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第九章 戦役
二十三話 メルレイン
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戦いは終始エゼル王国側が押す展開となった。それも当然だろう。シーレッド王国全軍を指揮するはずだった、メルレインがいなくなっているのだ。既にもうシーレッドの主軸部隊はシヴァルの街へと引っ込んでしまった。
今頃は、メルレインの内応だけではなく、ヴォロディアがブレスで四散し、シーレッド王国の勇者リースが、エゼルの勇者フリッツに首根っこを掴まれて捕獲された事を知ったはずだ。
そんな戦いは、現在攻城戦へと移行し始めている。俺の出番は特になさそうなので、一人と一羽を連れて、戦場から少し離れた場所を歩いていた。
「で、実際シーレッドの王子様ってのはどうなんだ?」
俺は隣を歩くヴィンスに話しかけた。左隣に地面を突きながら歩くポッポちゃんを、右隣には飄々と様子で歩くヴィンスを従えている。
「良くも悪くも自分の力を過信してない人ですね。自分の力を分かったうえで、何も言わずに全てを我々に任せてましたから。だけど、そのツケが回ってきたんですかね。メルレインがいなくなったら何も出来てませんよ」
ヴィンスとしては悪い事を言っているといた様子はないのだが、元自分の国の王子様に対して、なかなか厳しい意見を言う。
「シーレッドが負けているのに、あまり気にしないんだな」
「まあ、俺らは結構損な役回りをさせられてましたからね。別に恨むわけじゃないんですが、実際この立場になってみると分かりましたよ。俺は国じゃなくて地元とか、そういう物に心を置いていたんだってね」
「なるほどな、じゃあヴィンスの地元とかが戦場になりそうなら言ってくれ。王に進言する」
「その時は遠慮なく言わせてもらいますわ。でもね、多分もう戦いは終わってそうですよ。情報じゃ樹国が進軍済みみたいですからね」
「あぁ、シーレッド北東部なのか。まあ、あの国ならそこまで酷い事はしないと思うけど」
「そうですね。俺もそう思います。でも、俺はあの国の人間、結構殺しちゃってんですよね」
ヴィンスは気楽にそう言った。若干の罪悪感を抱いているのだろうが、それらは既に自分の中で消化しているのだろう。
「まあ、それはねえ……。俺も心当たりあるから何となく分かるけどさ。でも、その姿を知っているのはごく少数なんだろ? だったら、そこまで気にしないでいいと思うんだけどな。シーレッド側からしたら、ヴィンスは俺に殺される事になってるっぽいし」
捕縛されたシーレッドの隊長クラスからもたらされた話では、ヴィンスは既に殺されたと判断されているらしい。この情報を持っていたのは、かなり上の隊長格だけだった。
「それにしても、メルレインがこうも簡単にシーレッドを離れるとはね。アイツに思い人がいる事は仕事柄知ってましたが、ここまで女に弱いとは知らなかった。戦線から離脱したと聞いた時は、本当に笑っちゃいましたからね」
ヴィンスは相当面白く思っているのか、笑顔でそう言った。
「彼女の方を知ってるが、かなり思われているみたいだからな。うらやましい限りだ」
「何言ってんですか、俺からしたら旦那の方が羨ましいですよ」
「あぁ、そうだろ。俺の彼女は可愛からな」
俺が照れる事なく返事をすると、ヴィンスは肩を窄めた。彼との会話は気軽に出来ていいな。
それからも他愛もない会話を続けていると、目的付近の林に差し掛かった。本来であれば、馬などを飛ばすのだろうが、今日はほとんど体を動かしていないので、いい運動になった。
林に入ると、ポッポちゃんがキョロキョロと辺りを窺いだした。
「ポッポちゃん、あっちにいるかな?」
俺の探知では、この森にいる人物たちを捉えているが、ポッポちゃんはまだ詳細な情報を得ていないようだ。獲物を探す目をして「待つのよ、主人……」とクルゥ……と鳴いている。
少し林の中を歩くと、ポッポちゃんの視線が一点に集中しだした。そして、俺を見上げると「いたのよ! いくのよ!」とクゥッ! と鳴いてその方向へと走り出した。
「ポッポさん、俺より探知能力高くないですか……?」
呆れ顔のヴィンスがそう言った。彼の探知スキルでは、まだこの林に潜んでいる奴らを捉えていないのだろう。
「ちなみに、戦闘能力も高いからな。ポッポちゃんには逆らうなよ」
「奴隷だから手出し出来ませんって。てか、ポッポさんは本当に何なんですか? 古竜ならぬ古鳩ですかね?」
ヴィンスにはポッポちゃんがどんな存在なのか、完全には教えていない。彼の中では当分の間は、ミステリアスなメス鳩ポッポちゃんでいてもらおう。
走り出したポッポちゃんを追いかける。ポッポちゃんは早いのだが、時たま地面を突いては、何かを食べようとしているので、簡単に追いついた。
それから少し林の奥に入ると、開けた場所が見えてきた、そこには黒い鎧に身を包んだ、兵士の一団が身を潜めていた。
俺たちが近付くと、一瞬彼らは殺気だった。だが、その中から一人の男が進み出てくると、それはすぐに収まった。
こちらに近付いてきたメルレインが口を開いた。
「失礼ながら最初に聞きたいのですが、ラーレ様はご無事なのですね?」
「もちろん。彼女は今、王の近くで守られていますよ」
「そうですか……。では、改めてまずは自己紹介を。メルレインと申します」
メルレインは丁寧なしゃべり方をしてそう言った。
「ゼンです。今回は、話に応じてくれて礼を言います」
「こちらこそ、ラーレ様たちを幽閉から救っていただきありがとうございます」
うむ、とても真面目な奴って感じだ。こんな感じの奴を相手していると、前世のサラリーマン時代を思い出す。
挨拶が終わると、メルレインは俺の隣にいるヴィンスに視線を送った。
「……生きていましたか。一つ聞きますが、ヴィンスは前々から内応していたのですか?」
メルレインは表情一つ変えずにそう言った。そこには特に怒りの感情などは見られない。
「まさか。この前暗殺してこいって言われた時に捕まって、今じゃこれだよ」
おどけた様子のヴィンスは服をめくると、メルレインに奴隷紋を見せた。
「彼は無傷のようですが、もしかして貴方ほどの力を持ってしても、一撃も与えられなかったのですか?」
「それがな……仕掛ける前にばれた。必死に逃げたんだが、どうもこの旦那にはアーティファクトの力が効きにくいらしい。そういえば、追っかけられたなんていつ以来だ……?」
二人は仲よさそうな雰囲気で会話をしている。ヴィンスが言っていた、生真面目だが話の分かる良い奴ってのは本当らしい。
メルレインは視線を俺に戻すと言った。
「それで、ラーレ様を解放していただく条件ですが……。細かい事はともかく、私が貴方の部下になれば良いのですか?」
「基本的にはそうですね。シーレッドとの戦に出ろとは言いませんから、五年ほど俺の近くにいてください」
「……それは、トゥース様をお助けする事は出来ないという事でしょうか?」
「その程度なら許可しますが、それはシーレッドとの戦が終結してからですかね。でも、貴方たちはカフベレの地では裏切り者ですよね? 突然現れて協力させてもらえます?」
「それは……しかし、ラーレ様をお連れすれば……」
「まあ、それに関しては、シーレッドの今後が影響するのですから、今する話ではないですね。とにかく、私の部下として働くのであれば、ラーレ様と今夜にでも楽しく過ごせます」
俺の言葉にメルレインは一瞬目を見開いた。
「ラーレ様と楽しくはともかく……既にシーレッドから離脱したのですから、貴方の話を飲むつもりです。今日から私を含め、この黒騎竜隊は、貴方の物になりましょう」
「いい返事が聞けてうれしいですよ。それじゃあ、今後は部下として扱う。よろしく頼む」
「ハッ! 今後は主と呼ばせていただきます。それで、当面の私の仕事はなんでしょうか?」
「あぁ、それなんだけど、当分は俺の弟に戦術を叩き込んでもらうつもりだ。というか、それを第一に考えて、メルレインを手に入れようと動いたんだからな。頼んだぞ?」
「は……?」
メルレインは戦場に出ろとでも言われると思っていたのか、驚いた表情をして固まった。隣にいるヴィンスはそんな表情をしたメルレインが珍しいのか、彼もまた驚いた顔を見せていた。
こうして、メルレインとその一団は晴れて俺の部下となる事で話はまとまった。
何時までのこの場所にいても仕方がないので、彼らを連れてエゼル陣営に戻る事にした。帰りはメルレインの部下が引く騎竜に乗せられたので楽ちんだ。この騎竜はドラゴンの中でも弱い部類で、小型の肉食恐竜のような姿をしている。体を触ってみると、大型のドラゴンだが比較的ウロコの薄いスノアと比べても柔らかく感じる。多分、鉄の装備で十分に戦える硬さだろう。色は何種類かいるみたいで、この部隊では薄黒い色をした騎竜が多い。俺が乗っているのもそんな一頭で、背中には申し訳程度の翼がついていた。
移動中にはヴィンスを交えて色々な話をしていく。その中で一番彼が気にしていたのは、当然カフベレの話だった。
「主……本当に私を手に入れるためだけに、タヒルを排除してラーレ様たちを救ったのですか……?」
「だから、そうだって言っただろ。当時の俺にとってカフベレは何の縁もない土地だったんだから、王族を助ける意味なんてないだろ。まあ、あの地で少しでも混乱が生まれれば、とは考えたけどさ」
メルレインは、改めてラーレたちを軟禁から解放した理由を聞いて、驚きの声を上げた。それにしても、ちょっと言い方が怪しい。教国の勇者が聞いていたら、絶対にニヤニヤしながら寄ってきそうな言い方だ。
メルレインはまだ納得がいっていないのか、険しい表情をして俺を見つめている。人族と比べると屈強な男が多いイレケイ族の中では、体は細く、女顔の部類に入る彼に見つめられると、少し落ち着かない。うむ、女子の気持ちが少しわかったぞ。……いや、分かったら駄目か。アイツと同類にだけはなりたくない!
心の中に一瞬生まれた感情を精一杯振り払っていると、並んで騎竜に揺られているヴィンスが言った。
「いやいやいや、メルレインも旦那もそんな話してないで、ダンジョン攻略の話の方が大事でしょ!? 四つも攻略したって本当ですかい!?」
元冒険者だけあって、ヴィンスはダンジョン攻略の話が気になったらしい。
「ダンジョン攻略は本当だぞ。ほれ、これが取ってきたアーティファクト」
ダンジョンで手に入れたアーティファクトを見せてやると、ヴィンスはうぉぉと唸りながらアーティファクトに見入っていた。
「あと、君らになら話しても大丈夫か。この子、加護持ちだから、怒らせたら駄目だぞ」
追加で馬の頭の上で座っているポッポちゃんを撫でながらそう言うと、俺の声が聞こえている範囲にいる人間すべての視線が、ポッポちゃんへと向けられた。
ポッポちゃんはいきなり多くの人間に見られた事に驚いたのか、一瞬体をビクリと震わせた。だが、すぐに何故見られているのか分かったのか、馬の頭の上ですくりと立ち上がると、両翼を大きく広げて美しい翼を見せつけた。
「うんうん、ポッポちゃんはいつでも綺麗だねー」
俺が褒めながら頭を撫でてやると、「そうなのよ! あたしは綺麗でしょ! だから、人間はみちゃうのよ!」とクルゥクルゥと機嫌よく鳴いていた。完全に勘違いしているけど、嬉しそうだから教えないでいいか。
「はぁ……って事は、聖女も獣姫も加護持ちって事ですか……。てっきり、アーティファクトの力とでも思ってましたよ」
「そうだな。……まあ、今後は一緒にいる事が多い。どうせ分かると思うから先に言っておくが、俺の周りで加護を持つ人物は、俺を含めて六人はいるな。あっ、ポッポちゃんも当然入ってるからねー」
ポッポちゃんの小さい頭を撫でながら話を続けると、ヴィンスもメルレインもその周りにいる黒騎竜隊の面々も、みんなして口を開けて驚いた。この世界の常識的に考えたら、明らかに異常な状態だから当然そうなるよな。これで、俺とポッポちゃんが複数加護持ちだと知られたら、もっと驚くんだろうな。まあ、それはその時のお楽しみとしてとっておこう。
「……大将軍が手も足も出なかったというのが、やっと理解出来ました。エゼルに、いや……主に手を出した時点でシーレッドの運命は決まっていたという事ですか……」
メルレインが深刻そうに言うと、ヴィンスがそれに続いた。
「ヴォロディアは古竜のブレスで吹き飛び、リースはエゼルの勇者に捕縛されたって話だ。現状でシーレッドに残る将軍は、マリウス様だけか……。あの方はボケちゃってもう戦えないしなあ」
「シーレッドの半数を投入した兵も、この戦いで大半を失うでしょう。もはや、シーレッド王の野望は尽きましたね。人質を取られていたとはいえ、一度は肩入れした国の敗北が決まったのは、微妙な気持ちですね」
メルレインとヴィンスの二人は、まるで飲み屋のカウンターで話しているかのような雰囲気で語り合っている。いやだな、自分の会社が倒産しそう、みたいな感じ出てるじゃん。
まあ、そんな話もすぐに終わると、メルレインは姿勢を正すと口を開いた。
「ところで主、私はヴィンス同様、奴隷にならないで良いのですか? その方が何かと安全だと思いますが」
「ヴィンスは先日の戦いでは直接相手をしている。それに、その性質や、一度は俺の命を狙った立場上、奴隷の方が色々便利だから当分はこの扱いなだけだ。メルレインが自分からなりたいと言うならそうするけど、俺は不要だと思ってるよ。だって君は、ラーレ様を失うことや、復興の兆しが見えはじめたカフベレ国を滅ぼされても良いと思えるほど、俺に害をなしたいとは考えていないだろ?」
「……失言でした。お許しください」
自分から奴隷になった方が良いと言うのだから彼に悪意はないのだろう。しかし、その気がないのであれば言葉を口にする事は間違いだ。ヴィンスもいる事だし、最初にガツンと言っておいた方が良いと思い、俺もかなり過激に言っている。だが、状況によってはゴブ太君たちを引き連れて、あの国を滅ぼす事も嘘ではない。メルレインを見る限り、そんな心配はいらないだろうけど。
「まあ、まあ、何はともあれ、俺たちは沈む船から脱出できたって事だ。俺は早く奴隷から解放されるように、旦那に心からお仕えしますよ」
ヴィンスが場を和ますためにそう言うと、顔を伏せていたメルレインが笑顔を見せた。
「主、私もヴィンスと共にお仕えします」
メルレインはそう言うと、ゆっくりと頭を下げた。
「分かった……。俺も少し言い過ぎた。発言を詫びよう。さて、早く戻ろう。いい加減腹が減ってきたし、メルレインも早く会いたいだろ?」
「そうですね。正直なところ今すぐにでも駆け出したい思いです」
「なら、黒騎竜隊に命を出せ。急いでエゼルと合流だ!」
初の命令が、女に会いたい部下の為になるとは、何とも締まらない。でも、それは俺にとっては毎度の事だ。俺は心の中で笑いながら、速度を上げた騎竜に身を委ねたのだった。
今頃は、メルレインの内応だけではなく、ヴォロディアがブレスで四散し、シーレッド王国の勇者リースが、エゼルの勇者フリッツに首根っこを掴まれて捕獲された事を知ったはずだ。
そんな戦いは、現在攻城戦へと移行し始めている。俺の出番は特になさそうなので、一人と一羽を連れて、戦場から少し離れた場所を歩いていた。
「で、実際シーレッドの王子様ってのはどうなんだ?」
俺は隣を歩くヴィンスに話しかけた。左隣に地面を突きながら歩くポッポちゃんを、右隣には飄々と様子で歩くヴィンスを従えている。
「良くも悪くも自分の力を過信してない人ですね。自分の力を分かったうえで、何も言わずに全てを我々に任せてましたから。だけど、そのツケが回ってきたんですかね。メルレインがいなくなったら何も出来てませんよ」
ヴィンスとしては悪い事を言っているといた様子はないのだが、元自分の国の王子様に対して、なかなか厳しい意見を言う。
「シーレッドが負けているのに、あまり気にしないんだな」
「まあ、俺らは結構損な役回りをさせられてましたからね。別に恨むわけじゃないんですが、実際この立場になってみると分かりましたよ。俺は国じゃなくて地元とか、そういう物に心を置いていたんだってね」
「なるほどな、じゃあヴィンスの地元とかが戦場になりそうなら言ってくれ。王に進言する」
「その時は遠慮なく言わせてもらいますわ。でもね、多分もう戦いは終わってそうですよ。情報じゃ樹国が進軍済みみたいですからね」
「あぁ、シーレッド北東部なのか。まあ、あの国ならそこまで酷い事はしないと思うけど」
「そうですね。俺もそう思います。でも、俺はあの国の人間、結構殺しちゃってんですよね」
ヴィンスは気楽にそう言った。若干の罪悪感を抱いているのだろうが、それらは既に自分の中で消化しているのだろう。
「まあ、それはねえ……。俺も心当たりあるから何となく分かるけどさ。でも、その姿を知っているのはごく少数なんだろ? だったら、そこまで気にしないでいいと思うんだけどな。シーレッド側からしたら、ヴィンスは俺に殺される事になってるっぽいし」
捕縛されたシーレッドの隊長クラスからもたらされた話では、ヴィンスは既に殺されたと判断されているらしい。この情報を持っていたのは、かなり上の隊長格だけだった。
「それにしても、メルレインがこうも簡単にシーレッドを離れるとはね。アイツに思い人がいる事は仕事柄知ってましたが、ここまで女に弱いとは知らなかった。戦線から離脱したと聞いた時は、本当に笑っちゃいましたからね」
ヴィンスは相当面白く思っているのか、笑顔でそう言った。
「彼女の方を知ってるが、かなり思われているみたいだからな。うらやましい限りだ」
「何言ってんですか、俺からしたら旦那の方が羨ましいですよ」
「あぁ、そうだろ。俺の彼女は可愛からな」
俺が照れる事なく返事をすると、ヴィンスは肩を窄めた。彼との会話は気軽に出来ていいな。
それからも他愛もない会話を続けていると、目的付近の林に差し掛かった。本来であれば、馬などを飛ばすのだろうが、今日はほとんど体を動かしていないので、いい運動になった。
林に入ると、ポッポちゃんがキョロキョロと辺りを窺いだした。
「ポッポちゃん、あっちにいるかな?」
俺の探知では、この森にいる人物たちを捉えているが、ポッポちゃんはまだ詳細な情報を得ていないようだ。獲物を探す目をして「待つのよ、主人……」とクルゥ……と鳴いている。
少し林の中を歩くと、ポッポちゃんの視線が一点に集中しだした。そして、俺を見上げると「いたのよ! いくのよ!」とクゥッ! と鳴いてその方向へと走り出した。
「ポッポさん、俺より探知能力高くないですか……?」
呆れ顔のヴィンスがそう言った。彼の探知スキルでは、まだこの林に潜んでいる奴らを捉えていないのだろう。
「ちなみに、戦闘能力も高いからな。ポッポちゃんには逆らうなよ」
「奴隷だから手出し出来ませんって。てか、ポッポさんは本当に何なんですか? 古竜ならぬ古鳩ですかね?」
ヴィンスにはポッポちゃんがどんな存在なのか、完全には教えていない。彼の中では当分の間は、ミステリアスなメス鳩ポッポちゃんでいてもらおう。
走り出したポッポちゃんを追いかける。ポッポちゃんは早いのだが、時たま地面を突いては、何かを食べようとしているので、簡単に追いついた。
それから少し林の奥に入ると、開けた場所が見えてきた、そこには黒い鎧に身を包んだ、兵士の一団が身を潜めていた。
俺たちが近付くと、一瞬彼らは殺気だった。だが、その中から一人の男が進み出てくると、それはすぐに収まった。
こちらに近付いてきたメルレインが口を開いた。
「失礼ながら最初に聞きたいのですが、ラーレ様はご無事なのですね?」
「もちろん。彼女は今、王の近くで守られていますよ」
「そうですか……。では、改めてまずは自己紹介を。メルレインと申します」
メルレインは丁寧なしゃべり方をしてそう言った。
「ゼンです。今回は、話に応じてくれて礼を言います」
「こちらこそ、ラーレ様たちを幽閉から救っていただきありがとうございます」
うむ、とても真面目な奴って感じだ。こんな感じの奴を相手していると、前世のサラリーマン時代を思い出す。
挨拶が終わると、メルレインは俺の隣にいるヴィンスに視線を送った。
「……生きていましたか。一つ聞きますが、ヴィンスは前々から内応していたのですか?」
メルレインは表情一つ変えずにそう言った。そこには特に怒りの感情などは見られない。
「まさか。この前暗殺してこいって言われた時に捕まって、今じゃこれだよ」
おどけた様子のヴィンスは服をめくると、メルレインに奴隷紋を見せた。
「彼は無傷のようですが、もしかして貴方ほどの力を持ってしても、一撃も与えられなかったのですか?」
「それがな……仕掛ける前にばれた。必死に逃げたんだが、どうもこの旦那にはアーティファクトの力が効きにくいらしい。そういえば、追っかけられたなんていつ以来だ……?」
二人は仲よさそうな雰囲気で会話をしている。ヴィンスが言っていた、生真面目だが話の分かる良い奴ってのは本当らしい。
メルレインは視線を俺に戻すと言った。
「それで、ラーレ様を解放していただく条件ですが……。細かい事はともかく、私が貴方の部下になれば良いのですか?」
「基本的にはそうですね。シーレッドとの戦に出ろとは言いませんから、五年ほど俺の近くにいてください」
「……それは、トゥース様をお助けする事は出来ないという事でしょうか?」
「その程度なら許可しますが、それはシーレッドとの戦が終結してからですかね。でも、貴方たちはカフベレの地では裏切り者ですよね? 突然現れて協力させてもらえます?」
「それは……しかし、ラーレ様をお連れすれば……」
「まあ、それに関しては、シーレッドの今後が影響するのですから、今する話ではないですね。とにかく、私の部下として働くのであれば、ラーレ様と今夜にでも楽しく過ごせます」
俺の言葉にメルレインは一瞬目を見開いた。
「ラーレ様と楽しくはともかく……既にシーレッドから離脱したのですから、貴方の話を飲むつもりです。今日から私を含め、この黒騎竜隊は、貴方の物になりましょう」
「いい返事が聞けてうれしいですよ。それじゃあ、今後は部下として扱う。よろしく頼む」
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「あぁ、それなんだけど、当分は俺の弟に戦術を叩き込んでもらうつもりだ。というか、それを第一に考えて、メルレインを手に入れようと動いたんだからな。頼んだぞ?」
「は……?」
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こうして、メルレインとその一団は晴れて俺の部下となる事で話はまとまった。
何時までのこの場所にいても仕方がないので、彼らを連れてエゼル陣営に戻る事にした。帰りはメルレインの部下が引く騎竜に乗せられたので楽ちんだ。この騎竜はドラゴンの中でも弱い部類で、小型の肉食恐竜のような姿をしている。体を触ってみると、大型のドラゴンだが比較的ウロコの薄いスノアと比べても柔らかく感じる。多分、鉄の装備で十分に戦える硬さだろう。色は何種類かいるみたいで、この部隊では薄黒い色をした騎竜が多い。俺が乗っているのもそんな一頭で、背中には申し訳程度の翼がついていた。
移動中にはヴィンスを交えて色々な話をしていく。その中で一番彼が気にしていたのは、当然カフベレの話だった。
「主……本当に私を手に入れるためだけに、タヒルを排除してラーレ様たちを救ったのですか……?」
「だから、そうだって言っただろ。当時の俺にとってカフベレは何の縁もない土地だったんだから、王族を助ける意味なんてないだろ。まあ、あの地で少しでも混乱が生まれれば、とは考えたけどさ」
メルレインは、改めてラーレたちを軟禁から解放した理由を聞いて、驚きの声を上げた。それにしても、ちょっと言い方が怪しい。教国の勇者が聞いていたら、絶対にニヤニヤしながら寄ってきそうな言い方だ。
メルレインはまだ納得がいっていないのか、険しい表情をして俺を見つめている。人族と比べると屈強な男が多いイレケイ族の中では、体は細く、女顔の部類に入る彼に見つめられると、少し落ち着かない。うむ、女子の気持ちが少しわかったぞ。……いや、分かったら駄目か。アイツと同類にだけはなりたくない!
心の中に一瞬生まれた感情を精一杯振り払っていると、並んで騎竜に揺られているヴィンスが言った。
「いやいやいや、メルレインも旦那もそんな話してないで、ダンジョン攻略の話の方が大事でしょ!? 四つも攻略したって本当ですかい!?」
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「ダンジョン攻略は本当だぞ。ほれ、これが取ってきたアーティファクト」
ダンジョンで手に入れたアーティファクトを見せてやると、ヴィンスはうぉぉと唸りながらアーティファクトに見入っていた。
「あと、君らになら話しても大丈夫か。この子、加護持ちだから、怒らせたら駄目だぞ」
追加で馬の頭の上で座っているポッポちゃんを撫でながらそう言うと、俺の声が聞こえている範囲にいる人間すべての視線が、ポッポちゃんへと向けられた。
ポッポちゃんはいきなり多くの人間に見られた事に驚いたのか、一瞬体をビクリと震わせた。だが、すぐに何故見られているのか分かったのか、馬の頭の上ですくりと立ち上がると、両翼を大きく広げて美しい翼を見せつけた。
「うんうん、ポッポちゃんはいつでも綺麗だねー」
俺が褒めながら頭を撫でてやると、「そうなのよ! あたしは綺麗でしょ! だから、人間はみちゃうのよ!」とクルゥクルゥと機嫌よく鳴いていた。完全に勘違いしているけど、嬉しそうだから教えないでいいか。
「はぁ……って事は、聖女も獣姫も加護持ちって事ですか……。てっきり、アーティファクトの力とでも思ってましたよ」
「そうだな。……まあ、今後は一緒にいる事が多い。どうせ分かると思うから先に言っておくが、俺の周りで加護を持つ人物は、俺を含めて六人はいるな。あっ、ポッポちゃんも当然入ってるからねー」
ポッポちゃんの小さい頭を撫でながら話を続けると、ヴィンスもメルレインもその周りにいる黒騎竜隊の面々も、みんなして口を開けて驚いた。この世界の常識的に考えたら、明らかに異常な状態だから当然そうなるよな。これで、俺とポッポちゃんが複数加護持ちだと知られたら、もっと驚くんだろうな。まあ、それはその時のお楽しみとしてとっておこう。
「……大将軍が手も足も出なかったというのが、やっと理解出来ました。エゼルに、いや……主に手を出した時点でシーレッドの運命は決まっていたという事ですか……」
メルレインが深刻そうに言うと、ヴィンスがそれに続いた。
「ヴォロディアは古竜のブレスで吹き飛び、リースはエゼルの勇者に捕縛されたって話だ。現状でシーレッドに残る将軍は、マリウス様だけか……。あの方はボケちゃってもう戦えないしなあ」
「シーレッドの半数を投入した兵も、この戦いで大半を失うでしょう。もはや、シーレッド王の野望は尽きましたね。人質を取られていたとはいえ、一度は肩入れした国の敗北が決まったのは、微妙な気持ちですね」
メルレインとヴィンスの二人は、まるで飲み屋のカウンターで話しているかのような雰囲気で語り合っている。いやだな、自分の会社が倒産しそう、みたいな感じ出てるじゃん。
まあ、そんな話もすぐに終わると、メルレインは姿勢を正すと口を開いた。
「ところで主、私はヴィンス同様、奴隷にならないで良いのですか? その方が何かと安全だと思いますが」
「ヴィンスは先日の戦いでは直接相手をしている。それに、その性質や、一度は俺の命を狙った立場上、奴隷の方が色々便利だから当分はこの扱いなだけだ。メルレインが自分からなりたいと言うならそうするけど、俺は不要だと思ってるよ。だって君は、ラーレ様を失うことや、復興の兆しが見えはじめたカフベレ国を滅ぼされても良いと思えるほど、俺に害をなしたいとは考えていないだろ?」
「……失言でした。お許しください」
自分から奴隷になった方が良いと言うのだから彼に悪意はないのだろう。しかし、その気がないのであれば言葉を口にする事は間違いだ。ヴィンスもいる事だし、最初にガツンと言っておいた方が良いと思い、俺もかなり過激に言っている。だが、状況によってはゴブ太君たちを引き連れて、あの国を滅ぼす事も嘘ではない。メルレインを見る限り、そんな心配はいらないだろうけど。
「まあ、まあ、何はともあれ、俺たちは沈む船から脱出できたって事だ。俺は早く奴隷から解放されるように、旦那に心からお仕えしますよ」
ヴィンスが場を和ますためにそう言うと、顔を伏せていたメルレインが笑顔を見せた。
「主、私もヴィンスと共にお仕えします」
メルレインはそう言うと、ゆっくりと頭を下げた。
「分かった……。俺も少し言い過ぎた。発言を詫びよう。さて、早く戻ろう。いい加減腹が減ってきたし、メルレインも早く会いたいだろ?」
「そうですね。正直なところ今すぐにでも駆け出したい思いです」
「なら、黒騎竜隊に命を出せ。急いでエゼルと合流だ!」
初の命令が、女に会いたい部下の為になるとは、何とも締まらない。でも、それは俺にとっては毎度の事だ。俺は心の中で笑いながら、速度を上げた騎竜に身を委ねたのだった。
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