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第九章 戦役
三十二話 再会
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最早この戦場に、自らの足で俺に向かってくる奴がいなくなった。
俺が歩けば敵は退き、進む方向に海が割れたかのように道が出来る。
「こ、こっちに来るぞ!」
「逃げろ! 逃げろ! おい、どけっ!」
そんな声がシーレッド兵から聞こえてくる。
戦闘開始からやや時間が経ち、俺も大分冷静になっているので、若干敵兵の引き方が気になってきた。このままでは魔槍以外に変な名前が付きそうだ。
まあ、ここにいるシーレッド兵を逃す気はないので、その心配も不要か。
死人に口無しをまさか俺が実行する側になるとは、前世の俺は夢にも思っていなかっただろうな。
改めてこの行動が前世から変わらぬ善という名とはかけ離れていると思いながらも、俺は逃げる敵に向かって『チェインライトニング』や投擲を繰り返す。
しかし、それももうすぐ不要になりそうだ。
振り返ればそこには敵兵の姿はまばらで、俺同様に血みどろの姿をした亜人達が見えるからだ。
まだ前線には人間とはかけ離れた体躯を持つ大型の亜人が壁のように立ち並んでいる。
その後方には、進化を遂げたゴブリンやコボルト、それにリザードマンや小型の魔獣が見える。
彼らの進化は人間の成長に比べれば一瞬だ。先ほどは俺からしたらか弱く見えたゴブリンも、今では体躯は勿論の事、顔つきも変わり、シーレッドの一般兵では敵わないだろうほどに進化している。
そんな彼らの表情は、進化して新た得た力を早く試したいという顔をしている。その場で飛び跳ね体の感覚を確かめている奴も多い。
その様子に少し癒やされていると、真っ黒な鹿の魔獣エレメンタルホーンが、途中にいるシーレッド兵十数人を踏み潰しながら、こちらに向かって駆けてきた。アーティファクト【天与調教師】で制御しているあれは、魔獣のクラスでいえば最上級。中級ドラゴンに手が届くほどに強いため、鋼のような毛皮が斬撃を防ぎ一般兵では傷一つ付けられていない。
エレメンタルホーンが大きく跳躍すると、ドスンと俺のすぐそばに着地した。
俺が視線をその背中に向けると、そこで蛇の尻尾をエレメンタルホーンの首に巻き付けているゴルゴーンちゃんが「ご用命でしょうか、偉大なる大王!」と、敵としてはじめて会った時のように鋭い表情で言った。
どうやら俺が視線を向けた事で呼び出しとでも思ったらしい。その行動を無下には出来ないので、俺は彼女に表情を崩さぬまま話しかけた。
「そちらの状況はどうなっている? 手が足らないのであれば、ドラゴンだけではなく、俺の相棒も向かわせるが」
俺の言葉にゴルゴーンちゃんは「ハッ! 状況は現在約六割が第一進化を終えています! 残りも程なく完了するかと思います! これも、大王が敵を受け止めて頂いたおかげです!」とシャーと鳴いた。
まるで軍人のような報告の仕方だ。最初出会った時も多くの亜人を率いていたし、そんな資質を持っているんだろうな。それにしても、俺をよいしょする時に軽く笑みを見せるのはずるいぞ。
「そうか、ならばそのまま前進させて俺の後ろにいる敵兵を全て平らげてこいと、ゴブ太に伝言を頼む。まあ、あいつの事だからそんな事を言わなくとも、分かってるだろうけどな」
俺がそう言うと、ゴルゴーンちゃんは短く返事をしてすぐに後方へと戻っていった。
視線を前方にいるシーレッド兵へと戻すと、彼らの俺を見る目が明らかに変わっていた。
この世界の常識に照らし合わせれば、人族である俺が亜人と会話している事は異常である。その事が彼らの瞳を強敵に対する恐怖から、まるで化物を見るものに変えていた。
それからすぐに、後方からまたゴブ太の大音量の咆哮が聞こえてきた。ここまで相当距離があるというのに、空気の震えを感じるのだから凄まじい。
俺に対して完全の服従をしているから全く意識していなかったが、ゴブリンキングが発見された時点で、本来であれば国を挙げての討伐になるのだから、その辺のドラゴン以上にやばい存在なんだよな。
そんなゴブ太は俺からの指示が出て焦っているようだ。先ほどの前進指示を出した咆哮から短時間で、もう一度部下たちに指示を出している。内容は簡単で「大王がお呼びだ! 命を捨てても前進しろ!」と無茶ぶりだ。そんなつもりはなかったのに尻を叩いた形になってしまったらしい。
……案外ゴルゴーンちゃんが色を付けた可能性も否めないな。
それからの彼らの動きは劇的に変化した。人間の体躯では絶対に出せない地面を響かす足音を鳴らしながら、猛烈な勢いで前進してきた。前進というか走っている。彼らに対峙していたシーレッド兵は数を減らしている事もあり、その勢いに押しつぶされていた。
俺を取り囲むシーレッド兵が襲ってくる様子がないのでつい眺めてしまうと、彼らは程なく俺の後方へとたどり着いた。
そして真っ先に亜人を率いるゴブ太君や幹部たちが俺の後方へと一列に並び膝を突いた。
戦場のノリだ。もうこの際、彼らが望む大王様でいこう。
「無茶をさせたようで悪かったな。だが、少ない時間で良く追いついた。数もさほど減らしていないようで何よりだ。良くやってくれたな」
彼らに視線を向けずにそう言えば、背後からは「お褒めの言葉ありがたき!」や「恐悦至極ッ!」などの熱い鳴き声が聞こえてきた。昔の少し頭の足りない彼らとは大違いだ。
そんなやり取りをしていると、シーレッド兵から声が上がっていた。
「あ、あの亜人達なんだよ……」
「ありえないだろ……見ろよあれ……オークジェネラルだぞ……」
比較的若いシーレッド兵がそう言うのが聞こえると、壮年のシーレッド兵がそれに反応していた。
「違うぞ……あれはオークウォーロードだ。俺がまだ若い時に討伐した事がある。その時は千匹の亜人に三千の兵で挑み、半数の死傷を持って討伐が出来たんだ。あれが率いる亜人は恐ろしく強いぞ……。だが、あの並びを見ろ。亜人は序列を重んじる。オークウォーロードはあの中では一番ではない……。真ん中のあれは……ゴブリン……キングなのか……」
亜人と戦うのは軍の仕事の一つだけあって、やたらと詳しいがいるようだ。兵士の中には冒険者以上に亜人と戦っている者もいるからな。
ゴブリンキングの名前が出ると、シーレッド兵がざわついた。それほどにゴブリンの王の出現はインパクトがあるのだろう。
「な、何で亜人達は魔槍に膝を突いてるんだ……。なあ、あいつは……人間なのか……?」
その言葉でゴブリンキングの名が出た以上に場がざわめき始めた。
まあ、敵がどう思うかなんて最早どうでも良い。
今シーレッド兵と亜人軍は横並びで対峙している形だ。シーレッド兵の数は大分減らせたが、それでも全体の二割にも満たないだろう。
最弱のゴブリンやコボルト達が一段階進化して、ゴブ太の統率の力で一対一以上の戦いが行えるようになっている。それに、俺やスノアにポッポちゃん、そして亜人の幹部連中は一騎当千の力を持っているので、このまま正面を切って戦えるように思える。
だが、一度落ち着いた戦場だ。まずは一手打っておこう。
「聞けっ、シーレッドの兵よ! お前達に二つの選択をさせてやる。一つは大人しく投降をして奴隷となれ! これからのラングネルの礎を築く勤めを与えてやる。俺はこれを勧めるぞ。何せ生きる事が出来る。働きによっては解放も考えてやるぞ」
流石にこの数の人間を皆殺しにする事は、こちらの戦力的に難しい。
力的には問題ないだろうが、あの数が蜘蛛の子を散らすように逃げられたら、かなりの量を逃がすことになるだろう。
それは色々と不都合が出る。別にもう俺が亜人を自分の手駒として扱った事が広がろうがどうでも良い。ラングネルの戦いに参戦させた時点で、時間が経てばいずれ知れ渡る事だからだ。
問題は単純に逃げ出したこいつらが野党と化す事だ。だから皆殺しの選択しかないのだが、奴隷となるならば生かしてやるのも良いだろう。
俺の言葉にシーレッド兵が耳を傾けている。俺は更に続けた。
「二つ目は簡単だ。このまま俺たちと戦え。これを選択するならば、お前達に間違いなく死を与えてやる。多くの村を襲ったお前達のような下衆には似合いの最後だろう。まあ、それも間抜けに空振って火を放つ程度の事しか出来なかったみたいだけどな。それでも殺そうという意志を持って乗り込んできたんだ。まだやっていないは通用しない」
明らかに馬鹿にした言葉に、一部のシーレッド兵が俺に厳しい視線を送ってきた。
俺はその視線をあざ笑いながら更に続けた。
「俺としてはこいつらの糧となってくれるんだから、後者を選んでほしい。それはお前達の自由だ。だがな、どちらを選ぶにせよ、講和が行われている期間に王の許しを得ず進軍したお前達は、シーレッド王シージハードからどうにでもして良いとの言葉をもらっている。最早帰る場所のないお前らだ、もし勝てたとしてもどこに行くというのだ? 賢い選択をした方が身のためだぞ」
シージハードには出る前にラングネルに入った全てのシーレッド兵を俺の好きにしていいと言われていた。あの王の言葉なんて俺にとってはどうでも良い事だが、敵を揺さぶるには使えそうだし言っておこう。
王の名前を出したからか、シーレッド兵達の間に動揺が走った。今までそれほど声を上げずに話を聞いていた兵士達も打って変わって大きく騒ぎはじめた。
これはかなりの衝撃だったようで、一番のざわめきが起こった。
これほどの兵がこの時期に動いたのはおかしいとは思っていたが、やはり真実を知らずに連れてこられたのか。
敵が目の前にいる戦場だというのに、シーレッド兵は隣り合う味方と会話をはじめている。まあ、まだ時間は正午を回ってもいない。暗くなるには時間があるのだから、僅かな思量の時間ぐらいは与えてやろう。
それからしばらく、ざわめきが収まらないシーレッド兵を見ていると、ちょうど俺の正面にいるシーレッド兵の背後から騎乗した一団が前に進んできた。
俺の探知スキルはその存在が誰だか教えてくれている。その女は兵たちの先頭に立つと、俺へと視線を向け、つばを飲み込むような仕草をすると言った。
「み、皆の者、静まりなさい! その男の言葉を信じるのですか!? 亜人を引き連れて来るような男の言葉を! 見なさいあの姿を! 鮮血に染まったあの男が、正しい事を言っていると思うのですか!?」
俺の言葉をかき消すかのように、セラフィーナが必死の形相でそう叫んだ。
その凛とした声はざわめき立つ戦場でも不思議と通る。兵士達は一瞬で静まり返った。
ストレートの長い銀髪が風でなびき頬を撫でている。改めて見ると美しい顔立ちだ。体躯の良い馬に乗り、精巧な装飾の施された鎧姿を見ると、彼女が戦姫の名を持っているのだと認識をさせられた。
「久しぶりだな、セラフィーナ。お情けで逃してやったのに、また戦場に出てきたのか?」
俺が首を傾けながらそう言うと、セラフィーナが顔を強張らせた。
「黙りなさい! 全く忌々しい男! ドラゴンの次は亜人を引き連れてきたの!?」
俺に向かって叫んだその言葉は若干震えを持っていた。
気丈に振る舞っているようだが、どこか不安定な印象を受ける。
俺は若干不憫に思い、つい優しく声をかけてしまった。
「セラフィーナ……声が震えているぞ。怖いならもうやめろ」
「だ、黙りなさい! お前のような汚い手を使う男が私に意見をするな!」
これで応じるならば慈悲を与えるかと一瞬頭によぎったが、セラフィーナは怒りに満ちた表情を見せると癇癪を起こしたかのように叫んだ。
「セラフィーナ、これが最後の選択だ。全軍に投降命令を出すのであれば、まだお前の今後を考えてやる。だが、俺に逆らうようであればお前の運命は終わりを迎えると思え。よく考えて選択しろ。もう一度言う、これが最後だぞ」
俺が一語一句分かりやすく言ってやると、セラフィーナはカッとした表情をして口を開いた。
「叔父様を奪ったお前に、誰が投降をするっていうの! どうせ汚く私を騙すのでしょ! 皆の者ッ! 殺しなさい! あの男を殺しなさい! それを成した勇者には、私の全てを与えます! 富と名誉でも、この体でも好きにしなさい!」
その言葉にシーレッド兵が色めき立った。
王国の姫でありあれ程の美女だ。戦場で猛る男達は、誰もが一度は手にしたいと夢に思った事だろう。女たちも同じく目の色を変えている。彼女達も王宮での暮らしを夢を見たことぐらいはあるだろう。
ギラつく視線が俺に突き刺さる。先程まで怯えを見せていた人間とは思えない瞳だ。投降をしようと動き出していた奴らも足を止めて俺を見ている。
……どの世界でも欲望は心を惑わすのは同じか。
「なるほど……その選択をするのか。ははっ、ならば相応の対応をしよう。 ゴブ太ッ! 改めて命令を下せ! 敵は殲滅だ! 残らず喰らい尽くせ!」
俺がシーレッド兵に指をさしながらそう叫ぶと、後方からは亜人達の鳴き声が一斉に鳴り響いた。
その声は歓喜だ。これから始まる狂乱の戦いに喜び、満ち溢れている。
ゴブ太の咆哮で亜人達が動き始めた。その動きは統制が取れており、まるで訓練された軍隊のようだ。野性的な殺気を醸し出しながらも、今さっき進化したばかりのホブゴブリン達が、一糸乱れぬ隊列を組み進み始めた。
俺はそれを見て上空にいるスノアとポッポちゃんに指示を出す。
「ポッポ! スノアッ! 敵の後方に回り、逃走する奴を確実に足止めしろ! だが、出来る限り殺すな! こいつらは俺の軍勢の餌だからな!」
ポッポちゃんとスノアは、俺の言葉を聞くと短く鳴いてシーレッド兵の後方へと飛んでいった。スノアはいるだけで威圧感を与えるし、弾丸のような速度を持つポッポちゃんに目を付けられた、この広い草原にいたらまず逃げる事は出来ないだろう。
まあ、それでも多くを逃してしまうだろうが、それは仕方がないと思うしかない。
「さて、セラフィーナ。お前は俺が直接相手をしてやる。だから出せ。お前の持っているアーティファクトを。それはもう俺の物だ」
「……叔父様との思い出を奪われると分かっていて、出してたまるかッ!」
「何だ、もう敗北する気なのか?」
「黙れッ! 黙れッ! 黙れッ! お前達、行きなさい!」
激高したセラフィーナが俺へと兵士をけしかけた。
俺が歩けば敵は退き、進む方向に海が割れたかのように道が出来る。
「こ、こっちに来るぞ!」
「逃げろ! 逃げろ! おい、どけっ!」
そんな声がシーレッド兵から聞こえてくる。
戦闘開始からやや時間が経ち、俺も大分冷静になっているので、若干敵兵の引き方が気になってきた。このままでは魔槍以外に変な名前が付きそうだ。
まあ、ここにいるシーレッド兵を逃す気はないので、その心配も不要か。
死人に口無しをまさか俺が実行する側になるとは、前世の俺は夢にも思っていなかっただろうな。
改めてこの行動が前世から変わらぬ善という名とはかけ離れていると思いながらも、俺は逃げる敵に向かって『チェインライトニング』や投擲を繰り返す。
しかし、それももうすぐ不要になりそうだ。
振り返ればそこには敵兵の姿はまばらで、俺同様に血みどろの姿をした亜人達が見えるからだ。
まだ前線には人間とはかけ離れた体躯を持つ大型の亜人が壁のように立ち並んでいる。
その後方には、進化を遂げたゴブリンやコボルト、それにリザードマンや小型の魔獣が見える。
彼らの進化は人間の成長に比べれば一瞬だ。先ほどは俺からしたらか弱く見えたゴブリンも、今では体躯は勿論の事、顔つきも変わり、シーレッドの一般兵では敵わないだろうほどに進化している。
そんな彼らの表情は、進化して新た得た力を早く試したいという顔をしている。その場で飛び跳ね体の感覚を確かめている奴も多い。
その様子に少し癒やされていると、真っ黒な鹿の魔獣エレメンタルホーンが、途中にいるシーレッド兵十数人を踏み潰しながら、こちらに向かって駆けてきた。アーティファクト【天与調教師】で制御しているあれは、魔獣のクラスでいえば最上級。中級ドラゴンに手が届くほどに強いため、鋼のような毛皮が斬撃を防ぎ一般兵では傷一つ付けられていない。
エレメンタルホーンが大きく跳躍すると、ドスンと俺のすぐそばに着地した。
俺が視線をその背中に向けると、そこで蛇の尻尾をエレメンタルホーンの首に巻き付けているゴルゴーンちゃんが「ご用命でしょうか、偉大なる大王!」と、敵としてはじめて会った時のように鋭い表情で言った。
どうやら俺が視線を向けた事で呼び出しとでも思ったらしい。その行動を無下には出来ないので、俺は彼女に表情を崩さぬまま話しかけた。
「そちらの状況はどうなっている? 手が足らないのであれば、ドラゴンだけではなく、俺の相棒も向かわせるが」
俺の言葉にゴルゴーンちゃんは「ハッ! 状況は現在約六割が第一進化を終えています! 残りも程なく完了するかと思います! これも、大王が敵を受け止めて頂いたおかげです!」とシャーと鳴いた。
まるで軍人のような報告の仕方だ。最初出会った時も多くの亜人を率いていたし、そんな資質を持っているんだろうな。それにしても、俺をよいしょする時に軽く笑みを見せるのはずるいぞ。
「そうか、ならばそのまま前進させて俺の後ろにいる敵兵を全て平らげてこいと、ゴブ太に伝言を頼む。まあ、あいつの事だからそんな事を言わなくとも、分かってるだろうけどな」
俺がそう言うと、ゴルゴーンちゃんは短く返事をしてすぐに後方へと戻っていった。
視線を前方にいるシーレッド兵へと戻すと、彼らの俺を見る目が明らかに変わっていた。
この世界の常識に照らし合わせれば、人族である俺が亜人と会話している事は異常である。その事が彼らの瞳を強敵に対する恐怖から、まるで化物を見るものに変えていた。
それからすぐに、後方からまたゴブ太の大音量の咆哮が聞こえてきた。ここまで相当距離があるというのに、空気の震えを感じるのだから凄まじい。
俺に対して完全の服従をしているから全く意識していなかったが、ゴブリンキングが発見された時点で、本来であれば国を挙げての討伐になるのだから、その辺のドラゴン以上にやばい存在なんだよな。
そんなゴブ太は俺からの指示が出て焦っているようだ。先ほどの前進指示を出した咆哮から短時間で、もう一度部下たちに指示を出している。内容は簡単で「大王がお呼びだ! 命を捨てても前進しろ!」と無茶ぶりだ。そんなつもりはなかったのに尻を叩いた形になってしまったらしい。
……案外ゴルゴーンちゃんが色を付けた可能性も否めないな。
それからの彼らの動きは劇的に変化した。人間の体躯では絶対に出せない地面を響かす足音を鳴らしながら、猛烈な勢いで前進してきた。前進というか走っている。彼らに対峙していたシーレッド兵は数を減らしている事もあり、その勢いに押しつぶされていた。
俺を取り囲むシーレッド兵が襲ってくる様子がないのでつい眺めてしまうと、彼らは程なく俺の後方へとたどり着いた。
そして真っ先に亜人を率いるゴブ太君や幹部たちが俺の後方へと一列に並び膝を突いた。
戦場のノリだ。もうこの際、彼らが望む大王様でいこう。
「無茶をさせたようで悪かったな。だが、少ない時間で良く追いついた。数もさほど減らしていないようで何よりだ。良くやってくれたな」
彼らに視線を向けずにそう言えば、背後からは「お褒めの言葉ありがたき!」や「恐悦至極ッ!」などの熱い鳴き声が聞こえてきた。昔の少し頭の足りない彼らとは大違いだ。
そんなやり取りをしていると、シーレッド兵から声が上がっていた。
「あ、あの亜人達なんだよ……」
「ありえないだろ……見ろよあれ……オークジェネラルだぞ……」
比較的若いシーレッド兵がそう言うのが聞こえると、壮年のシーレッド兵がそれに反応していた。
「違うぞ……あれはオークウォーロードだ。俺がまだ若い時に討伐した事がある。その時は千匹の亜人に三千の兵で挑み、半数の死傷を持って討伐が出来たんだ。あれが率いる亜人は恐ろしく強いぞ……。だが、あの並びを見ろ。亜人は序列を重んじる。オークウォーロードはあの中では一番ではない……。真ん中のあれは……ゴブリン……キングなのか……」
亜人と戦うのは軍の仕事の一つだけあって、やたらと詳しいがいるようだ。兵士の中には冒険者以上に亜人と戦っている者もいるからな。
ゴブリンキングの名前が出ると、シーレッド兵がざわついた。それほどにゴブリンの王の出現はインパクトがあるのだろう。
「な、何で亜人達は魔槍に膝を突いてるんだ……。なあ、あいつは……人間なのか……?」
その言葉でゴブリンキングの名が出た以上に場がざわめき始めた。
まあ、敵がどう思うかなんて最早どうでも良い。
今シーレッド兵と亜人軍は横並びで対峙している形だ。シーレッド兵の数は大分減らせたが、それでも全体の二割にも満たないだろう。
最弱のゴブリンやコボルト達が一段階進化して、ゴブ太の統率の力で一対一以上の戦いが行えるようになっている。それに、俺やスノアにポッポちゃん、そして亜人の幹部連中は一騎当千の力を持っているので、このまま正面を切って戦えるように思える。
だが、一度落ち着いた戦場だ。まずは一手打っておこう。
「聞けっ、シーレッドの兵よ! お前達に二つの選択をさせてやる。一つは大人しく投降をして奴隷となれ! これからのラングネルの礎を築く勤めを与えてやる。俺はこれを勧めるぞ。何せ生きる事が出来る。働きによっては解放も考えてやるぞ」
流石にこの数の人間を皆殺しにする事は、こちらの戦力的に難しい。
力的には問題ないだろうが、あの数が蜘蛛の子を散らすように逃げられたら、かなりの量を逃がすことになるだろう。
それは色々と不都合が出る。別にもう俺が亜人を自分の手駒として扱った事が広がろうがどうでも良い。ラングネルの戦いに参戦させた時点で、時間が経てばいずれ知れ渡る事だからだ。
問題は単純に逃げ出したこいつらが野党と化す事だ。だから皆殺しの選択しかないのだが、奴隷となるならば生かしてやるのも良いだろう。
俺の言葉にシーレッド兵が耳を傾けている。俺は更に続けた。
「二つ目は簡単だ。このまま俺たちと戦え。これを選択するならば、お前達に間違いなく死を与えてやる。多くの村を襲ったお前達のような下衆には似合いの最後だろう。まあ、それも間抜けに空振って火を放つ程度の事しか出来なかったみたいだけどな。それでも殺そうという意志を持って乗り込んできたんだ。まだやっていないは通用しない」
明らかに馬鹿にした言葉に、一部のシーレッド兵が俺に厳しい視線を送ってきた。
俺はその視線をあざ笑いながら更に続けた。
「俺としてはこいつらの糧となってくれるんだから、後者を選んでほしい。それはお前達の自由だ。だがな、どちらを選ぶにせよ、講和が行われている期間に王の許しを得ず進軍したお前達は、シーレッド王シージハードからどうにでもして良いとの言葉をもらっている。最早帰る場所のないお前らだ、もし勝てたとしてもどこに行くというのだ? 賢い選択をした方が身のためだぞ」
シージハードには出る前にラングネルに入った全てのシーレッド兵を俺の好きにしていいと言われていた。あの王の言葉なんて俺にとってはどうでも良い事だが、敵を揺さぶるには使えそうだし言っておこう。
王の名前を出したからか、シーレッド兵達の間に動揺が走った。今までそれほど声を上げずに話を聞いていた兵士達も打って変わって大きく騒ぎはじめた。
これはかなりの衝撃だったようで、一番のざわめきが起こった。
これほどの兵がこの時期に動いたのはおかしいとは思っていたが、やはり真実を知らずに連れてこられたのか。
敵が目の前にいる戦場だというのに、シーレッド兵は隣り合う味方と会話をはじめている。まあ、まだ時間は正午を回ってもいない。暗くなるには時間があるのだから、僅かな思量の時間ぐらいは与えてやろう。
それからしばらく、ざわめきが収まらないシーレッド兵を見ていると、ちょうど俺の正面にいるシーレッド兵の背後から騎乗した一団が前に進んできた。
俺の探知スキルはその存在が誰だか教えてくれている。その女は兵たちの先頭に立つと、俺へと視線を向け、つばを飲み込むような仕草をすると言った。
「み、皆の者、静まりなさい! その男の言葉を信じるのですか!? 亜人を引き連れて来るような男の言葉を! 見なさいあの姿を! 鮮血に染まったあの男が、正しい事を言っていると思うのですか!?」
俺の言葉をかき消すかのように、セラフィーナが必死の形相でそう叫んだ。
その凛とした声はざわめき立つ戦場でも不思議と通る。兵士達は一瞬で静まり返った。
ストレートの長い銀髪が風でなびき頬を撫でている。改めて見ると美しい顔立ちだ。体躯の良い馬に乗り、精巧な装飾の施された鎧姿を見ると、彼女が戦姫の名を持っているのだと認識をさせられた。
「久しぶりだな、セラフィーナ。お情けで逃してやったのに、また戦場に出てきたのか?」
俺が首を傾けながらそう言うと、セラフィーナが顔を強張らせた。
「黙りなさい! 全く忌々しい男! ドラゴンの次は亜人を引き連れてきたの!?」
俺に向かって叫んだその言葉は若干震えを持っていた。
気丈に振る舞っているようだが、どこか不安定な印象を受ける。
俺は若干不憫に思い、つい優しく声をかけてしまった。
「セラフィーナ……声が震えているぞ。怖いならもうやめろ」
「だ、黙りなさい! お前のような汚い手を使う男が私に意見をするな!」
これで応じるならば慈悲を与えるかと一瞬頭によぎったが、セラフィーナは怒りに満ちた表情を見せると癇癪を起こしたかのように叫んだ。
「セラフィーナ、これが最後の選択だ。全軍に投降命令を出すのであれば、まだお前の今後を考えてやる。だが、俺に逆らうようであればお前の運命は終わりを迎えると思え。よく考えて選択しろ。もう一度言う、これが最後だぞ」
俺が一語一句分かりやすく言ってやると、セラフィーナはカッとした表情をして口を開いた。
「叔父様を奪ったお前に、誰が投降をするっていうの! どうせ汚く私を騙すのでしょ! 皆の者ッ! 殺しなさい! あの男を殺しなさい! それを成した勇者には、私の全てを与えます! 富と名誉でも、この体でも好きにしなさい!」
その言葉にシーレッド兵が色めき立った。
王国の姫でありあれ程の美女だ。戦場で猛る男達は、誰もが一度は手にしたいと夢に思った事だろう。女たちも同じく目の色を変えている。彼女達も王宮での暮らしを夢を見たことぐらいはあるだろう。
ギラつく視線が俺に突き刺さる。先程まで怯えを見せていた人間とは思えない瞳だ。投降をしようと動き出していた奴らも足を止めて俺を見ている。
……どの世界でも欲望は心を惑わすのは同じか。
「なるほど……その選択をするのか。ははっ、ならば相応の対応をしよう。 ゴブ太ッ! 改めて命令を下せ! 敵は殲滅だ! 残らず喰らい尽くせ!」
俺がシーレッド兵に指をさしながらそう叫ぶと、後方からは亜人達の鳴き声が一斉に鳴り響いた。
その声は歓喜だ。これから始まる狂乱の戦いに喜び、満ち溢れている。
ゴブ太の咆哮で亜人達が動き始めた。その動きは統制が取れており、まるで訓練された軍隊のようだ。野性的な殺気を醸し出しながらも、今さっき進化したばかりのホブゴブリン達が、一糸乱れぬ隊列を組み進み始めた。
俺はそれを見て上空にいるスノアとポッポちゃんに指示を出す。
「ポッポ! スノアッ! 敵の後方に回り、逃走する奴を確実に足止めしろ! だが、出来る限り殺すな! こいつらは俺の軍勢の餌だからな!」
ポッポちゃんとスノアは、俺の言葉を聞くと短く鳴いてシーレッド兵の後方へと飛んでいった。スノアはいるだけで威圧感を与えるし、弾丸のような速度を持つポッポちゃんに目を付けられた、この広い草原にいたらまず逃げる事は出来ないだろう。
まあ、それでも多くを逃してしまうだろうが、それは仕方がないと思うしかない。
「さて、セラフィーナ。お前は俺が直接相手をしてやる。だから出せ。お前の持っているアーティファクトを。それはもう俺の物だ」
「……叔父様との思い出を奪われると分かっていて、出してたまるかッ!」
「何だ、もう敗北する気なのか?」
「黙れッ! 黙れッ! 黙れッ! お前達、行きなさい!」
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