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第九章 戦役

六話 大空の神のダンジョン 終

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 最後の浮島を攻略すると、スノアが勝利の雄たけびを上げた。
 この浮島にはスノアと同じ氷竜がおり、今さっきまでドラゴンの一騎打ちをしていたのだ。
 とても見ごたえのあった戦いで、ドラゴンとして一段階上に登れたと、スノアもご機嫌だ。

 これで全ての浮島を攻略した。
 この後に何が起こるのかと身構えていると、突然上空から耳をつんざく何者かの鳴き声が聞こえてきた。

「に、兄ちゃんあそこ! 何だあれ、でっかいぞ!」

 ヴィートが指を差す方向を見てみると、そこには巨大な浮遊物があった。
 大きすぎて、一瞬新しい浮島が出来たのかと思ったほどだ。
 だが、その形と空を移動する動きから、俺はあの正体が何なのかすぐに分かってしまった。

「クジラかよ。それにしては、サイズがおかしいだろ……」
「ゼン様、あれはクジラというのです?」
「あれ、クジラって名前なの!? 凄い大きい……あんなの見た事ないよぉ……」

 俺の漏らした言葉にアニアとセシリャが反応した。
 ユスティーナは当然だが、ヴィートも俺が言ったクジラという言葉を聞いても、知っている様子はない。

 少し離れた上空に全身真っ白いクジラが浮かんでいる。
 身体の至るところにトライバルのような黒い模様が見えた。
 それにしてもデカい。
 ぱっと見では全長二百メートルはありそうだ。

 どうしようかと空を見上げていると、のほほんとした雰囲気でユスティーナが言った。

「ねえパパ。クジラこっちに来てるよ?」

 その言葉にギョッとしてクジラに視線を向けると、方向転換をしてこちらに向かって来ている。
 段々と巨大な物体がこちらに近づいてきているのは、恐怖以外の何物でもなかった。

「すぐに飛ぶぞ! スノア急げ!」

 慌てた俺が指示を出すと、スノアが体を下げてみんなが乗りやすい体勢を取ってくれる。

 クジラが迫ってきた。
 アイツがデカすぎて、速さが分かりづらい。
 大きな体をしているのに、その速度は意外に速いようだ。

「まずいぞこれ! セシリャッ! ユスティーナを投げるから受け取れ!」

 このままでは間に合わないと思い、俺の傍らにいたユスティーナを抱き上げた。
 構えたセシリャに向かって全力で投げる。
 ユスティーナが可愛い叫び声を上げたが、無事にセシリャに抱きかかえられ、それと同時にアニアが最後に乗り込んだ。

「スノア飛べ!」

 俺が短くそう言い放つと、スノアは一瞬躊躇したが、すぐに俺の意図が分かったのか、大きく翼を羽ばたかせると上昇し始めた。
 俺は急いで【浮遊の指輪】を取り出すと、浮島の端へと向かって駆けだした。
 その直後、激しい衝撃音と立っていられないほどの揺れを感じた。
 その方向に目をやれば、浮島を破壊しながらこちらに迫ってくるクジラの姿があった。

「ポッポちゃああんっ! 頼むッ!」

 俺はそう叫びながら崩壊し始めた浮島から飛び降りた。
 そして、急いで【浮遊の指輪】を着けて、俺の救世主ポッポちゃんを待った。
 俺と同時に浮島から飛び降りていたポッポちゃんが、伸ばした俺の手を掴んだ。
 まだまだ、眼下に広がる雲とは距離があったが、辛うじて落下死は免れたようだ。

「はぁ……助かったわポッポちゃん。これは、一日中撫でるぐらいじゃ、きかないな!」

 俺からのご褒美が確定した事が分かったのか、ポッポちゃんの瞳が光った。
 「なでなでなのよ! ずっとなのよ!」とクルゥと鳴いている。
 そんなポッポちゃんの様子に俺も笑顔がこぼれたが、その時、視界に影が写った。

「回避ッ!」

 俺の言葉を反射的に感じ取ったポッポちゃんが、身体を傾ける。
 すると、今まで俺達が浮かんでいた場所に、巨大な物体が通過していた。

 急いでクジラへと視線を向けると、俺達を正面に捉えたクジラが、口から何かを飛ばしてきた。
 今度はポッポちゃんも目視していたので、上昇して回避した。
 飛んできた物体は俺の身長の倍はありそうな巨石だった。
 あんな物が当たったら、どう考えても落下しそうだ。
 俺は一発ぐらいは耐えられるだろうが、ポッポちゃんは無理だろう。

 上空を見上げるとスノアが目に入った。
 かなりの高度を取っているので、ポッポちゃんに移動するようにお願いする。

 高い位置を取れば、クジラは急には上がってこられないようだ。
 ゆっくりと高度を上げて俺達を追ってきている。
 俺はその間にスノアの背中に降り立って、みんなの無事を確認した。

 誰にも怪我はないようで、みんなは既に戦闘態勢に入っていた。
 その中でもやる気を見せているヴィートが口を開いた。

「兄ちゃん、指輪貸して! あと、ポッポを俺に付けてよ」
「何するつもりだよ」
「アイツの背中に乗り込んでくる! 落ちたら俺も死んじゃいそうだから、その時は指輪を付けてポッポに拾ってもらおうかなって」

 遠距離攻撃を持たないヴィートが戦うには、その方法しかなさそうだ。
 だが、幾らポッポちゃんを付かせても、突っ込ませるのは怖すぎる。

「それは幾ら何でも許可できないぞ。自分で飛べるならともかく。今回ヴィートはお休みだな」
「むう……兄ちゃんがそう言うなら仕方ないか。じゃあ、盾かしてよ。ユスティーナとアニアを守るよ。魔法使うなら無防備になる時があるでしょ」
「そうか、頼んだぞヴィート」

 聞き分けの良いヴィートに地竜の盾を渡すと、彼はユスティーナの隣りへと移動した。
 続いて、ヴィート同様に遠距離攻撃を持たないセシリャが、少し寂しそうな顔をしながら言った。

「私もここは無理かな……?」
「いや、セシリャはこれを使ってよ」

 セシリャにまずは【月下の円盾】を手渡す。

「分かったっ! みんなを守るね!」

 再生の神のダンジョンでこの盾を使っているセシリャは、俺の意図が分かったのか笑顔を見せる。

「それだけじゃないよ。後は、これも使ってね」

 俺はもう一つ、【アルケミストポーチ】を取り出して渡した。

「回復だね。任せて」
「それもあるけど、今回は回復じゃなくて、爆発するポーションがあるから、それ投げてよ」
「それって、触っちゃいけないって言ってた、紫色の奴?」
「そうそう、そのガラス管ごと投げていいから。数は千近くあると思うから、遠慮しないでね」
「千……。何でそんなにあるの?」
「錬金スキルを上げるのに、回復とか解毒とかだけを作っても、効率が悪いんだよ」

 錬金スキルを上げる時は、同じものばかりを作っていても効率が悪く、飽きるので色々なポーションを作っていた。
 その中の一つに「エクスプロージョンポーション」がある。しかも、炎竜の血入りの強力版だ。
 ポーチに刺さっているガラス管を取り出して、投げて爆発させれば、自動的にガラス管は補充されるので、液体がある限り投げ続けられる。

 セシリャが大事そうにポーチを腰に付けた。可愛らしいデザインが彼女にとても合っている。
 あれさえあれば『ヒール』を超える回復力を得られる。
 もし俺の錬金がスキルレベル5になり、あれを身に着けてもそれ以上、スキルが上がらにようであれば、セシリャに渡すのも良いかもな。

 そんな事を考えながら、まだ眼下に見えるクジラに目をやると、距離は大分縮まってきた。
 そろそろ、攻撃に出ようかと思った矢先、クジラの背中が何やら盛り上がっている事に気付いた。
 あんな物はあっただろうかと思いながら観察する。
 それは規則正しく並び、浮き上がった背骨のように見えた。

「スノア、何かして来そうだ。注意しろ」

 クジラを見ながらスノアに声を掛けると「承知しました」とグルゥと鳴き、身体を少し傾けて飛行速度を上げた。
 その瞬間、何かが爆ぜたような空気の振動を感じると、クジラの背中の盛り上がりが破裂して、そこから何かが飛んできた。
 俺の注意を聞いていたスノアは、急いでこの場から逃げ出す。
 彼女も自分に迫る白い塊が見えているはずだ。

 下から打ち上がってきたので、今の俺らにはどうする事もできない。
 だが、何を思ったのかセシリャはいきなりスノアの首へとまたがった。

「ヒッ! うわああああっ!」

 セシリャが怯えながらも【月下の円盾】を使用した。
 円盾が弾けるように飛び上がると、セシリャから二メートル前後の距離を浮かび停止した。

 ほどなくして撃ち上がってきた白い塊が、俺達に迫ってきた。
 円盾が反応を見せる。
 完全な直撃は免れそうなコースだったが、円盾の防御範囲に入ったのか、直径五十センチほどの円盾が、三メートルはあるかという白い塊を弾き返した。

「うぉおおっ! セシリャ凄い! アーティファクト凄い!」

 ヴィートが興奮の声を上げる。名前を呼ばれたセシリャも満更でもなさそうだ。
 だが、次の瞬間、目を見開いたヴィートが叫んだ。

「スノア避けろ!」

 それは人の言葉ではなく、竜の言葉だった。
 反射的にスノアが体を動かすと、今までスノアの胴体があった場所、今はスノアの広げた翼がある場所を、ブォンッと音を立て何かが通過した。
 ガクンとスノアが高度を下げた。スノアの翼に穴が開いている。
 だが、それも一瞬の事で、すぐに体勢を立て直すと、その場から全力で逃げ出した。
 どうやら、飛ぶ事自体にはそれほど支障はないようだ。

「すぐに治してやる。みんな、回復させろ」

 スノアの身体に手を添えて『グレーターヒール』を掛けると、アニアもそれに続いて回復魔法を使う。セシリャは慌てた様子で【アルケミストポーチ】からポーションを取り出すと、スノアの体にかけ、ユスティーナもそれに続いた。
 過剰回復で爆発でもしないか心配になるほどの治癒は、スノアの体を一気に回復させ、空いた穴は簡単に塞がってしまった。しかし、よく見ると傷は残っているので、後で綺麗に治してやろう。

「落ちるかと思ったわ……。あれは風魔法か? ……そういえば、ここは大空の神のダンジョンか」

 浮島攻略で対峙した魔物達は、その多くが風魔法を使って来ていた。
 その事を忘れていた訳ではないのだが、見えていた飛行物に目を奪われてしまった。

「スノアは風魔法だけを避けてくれ。白い飛行物はセシリャが頼む」
「分かったよ! ちょ、ちょっとこの場所は怖いけど、頑張る!」

 俺の言葉にセシリャは一瞬視線を下方に向けて言った。スノアも鳴き声で応えてくれる。

「じゃあ、そろそろ反撃するか! スノア、出来る限り奴の上を取るように動いてくれ」

 防御はとりあえず、セシリャとスノア、そしてヴィートに任せる。
 俺は鉄の槍を取り出して、スノアの背中の上から投擲をする事にした。



 戦いから三十分ほどが経った。俺は一体何本の槍を投げただろうか?
 数にしたら五十は超えているであろう投擲回数にも関わらず、あの馬鹿でかいクジラは悠悠と空を飛び回り、俺達を追ってきている。
 二百メートルはあるだろうクジラに対して、俺の槍なんて棘が刺さったような物だって事は分かっている。それにしたって、分厚い皮膚に阻まれて、突き立てる事しか出来ないとは思わなかった。

「鉄の槍じゃ歯が立たねえ……」
「パパ、ルーンメタルの槍は?」
「それな……あいつを倒したら回収不可能だろ? だから、貴重なルーンメタルや、アーティファクトは投げる気がしないんだよ」

 今まで投擲していたのは、全て青銅や鉄の槍だ。ユスティーナの質問に答えた通り、外す気は全くないのだが、あれを倒したら確実に武器は失うだろう。
 ルーンメタルの槍は大分数が揃ってきたが、それでも簡単に失うには惜しい。

 そんな俺の憤りに反して、アニアの放つ魔法は効果的だった。

「ライトニングッ!」

 今も激しい光を発すると、魔法技能レベル3で扱える『ライトニング』が、極太の稲妻になってクジラに襲いかかっている。
 それ以外にも『ファイアボール』は、クジラの背中を広範囲で焼いたし『ストーンアロー』が雨のように降り注ぎ、その度にクジラは身体を捻って嫌がるそぶりを見せていた。

 それ以外でも、セシリャが爆弾ポーションを投下すれば、爆発で体を焦がしている。
 だが、それも表面を焼くだけだった。マジでどんだけ分厚い皮膚をしてんだよ。
 あの分厚い皮膚の下に攻撃を届かせない事には、どうにもなりそうにない。

「兄ちゃん、俺がクジラの口の中に飛び込んで倒すってのはどう?」

 【月下の円盾】が弾き砕いた破片から、アニア達を盾で守るヴィートが言った。

「そんな事に許可が出せる訳ないだろ……」

 ここまで来ると、もしかしたら、それが正しい攻略方法な気もして来る。
 だが、そんなリスクを伴う事は、俺が行くならともかく、許可出来ない。
 あれに一定距離近付くと、拳大の岩をマシンガンのように打ち出してくる。
 そして、そこから更に近づくと、クジラの体の表面から、魚が浮き出てきて襲ってくる。
 そいつらは、ナイフを投げて何とか全滅させたのだが、近付くだけでおっかない。
 これらは、他にも攻撃方法がないかと考えて、俺のマジックボックスの中に溶岩が入ってる事を思いだし、ポッポちゃんに飛んでもらい背中にぶっ掛けてみた時に判明した攻撃方法だ。

 溶岩にはクジラは激しく暴れて嫌がった素振りを見せたが、その反撃に会い逃げる事となった。
 まあ、嫌がったんだけど、それでも体の表面を焼いただけだったから、実はあまり効果的じゃなかった可能性もある。

 ともかく、もうそろそろスノアも飛び続けて疲労が溜まってきている。
 浮島に降りる事が出来ないので、休憩も取れない。決着を付けないとジリ貧って奴だろう。
 俺は惜しいと思いながらも、マジックボックスからルーンメタルの槍を取り出した。

「あぁっ! 勿体ないけど、仕方がねえっ! 食らえ!」

 投擲したルーンメタルの槍が、ブンッと暴力的な音を発しながら急降下していく。
 途中にあった雲の塊が、巻き起こった風圧で吹き飛んだ。
 一直線にクジラの頭部へと槍は落ちていく。
 そして、クジラの頭部に命中すると、ほとんど抵抗を見せずに飲み込まれていった。

「……クソッ! まだ動けるのかよ!」

 これで終わりかと思ったのだが、クジラはまだ倒せないようだ。
 大きな雄たけびを上げると、こちらに向かって上昇を始めている。
 確実に頭の中心に刺さったと思うのに、タフな奴だ。

「もう一発くれてやる……」

 こうなったらやけだ。一発で無理なら終わるまで投げてやる。
 俺はまたルーンメタルの槍を取り出して、狙いを定めた。
 今度の槍も頭部へ命中して飲み込まれていく。クジラの動きが鈍ってきたように感じるが、まだ足りないらしい。
 俺は再度ルーンメタルの槍を投擲した。
 今度も頭部へと飲み込まれていき、ここからでも見える黒い穴を作り出している。

「あの穴に追加で入れられれば……っ!」

 そんな考えに行き着いたが、投擲術レベル5の俺にしても、至難の業だろう。
 だが、俺は攻略法が見えた気がして、思わず自分の口角が上がるのが分かった。
 しかしその瞬間、セシリャの緊張感の感じられない声が聞こえてきた。

「あっ、入るかも」

 何の事かとセシリャを見ると、その視線はクジラに向けられている。
 一体何を見ているのかと思い、再度クジラに視線を向けると、その直後クジラの頭部が爆ぜた。
 クジラの頭部が盛り上がったと思うと同時に、肉の花が咲いたのだ。
 あれは明らかに内部からの爆発によって生まれた現象だろう。
 という事は、爆発ポーションをルーンメタルの槍で作り出した穴に入れたのか?
 ホールインワンかよ! 投擲術がある俺でも、槍ならともかく、あれで出来る自信ねえぞ!

 何となくクジラの高度が落ちているように感じる。
 先ほどまで飛んで来ていた攻撃も止んだ気がする。
 そう思った束の間、セシリャが突然声を上げた。

「あっ、やったかも。ねえ、やったよね!?」
「えっ!? セシリャお姉さんどうしたの!?」
「レベル上がらなかった?」
「本当だー。二個上がってる!」

 どうやら、あの爆発でクジラに止めを刺したらしい。
 視線をクジラに向けてみると、光の粒へとその姿を変えている。
 最後の一撃だけで沈んだわけではないだろうが、それでも今までの苦労は何だったのだと、考えさせられるわ……。あぁ……槍が落ちていく……。って、ドロップ品とかどうなんだよ!

 目を凝らしても、落ちていく俺が投げ付けた武器しか見えない。
 もしかしたら、あの中に紛れている可能性もあるが、相当数の槍を投げたし、背中で固まった溶岩の所為で全く分からなかった。

「あれじゃあ、回収は無理なのです……。ゼン様、気を落とさないで」
「勿体ないけど仕方がないからな。むしろ、この程度の損害でダンジョンボスに勝てたんだから、儲けものだと思おう」

 俺を慰めようとしてくれたアニアと手を繋ぎ、落下していく武器達を見る。
 あの中には結構古くから使っている物もあったな。
 本来武器は消耗品だし、今までよく頑張ってくれたと感謝を送ろう。

「兄ちゃん、クリスタル出たよ。ほらあそこ」

 俺らの中で一番の超感覚を持っているヴィートが言った。
 その視線の先には、小さな浮島があり、その真ん中にクリスタルが出現していた。

 早速その浮島に向かうと、そこにはクリスタルの他にも、その側には数点のアイテムが転がっていた。ボスを倒すと毎回得る事が出来る宝石箱や、エーテル結晶体、それに一本のインゴットだ。
 駆け寄っていったユスティーナがインゴットを拾い上げると、それに続いていたヴィートが目を丸くしている。

「オリハルコンだって、凄いねー」
「凄いじゃないよ。こんな一杯あったら、俺の剣がまた強くなっちゃう! あー、でも勿体ないか!」

 そういえば、ヴィートはどうせ使えないからとアーティファクトはいらないと言い、加護も身体に影響が出るからまだいいと言って、受け取る気がなかった。
 何かいいマジックアイテムが出たら譲る予定だったのだが、あれを渡せばいいだろう。
 古竜にとっては、アーティファクトより価値がありそうだからな。
 その事をヴィートに告げてみると、本人は驚いた様子で否定した。

「駄目だよっ! こんな一杯は爺ちゃんも持ってないと思うよ!? 俺はこの剣をもう少し強くしてくれればいいからさっ!」
「そうは言ってもな……じゃあ、シラールドと半分に分けるってのでどうだ?」
「それなら……いいのかな? じゃあさ、それで剣の強化と防具作ってよ」

 シラールドもこの度では加護もアーティファクトも不要だと言っている。
 それを知っているヴィートは、彼と同じ条件ならばと思ったのか、了承してくれた。
 防具を付けないシラールドも、オリハルコン製ならば喜んで着けてくれるだろう。
 時間が出来たら作るかな。

 さて、加護を得る者は、このダンジョンに入る前から決定していた。
 このダンジョンを選んだ理由でもあった、大空の神の力を得るのにふさわしい者だ。

「ポッポちゃんッ! 強化の時が来たぞ!」

 俺はポッポちゃんの名を叫ぶ。
 ユスティーナが拾った、宝石箱の中見を覗き込んでいたポッポちゃんが、体を震わせ俺を見た。

「ポッポちゃん、クリスタルに触れるんだ。強化の時が来たんだぞ!」

 ポッポちゃんは俺の言葉を飲み込むように、首を傾けて聞いている。

「ママ、加護だって。クリスタル触ると貰えるんだよ!」

 ポッポちゃんを肩に乗せているユスティーナも、ポッポちゃんに話しかけている。
 ポッポちゃんにはサプライズを届けようと、今まで教えてなかった。
 まさか、自分が貰えるとは思っていなかったのだろう、鳩が鉄砲を食らった顔をしている。
 だが、次の瞬間、ポッポちゃんが高速で俺の下へと飛んできた。
 そして「二個めなのよ! 主人!」とクゥッ! と鳴いて、何だかよく分からないテンションで、俺の胸元で暴れている。

「二個目でも良いんだよ。ツンツンしてみ」

 胸元で俺を見上げるポッポちゃんにそう言ってやると、ポッポちゃんはクリスタルへとゆっくりとクチバシを近づけ、優しくキスをするように突いた。

 ポッポちゃんがクリスタルに触れると、突然目を閉じて体を震わせ始めた。
 ひさしぶりの進化の挙動に、俺の期待が高まる。
 大鳩のポッポちゃんは、一度神の加護を得たが、その後はまた能力が伸びなくなって来ていた。
 もう完全に種としての限界に来ている。後は加護を得るしか、今の所は力を伸ばす方法がない。

 ポッポちゃんの震えが収まってきた。何だか見た目が全く変わっていないのだが、もしかして駄目だったのだろうか……
 そんな心配をしながら、目を開けたポッポちゃんに話しかけてみる。

「どう? 力は増えた?」

 ポッポちゃんの反応が薄い。何やら思案顔をしている。
 まだ授かった加護の力に困惑しているのかと思っていると、突然ポッポちゃんが俺の腕の中から降りると、地面の上で羽ばたき出した。
 ポッポちゃんはまだ思案顔だ。バサバサと激しい風が起きる。その風圧はとても鳩が出せる物ではないが、これは前から出来る事だ。

「ゼン様、ポッポちゃんどうしたのです?」
「分からない……。でも、何かを試してるって感じだな」

 アニアの質問に答え、俺は腕を組んでポッポちゃんを見守る。
 いつの間にか、ポッポちゃんは思案顔からキリリとした表情になっており、俺の目の前でホバリングを始めた。
 そして「主人! 見てるのよ!」とクルゥッ! と鳴くと、ポッポちゃんの翼が数倍の大きさになった。いや、それは見間違いだ。翼にオーラのような物が見える。

「何じゃそりゃ! ポッポちゃんどうなってんだよ!」

 思わずそう口にすると、ポッポちゃんがクルッと短く鳴いて空を飛び始めた。
 今までも、近距離での飛行は目で追うのがやっとだった。それが、更に速度を上げている。
 というか、早すぎてブンブン変な音がしている。墜落しそうで、ちょっと怖いんだけど!

「ポッポちゃん、分かったから!」

 俺がそう叫ぶと、ポッポちゃんは速度を落として俺の胸へと飛び込んできた。
 そして、肩の上へとよじ登って来ると、何度も頭を俺の頬へとこすり付けてくる。
 ポッポちゃんが止まらない。物凄いポッポちゃんの匂いを感じる。

「ポッポちゃん……」

 よく見たらポッポちゃんは興奮しすぎて、口をぱっかり開けながら、何時ものまんまるおめめを更に見開いていた。ちょっと怖い……
 俺は「主人、しゅ……、主人、しゅじゅ……、主人」と俺の名前を呼び続けるポッポちゃんに、若干の病みを感じながら、なすがままにされていた。

 ようやくポッポちゃんの興奮が収まった。早速このダンジョンのアーティファクトにご対面だ。
 クリスタルが砕けた場所に浮いているのは、何やらまん丸の物体だ。
 若干、底が平らなので、地面に置いたら転がる事はなさそうだ。

「謎の物体なのです……」

 アニアが俺の後ろで呟いた。

「謎……。アニアママ、それ好きだね」

 アニアの声が聞こえたのか、ユスティーナが答えていた。

「それでゼン殿、これは何?」
「ボールみたいだけど、硬そうだから違うか」

 セシリャが俺の隣りから顔を出し、アーティファクトを覗き込むと、俺の反対側からヴィートも身を乗り出してきた。
 質問をされても、俺にも答える事が出来ない。アーティファクトなのは間違いなのだろうが、その外見からは用途が全く分からないんだ。
 とにかく、それを解決するために、俺はアーティファクトを手に取って鑑定をした。

 名称‥【空浄球】
 素材‥【アダマンタイト 】
 等級‥【伝説級レジェンダリー
 性能‥【浄化】
 詳細‥【大気の神のアーティファクト。周囲の空気を浄化する】

 空気清浄機かよ……ぶっちゃけハズレ感が……。てか、説明が簡単すぎるんだけど……
 いやいや、待て。神様が聞いてるかもしれないんだぞ! ゴホンッ! これは素晴らしいアーティファクトかもしれん!
 一瞬心の中に生まれた否定の言葉を、激しく肯定し直して、神様からのお怒りを防いだ。
 いや、もう手遅れかもしれないけど……

 訳が分からない物だが、とりあえず使ってみる事にした。
 本体の上部に一つあるボタンを押すと、ぐるっと一周している切れ目に光が灯りだした。
 その姿は、本当に家電みたいで前世を思いだし、ちょっと感傷的になってしまった。
 だが、そんな俺の心は、突然鼻腔に感じた違和感で打ち消された。

「あれ……何か空気が美味い?」
「本当なのです、ゼン様! 何やら安心する感じ……? なのです!」

 アニアが感動した様子でそう言うと、みんなも同じような事を感じたらしい。
 確かに何だか安心するぞ……どんな現象だよ。
 とにかく、これ結構いいわ。マジで俺の寝室に置いときたい。
 あっ、そういえば、セシリャには一つアーティファクトを譲るんだよな。ちょっと聞いてみるか。

「セシリャ、このアーティファクト欲しい?」
「良い物だと思うけど、扱いにちょっと困っちゃうね。置いててなくなったらやだし。それなら売ると思うから、ゼン殿が持っていた方がいい」
「分かった。じゃあ、今回の宝石箱はセシリャが全部貰ってくれよ。後でドロップ品の山分けはするけど、前回はヴィートにやったし順番だ」
「ありがとう。うわぁ……私お金持ちになったかも?」

 セシリャに宝石が詰まった箱を渡すと、大事そうに受け取った。
 全部を売れば大金貨百枚は固いから、生活していく上で必要な物を買うのには困らないな。

 こうして二つ目のダンジョン、大空の神のダンジョンは攻略となった。
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