154 / 196
第九章 戦役
四話 事態は勝手に動き出す
しおりを挟むそうして戻ってきた魔法使いの宿舎では、吹き飛ばされ用を為さなくなった扉がもう修繕してあった。
(おそらく、『元に戻す』魔法が得意な魔法使いがやってくれたのだろうな。誰がやってくれたのか調べて、お礼くらいは言わなければ)
さすがに自室に着いたら下ろしてもらえたので、久しぶりの地面の感触にほっとする。いくらしっかり抱えられていようと、地面の安心感には程遠いのだ。
そんなフィオラをよそに、ルカはといえば、勝手知ったる他人の部屋とばかりに食事をとるための準備をしていた。
自分の部屋なので自分でやりたいところだが、残念ながら机を拭くのもままならない身長だ。諦めてルカに任せた。
「よし、フィー。食べようか」
準備が整い、そう言ったルカは――ひょい、とフィオラを椅子に座った自らの膝に置いた。
「……。……なんのつもりだ」
「え?」
心底何のことかわからない、という声音で返されて、フィオラはさすがに脱力した。
「しょくじをするのにひざの上にのせるひつようはない」
「だけど、椅子の高さが合わないだろう?」
「それくらいどうとでもする。さすがにこのたいせいはかんかできない」
「いい案だと思ったんだけど……」
フィオラの表情で、問答の無駄を悟ったのだろう。名残惜しそうにしながらも、ルカは向かいの椅子にフィオラを座らせ直した。最初からそうしてほしかったところだが。
買ってきた食事は、もっちりしたパンで総菜を挟んだものだ。
ルカはやはり体が資本の騎士らしく、がっつりした中身を選んでいたが、フィオラはもともと少食なので、野菜などの軽いものにした。それでも半分ほど食べた時点で食べきれないと気付き、それを察したルカに食べてもらうことになってしまった。
(子どもの体は勝手が違うな。この頃の感覚を思い出せないものか……。いや、思い出したところであまり参考にならない気もするが)
そもそもこの頃は食事も満足する量を与えられていなかったので、自分の限界なんて知らなかった気がする。
「フィーは子どもの時から少食だったんだね。……フィーが好きだからと思ってケーキも買ったんだけど、1つ丸々は食べられそうにないかな」
「おまえも甘いものはきらいじゃないだろう。おまえが食べればいい」
「保存のきかないものだからね、そうするけど……ああ、そうだ」
いいことを思いついた、とばかりに、ルカはケーキを一匙掬うと。
「はい、あーん」
蕩けるような笑顔で、フィオラの口元に差し出してきた。
「……なんのつもりだ?」
さっきも言ったな、と思いながら、そして答えを予期しながらも訊ねずにはいられず、フィオラは問うた。
「一口くらいなら食べられるだろう? だから」
「だからといって、こんなまねをするひつようがあるか?」
「さっきの食事は食器を使わなかったけど、これは使うじゃないか。でも、フィーの手には大きすぎるだろう?」
「言うほど大きくないだろう……」
甘味用のスプーンだ。今のフィオラでもなんとか扱えそうな大きさのはずだが、謎のやる気に満ちたルカは譲らない。
さすがになんというかそこまで必要性もないのにこのようなことをされるのは抵抗があるのだが、ルカはスプーンを差し出した姿勢のまま微動だにせず待っている。見る人が見れば見惚れる(ただしフィオラにはにやけきったようにしか見えない)笑顔のおまけつきだ。
しばらく逡巡したフィオラだったが、ここは折れることにした。
(一口食べれば、ルカの気も済むだろう)
少し身を乗り出して、ぱくり、とスプーンごとケーキを口に含む。
口を離して咀嚼していると、差し出されたスプーンが戻っていかないのに気付いた。
ごくん、と飲み込み(口に物が入ったまま喋るのはよくない)、「どうした?」と訊ねる。
しかし、返答がない。
正面を改めて見ると、なんだか呆けたようなルカの顔があった。
「……どうした?」
もう一度訊ねると、今度は反応があった。
スプーンを皿に置き、口元に手を当て、何事かブツブツ言う、という不可解極まりないものだったが。
「ルカ? ……なんというか、よくわからないが、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。大丈夫だ、大丈夫……」
(その返答がもう大丈夫じゃなさそうだと思うのは気のせいだろうか)
胡乱な目でルカを見遣っていると、とりあえず平静を取り戻したらしく、姿勢を正して。
「思った以上の破壊力だった……――ところで物は相談なんだけど、もう一口食べてくれたりしないかな?」
などと言ってきたので、丁重にお断りする。もうその言い方がダメな予感しかしない。
ルカはその後、スプーンを見ながら何か黙考していたが、最終的には無事に残りのケーキを食べ始めたので、何となくほっとしたフィオラだった。
+ + + + + + + + +
プロローグとシチュエーションがかぶっていますが、あっちは数日後とかの話っぽいので繋がっていません。
2
お気に入りに追加
6,619
あなたにおすすめの小説

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!


生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。