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第九章 戦役

幕間 はらぺこ無双とがんばる弟君

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 ラーグノックの中心地にほど近い一軒家では、一体の古竜が優雅な時間を過ごしていた。

「…………今日はお祭り」

 リビングのソファーに寝そべる彼女の目の前には、山のように積まれた菓子類がテーブルを埋め尽くさんとばかりに並べられていた。

「…………みんながいないのも良い」

 普段は憂鬱そうなエリシュカの表情も、今日は目を輝かせている。
 エリシュカは可愛らしい手、一杯に焼き菓子を掴むと口に放り込んだ。

「…………あの店は腕を上げた。えらい」

 ゼン達が街を発ってからの数週間は、このような暴飲暴食はしていなかった。
 だが、暇な毎日に飽きてきたエリシュカは、与えられた小遣いで買えるだけの菓子を買い集め、一人宴会のような事を始めた。
 今日はその初日だ。

 だが、開始から十分が経過しようとした時、宴会は突然の終わりを見せた。

「ふ~ん、これだけ食べたら今日のご飯はいらないわよね?」
「…………ッ!!」

 あまりにも食べる事に集中しすぎて、エリシュカは自分の後ろに、この家における食事の配給者の一人が立っている事に、気付く事が出来なかった。

「…………これはお昼ご飯だから。ですので」
「あら? さっき一緒にお昼とったわよね?」
「…………ナディーネ、許して」
「別に怒ってないわよ。エリシュカちゃんが、みんないなくて寂しい事は分かってるから。ただ、食べすぎは駄目ってゼン君に言われてるからね。覚えてるわよね?」
「…………うん、覚えてる。さびしかったから食べた。だから今日はおわり、おわり」

 エリシュカはそう言いながら、机の上に広げていた菓子を、自身の腕に身に付けたマジックボックスの中へとせっせと収納していく。
 この腕輪型のマジックボックスは、この家に来た当初は祖父であるクサヴェルからから受け取ったままの、何の変哲のないデザインだった。
 だが、ゼンやアニア達に合わせたいがために、同じ職人に依頼をして作り直していた。
 それはお菓子先生である、アニアに合わせた、花をモチーフにした造形だった。

 家事の続きがあると、立ち去ったナディーネの後ろ姿を見ながら、エリシュカは一人呟く。

「…………まだ二ヶ月なのにさびしい?」

 先ほどはナディーネに同調して寂しいと口にしていたが、エリシュカにその感情はなかった。
 見た目は十三才ほどのエリシュカだが、実際に生きている歳は前世のゼン以上だ。
 そんな時間の感覚が人間とは違う彼女からしたら、数ヶ月会えない事は、苦痛を感じる時間ではなかった。

「…………さっきは油断した。どこかで隠れて食べる。…………ゼンの部屋。あそこは頑丈」

 夕食の時間まで、後三時間はある。
 時間の感覚が違う古竜でも、それだけは耐える事が出来なかった。
 いや、古竜の名誉の為に言えば、これはまだ成体になっていない上に、異常な食い意地の張った腹ペコ古竜だからである。

 今度は誰にも発見されずに好きなだけ喰らうために、エリシュカは慎重を期して一度耳を澄まし、古竜の超感覚で辺りを探った。

「…………変なのいる?」

 ゼンが家を出てからの日課として、エリシュカは一日数度はこうして家の敷地内を探っていた。
 今回の目的は自分が菓子を食うためだったが、家を守ると言った約束を果たすための自分に課した仕事だった。

 そんなエリシュカの耳に、普段は聞き慣れない足音が混ざっていた。
 まだ家の敷地には入っていないが、それはすぐにでも侵入できる距離だ。
 エリシュカは耳に手を当てて音を探る。
 その可愛らしく小さな耳がピクピクと動くと、また新しい音を拾った。

「…………入ってきた」

 それは複数の人間が、壁を乗り越えて侵入してきた音であり、わずかに聞こえた金属音は、賊が武装している証拠だった。
 ここまで侵入されると、集中をしなくとも、エリシュカの感覚の範囲に入っていた。

「…………たいへん、たいへん」

 全く変わらない表情からは、危機感を持っているようには感じられない。
 だが、エリシュカは突然降りかかってきた仕事に、若干の戸惑いを感じていた。

 急いで行動を始めたエリシュカは、まずはこの家の中にいる住人を捜すべく移動する。
 向かうは台所。そこでは夕食の仕込みをしているマーシャと共に、セシリャの母親マイテ、それにナディーネの姿があった。

「エリシュカちゃん、我慢できなくなったの? ちょっと待ってね、今パンを出してあげるわ」
「母さん、私が今さっき叱ったばかりなのに……」

 台所にエリシュカが姿を現すのは、大体が食事の催促だ。
 それに慣れているマーシャは、すぐに用意が出来るパンを棚から取り出した。

「小さな竜さんは、本当にたくさん食べるのね。こっちもいる?」

 そう言いながらマイテもパンを差し出した。

「…………ありがとう。でも、違う。三人こっちきて」

 エリシュカは渡されたパンを頬張りながら、仕込み作業をする三人を呼んだ。

「ちょっと、どうしたの? まさか足りないの!?」
「…………敵が家に入ってくる。はやく」

 エプロンの腰紐を掴まれたナディーネは、戸惑いながらも振り返ると、エリシュカの口から発せられた言葉を聞いて一瞬呆けてしまう。
 それも当たり前だろう。この家は街の中心街にある。
 そこに敵が侵入出来るとは想像ができなかったからだ。

 だが、エリシュカは確実にその気配を察知していた。
 実際に敷地外に待機していたシェードの一人は、既に警告を発する事のできない姿へと変えられていたのだから。

「…………しかたがない」

 説明する事を億劫と感じたエリシュカは、そう短く口にする。
 そして、ナディーネに一歩近づくと、腰に腕を回して一気に身体を持ち上げた。

「なっ! 何!?」

 突然の事に驚くナディーネを無視して、エリシュカは更にマーシャも肩に担いだ。

「あらー、力持ちね」

 そして最後に、マイテを無理やり背負ってしまう。

「エリシュカちゃん、これなら歩く方が……ちょっと怖いわこれ!」

 レベルやマジックアイテムがあるこの世界では、子供でも成人を持ち上げる力を持つ事は可能だ。
 だが、実際に少女が成人女性三人を担ぎ上げた姿は、やはり異常な光景だった。

 三人を担いだエリシュカは、階段を駆け上がり二階にあるゼンの部屋に向かった。
 鍵の掛けられていないドアを開け、三人をその部屋の中に下ろす。
 この部屋は、元はこの館の主の部屋だっただけに、一番強固に作られているからだ。
 ゼンが使っている理由は、広いというそれだけだ。

「…………敵がきた。この部屋から出ないで」
「エリシュカちゃん、敵ってどういう事なの? 戦争っ!?」
「…………ちがう。暗殺者?」

 この家でエリシュカが表情を変えるのは、食とゼンやユスティーナに関する事だけだ。
 今回も、何時もと変わらず表情を崩していない。
 その事を理解しているナディーネだったが、変わらぬ様子のエリシュカを見てしまうと、危機を感じられず受け入れる事は難しかった。

「ナディーネ、ここはエリシュカちゃんに任せましょう。お願いね、エリシュカちゃん」
「…………おまかせ」

 マーシャの諭すような言葉を聞き、ナディーネは少し落ち着いたのか、それを受け入れた。
 ナディーネはぺたりとその場に腰を下ろす。すると、ナディーネはふと大きな事を思い出し声を上げた。

「あっ、離れのみんなはどうするの!?」
「…………あっちは大丈夫。多分すぐに消し炭」

 そう口にしたエリシュカは、部屋から出てドアを閉める。
 中から鍵が掛けらた事を確認したエリシュカは、トトトと階段を下りて玄関に立ったのだった。


 話は少し戻り、ラーグノックの宿屋の一室では、複数の男達が身を潜めていた。

「お前達いいな。標的はあの家にいる者であれば、何者でも良いとの事だ。殺して首を回収しろ」
「副将……本当にやるんですか? あの家の中にいるのは子供と老人ぐらいじゃないですか」
「何だ、お前は強者がいる所に忍び込みたいのか?」
「そうじゃないですが……頭に知られたら殺されますぜ?」
「今更だな。これを成功させて俺達は他国で楽しく暮らすんだろ? 帝国にでも行けば、幾ら頭でも俺らを探す事は無理だ」

 彼らはシーレッド王国第二王女セラフィーナが個人的に雇った諜報部隊の男達だ。

「しかし、あの爺さん二人は本当に大丈夫なんですよね? 偵察の一人が逃げたって言うじゃないですか……それに、変な小娘もいるんでしょ?」
「大丈夫だ。あいつは下手に探知が高いから、少しでも実力者がいると怯えやがる。前も大将軍を見て走って逃げてたからな」
「……今回はションベンを垂れ流しながら逃げてましたが」

 その話を聞いて暗部の副将は一瞬苦い表情を浮かべた。
 副将自身も探知で一度ゼンの家を確認している。そこには自分の探知では強さを測れない老人と少女がいた。だが、年長者が高レベルのスキルを持つ事は良くある事だ。
 少女はその老人の孫のようだった。ならば、幼い時からの訓練で隠密スキルが高くなっている可能性は大いにある。
 化け物と言われた魔槍がいない今がチャンスなだけに、副将はその事を軽視した。
 既に無断で首都からこの街に移動して、作戦も実行中だ。
 心の中に芽生えた疑問は多くあったが、彼はもう引き返せなかった。

「とにかく、作戦通り二班に分かれて行動だ。母屋側には俺が、離れにはお前が向かえ。奴隷の中には警備担当の者がいるが、問題のないレベルだ。とにかく、魔槍とその弟がいない今が狙い時。即終わらせるんだ。殺した数が多いほど報酬は増える事を忘れるな」

 今回セラフィーナが彼にした依頼は、家人の首を落とし持ち帰れという内容だ。
 この家にはゼンの家族というべき者と、それとは別にゼンに仕える奴隷がいる。
 母屋に住むナディーネ達の方が報酬は良いので、全てを纏めて山分けという話になっていた。

 宿屋を出た彼らは早速ゼンの家へと向かう。
 ゼンの家は高級住宅街になるのだが、彼らはそこに違和感なく溶け込む事が出来ていた。

 程なくして目の前に現れたゼンの家付近には、その周りで身をひそめるシェードの姿があった。
 先に彼らに気付いたシーレッドの諜報部隊は、一気にそれを沈黙させた。
 余りにも一方的な展開だったが、これは副将が厳選した隊員だけに声を掛けた事や、シェードが争い事に向いていない事が理由としてあげられる。

 難なく家の壁に張り付いた彼らは、作戦通り二手に分かれる。
 一方は離れを狙う部隊、もう一方は副将が率いる部隊だった。


 その頃、ナディーネ達三人をゼンの部屋に運んだエリシュカは、玄関前で仁王立ちをしていた。
 だが、そこに敵は現れない。

「…………あれ? ずるい。後ろからは、ずるい」

 エリシュカは眉を八の字にしながら言った。侵入してきた相手が家の裏手に回ってきたからだ。
 玄関から外に出たエリシュカは走り出す。
 その動きは普段のやる気のない物と比べると、格段に速い。

 裏手に到着したエリシュカは、ドアに仕掛けをして解錠を試みていた四人の侵入者達を見据えた。

「…………巣を壊したら駄目」

 突然現れた少女に、何の躊躇もなく声を掛けられ、暗部の男達は視線を一点にして固まった。

 古竜は優秀な狩人だ。縄張り内で大きな竜の姿で過ごす彼らは、その巨体ゆえすぐに相手に発見される性質を持っている。人間でいう隠密に似た力を発揮して自らの気配を消す事は、獲物を狩り生きていく為の必須の技能だった。
 それは、特に食い意地の張ったエリシュカなら尚更だった。
 それ故に、探知や隠密を主なスキルとする暗部の男達でも、接近に気付けなかった。

「ッ! やれ!」

 いち早く動揺から復帰した副将が指示を出す。
 その瞬間、暗部の男達は懐から取り出した刃物をエリシュカに向けながら駆けだした。
 自分が戦う場所は家の前だと考えていたエリシュカは、踵を返して後退する。

 家の前の広間まで来ると、エリシュカはそこで立ち止まり男達に振り返った。
 男達はその様子を見ると、追跡の速度を落としてエリシュカを囲いだす。
 男達がジリジリとエリシュカに迫る。
 だが、エリシュカはそんな事は気にもしていない表情を見せながら、口を開いた。

「…………貴方達はゼンの敵?」

 エリシュカの質問に、一瞬男達は動きを止めた。しかし、男達からの返答はない。
 男達はすぐに刃物をエリシュカに向けながら動き出した。

「…………そう。沈黙は肯定。巣を荒らす者は敵。ゼンの敵は私の敵。敵は……許さない」

 エリシュカはいつも通りの憂鬱そうな表情でそう言った。
 次の瞬間、エリシュカの両手には短剣が握られていた。
 青白い刃には、年輪のような模様が見える。鈍く光を放っており、明らかに魔法的要素を持っているのだと分かる。
 薄碧色に光る柄はミスリルだ。鍔の部分には竜を形作った細工が施され指を守っている。
 竜の口は大きな宝石を咥えていた。二本の短剣それぞれに、片方は青、もう片方は白だった。

 エリシュカが短剣を逆手に構えると、近付いてきた男の一人に向けて振るった。
 男とエリシュカの間には、人間二人分は距離があるというのに、男の首がその場に転げ落ちる。
 続けてエリシュカがもう片方のナイフを振ると、肩口から胃の辺りまで引き裂かれたもう一人の男が倒れた。

「はぁ……?」

 続けざまに二人の男を始末したエリシュカを見て、男の一人が間抜けな声を上げた。
 その瞬間、男はエリシュカの三度目の振り抜きを見ながら、頭部を真っ二つにして倒れていた。

「チッ!!」

 最後に残った副将が、エリシュカの謎の攻撃から逃げる為に後ろに飛びのいた。
 副将は飛びのきながら持っていたナイフを投擲する。
 投擲術レベル2から繰り出された投擲は、この近距離であればスキルの恩恵で外す事はない。
 副将はこれで作られるであろう隙を見逃さないよう、油断なくエリシュカを見据えていた。
 だが、彼女はいつの間にか目の前から姿を消していた。

「…………それじゃ、駄目。ゼンの投擲はもっとすごい」

 副将がその言葉を背後から聞いた瞬間、彼の視線は地面に落ちる。
 自分の首が切断された事を、副将は気が付く間もなく命を落とした。
 エリシュカは全く間に四人の侵入者を排除して見せた。

 エリシュカが両手に持っている短剣は、千を超える時間を生きた古竜の角から作り出した物だ。
 彼女の祖母が長い眠り着いた時、名残として作らせた。
 この世界に現存しているアーティファクトに匹敵する数少ない武器であり、ゼンも見た事のない短剣だった。
 人の姿をしていても、その素早さと優れた武器、そして古竜の感覚を持っているエリシュカは単純に強者だった。

 エリシュカは取り出した布で刃を丁寧に拭うと、一撫でして短剣をしまった。
 そして、いつも通りの調子で口を開く。

「…………これで、お菓子を食べても許される。だって自分へのご褒美は大事だから」

 エリシュカはほくほく顔で踵を返した。

「…………それに、ゼンも褒めてくれる。エリシュカ可愛いって言う。……言わせる」

 僅かに上がった口角は、分かる人間が見れば、相当の喜びようなのだと分かるだろう。
 この後、残していた死体を見たナディーネに、こっぴどく叱られる事になるとも知らずに、彼女は何事もなかったように家へと戻っていくのであった。


 一方その頃、作業場兼、使用人の寝床になっている離れの側では、二体の古竜が暗部の男と対峙していた。

「う、嘘だろ……。何で刺しても刃が通らねえんだよ!」

 最後に残った男が、腰を抜かし地面に尻を突きながら、震えるナイフをかざして言う。

「人の姿でも鉄ではな……。もし刺さったとしても、その程度の毒では儂らは死なんぞ?」

 ヨゼフが諭すように話しかけると、クサヴェルが続いた。

「まったく、久しぶりに快勝かと思えば、とんだ邪魔が入ったわ。それに、この家の者に害をなそうなど……そんな事になったら開祖殿に何と言われるか!」

 クサヴェルは激怒していた。
 先ほどまで指していた将棋では、ヨゼフに対して一方的に押す展開を見せていたのだ。
 久しぶりに酷く歪むヨゼフの顔が見られた事を邪魔され、クサヴェルは既に四人の侵入者を消し炭に変えていた。
 口角を上げながらその様子を見ていたヨゼフが、今度はクサヴェルに対して諭すように言う。

「怒るのは良いが、それまで炭にするでない」
「はぁ……分かっているわ……」

 クサヴェルは溜息を吐きながら男に近付いていく。

「ひっ……く、来るな! 頼む……。殺さないでくれ……」

 クサヴェルは男の足を掴むと、いつの間にかに取り出していた足枷を嵌めた。
 その様子を見ていたヨゼフが、視線を母屋に向けて口を開いた。

「うむ、エリシュカの方も大丈夫だな。安心していいぞクサヴェル」
「ふんっ、アーティファクト持ちでもない人間に遅れを取るほど、エリシュカはか弱くないわ」

 クサヴェルはそう言うと、超重量の足枷をされ、逃げられなくなった男に話しかけた。

「さて、坊主。死ぬか生きるかはお前次第だ。手足がなくなる前に口を開いた方が良いぞ?」
「クサヴェル……少しは古竜としての品を見せぬか。お前さん、喋らんと竜に食わすぞ?」

 ヨゼフが呆れながら言うと、それに対して、今度はクサヴェルが呆れ顔を見せた。

「……変わらんと思うのだが?」
「馬鹿を言うな、食われて土に戻るのだ。生まれ変われるかもしれんのだぞ?」
「それは……確かにそうか……。まあ、どちらにしても、これで開祖殿も少しはあのアーティファクトを譲ってくれる可能性が出てきた。そう考えると、こやつらはよくやったと褒めてやるべきか?」
「ほう、そんな考えもあるか。ならば、ゼンに恩を売る為に、是非話を聞きださなくてはならんな」

 二体の古竜は怯えて気絶寸前の男に、笑い掛けながらそう話しかけたのだった。



 とある戦場では、騎乗したアルンが辺りの様子を上空から俯瞰していた。
 その目は閉じられ、動きは全て馬に任せている。ゼンから譲られたアーティファクト【神馬の笛】が召喚したスレイプニールは、そんなアルンを落とす事なく、周囲に合わせて走り続けている。
 突然目を開けたアルンが言った。

「前方の林の先に別働隊がいます。迂回して後方から叩きましょう」

 アルンの勇ましい声に、周りを固めていた老兵達が大きく頷く。
 彼らは元々ラーグノックで兵士のしていた者達だ。
 兵を引退後は教官をしていたが、ラーグノックを発祥とした将棋にハマり、当時訓練生であり、最も将棋を理解していたアルンをアイドル扱いしていた。
 その縁があり、彼らはアルンの募兵に参戦していた。

「アルン隊長からの指示通りだ! 皆、速度を上げるぞ!」

 老兵の一人が声を上げた。
 指示は即座に共有され、騎兵の一団は明確な意志を持って動き出す。

 アルンの指示通りに移動をすると、前方にはこちらに背を向ける一部隊があった。
 アルンは自分の隣に陣取る老兵に声を掛けた。

「このまま行っても!?」
「もちろんです、隊長。 声を!」
「はい。突っ込みます!!」

 アルンが叫ぶと、老兵達が真っ先に声を張り上げる。
 それは、すぐに周りを並走する騎兵達に伝わり、一団は雄叫びを上げながら、突撃を開始した。


「ふぅ、アルン隊長、見事な奇襲になりましたな」
「はい、こちらは数人が負傷したぐらいですから、ほぼ完璧な攻撃ができました。治療が終わり次第、もう少し頑張りましょう」
「ははは、元気なのは良いですが、それは少し難しいですな。冒険者達は馬に慣れておりません。少し休ませねばなりませんぞ」

 老兵は笑みを浮かべながらもアルンを諭した。

「確かにそうみたいですね」

 アルンが視線を移した先には、地面に腰を下ろした冒険者達の姿があった。
 普段、彼らは乗馬をする事は少ないので大分疲労をしていたのだ。

「こんな簡単な事を見落とすなんて。教官、僕荒ぶってるように見えます?」
「戦は慣れですぞ。それと、私は今貴方の部下です。教官はなしですぞ」
「分かりました……。それでは、この場で少しの休憩とします。疲労の少ない者を周囲の警戒に当ててください」
「はっ! お任せください! 貴様と、貴様、付いてこい!」

 アルンの言葉に老兵は、厳しくも優しさを見せる表情で答えると、数人の兵士を率いて下がっていった。

「それにしても……こんなに騎兵を出してくれるなんて……」

 アルンは休憩を取る兵たちを見て、そんな言葉を漏らす。
 その視線の先には、二百を超える騎兵の姿があった。

 元はアルンを長とした、老兵と傭兵、それと冒険者を含めた二百人ほどの小勢だった。
 それがいつの間にか五百を超える一団と化していた。
 それもこれも、エゼル王国王都から大量の兵を引き連れて南下してきたエアのせいだった。

 ラーグノック襲撃から約二ヶ月後、エアを総大将とした王軍と、多くの諸侯が兵を率いてやってきた。
 大量の兵士達は数日ラーグノック周辺で待機したあと、すぐに移動を開始した。
 ゼンがドラゴンの集団で占拠したエンダーラングを素通りし、その南にある街の攻略に入ったのだ。

「さて、もう少し潜伏してる敵を処理すれば、後は城攻めに専念出来そうだ。もうひと頑張りするぞー」

 アルンはそう言いながら身体を大きく伸ばす。
 それは、まだ戦いに慣れていない固い自分をほぐすかのようだった。

 その日の夜、攻城の拠点として張られた陣幕の中では、会話をする男達の姿があった。

「後二日もあれば落ちるでしょう。予想以上に強兵がいますが、微妙に連携が悪い」

 野性的な面構えの男が言うと、彼の王エアリスが口を開いた。

「ラーグノックを攻めたが逃げ帰った兵がいるらしい。それらと、常駐兵との間で不調を起こしているのだろう。我々にとっては嬉しい誤算だな。後の事はフラムスティード侯爵に任せる。我々は次の拠点に移動するとしよう」
「ハッ! お任せください、陛下」

 エリアスは天幕内に設置された椅子に座り、自身に膝を突き忠誠を見せたフラムスティード侯爵へと、凛々しい口調で指示を出す。
 それに対してフラムスティードは笑顔を浮かべて頭を垂れた。
 彼の特徴的ともいえる長い髪が垂れ落ちる。それはまさにタテガミのようであり、実際彼は獅子の獣人であった。

「ところで陛下。その少年は素晴らしいですな。羽虫のようにうっとうしい伏兵を見破り、その殆どを潰したとか。是非我が領地に招きたいのですが」
「ははは、それは駄目だぞ。アルンにはちゃんと忠義を示している者がいる。それに、もしその者がいなくとも、アルンは私の弟のようなものだ。誰にも渡す気はない。なあアルン?」

 この天幕の中には、エリアスとフラムスティード侯爵の他にも、エリアスの脇を固める騎士、そしてアルンの姿があった。
 アルンは先日の戦で敵の伏兵を見破り、本陣が後方から攻撃される事態を少数の兵を率いて防いでいた。その功績がありこの場に呼び出されていたのだ。

 もし、その攻撃に気付かなかったとしても、それほどの被害は出なかった。
 だが、誰もが煩わしく思っていた伏兵だけに、その功績に諸侯の注目が集まっていた。

「お招き光栄ですが、私には使える主がいますので、申し訳ありません」
「侯爵、もう一度言うが、アルンは私の弟みたいな者なのだ。なあ、アルン?」
「は、はい。エリアス兄様……」
「違うだろ?」
「エ、エア兄様……」

 アルンと久しぶりに再会し、近況を話し合ったエアは、アルンがゼンの呼び方を変えている事がすこぶる気になった。
 いや、すこぶる所ではない。一瞬全ての感情が抜け落ちたかのような真顔になってしまい、その顔だけでアルンを驚かせたぐらいだ。
 ゼンの事をゼン兄さんと呼ぶのは、近い未来に義理の弟になるのだから当然だ。
 だが、同じように数年間日々を共に過ごした自分としても、アルンからそう呼ばれたい欲求があった。

 エアは妹であるジニーがゼンと結ばれれば、自分もアルンの義理の兄になると高速で結論を出した。
 その結果、アルンに自分も兄と呼ぶようにエゼル王として命を出していたのだった。

 この件には一部の諸侯が顔色を変えていたのだが、アルンがある人物の義弟だと知れ渡ると、誰もその件に関して発言をする事はなくなった。
 それでも、数人の諸侯はエアに苦言を申し出た。
 だが、その時に見せた笑ってはいるが、その裏にある恐ろしいほどの怒りを感じ取り、再び誰も何も言わなくなった。

「ふはは、少年は陛下に気に入られているのだな。ところで、その主とは噂になっている古竜の友ですかな?」
「さて、その人物は知らん。アルンの主は魔槍と呼ばれている者だな」

 古竜の件に関しては、余り広めるなとアルンの口からエアへと、間接的にゼンの言葉が伝わっている。

「なるほど……では下々の噂はあくまで噂話のようですな。まあ、この手の話は戦場ではよくある事ですからな。そんな人物がいたら、是非我が領地に招きたかったのですよ」
「あぁ、たしかに古竜に話が付けられれば、侯爵の領地も他に手を回せるか……」

 北の地を守護するフラムスティードの領地は、長い間戦は起こっていないのだが、その兵は強兵とされていた。
 それは、北の山脈から時折やってくるドラゴンを撃退しているからだ。
 その戦いは常に数千の兵を動かし一体のドラゴンを倒すものだった。
 毎回多くの死傷者を出しており、ドラゴン素材が手に入るといっても、それほど利益は出ていない不毛な物だった。

「まあ、伝手があれば話をしてみよう。私はそろそろ先へ移動する準備に入るか。アルンも用意をするように」
「はい、エリアス陛……エア兄様ッ!」

 咄嗟の事にアルンが、思わず練習してきたエリアス陛下という呼び名を出してしまうと、エアは瞬時に悲しそうな表情を浮かべた。
 その事に一瞬で気付いたアルンが、すぐに呼び方を変えるとエアは笑顔で天幕から出て行ったのだった。

「はぁ……エア兄様は困った人だなあ。――んっ?」

 アルンが溜息を吐きながら天幕を出ると、そこには数人の男達がいた。
 その中から一際豪華な服装に身を包んだ男がアルンに近づく。
 その男は軽く笑みを浮かべながら口を開いた。

「やあ、アルン」
「あっ、ブラド様。どうなされたのですか?」
「君に話があってね。少し時間を貰っても良いか?」
「えぇ、もちろんです」

 ブラドと呼ばれた彼はシーラルドの息子に当たる人物だ。現在エゼル王国西側に位置する領地を治め、周辺諸侯を纏めている。
 今回の戦では様々な種族を率いて参戦していた。
 ブラドは自分の父が主と認めたゼンに興味があり、その義弟であるアルンに度々声を掛けていたのだ。

 ブラドの陣幕に招かれたアルンは、用意されていた椅子に腰を下ろす。
 同じくブラドも腰を下ろすと、渡されたカップに美しい女性が飲み物を注いだ。

「父からの手紙で君に兵を貸せと書いてあったのは知っているかい?」
「えぇ、以前にそのような事を口頭で言われています」
「うん、私もね一応当主の座に座った以上は、父の言葉を鵜呑みにするつもりはなかった。だが、あの働きを見たら君なら良いのではないかと思えたんだ」
「……あの、正直に言いますが、僕はあまり自信がないのですが……」

 既に数度の実践を経験しているが、アルンはまだ自分の力が足りないと感じていた。
 それに加え、エアの事をエア兄様と呼んだ次の日に三百を超える兵を充てがわれ、武器と馬の提供まで受けている。
 それだけでも大変な所に、更に兵を増やされたらと考えると、アルンは不相応なのではとの気持ちにさいなまれた。

「まあ、私の同族だから簡単には死なないよ。まずは百を貸すから使いなさい」
「は、はい……」

 ブラドの口調はとても優しい。
 だが、そこには有無を言わせぬ何かがあった。
 アルンは一瞬断ろうかと考えたのだが、結局は首を盾に振る事しか出来なかった。

 その後は他愛もない世間話をする。
 だが、その中には時折ゼンの事を探っている言葉もあった。
 そこに悪意を感じなかったアルンは、問題のない程度の話を伝え、ブラドを満足させていた。

 話が終わる頃には日が暮れていた。
 ブラド自らに見送られ陣幕から出たアルンは、自分に近付いてくる数人の人物に気付いた。

「お疲れ様ッス、隊長! 陣幕までお伴するッス!」

 アルンを出迎えたのは、今アルンが雇っているクラン「ドラゴンランス」の面々だった。

「すみません、みなさん。明日から移動なのに、帰るのが遅くなっちゃいました」

 アルンが軽く頭を下げながらあやまると、ドラゴンランスの面々が口を開いた。

「何言ってんッスか! 王様と侯爵様と話してきたとかパネェッス!」
「明日の準備は、教官達がもう終わらせてたッスよ。だから、後は寝るだけッス」
「ヴァンパイア侯爵とタイマンで会話とか、マジ鬼イカチイッス! あっ、そういえば何か、ヴァンパイアの人が一杯来たとか言ってたッスよ?」

 自分の一言から始まったドラゴンランスの怒涛の猛攻に、アルンは一瞬たじろぐ。
 だが、同時に彼らからはやすらぎも感じていた。

「あぁ、何だろう。皆さんといると落ち着きますよ」
「えっ!? マジっすか!? 俺ら癒し系オーラ出ちゃってました!?」
「チャラス、パネェ!」

 重苦しい戦場において、彼らドラゴンランスの存在は、色々と気疲れするアルンを癒やしていた。
 アルンはそんな彼らとの縁を紡いでくれたゼンを思いながら、陣幕へと戻ったのだった。
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農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

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