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第九章 戦役

 幕間 二つの動き

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 エゼル王国軍は破竹の勢いでシーレッド王国内を進軍していた。
 エリアスが直接率いる王軍は、王自らが戦場に立ち、アーティファクトの力を振るう事で強力無比であり、国内の有力勢力が個々の力を発揮出来る采配は、幾多の戦場で勝利をもたらしていた。
 だが、四つ目の攻城戦に突入するとその勢いを止める事になる。
 ようやくシーレッド王国側も、将軍の参戦と兵の集結が進み出したからだ。

 大国であるシーレッド王国が、ここまで押し込まれたのには理由がある。
 一つは戦の要である六将軍が各地の攻略や守護で不在だった事。
 二つ目には、エゼル王国がほぼ全軍を投入するとは思っていなかった為に、大きな戦力差が生まれていたからだ。

 当初シーレッド王国は、エゼル王国と近隣諸国との関係を考え、領土の守りを無視する兵数を投入して進軍をすると考えていなかった。
 外交関係が近年で起きた王の交代で解除され、前王の横暴で近隣諸国との関係は、良いものとは言えない状態になっていたと思ったからだ。

 これに関しては、早期段階からジニーが各国に働きかけていた事で、友好的な関係を築いていた。
 しかも、現在後発の形で送られているエゼル王国軍の中には、ケンタロスを主な国民として成り立っているフェルニゲ国や、教国などからの援軍が含まれていた。

 このシーレッド王国の見込みの甘さは、若き王であるエリアスの資質を疑っていた事がある。
 単純に、まだ二十にもなっていない若年者に力はないだろうと思っていた事が大きい。
 だが、それ以上に資質を疑われたのは、復活した魔王を封印したと流布した事だ。
 その真実とは思えない内容に、新王は愚者だと判断され、シーレッド王国によるエゼル王国への進軍を後押しした事は間違いなかった。

 現在エゼル王国軍は、シーレッド王国の王都への道のりの、四分の一ほどまで進んでいた。
 次の攻略目標である街の前に、侵攻経路にあった砦を落とし、そこで軍を休めている。
 砦の一室ではエリアスを中心に諸侯が集まり、話し合いの場が作られていた。

 エゼル王国最北端に領地を持つ、フラムスティード侯爵が、アゴ髭を撫でながら言う。

「そろそろ、進軍も簡単にはいかなくなりそうですな。落とした街などは後発の軍が、抑えているので心配はありませんが、長引かすのはマズイですな」

 最南端に領地を持つレイコック侯爵は、ワインを飲み込むと口を開いた。

「街の守りに入った将軍の一人が厄介だな。あの赤盾はレキウス将軍だろう。初めて見たが、まさかあれの近くにいるだけで、周りの兵に矢が通らなくなるとは思わなかった。まあ、我々としても一度の戦で全てが終わるとは思っていないのだ、ここは押し返されぬよう踏ん張れば良いのでは?」

 西側諸侯をまとめるブラド・シェスターク侯爵が、艶のある表情をして言った。

「まだシーレッドも全ての将軍を呼び寄せられてはいない筈です。ならば、今しばらくはこの地に留まる事は可能でしょう。ですが、小勢などが我々を迂回してエゼル側に向かわれると、対処が難しくなってきましたね」

 三人の言葉を聞くと、上座に腰掛けていたエリアスが口を開いた。

「当初の予定通り、当面はこの地で守りを固める。街を落とすには、少し兵に休息が必要だろう。小勢の動きに関しては、南側に勇者を筆頭とした騎士団の一部を当てる。北側にはアルンに更なる騎兵を貸し出すつもりだ」

 エリアスの言葉が終わると、まずレイコックが手を上げた。

「では、ワシの所から出しま――」
「いや、こちらが出そう。あれは期待できる若者だ」

 レイコックの言葉を遮り、フラムスティードが口を開いた。
 それを黙って聞いていたブラドが言った。

「お二方、それには及びません。私は父から兵を貸し出すよう言われておりますので、私の所から出します」

 ブラドがそう言うと、レイコックもフラムスティードも黙ってしまった。

「……年長の貴方に言われると厳しい。なあ、レイコック」
「自分の息子と同年代の見た目だが、ワシらの祖父と同年代だからな……」

 新米侯爵のブラドだが、彼の事を知る二人はとてもやりにくそうだ。

「ふふふ。まあ、私は侯爵としてはまだまだ経験不足です。ここは経験を積ませるためにも、私にお任せを」

 ブラドがそう言うと、今まで黙って話を聞いていたエリアスが口を開く。

「ブラド卿は先日兵を出していたはずだが、更に貸し出すのか? それでは、他の諸侯から不満が出るのでは?」
「……確かにそれはありますね。特に我々は新参に扱いが近い。あまり荒波を立てるのは得策ではありませんか」
「実はな、是非ともという者がいるのだが、呼んでも良いだろうか?」
「もちろんです、我が王」

 ブラドが丁寧に頭を下げると、エリアスは近くにいた騎士トバイアに声を掛けた。
 すると、すぐに一人の人物が姿を現す。

「皆様、お久しぶりでございます。遅参申し訳ありません。本日より一翼を担わせて頂きます」

 アーマードレスの裾を持ち、華麗にお辞儀をしてみせたのは、ドライデン家当主メリルだった。

「エリアス陛下……?」
「何も言うな、レイコック卿」

 レイコックの疑問の声に、エリアスは目を合わさずに答えた。

「がははは、陛下もお若いですな!」
「それは誤解だぞ。彼女はドライデン家の当主として、兵を率いてやってきたのだ」

 豪快に笑うフラムスティードに、エリアスは若干早口で答えた。

「……時期、姫君のお願いとあれば仕方ありませんね。メリル様、貴方の所から兵をお出しください」
「ブラド様、私はまだエリアス様にもらわれていません。ですから、子爵としてお扱いくださいませ」

 こうして、第三回アルン部隊強化は、本人不在のまま決定した。

 会議を終了し、一人になったエリアスは呟いた。

「アルンは大人気だな……最近は毎日誰かしらのところ行ってるし、案外人たらしだったのか……?」

 アルンは夜な夜な様々な諸侯に呼ばれて夕食を共にしていた。
 レイコックに関しては、昔から知っている少年を気遣っての行動だった。
 だが、他の諸侯にはいろいろな思惑があった。
 その多くが、王の尋常ではない可愛がりを受けるアルンとの関係を考えてだ。
 そこにアルンを籠絡するような行動はない。だが、何かあったら宜しくと、一言添えて武具の提供が行われていた。



 ゼン達がダンジョン攻略をしている頃、アルンはエリアスからの命令を受け、広大な草原で警戒任務に当たっていた。ブラドの心配通り、小勢を率いた一団が数度にわたり現れていた。それらは全て、アルンの部隊に追い払われている。

「しかしながら、隊長の力は驚嘆に値しますな」

 アルンの隣で並走をする老兵が言った。

「うむ、ブラド様にアルン殿に付けと言われた時は耳を疑いましたが、今ではもうアルン殿の力は認めざるをえません。それに、まさか個の武も優れているとは」

 アルンのもう片方を並走しているヴァンパイアの男は、そう言いながら優しい目を見せる。
 アルンはそれを見て、照れくさそうに言った。

「あはは、ありがとうございます。でも、この力はゼン兄さんがくれた力ですから。それに、個の武と言いますが、ゼン兄さんとやりあったら、僕では十秒も持たないかもしれません。その程度ですよ僕は」
「ゼン殿か……シラールド様が敗れたと聞いた時は、本当にアゴが外れました。娘に殴ってもらい治しましたが、あれは本当に驚いた」
「豪快な娘さんですね……」
「少々お転婆で困っているのです。あれは、姫様とつるんでから――っと、もうそろそろ接敵しそうですが、如何いたしますかアルン殿?」

 そう質問をした彼には、前方に広がる草原の遙か遠くを移動する敵兵の姿が見えた。
 アルンからはまだ何も見えていないのだが、人族より優れる視力に、感心しつつ返事をする。

「もう一度、敵の進行方向の確認をします」

 アルンは静かに目を閉じると、自身に授けられた加護の力、俯瞰を使用した。
 アルンの視線は空の上、雲の高さまで一気に打ち上げられる。その独特な浮遊感を感じながら、アルンは自分達の北側を西側に向かって移動する一団にピントを合わせた。
 その進路は十分前に見たものと変わらない。
 アルンはゆっくりと目を開けると、口を開いた。

「今回も側面から敵に当たり撃退しましょう。あの先にある林の中で待機して、一気に突撃します。……で大丈夫ですよね?」
「問題ありませんぞ、アルン隊長!」
「今日も我が一族の力をお見せしましょう」

 アルンは二人に増えた副長の力強い言葉に、自分も力強く頷き返したのだった。



 とある陣幕の中では、二人の女性が向き合っていた。
 シーレッド王国第二王女セラフィーナが口を開く。

「それで、まだ連絡はないのですか?」
「はい……。ですが、他の暗部から、あの街を中心に探知スキルを持つ者が集められたと情報が上がっています。連絡がない事を考えると、失敗、もしくは逃走したかと思います」

 返事を返した側近の女の表情は固く、これから降りかかるであろう怒りに耐えるようだ。
 しかし、それに反してセラフィーナの表情は涼しげだ。暗部の失敗を耳にしても、声を荒げる事なく言った。

「そうですか。まあ、期待はずれだったのは残念ですが、それを悔やんでいても仕方ありません。ならば、直接あの男の弟を殺します。傭兵団長とギルド長を呼びなさい」

 そう言ったセラフィーナは、ワインを煽ると深く椅子に腰を掛けた。

 それからしばらくして、陣幕に二人の人物が加わる。一人はシーレッド王国内で傭兵団を率いる男。そして、もう一人はシーレッド王国王都にて、冒険者ギルドの長をしている者だ。
 二人は今回、セラフィーナに雇われ参戦していた。

 二人を前にして、セラフィーナが言った。

「あの男の弟の位置は分かったのですね?」
「えぇ、セラフィーナ様。先日アルンという隊長が率いる部隊が、エゼル王国軍本体から離れ、その北側に現れたと報告がありました。ギルド長殿も同じく情報を得ているとか?」
「あの周辺の村にいた冒険者から情報が来ています。後方に回り込もうとしている遊撃部隊が、ことごとく撃退されているとか」

 傭兵団長とギルド長の報告に、セラフィーナは笑顔を浮かべながら口を開いた。

「明日そこを目指して移動します。ここからならば、二日で辿り着きますね?」
「我が兵団は何時でも用意ができております。日数も問題ないでしょう」
「冒険者達も動けます。今回の依頼人が姫様と知り、皆気合が入っておりますから」

 二人は返事を返すと、頭を下げて下知を待った。

「よろしいです。明日は早朝から行動開始。皆に早く体を休めるよう通達なさい」

 セラフィーナは最後にそう言うと、自分の寝床に足を向ける。彼女の姿が消えるまで、傭兵団長とギルド長は頭を上げる事はなかった。

 そうして数日が経ち、セラフィーナは現在エゼル王国とシーレッド王国の前線付近まで辿り着いた。
 広大な草原地帯を進む彼女の身を固めるのは、元から所有していた私兵五十に加え、傭兵団八百人と冒険者達二百人だ。
 セラフィーナの私兵は統一されたシーレッド王国の鎧に身を包む。約半数は諸侯の子弟であり、もう半分は実力を持つ平民だ。
 傭兵団達の装備には、統一感はなかった。だが、実践を乗り越え改良を加えられた彼らの装備は、まさに質実剛健だ。
 冒険者たちもまた、統一感のない装備に身を纏っている。だが、普段から人間以上に強力な魔獣や亜人と戦う彼らだ。その装備は決して対人間を考えている傭兵団に劣る物ではない。むしろ、数少ない上位ランク者達は、傭兵団はもちろん、セラフィーナの私兵よりも良い装備をしていた。

 セラフィーナの隣りを進む傭兵団長が、おもむろに口を開いた。

「さて、この辺りから西に向かうと、件の彼が率いる部隊が現れるとか。セラフィーナ様、如何なさいますか?」
「このまま進むだけです。何か問題が?」
「いえ、宜しいかと思います。ですが、ここ数日で集めた情報でアルンという人物は、無策で相手をするには少し手ごわい輩かと思いますが」
「……気持ちは分かりますが、あれはこの戦が初陣だと聞きますよ? 恐らく、補佐している者が優秀なのでしょう。数もそれほどではなのですから、付近にいるヴォロディアと合流して数で押せば良いでしょ」
「必中のヴォロディア将軍ですか。彼はケンタウロスですが良いのですか?」

 傭兵団長はセラフィーナの顔色を窺いながらそう言う。
 だが、それに対してセラフィーナは表情一つ変えずに返事をした。

「私は気にしません。ヴォロディアは使えるからあの地位にいるのです。以前も古竜を一匹撃ち落としたではないですか。その事は貴方も知っているはずでは?」

 王族からのケンタウロス族を擁護する言葉を聞き、傭兵団長は少し驚いた様子だ。

「セラフィーナ様の仰る通りかと。しかしながら、大群で向かわれるのは得策ではありません。数日前にある部隊が同じ事をしていますが、一定距離を保って追跡されるだけだったと聞いています。無視をする訳にもいかず、進軍が遅れていたところを、援軍を呼ばれ撃退されたとの事です」
「ならば、我々だけで行きます。数は若干我々の方が多いですが、この程度の差なら出てくるのですね?」
「はい、セラフィーナ様のお考え通りで良いかと思います」

 傭兵団長の返事にセラフィーナは、僅かに頬を緩めて口を開いた。

「では、このまま進軍します。周辺警戒を厳になさい」

 セラフィーナがそう言うと、周りで控えていた側近達が彼女を囲い馬は進められた。
 一人置いていかれる形になった傭兵団長は、肩をすくめてその後を追う。すると、その隣にギルド長がやってきた。

「団長、嫌に姫様の言いなりになっているのだな」
「何、私はセラフィーナ様の機嫌を損ないたくないだけですよ」
「そんな殊勝な性格だったか? まさか、後釜を狙っている訳ではないだろうな」
「ははは、どうでしょうね。ですが、この数日ですっかりあの方の美しさに心を奪われているのは確かですね。出来るならば、この戦が終わってもお近くにいたい」
「……それに私は口を挟まんが、間違った判断だけはしないでくれ」

 ギルド長は最後にそう言うと、傭兵団長から離れていった。
 傭兵団長は、その姿を見ながら呟いた。

「この好機を物にしないはずがないだろ……」
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