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第九章 戦役

五話 大空の神のダンジョン

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 再生の神のダンジョンから、次の目的地に辿り着いた。
 周りを濃霧に囲まれた場所にある、大空の神のダンジョンだ。
 シーレッド王国と、レニティ国の国境に当たる山脈に存在するこのダンジョンは、空を移動できるから簡単に昇ってこられたが、足を使っていたら麓から数日を要していたかもしれない。

 この場所は再生の神のダンジョンのように軍事化はしていない。警備の兵士が極僅かいるだけだ。
 普通に昇ったら、それだけで何日も掛かるこんな場所は、シーレッド王国もレベリングやエーテル結晶体の収集に向くとは考えないだろう。

 まるで、山岳にある休憩所のような小屋に、俺は隠密を使って侵入する。
 小屋はそれなりに大きさがあって、人数も十人ほどを探知で捉えた。
 毎度の事だが、全員を無効化させてもらう。
 今回も不殺を貫いた。
 一応理由はあるのだが、今回はユスティーナにも侵入と敵の無効化を経験させたからだ。
 しかし、まだ隠密スキルレベル2のユスティーナは発見されてしまった。
 敵兵の挙動を把握していたので、問題なく対処出来たが、ユスティーナは落ち込んでいる。

「パパみたいに上手くいかないなぁ……スキル3になったら大丈夫?」
「そうだな。だけど、完全にばれないようになるには、スキル4は必要じゃないかな? それでも、エリシュカとかには通じないけどな。あいつの後ろから忍び寄って、腹を掴むにはスキル5がいるな」
「うぅ~、道は険しい!」

 ユスティーナはそう口にするが、生まれて数年でこれほど強くなっているのだから、この子も異常だと思うんだよな。
 俺が持っていたスキルの適性を持っていて、尚且つ早い段階で高い知性があったから、訓練も効率よく覚えてくれる。
 まだ少しオマメ的な所がある。だけど、殆どのスキルがスキルレベル2の段階だから、あと一歩踏み上がれば、何にでも対応できる万能っ娘に変身してくれると思ってるんだよね。
 ただ、本人は魔法を使いたがってるから、その未来があるかは未定だけど。

 警備の兵は、小屋の中にあった牢屋に閉じ込めている。
 二つの牢屋には四人分のスペースしかないが、我慢して濃厚な空間を楽しんでほしい。
 水も食料も数日分置いてきたから、当分放っておいても大丈夫だろう。

 俺達は早速ダンジョンへと向かう。
 入り口は、とても不思議な構造をしていた。
 幾何学模様が描かれた、平たく円形の石の上に、これまた円形の輪が浮かんでいるのだ。
 感覚的にはフラフープが宙に浮いている。そんな感じだ。

「んじゃ、俺が先に行くね。様子を見て戻ってくるから待ってて」

 みんなが見守る中、俺は円形の石の上へと一歩踏み出した。
 入り方は簡単で、この輪の真下に行くと移動できるらしい。
 次の瞬間には、ダンジョンの中へと移動していて、その光景に目を奪われてしまった。

「これまた絶景だな……」

 俺がそんな声を上げていると、突然背中に何かが強くぶつかってきた。

「ゼン様ッ!? か、身体は大丈夫なのですか!?」

 俺の背中に突撃してきたアニアが、涙目で俺の身体をさすっている。
 本人は必死な形相なのだが、ちょっと変な所まで触るのは止めてほしい。

「ちょ、落ち着けって。どうしたんだよ一体」
「だって、ゼン様の身体がギューって細くなって吸い込まれたんです! 死んじゃったかと思ったのです!」

 なるほど……。ダンジョンに入る時のエフェクトみたいな物を見て、驚いたのか。
 確かにそんな事になったら俺もびっくりする。
 けど、ゲームとかで慣れてるから、この世界の仕組みの一部を知ってる身としては、多分驚くの意味は違うんだろうな。

 アニアは一頻り俺の体を確認すると、何もなかった事にようやく安堵したようだ。

「それにしても……俺に何かがあったと思ったなら、そんなところに突っ込んで来るなよ……」
「だって……だって……」

 アニアは自分の慌てようが恥ずかしくなったのか、モジモジとしだした。
 可愛いからちょっと抱きしめちゃおうかなと思ったら、いきなりシラールドが現れた。

「……無事だったか」
「後十秒待ってほしかった」

 思いっきりデレッとした俺の顔を見たシラールドの視線が痛い。
 完全に”これだから若者は”みたいな顔をされている。
 そりゃ、俺の実年齢の何倍も生きてる奴に比べたらそうだろうけどさ!

 シラールドが一度ダンジョンから出ていった。残りのみんなを連れてきてくれるのだろう。
 両肩を掴んでいるアニアの顔を見てみると、周囲を見回して呆けていた。

「ここも物凄い場所なのです……」
「あぁ、この世界のどこかに、こんな場所が本当にあるのかもな」

 身を寄せる俺らの視線の先には、空に浮かぶ大小の浮島が見える。
 俺達が立っているこの場所も、その浮島の一つで、少し移動して端から下を覗き込むと、眼下には雲の海が広がっており、その下がどうなっているか全く分からない。
 だが、確実に分かる事は落ちたら死ぬ高さだという事だ。
 小さい物は俺達が今いるこの島と同じぐらいで、車が六台ぐらい止められる駐車場ほどの広さだ。
 大きい物でも、学校一つ分が乗れる程度の大きさだろう。
 それが高低差を持って視線の先に浮いている。
 そんな、俺も思わず溜息を吐いてしまうほどの光景が、目の前には広がっていた。

 二人で感動していると、後ろからはダンジョンに入ってきたみんなの声が聞こえてきた。
 俺とアニア同様に、広がる風景に感動を味わっている。

 さて、このダンジョンに関しては、実は情報がほとんどない。
 過去に飛竜部隊で攻略を試みたらしいのだが、誰も帰ってこなかったらしい。
 飛竜部隊は非常にコストが掛かる部隊だ。失う危険があるならばそう簡単に出せない事もあり、その後の追加調査もされていない。
 分かった事は、周辺に浮いているあの島々には魔物の姿があるという事だけだ。

「ここで感動してても仕方がないし、早速乗り込んでみるか」
「うむ、気を付けていかれよ。帰ってこなかったら、ワシも乗り込むからな?」
「あぁ、その時は頼むよ」

 今回、シラールドはお休みだ。
 ラーレと共にあの監視小屋に残ってもらう。
 ラーレがもうダンジョンに入るのは怖いから嫌だと言ったからだ。
 俺もそれには同意なので、食料やら暇つぶしの道具などを置いてきた。

 シラールドに関しては、先のフェニックス戦で張り切りすぎて何度も死にかけたので、疲労があるらしい。
 幾ら無敵に見えたアーティファクトでも、万能ではないのだろう。
 でも、あいつは笑いながら自分からフェニックスに突っ込んでたんだよな……
 その度に体を真っ黒な炭に変えてたからね……
 遊園地に来た子供かよ、ってはしゃぎようだった。

 スノアに乗り込んだ俺達は、一番近くの浮島を目指す。
 眼下に広がる風景を見ていると、アニアが言った。

「ラーレ様は連れてこないで正解でしたね。多分怖くて泣いちゃうのです」
「だな……さっきから、セシリャが俺を掴む力が半端ない」

 俺とアニアの会話が聞こえていたのか、セシリャが俺を見上げた。

「だ、だって、落ちたら死んじゃうんだよ!? 私はみんなが怖がらない方がおかしいと思う!」

 セシリャは耳をピンッと立たせて俺に捲し立てた。
 怖いのかそうじゃないのか、よく分からないテンションだな。

 俺達大人組がそんな会話をしていると、スノアの首に跨ったヴィートと、あぐらをかいた俺の足の中にいるユスティーナが会話をしていた。

「やっぱ、ダンジョン内に入ると竜に戻れないんだなあ」
「ヴィート君が竜で戦えたら、攻略が簡単になりそうだね。空の上から島にブレス撃てば魔物も一発!」
「ユスティーナは段々兄ちゃんみたいな事言いだしてきたな」
「えぇっ! 嬉しい!」

 うんうん、ユスティーナは良い子だなあ。
 それに引きかえ、ヴィートは何でユスティーナの反応にちょっと嫌な顔をしてんだよ。

 先行していたポッポちゃんが、こちらを向いて鳴いている。「主人! キマがいるのよ! 五匹もいるのよ!」とクルゥクルゥと興奮した様子を見せている。

「あの浮島にキマイラが五匹もいるらしいぞ。油断できる相手じゃないから気を付け……スノア、ブレス撃てるか?」

 俺はみんなに向かって話しかけていたのだが、途中で自分が何に乗っているのか気付いた。

 だが、俺達が乗っている状態でブレスを撃たせた事はなかった。
 その事が少し心配でスノアに訊ねてみると「お任せを。しっかりとお掴まりください」とグルゥと鳴いて答えてくれた。

「みんな、スノアがブレスを撃つから掴まってくれ」

 俺はそう言いながら、身を寄せてきたアニアの腰に手を回す。
 更に、前に座っているユスティーナの腹に手を添えて支えてやる。
 最後にセシリャが俺の腕を両腕で抱え込んだ。
 セシリャは両目を閉じて、うーうーと唸っている。なんて顔してんだよ……必死だな!
 ヴィートは俺から少し距離があるから手が届かないが、まあ大丈夫だろう。

 浮島に近付くと、スノアが身体に力を込めだした。
 若干、スノアの体温が上がっている気もしてきた。
 だが、顔の前に流れてくる空気には、肌をピリッと冷やす冷気だった。
 次の瞬間、口を大きく開けたスノアがブレスを吐き出した。
 その凄まじいエネルギーは、スノアを一瞬浮き上がらせた。
 僅かな上昇だったのだろうが、その反動で身体が宙に浮く感覚が襲ってくる。

「ヒッ、ヒィィィ」

 俺の腕を抱きしめるセシリャが、とんでもなく情けない声を上げた。
 面白いんだが耳の近くでは止めてくれ!

「いやあぁぁっ!」
「うわー、パパ―。こわいー」

 一瞬遅れてアニアとユスティーナが悲鳴を上げながら俺に抱き着いてきた。
 お前ら絶対ワザとだろ……。特に、ユスティーナの棒演技が酷かった。

 探知で捉えていた五匹のキマイラの内、三匹が今のブレスで倒された。
 残る二匹も大きな被害を受けたようで、こちらを見上げながら弱い唸り声を上げている。
 しかし、その声もすぐに消えた。
 ブレスが放たれた後に、浮島に向かって急降下していたポッポちゃんが、岩の槍を降らせると、残っていたキマイラもすぐに光の粒となり消えていった。

「これは、スノアにブレスを撃たせるだけで、楽に攻略できるんじゃ……?」

 浮島にアイテムの回収をする為に降り立ち、俺はついそう漏らしてしまった。
 それを隣りで聞いていたアニアが口を開く。

「スノアのブレスがなくとも、ゼン様が槍を投げたら終わりなのです」
「そうだよな。でも、ここが序盤かは分からないけど、いきなりキマイラ五匹は、このダンジョンは難易度が高いのかも」
「そうですね。でも、嵐の神のダンジョンみたいに、人数制限がないみたいですから、本来は大人数で攻略する場所なのかもしれないのです」

 たしかに侯爵や王が本気になって飛行部隊を編成したら、キマイラ程度は問題ないだろう。
 まだこの先に何がいるか分からないが、スノアレベルのドラゴンを従えていれば、そう苦戦する事もない気がしてきた。

 スノアがブレスを再度撃てるようになるまで、少し休憩が必要だ。
 俺はその間に周りの様子を探るべく、ポッポちゃんに掴まって空を飛んでいく。
 浮島を探知の範囲に捉えると、小さい浮島には比較的単体で強い魔物がおり、大きい島にはとにかく数多くの魔物がいる事が分かった。
 上空からそれらの島を見ても、建造物などは見当たらない。
 雰囲気的には嵐の神のダンジョンに似ているので、一つ一つ島を攻略して、そこで何かを探すのが手っ取り早い気がしてきた。

「んじゃ、まずはあそこの島に降りてみるか。ポッポちゃん頼んだ」

 俺は小さな浮島の一つを指差して、ポッポちゃんに指示を出す。
 「はい、はい、なのよ!」と機嫌よく返事をしてくれたポッポちゃんが、落下しながら速度を上げて浮島に近付く。着地間際にふわりと上昇し、最後は優しく俺を運んでくれた。
 俺が着地すると、取り囲むように魔物が姿を見せ始めた。

「……あの魔王みたいなタイプもいるのか。これは、ちょっと気が抜けないか?」

 探知の強さ的に余裕で対処出来る相手だ。だが、その姿に一瞬身構えてしまった。
 何故なら、俺の周りを取り囲んだのは、あの俺が戦った魔王に似た、人型で背中に翼を持つ悪魔族のような姿をした奴がいたからだ。

「とりあえず、全力でやるか。ポッポちゃん、皆殺しモードでいくよ」

 ポッポちゃんが「やるのよ! あたしの本気見せるのよ!」と気合を込めた。
 それを心強く思いながら、俺は【テンペスト】を片手に、魔物達へと突っ込んだのだった。



「小さい島には強い敵。大きい島には弱い敵? じゃあ、私は大きい島でがんばろうかな」

 幾つかの島を攻略して戻ってきた俺は、このダンジョンの様子をみんなに伝えてみた。
 すると、ユスティーナは自分の実力を考えてか、こんな事を言い出した。

「俺が守ってやるから、小さい島でも頑張れよ。セシリャも一緒に守ってくれるぞ」
「う、うん。ヴィート君と一緒に守るから、頑張ろうユスティーナ」

 ユスティーナの言葉にヴィートが口を開くと、それにセシリャも続いている。
 あの二人が絡んでいるのは結構珍しいんだよな。
 話しかけるとセシリャが緊張する事を知っているヴィートは、極力自分からは話を振らないんだ。
 あいつは何気に空気が読める。幼い故の無謀さがあるけど、成長したら思量深い古竜になるかも。

 大体の方針が決まり、スノアも回復した所で、固まって行動を始める。
 方針は簡単だ。スノアのブレスは小さな浮島に使って、敵を弱体化させて殲滅。
 スノアが休憩中は、俺達が動いて大きな浮島を攻略していく。

 感覚的にはダンジョンの部屋だけを攻略するのに似ている。
 一度敵を倒した浮島は、再度沸く様子が今の所ないので、休憩も楽だ。

 ここのダンジョンはドロップ品が結構良い。
 エーテル結晶体は比較的大きめな物が多いし、ドロップ品はそれなりに金になりそうだ。
 だが、俺らが装備している物と比べると、その価値は見劣る。これは殆どを売却する事になるだろう。幸い、家に帰ればその手の事を頼める人材がいる。自分の所で売れるのは、冒険者ギルドなどに変なマージンを取られないから最高だね。

 二か所の大きな浮島を攻略して休憩していると、アニアが俺に訊ねてきた。

「ここは、敵を全滅させたらボスが湧くのでしょうか?」
「今のところはその可能性が高いな。嵐の神のダンジョンみたいに、そのエリアのボスが湧くって事もないみたいだし」
「それなら、今のペースだと野営は必要なさそうなのです。日帰りでダンジョン攻略が出来ちゃうなんて……。ゼン様と一緒だと、やっぱ常識がおかしくなるって分かるのです」

 アニアはそんな事を言って笑った。

「それを言ったらアニアも大概だと思うんだけど? 君、このダンジョンに入ってから魔法連発してるのに、一向にMPが尽きる気配ないじゃん」
「私もびっくりなのです。本当に加護の力は凄いって、身を持って感じました。それに、このアーティファクトの力も予想以上なのです。私、今なら聖女って呼ばれても、気後れしないでいられそうなのです。全部ゼン様のお蔭! ……早くゼン様にお礼したいのに、なかなか時間が取れないのです」

 みんなからちょっと距離があるとはいえ、アニアが大胆すぎる。
 俺の聖女様がジョブチェンジして性……いや、止めとこう。
 アニア以外も、みんな長時間ダンジョンに籠っていただけあって、いろいろと溜まってる。
 このダンジョンを攻略したら、本気でどこかの町で休憩をしようと決心し攻略を再開した。

「ゼン殿が物凄い頑張ってる……。私も気合を入れなきゃ……」

 次の浮島を攻略した時に、セシリャの真面目な視線を感じると、そんな声が聞こえてきた。
 ご免よセシリャ。俺は物凄い不純な動機で頑張ってるんだ……
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