよ?」
キャスの話ではコリーンちゃんはかなり無謀な行動に出たらしい。
「コリーンちゃんに魔道具をあげたのは失敗だったか。こりゃ後でフラニーさんに謝らないとな」
「うぅ……」
コリーンちゃんは相当反省しているらしく、俺の腰に抱きついたまま何も言わずにうつむいている。
「仕方がない……今度会った時には修行だな」
「ゼ、ゼン兄様!?」
「コリーン……俺は修行だと言った」
「やっぱり……。やっぱり兄様は私の魔王兄様だったのね!?」
「……何かなそれは?」
やべえ、何か知らねえけど、またあの病気が発動してるぞ!?
俺らのやり取りを苦笑しながら見ていたキャスが言った。
「それで、ゼン君はこの後どうするの?」
「俺はあれを連れて一度戻るよ。あれにはまだ役割があるからね」
俺が近くで戦場を見つめているセラフィーナに視線を送りながら言うと、キャスが眉間にしわを寄せて言った。
「大変そうね。お礼をしたかったのに残念だわ」
「あぁ、それならまたラングネルに戻ってくる予定だから、その時また会おうよ。村を失った人達の住む場所は俺に考えがあるからさ」
「大公様に掛け合ってくれるの?」
「まあそうだけど、キャス姉って俺がダンジョン攻略者って知ってたっけ?」
「へっ? ダンジョンってあのダンジョンよね? そ、そうだったの!?」
元冒険者だけあってダンジョンに対する反応が良いな。
「そそ、だから俺は結構持ってるんだよね。ダンジョンコアをさ」
「結構って……もしかして、それを使って街を作る気なの!?」
「うん、今回の戦で俺って結構活躍したから、土地ぐらいもらえると思うよ。そこに新しい街を作るから、村を失った人達を受け入れたいなって、今さっき思い付いた」
「はぁ……そうなると……ゼン君が貴族になるって事!?」
キャスが目を見開いて俺を見ている。本当に色々驚いてくれる姉ちゃんだな。
「それにはまだ時間がかかりそうだし、その前にまずは戦争の決着をつけないとね」
そう言いながら俺は、まだ戦場を見つめているセラフィーナを見て、若干の哀れみを感じたのだった。
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