アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-

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第九章 戦役

二十二話 第二戦目

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 馬上から辺りを見渡すと、周囲は武装した人、人、人。多くの種族が所属するエゼル王国兵には、人族や獣人族、エルフにドワーフなどの姿が多くあり、ポツポツと竜人族や樹人族の姿が見えている。
 各々が得意な武装に身を包んでいる。人族と獣人族は槍と盾を持ち、腰には剣を備えている姿が多い。エルフは弓兵が多く、ドワーフは斧などの重量武器を装備している。この辺りは、種族の特性が出ていて面白い。
 そんな兵士が見渡す限り広がっており、エゼル側だけで六万人以上の兵士がいる。

 対するシーレッド側もこちらと同数程度いるようだ。
 小高い丘の上から見渡していると、横に長く広がっているのが見える。その背後には一昨日侵入したシヴァルの街が見えていた。

 双方段々と戦の用意が出来ており、こちらからジリジリと近付いている形だ。だが、これだけの大人数になると、細かく指揮をするのも大変そうで、先ほどから罵声に近い大声が所々から聞こえていた。

 左陣にはレイコック様が指揮をする部隊が配置されている。主軸はラーグノックなどの領兵だが、王軍の一部も加えられている。右陣にはフラムスティード侯爵が配置されている。こちらも同じく領兵と王軍の混合部隊だ。そして、中央にはブラド様が陣取っている。ここは特に厚くなっており、大部分の王軍が配置されている。伯爵以下の諸侯もここに多数配置されていた。

 ここからでは分からないが、アニア達は中央の前線近くに配置されている。臨機応変に動けるように、前線とその後方部隊の間にいる。アニアには、セシリャとシラールドが付いている。シラールドが率いる千人の騎馬部隊をセシリャの加護で強化して、アニアの護衛とするのだ。

 その近くには、フリッツが率いる部隊と、スノアにまたがったヴィートがいるはずだ。
 彼らは今回、独自に動く遊撃隊として配置されている。
 昨日の作戦会議でフリッツからの嘆願があり、彼はシーレッドの勇者――あの杖を持った少年と勝負を付けさせてくれと言ったのだ。国同士の勇者が戦うのは、ある意味正しい形だという認識があり、その願いはあっさりと受け入れられた。

 そして、ヴィートの復讐も認められることになった。
 最初はヴィートの姿を見て、疑惑的な目を向けていた諸侯が多かった。
 だが、その正体を明かし、レイコック様が深々とヴィートに頭を下げたのを見ると、態度は一変して誰もが頭を下げる事態となった。
 あの時は、これが古竜の力か……と、この世界における古竜種の存在を改めて考えさせられた。
 まあ、当のヴィートは首の後ろで手を組んで困った顔を俺に向けてたんだけどね。
 という事で、フリッツはシーレッドの勇者リースを狙い、ヴィートはケンタウロスの男ヴォロディアを殺すという目的を持って動くことになっている。

 前回の戦いからまだ三日しか経っていないのに、戦いを仕掛けたのには訳がある。
 それは、ヴィンスからもたらされた情報で、シーレッド側が思った以上に兵士の回復に時間がかかりそうだと分かったからだ。まあ、普通に考えれば常識的な速度なのだが、こちらには常識外になっているアニアがいるために、比べ物にならなくなったんだよな……
 この戦いが終わったら、俺の可愛い聖女様には欲しい物でもプレゼントしてあげよう。

 これから戦場になる一帯を、腕を組んで見回していると、隣にいるアルンが声を掛けてきた。

「ゼン兄さん、メルレイン部隊が前に出てきました。こちらも対応をお願いします」
「おう、分かった。じゃあ、俺はラーレ様をお連れして前線まで行ってくる。すぐに戻るけど、遅くなったら後の事は頼んだぞ」
「任せてください。兄さんの策を必ず成功させます!」

 アルンに返事をして肩を叩いてやると、大きく頷いて応えてくれた。その表情には一切の笑顔がない。先日の戦いでは、良いところを見せられなかったからか、今回は気合の入れようが違うみたいだ。
 アルンには昨日の作戦会議で認められたある作戦を実行してもらう。アルンは馬にまたがると急いで後方に控えるエアの下へと向かっていった。

 さて、俺も早速動かないとな。
 これから俺は前線に赴き、メルレインの裏切りを誘発するためラーレの姿を見せにいく。
 馬の手綱を操って、近くで待機しているラーレに近付く。馬に乗る事は不慣れだが、貸し出された馬は賢く良く言う事を聞いてくれている。まあ多分、馬の頭の上に載っているポッポちゃんのお蔭だろうけど。馬は完全にポッポちゃんに怯えてるからな。

「ポッポちゃん、あまり馬にきつくしちゃ駄目だよ?」

 ポッポちゃんも分かっているだろうが、一応そう声を掛けてみると「主人のいうことをきかないのはダメなのよ!」とクルゥッ! と鳴いて翼をはためかせた。その所為で馬が体をビクリとさせたが、頭部にポッポちゃんの爪が食い込むと、一瞬で体を硬直させて静かになった。言葉は通じていないのだが、体で分からせるポッポちゃん凄い。

 そんな俺たちのやり取りを見ているラーレに、俺は手を差し伸べて声を掛けた。

「それでは、ラーレ様参りましょう」
「分かりました。っと! ……何だか不思議だわ」

 手を掴んで持ち上げると、ラーレは身軽に飛び上がり俺の前へと跨った。そして、思案深げに遠くを見た。
 一瞬、高レベルになった自分の体が身軽な事に不思議がったのかと思ったが、視線の先は戦場を見ている。

「何が、不思議なのですか?」
「だって、これから前線に向かうのですよね? なのに、全く緊張というか、恐怖というか、そういう物がないのですもの。それって、おかしいでしょ?」
「メルレインにこれから会えますからね。その所為で心が高ぶって恐怖心を抑え込んでいるのですよ」

 俺の返事に、ラーレは驚いた顔をしてこちらを振り向いた。一見するときつそうな顔をしているが、ハッキリとした顔立ちは美しい。そんな顔が近くにあると、少し緊張をしてしまった。

「貴方……分かっていないの? 貴方が近くにいるから安心できるのよ? もう、真なる勇者様は意外に鈍感なのね」

 ラーレは笑いながらそう言うと、俺から目線を外して前を見た。今の言葉に俺に対する恋慕などない事は分かっているが、魅力的な仕草で勘違いをさせられそうだ。
 馬を進めて前線に近付くと、段々と熱量が高くなっているような気がしてくる。戦いを前にした人たちは、それほどに高ぶっていた。部隊と部隊の隙間だというのにこれなんだから、実際に中に入ったらその熱に俺も飲まれてしまいそうだ。

 馬はすぐに最前線へと導いてくれた。目の前にはもうエゼルの兵士はいない。少し向こう側に街を背にしたシーレッド兵が立ち並ぶ姿があった。だが、距離はまだある。そして、相手に動きはない。動きのない相手を見ていると、目に見えない川でもあるのではないかと思えるほどだった。
 しかし、こちら側からはジリジリと近付いている事が、背後から迫る兵士の壁で分かった。

 俺たち二人がシーレッド側に見える位置に立ちしばらくすると、黒い鎧を身に纏った一団が見えてきた。少数だが中央に位置する人物を守るように動いている。

「あぁ……分かるわ。メルレインがあそこにいる……」

 ラーレは当然あの部隊の事は知っている。そして、部隊が今守護している人物が誰なのかも知っている。自分の思いを寄せる男がそこにいる事に感極まったのか、口に手を当てると誰に言うでもなく言葉を漏らした。

「顔の確認が出来るぐらい前に出ます。しかし、何があるかは分かりませんから、手綱はちゃんと握っていてください」

 メルレインに向けた手紙には、カフベレの地を治めていたタヒルを排除した事、トゥースを盟主としたカフベレ国が立ち上がった事、今ラーレが俺の手の中にある事を書いた。そして、手紙の最後にはラーレが欲しければ、シーレッド王国軍から離れて俺の配下になれと書いてある。
 あえてエゼルに裏切れとは書かなかった。ラーレの話では義理堅いメルレインを動かすには、自分を人質として扱った方が良いだろうとの事だからだ。一歩間違えば勘違いをされそうな気もするから、ちょっと考えたけど、後でヴィンスにも話を聞いたらその方がいいだろうと言っていたから大丈夫そうだ。

 ちなみにヴィンスの奴は今回はお留守番をさせている。幾ら何でも先日まで味方だった奴らを殺せとは、俺もなかなか言いづらい物がある。それに、彼は当分俺の下にいるのだ。だったら、心の整理が付くまではあまり酷い扱いをする気はないからね。

 馬をゆっくりと進めると、それに合わせて向こうも近付いてきた。もう既にお互い顔を認識出来る距離まで来ている。
 ラーレはメルレインの顔を見ると肩を震わせ始めた。俺はその肩に手を置き声を掛けた。

「ラーレ様、向こうも分かったみたいですから、ここから離れます」
「ほ、本当にメルレインは私を分かったの?」

 涙を流すラーレがこちらを振り返った。その仕草は年齢よりも幼く見えた。本当にラーレがメルレインの事を思っているのだと、何だか優しい気持ちになってしまう。俺はそんなラーレを安心させるために言った。

「大丈夫ですよ。メルレインは貴方を見ると、厳しい目で俺を睨みましたからね。あれは絶対に嫉妬してますよ。俺の女を前に乗せやがって! ってね」

 俺がおどけた調子で言うと、ラーレは驚いた表情をした。そして、突然噴き出すとその表情には穏やかな笑みが浮かんだ。

「やだ、あのメルレインが嫉妬っ!? 嘘でも嬉しいわ」

 どうやらメルレインはその手の態度を見せた事がないらしい。まあ、アイツのさっきの顔は嫉妬というよりかは、怪しい敵の男に自分の女が捕えられたと思っていそうだったからな。
 まあとにかく、これで相手の出方次第になった。後はメルレインがどう動くかだけだろう。

 馬を返してエゼル側に戻り始めると、向こうは急いでシーレッド側へと戻っていった。そして、こちらが前線に戻る前にシーレッド側に大きな動きが見えた。百騎程度の軍団がエゼルとシーレッドの間に躍り出てきた。そして、躊躇することなく双方を隔てているど真ん中を横切り、何処かへ移動していってしまった。シーレッド側の様子を細かく見る事は出来ないが、誰もが知っているであろう黒い騎兵たちが戦いから離れた事に、少なからず動揺があるようだ。驚きの声がこちらまで伝わってきた。

「ラーレ様、メルレインが内応に応じました。これで今日の夜にでもイチャイチャ出来ますね」
「……嬉しいけど、その言われ方は嫌なんですけど……」
「はは、これは失礼を」

 思った通りに事が進み、つい口が滑ってしまった。ラーレの俺を見る目がエロ親父を見るそれだ。
 しかし、これでメルレインがシーレッドから離れた事は確定しただろう。智将との事だから、もしかしたら策を弄しているかもしれないが、もうそうであれば可哀そうだが消えてもらうまでだ。その時はカフベレ国との関係が怪しくなりそうだが、遠方の地だし気にしないでおこう。
 笑顔のラーレを見ながら、俺はそんな事を考えた。

 メルレインの動きは確認出来たので、馬を走らせ自軍に戻る。その途中で指示でも出たのか、エゼル軍の動きが活発になってきた。味方だと分かっていても、六万近い人間が戦うためにこちらに向かってくる光景は少し戸惑ってしまう。それはラーレも同じようで、手綱を握る手に力が入っていた。

 部隊と部隊の間を抜けてエゼル軍後方へとたどり着く。馬から下りてエアの下へと向かうと、そこではエアを中心として多くの人間が集まっていた。ほとんどが諸侯の側近などで伝令役を受け持っている人物だ。
 そして、エアの隣にはアルンの姿がある。兵士が広げた地図を前にして時折目を閉じていた。アルンは俺に気付いたのか、視線がこっちらに向いた。俺は軽く手を上げながら声をかけた。

「動き始めたのは、メルレインの動きを見たんだろ?」
「はい、メルレインさんの部隊は、少し離れた場所で待機をしています。周辺には何もなさそうなので、話に応じてくれたんだと思います」

 アルンの加護の力でメルレインの動きを確認したエゼル軍が動き出したようだ。アルンは俺に返事を返すと、すぐに目を閉じて集中をしだした。そして、何かを見つけたのか、地図を指さすと周囲にいる諸侯や騎士たちが慌ただしい様子で指示を出し始めた。
 俺がそんな彼らに近付くと、エアが俺を見て頷いた。

「ゼン、良くやってくれた。ラーレ殿も手数をかけた。後はこちらで待機してほしい」
「承知いたしました。お心遣い痛み入ります」
「そう畏まらないでほしい。後でメルレイン殿と話をさせて頂こう。メリル、後は頼んだ」
「畏まりました、エリアス様。さあ、ラーレ様、こちらへ」

 エアの隣に陣取っていたメリルちゃんが、ラーレを連れて行ってくれた。彼女は戦場までエアを追っかけてきたというのだから、結構度胸が据わってるよな……。それにしても、可愛くなり過ぎだろ……。いや、アニアもジニーも同じぐらい可愛いけど。
 ラーレはここで待機することになる。ここが一番安全だからだ。シーレッドの暗殺者の存在が消えた事により、暗殺の心配はほとんどなくなった。だが、それでも王周辺の守りは堅い。多くの騎士が控えているし、ここにはアーティファクト持ちが三人も配置されていた。全員俺の知らない諸侯の手駒や子弟だが、一人だけ昨日見かけた人がエアの少し後ろで控えていた。俺は彼女に話しかけた。

「昨日、お見掛けしましたね。何やら面白いアーティファクトをお持ちだとか、今度是非見せて頂ければと思います」

 彼女の事はアルンから聞いていた。面白いアーティファクトを持ってる人がいたと、食事をしていた時に話題になったのだ。話を聞く限り、時間系のアーティファクトを持っているらしい。その話を聞いた時は、心の中でそれって最強になれるやつじゃん! と叫んでしまった。
 まあ、実際は短時間時を止めた中で動けるって感じらしい。それでも恐ろしいアーティファクトだと思えるけどな。
 俺が話しかけた彼女――エレクトラは、表情一つ変えないで俺に視線を送ると、凛とした姿勢のまま返事をしてくれた。

「先日は助けて頂きありがとうございます。配下共々助かりました。この戦いが終わりましたら、改めてお礼させて頂こうと思っていました」

 凄い女騎士って感じだ。でも、何となく剣を握るより、薙刀を持っている方が似合いそうだ。全身鎧を着て薙刀を持つ騎士……。和洋折衷な感じが良い。って、やばい、フリッツの病気が感染したか!?
 一瞬、自分の中二病的感覚が、あの演技勇者と似ている気がして焦ってしまった。
 俺はそんな動揺を隠しながら、彼女に返事をした。

「お礼なんて結構ですよ。この戦における様々な報酬は王から頂きますので」
「いえ、父から必ずするようにと言われております。言う事は何でも聞けとも言われていますから、そのようにしてください」
「……お父様はたしか伯爵様ですよね? 私は平民なのですから、そのような事は必要ないですよ?」
「いえ、言い付けられていますので、何でもおっしゃってください。お願いします」
「そ、そうですか……。ま、まああれですね、どの道この戦が終わってからですからです。当分後の話ですねっ!?」
「いえ、私は何時でもけっ――」
「あっ、すみません、エアとっ、いや、王と話がありますので、私はこれにて失礼を!」
「あっ、命令し――」

 おいおい、なんだあの姉ちゃんはっ! 様子に問題はないはずなのに、何故か怪しい雰囲気を感じるぞ!? やべえやべえ、あれは触ったらいけない人だわ。くっそ、可愛いのにもったいない。
 エレクトラの発言に、思わず飲み込まれてしまったが、近くではアルンの情報のもと、諸侯に向けての伝令が走っている。まだ展開的にそれほど動きはないのだが、人数が多いだけあって慌ただしい様子だ。
 エアの近くに寄ると、隣に来いと手招きをされた。

「もうすぐ前線が当たる。ゼンには予定通り、劣勢になった場所に飛んでもらうぞ。ポッポちゃんも頼むな」
「お任せを」

 俺が返事を返すと、地面を掘り起こしていたポッポちゃんは、一度だけエアに向けてクルゥッ! と鳴いた。

「それで、エレクトラを気に入ったのか? 何なら、話を付けるが?」
「……御戯れはお止しください。ヴァージニア姫に言いつけますよ?」
「……すまん、失言だった。頼むからやめてくれ」

 俺の返しにエアの表情が曇った。何だよ話を付けるって、冗談なのは分かってるけど、権力の使いどころ間違い過ぎだろ!
 エアは小さな咳を一つすると、改めて口を開いた。

「それで、このままゼンの策を実行していいんだな?」
「その判断はしかねます。私はあくまで進言しただけですから」
「ならば、決行する。まあ、失敗したところでこちらには全く被害はないのだから、やるだけやってみよう」

 エアは俺に顔を向けると笑顔でそう言った。確かに彼が言う通り、俺が提案した作戦は失敗したところで被害が出る物ではない。正直これを策と言われるのが恥ずかしいぐらいなんだよな……
 まあ、俺が実行する訳でもないんだから、任せるか。

 しばらくすると、アルンによって前線で戦いが始まった事を告げられた。小高い丘にいるので、ある程度の戦況は見えるのだが、広すぎるし、土埃などが舞い上がり、全体を見渡す事は不可能だ。
 しかし、アルンはこれを真上から見る事が出来る。敵味方双方の動きを捉え、逐一報告を上げている。
 戦いが始まってから五分ほどすると、エアがアルンの肩に手を置き言った。

「よし、そろそろ良いのではないか? アルン、お前が適格だと思う者の名前を教えてくれ」
「はい、エア兄様。では……ビアス伯爵家からお願いします」
「分かった。ビアス伯爵だな。よし……やるぞ。『皆っ! ビアス伯爵が裏切ったぞ! メルレインと同じくビアス伯爵がエゼルに寝返った!』」

 アルンの指示でエアが大声を上げた。その声にそれほどの音量がある訳ではないのだが、骨電動でもされているかのように、周囲の騒音に関係なく音としてはっきりと聞こえた。
 それは、前線近くの兵士たちも同じようで、エアの声に呼応して大勢の兵士がビアス伯爵とやらの裏切りを叫びだした。
 少しするとエアは結果が気になるのかアルンに問いかけた。

「どうだアルン?」
「少しお待ちください…………ビアス伯爵が下がりましたっ! あっ、側面にいた部隊と争ってますッ! エア兄様、次はブリーム男爵です! ブリーム男爵が裏切り、味方を攻撃しているとお願いします!」
「おっ!? 任せろ! ブリームだな!?」

 策とはこれだ。メルレインが裏切れば、疑心暗鬼になった敵に効くのではないかと思い、冗談半分で提案をしてみた。心の中ではいけるんじゃ? とは思ってたけど、実際の戦で通用するとは思ってもいなかったので、あっさりとレイコック様を始めとした諸侯が「良策っ!」とか言い出したのには驚いた。
 エアが以前手に入れた加護【演説・鼓舞】を使えば、かなり遠方にいる味方にも声を届ける事が出来る。これに、アルンの加護の力を組み合わせれば、的確な指示が出せると踏んだ。

 試してみると、上手くいったようだ。アルンとエアが興奮した様子を見せながら、何度も前線に声を送っている。
 その後、五度ほど同じように敵の同士討ちを狙ったのだが、流石に見破られて通用しなくなった。しかし、敵の被害は兵の消耗以上に大きいようで、シーレッド王軍と諸侯軍の間には、目に見えて分かる物理的な距離が出来ていた。

 前線で指揮を執るエゼルの三侯爵は、それを見逃さない。素早い用兵を行い、混乱から覚め病まぬ敵兵に苛烈な一撃を与えていた。

 その報告をアルンから聞いていたエアは声を出し過ぎたのか、喉を水で潤しながら言った。

「ははは、上々だな! ゼンの策は素晴らしい」
「ありがたき幸せ……」

 やたらと手放しで褒めているのだが、言われれば言われるほど恥ずかしくなってくる。正直やめてほしいが、エアが嬉しそうだし黙っておくか……
 俺が形だけの礼をすると、戦場を見回していたアルンが口を開いた。

「フリッツさんが敵の一団と当たりました。あれは敵方の勇者です。ヴィート君も少し離れた場所で、ヴォロディアと当たっています。ヴィート君は何故人型のまま戦っているんですか……?」
「あぁ、ヴィートは剣で倒すらしいぞ。まあ、負けそうになったら、逃げるか竜に戻れと言ってあるから平気だろう」
「そうなんですか。ヴィート君ならゼン兄さんの言い付けは聞きますから大丈夫そうですね」
「そもそも、ヴィートは将軍二人とあの勇者に兵士が百人ぐらいの集団相手だから後れを取ったんだしな」
「確かにそう考えると、負ける要素がないですね……」

 アルンは改めてヴィートの力を考えたのか、少し思案顔だ。

 開始からそろそろ二十分は経過している。双方大分消耗しているはずだが、ここまで届いてくる兵士たちの声に衰えを感じない。そういえば、アニア達は大丈夫なのかと気になり、アルンに尋ねてみた。

「ところで、アニア達はどうなんだ?」
「敵の動きを見る限り、アニアが発する光を目掛けて兵を送っているようなのですが、移動速度が速いのと、エゼル兵の復帰が恐ろしく早いので、全く敵を寄せ付けていません。前線の兵士たちは、アニアが後方に来ると即回復されますし、やたらと士気も上がっています。多分、近付けばアニアを呼ぶ声も聞こえてくるはずですよ」

 戦いの音や怒声などが大きすぎて、距離がある前線の声はほとんど何を言っているか分からない。しかし、アルンが言う通り、アニアが光の柱を生み出すと、その一帯から大きな歓声が上がっている事だけは分かった。大方、聖女様コールでも起こってるんだろう。なんか、アイドルみたいになってきたな。
 アルンは続けてこう言った。

「これ、ゼン兄さんの出番ないですよ」

 その言葉を言うと、アルンはまた目を閉じて俯瞰モードに入ってしまう。

「ははは、アルンがそう言ったんだから、ゼンはゆっくりしてればいいさ。余り活躍しすぎると、色々と後で大変だからな」

 隣にいるエアも戦況の良さに機嫌がよさそうだ。
 どうやらもう、この戦いの勝利は決まったようなものらしい。先日ブラド様がアニアさえいれば勝てると言っていたのを思い出す。そこに、メルレインの裏切りや、ヴィンスの失踪が加わり、更には同士討ちなんかもしているのだ。戦場を見渡すことが出来ない俺からでも、後退したシーレッドが街を背負い始めたのが見えている。

「エア兄様、フラムスティード様が前線を破り突撃を開始しました。シーレッドの本陣は街の中に逃げています」
「よしっ! 我々もここから動――ッ!」

 アルンからの戦況報告に、エアが笑みを浮かべながら移動の指示を出そうとした瞬間、遠方で爆発が起きた。

「アルンッ! 今のは何だか……って、ヴィートかよ……」

 焦った俺はアルンに状況の確認をさせようと思ったのだが、爆発した方角に目を向けると、そこでは上空で漂う一匹の白い古竜がいた。どうやらブレスを吐いた後に飛び上がったらしく、そのままこちらに向かってくるようだ。

「ブレスの着弾地点には何があったんだ?」
「えっと……少し離れた場所に撃ってますね。あの林辺りに放ったようですが、良く分からないです」
「そうか。まあ、ヴィートが戻ってきたら話を聞くか」

 空を飛ぶヴィートを見る限り、怪我などをしている様子はない。勝利したのだろうが、その喜びでブレスを撃つような奴でもないので、多分止めとして撃ったのだろう。でも、あれはどう見ても過剰だな……

 離れた場所にいる俺らが驚いたぐらいだから、戦場でも驚きに溢れていた。一瞬戦場の音が消えたから耳がおかしくなったのかと思ったぐらいだ。
 ヴィートの存在を知っている諸侯が、古竜が味方にいる事を叫んでいる。空を見上げたエゼル兵たちは、自分たちを見下ろす美しい竜に祝福されたかの如く、猛烈な進撃を開始した。

「では、諸君改めて前に出るぞ。アルンは騎乗して引き続き戦場を把握してくれ。ゼンは俺の隣にいてくれ」

 エアの表情は明るい。高まった気持ちを抑えられないのだろう。それは、アルンも同じだった。そして、俺もエゼルの勝利が揺るがない事を確信して喜びを浮かんでくる。
 だが、その笑顔は決して無垢な物ではない。エアもアルンもきっと俺も、敵からしたら歪んだ笑顔をした存在に見えるのだろう。自分を含めて大分昔と変わってしまったが、これが俺たちが進んだ道の結果だ。その事に後悔なんてものは誰一人していないはずだ。

 行くしかないか。

 今はその一言だけを胸に秘め、俺は更なる追撃をするべく、エアの隣を進んだのだった。
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