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第九章 戦役

十二話 大公

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 シェードと合流した翌日、俺はポッポちゃんに掴まり、闇にまぎれて空を飛ぶ。
 今回もラーレ達を助けた時と同じく、【浮遊の指輪】を身に着け降下する。
 降下する俺の隣では、ポッポちゃんも一緒に降りていた。
 ご機嫌の様子で「一緒に侵入なのよ!」とクルゥと鳴いた。
 城の屋上に降り立った俺は、同じく静かに降り立ったポッポちゃんを撫でながら話しかける。

「呼んだら来てね? 脱出はスノアを呼ぶから、その時は攻撃してくる奴をお願い」

 ポッポちゃんは俺の顔を真っ直ぐに見つめている。その表情は真剣そのもので、おめめがキリリとしていて可愛い。
 屋根で待機するポッポちゃんを残し、俺は屋内に侵入する。
 事前にこの城の見取り図は見ているので、自分が侵入した場所は把握している。

 最初に向かうのは、もちろん伯爵の部屋だ。まずは伯爵を始末してからいろいろ始める予定だ。
 大公とお姫様の確保を先にしてもいいのだが、やはり伯爵の死体でも見せた方が話は早いだろう。
 とてつもなく物騒な発想な事は分かっているが、前回ラーレに学んだから、まあ有効だろう。

 伯爵の寝室は、この城の奥まった場所にある。
 この場所は、本当は城の主の寝床ではないらしい。だが、外部からの侵入を考えると、周りを壁に囲まれた部屋はとても固そうに思えた。

 本来この規模の城を任させるのは、王の親族や侯爵並みの力が必要だと思われる。
 話に聞いた限りでは、この伯爵はとにかく金はあるらしく、その力で伯爵としては法外な領地を持っているのだとか。
 まあ、今からいなくなる奴の話はどうでもい。

 隠密を展開していれば、俺は通路で人とすれ違っても発見されない。
 神様からしたら、スキルレベル5は子供騙しかもしれない。だが、対人間に関して言えば、俺は透明人間のような行動が可能だ。
 しかし、流石に走ればどんな人間にもバレてしまう。ここは慎重に歩みを進めて伯爵の寝室を目指す事にする。

 最初から近くに降下したので、すぐに目的の部屋近くまで辿り着いた。
 だが、ここからは警備が厳しくなり、扉を守る警備兵をどうにかしない事には進めなくなった。

 まあ、俺ならば彼らに近付く事をせずに始末が出来る。ナイフの数本を投げてすぐに無効化をして、扉を開けて侵入する。
 扉を抜けて現れた長い通路の先には、ご丁寧にもう一枚扉があり、そこにも警備兵がいた。

「面倒臭いな……」

 思わず漏れ出た俺の声は、長い廊下の向こうには聞こえないだろう。
 だが、突然扉が開けられた事に、警備兵は座っていた椅子から腰を上げていた。
 俺は先程と変わらず数本のナイフを投擲して、警備兵を無効化した。
 もう、感覚的には透明チートと自動照準チートだな。

 窓一つない通路を歩き、無効化した警備兵をまたがせてもらい扉を開ける。
 するとそこには、細い通路が伸びており、複数の部屋へと繋がる扉があった。
 扉の向こうにある探知の反応では、複数の部屋にそれぞれ人間がいるようだ。
 見取り図通りであれば、伯爵本人とその妻達だろう。

 俺は通路を進み一番奥の部屋に向かう。
 取っ手に手を掛けてみると、鍵がかかっていた。魔法で解錠を試みるが開く様子がないので、【アイスブリンガー】で切断する。
 蝶番を斬ると、僅かな間を持って扉が倒れ始めた。扉が床に落ちる前にマジックボックスに回収すれば、大きな音を立てる事もない。

 開け放たれた部屋の奥には、ベッドの上で眠る二人の人物がいた。近付いて毛布から覗いている顔を見てみれば、シェードに聞いていた伯爵の特徴と合っていた。
 そして、伯爵の隣には若い女性が寝ていた。この女が誰かは知らない。よく分からない人物を殺すのは、後で悔やんでも嫌なので生かしておこう。

 俺は取り出したナイフを伯爵の首を目掛けて投擲した。さほど力を込めていない投擲だが、無防備な身体には、柄までナイフは貫通していた。
 伯爵は起き出し、首を抑えながら暴れたがそれもすぐに収まった。
 だが、隣に寝ていた女が起きたので、すぐに口をふさいで身柄を拘束し、さるぐつわをして放っておく。

 部屋の中にはそれなりの価値があるであろう調度品が飾られている。だが、これは元々ラングネル公国の物の可能性がある。ラーレのところではいろいろと持ってきてしまったが、今回は協力者がこの後に動き出す事になっている。
 後で返す事を考えると面倒臭いので、今回は無視をしよう。

 そういえば、あの時持ってきたアーティファクト【看破の淡光】は、やはり返さないとまずいか? まあ、ただで返せとは言わないだろうから、それもありか。

 しかし、我ながら何という手際の良さだろう。自分の事ながら感心してしまった。
 とはいえ、まだ目的は達成されていない。
 俺は踵を返すと、再度隠密を展開して、今度は大公とその孫娘が軟禁されている区画へ向かった。
 その途中では宝物庫などが見え、かなり中を見たい欲求に駆られたが、何とか思い留まる。

 程なくして大公達が捉えられている区画に入った。若干通路の内装が簡素化している。
 ここにも警備兵は当然いるのだが、俺はある目印を頼りに、すれ違う警備兵を観察する。
 探してた警備兵はすぐに見つかった。彼の腕には布が結ばれている。目立つ事はないのだが、他のどの警備兵もしていなかった特徴だ。

 俺はその男の後を追う。四十才ぐらいだろうか。精悍な顔付きをしている。歩くその様子からは、真面目に警備をしているのだと分かる。

 男の後を少し追い、一人になった所で背後から話しかけた。

「公国は?」
「ッ! 不滅なり……」

 男は慎重に返事を口にすると、ゆっくりとこちらを振り向いた。
 男は一瞬、俺の付けている仮面を見て、びっくりした様子を見せた。だが、すぐに冷静さを取り戻し口を開いた。

「大公様の救出で……?」
「はい、出来ればすぐに動いて下さい。伯爵を消しましたから、何時騒ぎになるか分かりません」
「ッ! 何と……。分かりました。予定通り、警備兵達は移動させますので、その隙にっ!」

 三人いる力を持った協力者の中には、元近衛騎士長をしていた人物がいた。この警備兵は元はその近衛騎士長の部下で、内通者でもあった。彼は今回の潜入とは関係なしに、昔からこの城に努めている。

 これから彼は、大公の部屋の近くにいる警備兵を遠ざけるべく動き出す。
 俺としては別に不要な事ではあるのだが、せっかく用意してくれたんだ。それを利用するのもシェードを雇っている人間としての心構えだろう。

 探知で感じる気配の多くが、目的の部屋から遠ざかっている。すれ違った警備兵が話していた内容では、サボって酒を飲む事になったらしい。
 この日の為に用意した高級酒の魅力に、警備兵達はまたたく間に、一箇所に集まりだした。
 これもまた、事前に仕込んでいたらしい。

「長い事城勤めをしてるって話だけど、相当信頼を得ていた人なのか……。味方だから良いけど、複雑な気分だな」

 一声かけるだけで、警備兵が全ていなくなった。いや、壁一枚先を隔てたところに集まっている。そんな事を簡単にしてしまった協力者を感心すると共に、身近にそんな存在がいたら怖いなと、少しゾッとしてしまった。

 まあ、とにかくお膳立てをされたんだ。俺は自分の仕事をすればいい。
 早速大公の部屋の前に行き、閉じられている扉を開く。だが、もちろん施錠をされているので、魔法で解除をしたところ、簡単に開いてしまった。本当に適当な部屋を宛がわれているのだろう。

 部屋の中にはベッドの上で眠る気配が一つだけあった。毎度の如く、ベッドの横に立ち覚醒を促す。肩に手を掛けて揺さぶってみると、ベッドの上の人物が目を開いた。

「何用だ」

 急な来訪だというのに、全く動揺する素振りを見せていない。

「お迎えに上がりました。すぐにこの城から出ますので、起きて頂けますか?」
「……断る。誰の差し金かは知らないが、もう家族を失う気はないのだ」

 大公はそう言うと静かに目を閉じてしまった。

「家族というのはプルネラ様の事ですか? 彼女も当然連れて行きますのでご安心を」
「……プルネラだけではない、家族とはこの地の民の事だ。私が行動を起こせば、多くの血が流れてしまう」
「それならご安心を。貴方が動かなければより多くの血が流れます。それを防ぐ為ですのでご協力ください」

 動く事を拒否する大公に、俺がそう返事をすると、ややあって身体を起こした。
 老人の細い身体だが、俺より背が高いのではと思えるほどの体格だ。

「何故、私が動かない方が血が流れるのだ……」
「何故ならば、貴方がこの地で立ち上がらなければ、この地の民は我々の敵となったままになります。今、エゼル王国とシーレッドが戦をしている事はご存じでしょうが、近い内にエゼルはこの地に到達するでしょう。その時に抵抗するならば、血の海に沈めるだけなのです」

 大公は俺の言葉に眉をひそめると言った。

「恐ろしい事を言う……。その仮面の下はどんな顔をしているのだ……」
「これは失礼しました。私はエゼルのゼンと申します。大公ギディオン・ターヴェイ様、どうかご協力を」

 俺が仮面を外しながらそう言うと、大公は静かに目を閉じた。

「お主を信じろというのか……」
「こちらをご覧ください。お助けした後は、この方々が動きはじめます」

 この程度のやり取りで簡単に信じる訳がないので、俺は協力者たちの署名が入った巻物を見せる。
 昔の日本にあった血判状みたいな物だが、生憎と血は使われていない。だが、神の名の下で交わされた公文書のような物だ。信頼性は何より高い。

「……確かにこの者達であれば、多くの者を動かせるだろう。だがな……」
「これでも足りないのであれば、これでいかがでしょうか? すでにこの城の最大の脅威は排除しています」

 俺はそう言いながら、先程始末してきた伯爵の死体を取り出した。
 まだ新鮮なので、床に倒れた瞬間に、首から血が噴き出してしまった。

「ソルビーをだと……お主は一体……」

 ソルビーとは、この伯爵の家名だ。

「私はエゼルの民ですが、誰かの下に仕えている訳ではありません。ですので、立場の説明は難しいのです。ただ、目的は簡単でございます。大公陛下と姫殿下をお助け出来ればと参上いたしました。もちろん、我がエゼル王国のお力になって頂くためでございます」

 俺の言葉に大公は真剣な眼差しを送ってくる。瞳を見つめ何かを見極めようとしているようだ。
 ややあって、大公が口を開いた。

「貴公の身につけているそれは、バイロンの物か?」
「……そうですね。このグリーブは大将軍が持っていた物です」
「そうか……お主がか……」

 いつの間に俺の足元を見てたんだ? 結構油断ならない人だな。

「それ程お時間はありません。お早めにお願い致します」
「……どの道、プルネラが成人するまでには、逃がそうと思っていたのだ。これは良い機会なのかもしれんな」

 大公は決心したのか、溜息混じりに言った。

「だが、私はお主を信じるから行動を起こすのだ。私が動くという事は、今一度ラングネル公国を復興するという事だ。お主はそれを分かっているのだな?」

 大公の気合の篭った瞳が俺を見る。つい先ほどまでは、少し疲れた老人の顔をしていたのに、その強い眼光に生唾を飲んでしまった。

「はい、それは理解しています」
「そうか、であれば私を裏切る事は決して許さんぞ、ゼン」

 本来であれば、ここは命を賭しても、とでも返すのだろう。しかし、俺にそれは出来ない。
 俺が命を掛けるのは、俺が信頼を置いている身内だけなのだから。

「貴方を裏切るような事は、決していたしません。ですが、全てを賭けてとも言えません。私が保証できるのは、姫殿下の身柄だけでしょうか。彼女だけであれば、最悪エゼルの王宮にでも匿いましょう」
「……今はそれでいいだろう。それで、この後はどうするのだ?」
「姫殿下の身柄を確保いたします。その後、この城から脱出致します」
「簡単に言いよる……」

 大公は目を細めながらそう言うが、身体はすでに部屋の出口へと向かっていた。

 廊下に警備兵が一人もいない事に、大公は驚く様子もなく歩いていく。
 そして、二つ隣の部屋の前にくると、手の平に鍵を取り出した。部屋から出る時に私物などを持たなかったのは、マジックボックスがあるからか。

 開けられた部屋は、大公の部屋と作りが同じだった。
 部屋を見回すと、ベッドの上には小さな山が一つ見えた。
 大公がベッドに近付いたので、俺もそれに続く。
 すると、とても可愛らしい寝息が聞こえてきた。

「起きなさい、プルネラ」
「んっ……お祖父様……?」

 大公がベッドの上で寝ていた少女に起こした。
 開いた瞳は美しい緑色をしている。端正な顔立ちをしており、眠気まなこの表情は人形のような印象を与える。だが、段々と覚醒してくると、その雰囲気は柔らかい物に変わってくる。薄い金色をした髪の隙間には、特徴的な長細い耳が見え隠れしていた。

 プルネラ・ターヴェイ。彼女は人族の大公とは違い、エルフ族だった。現在十一才の彼女は、大公の息子である人族と、樹国セフィから嫁いできたエルフ族との間に生まれた娘だ。

 この世界には混血という概念がない。異種間で子供を作った場合は、両親のどちらかの種族として生まれるのだ。その確率は五十%と言われている。これは俺がこの世界に転生して、かなり後から知った知識だった。

 大公が起き出したプルネラの手を握ると、引き寄せてベッドから下ろした。

「後で取りにこられるのであろう? ならば、今は持つべき物はない。それで、どうやってこの城から出るのだ? まさか、お主一人で抜けるつもりか?」
「そのような無謀な事は致しません。脱出は悠々と空から行いましょう。少々お待ち下さい」

 現在いる場所は、城の二階部分に当たる場所だ。
 俺はプルネラの部屋にあった窓から外に降りる。
 そして、【草原の鐘】を取り出してスノアを呼び出す。

 歪んだ空間から段々とスノアが出て来るのを待ちながら、屋上からこちらを見ているポッポちゃんに声を掛ける。

「ポッポちゃん、周辺の安全確保をお願い」

 小さな声だったが、ポッポちゃんにはしっかりと伝わったようだ。音を立てずに降りてくると、大公達がいる部屋の窓に留まり、周囲をキョロキョロと見回し始めた。あの位置ならば、屋内から誰かが来ても、ポッポちゃんが対応できる。流石だな。

 やがてスノアが完全に姿を現した。この間に数人の警備兵に姿を見られたが、それらは全て俺の投擲か、ポッポちゃんの魔法で沈められている。
 一瞬殺すのは不味いかと思ったが、大公は黙認していた。

「さあ、参りましょう。お乗り下さい」

 二人を一階に下ろした俺は、そう言いながら、首を下げたスノアに乗るよう促した。

「ドラゴン……。お祖父様……ドラゴンです……」
「竜を駆る者か。ゼンは存外異常だな」

 プルネラは怯えた様子を見せたが、大公の表情には軽い笑みが見える。元国家元首だけあって、肝が据わってるな。

 こうして城から抜け出した俺達は、このまま少し離れた場所にある町を目指す。
 そこには協力者の一人である伯爵がいる。その地を拠点として兵を起こすのだ。
 だが、この地一帯を取り戻すには少々兵が少ない。

 元からそこまで期待していなかったので、最初は大公を連れ出して、この地に辿り着いたエゼル王国軍に統治の、正当性を与える程度を考えていた。
 しかし、思った以上にシェード達は良い働きをしていて、それなりの兵数が集まりそうなのだ。
 ここはいっその事、援軍を呼んで俺達で街を取り戻すか……?
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