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第九章 戦役
一話 再突入
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「おぉ、今回は結構迅速に動いてるな。前の襲撃で学んだのか?」
俺の視線の先では、爆発音に叩き起こされた兵士達が、武器を片手に門から飛び出していった。
王宮から再生の神のダンジョンへ戻ってきた俺達は、岩場の陰からその様子を確かめる。
「さあ、お二人とも参りましょう」
俺が手を差し伸べながら言うと、元カフベレ国ラーレ王女とトゥース王子の二人は、困惑の表情を浮かべていた。
「言う通りにするけど、大丈夫……なのよね?」
「えぇ、先ほど話しましたが、以前も同じように侵入していますから。経験者を信じてください」
今回、門にブレスを吐いたのはスノアだが、その違いは威力だけだ。
兵士達の反応は以前と同じく、逃げていったスノアを追っていっている。
スノアには戻って来ないで良いと指示を出している。
程よく撒いて、どこかで待機しているだろう。
「ポッポちゃんも行くよ。……その虫はペッしないさい」
岩場の影から出て、ラーレとそれに引っ付くトゥースを連れて歩く俺は、まだ地面を突いていたポッポちゃんに声を掛けた。
ポッポちゃんは何かを食べていたようで、顔を上げてこちらを向くと、そのくちばしにはムカデのような謎の虫を咥えていた。
ポッポちゃんの食事に文句を付ける気はないが、暴れるあれは食べるのに時間が掛かる。
悪いが食事は中止してもらおう。
俺を先頭に歩き続けると、再生のダンジョンを囲う壁に差し掛かった。
そこには以前開けた穴が、真新しい土で修理された跡が見える。
悪いがもう一度ここから侵入させてもらおう。
だが、その前に武器を取り出しておこう。
俺は全力とはいわないが、それなりの力を込めて土壁を蹴る。
俺の今の力であれば、この程度の土壁はどうって事はない。
二度三度と蹴りを食らわすと、人が通れるぐらいの隙間が簡単に出来あがった。
「まずは私が入りますので、呼んだら来てください」
俺はそう言いながら隙間を通過する。
「ハアァァァッ!」
「テエエィィィッ!」
隙間を抜けた瞬間、俺を挟むように二振りの剣が振り下ろされた。
俺は取り出していたルーンメタルの棍棒でそれを受け止めて、お返しに腹に一撃ずつ食らわせる。
俺に打たれた兵士は、胃の中身を吐き出しながら地面を転げ回った。
「案外真面目にやってるんだな」
「……同じ場所から侵入しおって、貴様なめてるのか!?」
今回も門を爆破されて、大量の兵士はその犯人を追っていった。
だが、流石に内部にも人を配置していたらしい。
壁を破壊した直後、数十人の気配が続々と集結しているのが、入る前から分かった。
ダンジョンから出る時に見られていたので、もう完全にバレずに入る事は諦めていた。
「面倒だけど、数百人を相手するよりはマシか」
今回はバレずに侵入する事は出来なかったが、基地内にいた兵士全員を相手する事は防げた。
スノアのブレスは無駄じゃなかったな。
俺はそんな事を考えながら、襲いかかってくる兵士を叩き潰していく。
潰してはいるが、それは腕や足などだ。
中には弓矢を放ってくる奴もいた。そいつには悪いがナイフを投げさせてもらう。
だが、急所は決して狙わない。
「大人しく入れてくれれば良いんだが、それは叶わないか?」
俺は指揮官であろう初老の男に声を掛けた。
「馬鹿な事を申すな! 貴様のような賊を通せるか!」
まあ、そうか。俺は賊か。
一瞬違うと言いかけたが、普通に考えれば、そう言われてもおかしくはない。
「ふーん、まあそれでも構わないが、怪我人が増えるだけだぞ」
俺は武器を振るいながらそう声を掛ける。
棍術スキルレベル4ならば、まず敵の攻撃が当たる事はない。
それは、新兵が多いこの基地であれば尚更だった。
またたく間に襲いかかってきた数十人を地面に沈めた俺は、最後に残った司令官に近付いていく。
「失礼だが、貴方はタヒルに忠誠を尽くしているのか?」
俺は何の構えもなし歩きながら、剣を構える司令官に話しかけた。
「…………」
「返事がないのはどちらか分からないな。もし貴方がまだ王家に忠誠を持っているのであれば、俺を通すべきだ」
俺は一度立ち止まり、棍棒で肩を叩きながら返答を待った。
「タヒルに忠義などないわ。だが、逆らっても仕方あるまい」
司令官は渋い顔をしながら言った。
「ならば朗報だ。タヒルは死んだ」
「……それを信じるとでも?」
「そうだな。では証拠を見せたら通してくれるか? まあ、駄目と言われても押して通るのは変わりないけど」
「……証拠とは何だ」
司令官はキツく俺を睨みながらも、話には応じてくれるようだ。
まあ、もう勝てないのは分かってるからだろうけど。
俺はマジックボックスの中から【看破の淡光】を取り出した。
これを見せてこの司令官が反応するかは微妙だが、物は試しだ。
「ッ! 殿下達はどうなったのだ!?」
司令官は【看破の淡光】を見て一瞬でそれが何か判断したようだ。
武器を捨てると俺の下へと駆けてきた。
そして、物凄い剣幕で俺に迫る。
「無事だ。もう一度聞くぞ、貴方は王家にまだ忠誠を?」
「四十年以上だ……四十年以上王家に尽くしてきた。それは今でも変わっておらん!」
司令官の表情から物凄い熱量を感じる。
興奮をしているのか鼻息がとても荒い。
顔が近いから正直もっと離れて欲しいのだが、流石に空気を読んでおこう。
「それなら貴方に会わせよう。ラーレ様、トゥース様、入ってきても大丈夫ですよ」
俺がそう声を掛けると、ポッポちゃんを先頭に二人が入ってきた。
流石俺のポッポちゃん、護衛の仕事を完全にこなしてるな。
「何て事だ……」
そう口にした司令官は二人の姿を見ると、ボロボロと涙を流し始めた。
流石に泣くとは思っていなかったので、一瞬その様子に驚いてしまった。
ラーレ達はこの司令官を見た事があるらしい。
臣下の礼を取る司令官に手を差し伸べて、会話を始めていた。
熱く語り掛ける司令官に、ラーレは戸惑う姿勢を見せていたが、そこは王女として振る舞いを確りと見せている。
この様子ならば、この司令官の忠誠は本物だろう。
思った以上に、まだ王族を支持する人は多そうだな。
「だがしかし……」
何時までもここにいても仕方がないので、ラーレとトゥースにダンジョンに入る事を告げると、司令官に止められた。
何度かのやり取りでようやく納得してきたようだが、まだ渋っている。
まあ、その気持ちは分かるけどね。
「貴方の忠誠が本物だとしても、俺は貴方に二人を任せられません。ここは助け出した私を信用して、貴方は私達がここを出る時の助けをしてください」
「司令官、貴方の忠誠は嬉しいのですが、ここは彼に従ってください」
ラーレも俺と同じ考えを持ったのか、擁護に回ってくれた。
ダンジョンに入るより、ここに残される方が危険だと判断したのだろう。
若干トゥースはここに残りたがっているが、何も言わないので無視をする。
こいつはちょっとケツを叩いて、男にしてやらないと駄目だな。
結局俺らは通された。
司令官は本当に心配した様子だったので、懸念していたダンジョン攻略後の脱出は楽そうだ。
俺がぶっ叩いた人達を回復してもらうために、マジックボックスに入れてあるポーションを渡してダンジョンに入る。
意外な展開になったが殺さないで良かった。
ここにはラーレ達と同じイレケイ族が多いから、元から殺す事はしない方針だったけどね。
あそこで皆殺しにしていたら、多分あの司令官も口を聞いてくれなかっただろう。
「ダンジョン……」
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、ラーレがそう呟いた。
その表情は明らかに緊張の色を見せており、同時に怯えの色も滲ませていた。
「大丈夫ですよ。お二人は歩く必要もないので心配しないでください。あぁ、そうだ。これ着けてくださいね」
俺はそう言いながら二人に「共鳴の腕輪」を手渡した。
せっかくダンジョンに入り、これから突破するのだから、低いであろう二人のレベルを上げた方がお得だ。
俺はマジックボックスから【英霊の杖】を取り出して、その効果を発揮させる。
今回も出せるだけのスケルトンを生成だ。
「では、お二人はそのスケルトンに守られていてください。それ以外でも、我が相棒が守護します。安全は確実ですのでご安心を」
俺がそう言った直後、数体のスケルトンが動き出し、ラーレとトゥースをお姫様抱っこの形で抱え込んだ。
二人共悲鳴を上げて驚いているが、まあすぐに慣れてくれるだろう。
最後にポッポちゃんがトゥースの腹の上に乗ると、安心させるかのように頬に擦り寄っている。
凄い出来る女ポッポちゃん。
「んじゃ行くか」
俺は【テンペスト】を片手に先頭に立つ。
背後には抱えられたラーレとトゥース。
そして、それを守護する四十体のスケルトンにポッポちゃん。
準備は整った。早く戻ってアニアとユスティーナを抱きしめよう。
◆
とある一室では、一人の女性と複数の男たちが席を共にしていた。
「これほどの金を積まれれば動きますが、王女殿下は動いても大丈夫なのですか?」
精悍な顔付きをした男が口を開くと、王女と呼ばれたセラフィーナは、表情を一つも変えずに口を開いた。
「父からは兵を動かす事を禁じられましたが、私兵を動かす事は禁じられていません。貴方達は私が雇うのですから、私の私兵になるでしょ?」
そう言われたシーレッド王国王都の冒険者ギルド長は、隣に座る男の表情を窺った。
「大丈夫ですよ、我々も問題ないと判断して雇われたのです。セラフィーナ様の下で働けるとは光栄の極みですな! はははっ!」
傭兵団を率いる男はそう言って豪快に笑った。
彼の傭兵団は今回の戦争では、王軍と共に戦に参加するように依頼を受けていた。
だが、依頼料金がこちらの方が一回り上だったので、セラフィーナに付く事にした。
「これで元からの兵と合わせて、二千になりますね。セラフィーナ様には少ない兵数ですが、逆に小回りが効くので奇襲には向いています」
最後にセラフィーナに長く仕えている従者の女性が口を開いた。
その瞳は鋭く、セラフィーナの変化の全てを受けいれいている物だった。
「それでは十日後に出ます。暗部に探らせた情報は、移動しながらでも受け取れるのでしょ?」
「はい。アルンという少年がいる場所は、既に把握済みです。ですが、エゼル王の側から離れる様子がないのですが……」
今回の集兵はシーレッド王国内に進軍してきたエゼル王国に対抗する為の物だ。
その中でも、セラフィーナはゼンの弟として付き従っているアルンに狙いを絞っていた。
これらの情報は全て城に戻ってきてから得た情報だ。
溜めこんでいた宝石類などを売り払い、とにかく金を掛けて集めた情報でもあった。
「ならば、おびき出すだけ。幸いラーグノックからは、あの男の妻、ナディーネの首が届くでしょう。それを使えば簡単ではなくて?」
「……はい。その通りだと思います」
以前は武人としての誇りを口にしていたセラフィーナが、本当に考え方を変えてしまった事に、従者は理解をしても、どうしても言葉を詰まらせてしまった。
「次は文官達と話がありますので、私はこれで退席しますわ。団長とギルド長は十日後にまたお会いしましょう。行きますわよ」
「ハッ!」
部屋から出たセラフィーナは従者の女性を伴い廊下を歩く。
すれ違う全ての者が壁に寄り頭を下げる中、一人の老人は廊下の真ん中で立ち止まり、セラフィーナを見上げた。
「あ~…………」
「マリウス様。お元気で?」
セラフィーナと対面したのは、大魔道士マリウス。
シーレッド王国において、王の次に力を持っていた人物だ。
彼は人族として長く生き過ぎた。近年では殆どを曖昧な状態で過ごしている。
「お体に気を付けて下さいね」
セラフィーナは優しく微笑む。その様子は昔の姫と変わらないと、従者の女は感じていた。
歩き出したセラフィーナは、マリウスから少し離れると口を開いた。
「マリウス様がまた戻った時を見計らって、あの方が溜めこんでいるマジックアイテムを譲っていただきます。幸い五月蠅いあの女は前線に出るでしょう。貴方は機会を逃さないよう監視を付けなさい」
「……承知しました」
従者の女は先ほど感じた思いを殺し、返事をした。
一瞬遅れた返事に、セラフィーナは顔を向けたが何も口にはしなかった。
それは、セラフィーナ自身も、自分の行動が従者に無理を強いている事を理解しているからだ。
だが、彼女はもう止まれない。
セラフィーナは時間の許す限り、出来うることを全てして、自分の力を高めていた。
その歩みは破滅へと進んでいるとも知らずに、彼女は暗く微笑むのであった。
俺の視線の先では、爆発音に叩き起こされた兵士達が、武器を片手に門から飛び出していった。
王宮から再生の神のダンジョンへ戻ってきた俺達は、岩場の陰からその様子を確かめる。
「さあ、お二人とも参りましょう」
俺が手を差し伸べながら言うと、元カフベレ国ラーレ王女とトゥース王子の二人は、困惑の表情を浮かべていた。
「言う通りにするけど、大丈夫……なのよね?」
「えぇ、先ほど話しましたが、以前も同じように侵入していますから。経験者を信じてください」
今回、門にブレスを吐いたのはスノアだが、その違いは威力だけだ。
兵士達の反応は以前と同じく、逃げていったスノアを追っていっている。
スノアには戻って来ないで良いと指示を出している。
程よく撒いて、どこかで待機しているだろう。
「ポッポちゃんも行くよ。……その虫はペッしないさい」
岩場の影から出て、ラーレとそれに引っ付くトゥースを連れて歩く俺は、まだ地面を突いていたポッポちゃんに声を掛けた。
ポッポちゃんは何かを食べていたようで、顔を上げてこちらを向くと、そのくちばしにはムカデのような謎の虫を咥えていた。
ポッポちゃんの食事に文句を付ける気はないが、暴れるあれは食べるのに時間が掛かる。
悪いが食事は中止してもらおう。
俺を先頭に歩き続けると、再生のダンジョンを囲う壁に差し掛かった。
そこには以前開けた穴が、真新しい土で修理された跡が見える。
悪いがもう一度ここから侵入させてもらおう。
だが、その前に武器を取り出しておこう。
俺は全力とはいわないが、それなりの力を込めて土壁を蹴る。
俺の今の力であれば、この程度の土壁はどうって事はない。
二度三度と蹴りを食らわすと、人が通れるぐらいの隙間が簡単に出来あがった。
「まずは私が入りますので、呼んだら来てください」
俺はそう言いながら隙間を通過する。
「ハアァァァッ!」
「テエエィィィッ!」
隙間を抜けた瞬間、俺を挟むように二振りの剣が振り下ろされた。
俺は取り出していたルーンメタルの棍棒でそれを受け止めて、お返しに腹に一撃ずつ食らわせる。
俺に打たれた兵士は、胃の中身を吐き出しながら地面を転げ回った。
「案外真面目にやってるんだな」
「……同じ場所から侵入しおって、貴様なめてるのか!?」
今回も門を爆破されて、大量の兵士はその犯人を追っていった。
だが、流石に内部にも人を配置していたらしい。
壁を破壊した直後、数十人の気配が続々と集結しているのが、入る前から分かった。
ダンジョンから出る時に見られていたので、もう完全にバレずに入る事は諦めていた。
「面倒だけど、数百人を相手するよりはマシか」
今回はバレずに侵入する事は出来なかったが、基地内にいた兵士全員を相手する事は防げた。
スノアのブレスは無駄じゃなかったな。
俺はそんな事を考えながら、襲いかかってくる兵士を叩き潰していく。
潰してはいるが、それは腕や足などだ。
中には弓矢を放ってくる奴もいた。そいつには悪いがナイフを投げさせてもらう。
だが、急所は決して狙わない。
「大人しく入れてくれれば良いんだが、それは叶わないか?」
俺は指揮官であろう初老の男に声を掛けた。
「馬鹿な事を申すな! 貴様のような賊を通せるか!」
まあ、そうか。俺は賊か。
一瞬違うと言いかけたが、普通に考えれば、そう言われてもおかしくはない。
「ふーん、まあそれでも構わないが、怪我人が増えるだけだぞ」
俺は武器を振るいながらそう声を掛ける。
棍術スキルレベル4ならば、まず敵の攻撃が当たる事はない。
それは、新兵が多いこの基地であれば尚更だった。
またたく間に襲いかかってきた数十人を地面に沈めた俺は、最後に残った司令官に近付いていく。
「失礼だが、貴方はタヒルに忠誠を尽くしているのか?」
俺は何の構えもなし歩きながら、剣を構える司令官に話しかけた。
「…………」
「返事がないのはどちらか分からないな。もし貴方がまだ王家に忠誠を持っているのであれば、俺を通すべきだ」
俺は一度立ち止まり、棍棒で肩を叩きながら返答を待った。
「タヒルに忠義などないわ。だが、逆らっても仕方あるまい」
司令官は渋い顔をしながら言った。
「ならば朗報だ。タヒルは死んだ」
「……それを信じるとでも?」
「そうだな。では証拠を見せたら通してくれるか? まあ、駄目と言われても押して通るのは変わりないけど」
「……証拠とは何だ」
司令官はキツく俺を睨みながらも、話には応じてくれるようだ。
まあ、もう勝てないのは分かってるからだろうけど。
俺はマジックボックスの中から【看破の淡光】を取り出した。
これを見せてこの司令官が反応するかは微妙だが、物は試しだ。
「ッ! 殿下達はどうなったのだ!?」
司令官は【看破の淡光】を見て一瞬でそれが何か判断したようだ。
武器を捨てると俺の下へと駆けてきた。
そして、物凄い剣幕で俺に迫る。
「無事だ。もう一度聞くぞ、貴方は王家にまだ忠誠を?」
「四十年以上だ……四十年以上王家に尽くしてきた。それは今でも変わっておらん!」
司令官の表情から物凄い熱量を感じる。
興奮をしているのか鼻息がとても荒い。
顔が近いから正直もっと離れて欲しいのだが、流石に空気を読んでおこう。
「それなら貴方に会わせよう。ラーレ様、トゥース様、入ってきても大丈夫ですよ」
俺がそう声を掛けると、ポッポちゃんを先頭に二人が入ってきた。
流石俺のポッポちゃん、護衛の仕事を完全にこなしてるな。
「何て事だ……」
そう口にした司令官は二人の姿を見ると、ボロボロと涙を流し始めた。
流石に泣くとは思っていなかったので、一瞬その様子に驚いてしまった。
ラーレ達はこの司令官を見た事があるらしい。
臣下の礼を取る司令官に手を差し伸べて、会話を始めていた。
熱く語り掛ける司令官に、ラーレは戸惑う姿勢を見せていたが、そこは王女として振る舞いを確りと見せている。
この様子ならば、この司令官の忠誠は本物だろう。
思った以上に、まだ王族を支持する人は多そうだな。
「だがしかし……」
何時までもここにいても仕方がないので、ラーレとトゥースにダンジョンに入る事を告げると、司令官に止められた。
何度かのやり取りでようやく納得してきたようだが、まだ渋っている。
まあ、その気持ちは分かるけどね。
「貴方の忠誠が本物だとしても、俺は貴方に二人を任せられません。ここは助け出した私を信用して、貴方は私達がここを出る時の助けをしてください」
「司令官、貴方の忠誠は嬉しいのですが、ここは彼に従ってください」
ラーレも俺と同じ考えを持ったのか、擁護に回ってくれた。
ダンジョンに入るより、ここに残される方が危険だと判断したのだろう。
若干トゥースはここに残りたがっているが、何も言わないので無視をする。
こいつはちょっとケツを叩いて、男にしてやらないと駄目だな。
結局俺らは通された。
司令官は本当に心配した様子だったので、懸念していたダンジョン攻略後の脱出は楽そうだ。
俺がぶっ叩いた人達を回復してもらうために、マジックボックスに入れてあるポーションを渡してダンジョンに入る。
意外な展開になったが殺さないで良かった。
ここにはラーレ達と同じイレケイ族が多いから、元から殺す事はしない方針だったけどね。
あそこで皆殺しにしていたら、多分あの司令官も口を聞いてくれなかっただろう。
「ダンジョン……」
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、ラーレがそう呟いた。
その表情は明らかに緊張の色を見せており、同時に怯えの色も滲ませていた。
「大丈夫ですよ。お二人は歩く必要もないので心配しないでください。あぁ、そうだ。これ着けてくださいね」
俺はそう言いながら二人に「共鳴の腕輪」を手渡した。
せっかくダンジョンに入り、これから突破するのだから、低いであろう二人のレベルを上げた方がお得だ。
俺はマジックボックスから【英霊の杖】を取り出して、その効果を発揮させる。
今回も出せるだけのスケルトンを生成だ。
「では、お二人はそのスケルトンに守られていてください。それ以外でも、我が相棒が守護します。安全は確実ですのでご安心を」
俺がそう言った直後、数体のスケルトンが動き出し、ラーレとトゥースをお姫様抱っこの形で抱え込んだ。
二人共悲鳴を上げて驚いているが、まあすぐに慣れてくれるだろう。
最後にポッポちゃんがトゥースの腹の上に乗ると、安心させるかのように頬に擦り寄っている。
凄い出来る女ポッポちゃん。
「んじゃ行くか」
俺は【テンペスト】を片手に先頭に立つ。
背後には抱えられたラーレとトゥース。
そして、それを守護する四十体のスケルトンにポッポちゃん。
準備は整った。早く戻ってアニアとユスティーナを抱きしめよう。
◆
とある一室では、一人の女性と複数の男たちが席を共にしていた。
「これほどの金を積まれれば動きますが、王女殿下は動いても大丈夫なのですか?」
精悍な顔付きをした男が口を開くと、王女と呼ばれたセラフィーナは、表情を一つも変えずに口を開いた。
「父からは兵を動かす事を禁じられましたが、私兵を動かす事は禁じられていません。貴方達は私が雇うのですから、私の私兵になるでしょ?」
そう言われたシーレッド王国王都の冒険者ギルド長は、隣に座る男の表情を窺った。
「大丈夫ですよ、我々も問題ないと判断して雇われたのです。セラフィーナ様の下で働けるとは光栄の極みですな! はははっ!」
傭兵団を率いる男はそう言って豪快に笑った。
彼の傭兵団は今回の戦争では、王軍と共に戦に参加するように依頼を受けていた。
だが、依頼料金がこちらの方が一回り上だったので、セラフィーナに付く事にした。
「これで元からの兵と合わせて、二千になりますね。セラフィーナ様には少ない兵数ですが、逆に小回りが効くので奇襲には向いています」
最後にセラフィーナに長く仕えている従者の女性が口を開いた。
その瞳は鋭く、セラフィーナの変化の全てを受けいれいている物だった。
「それでは十日後に出ます。暗部に探らせた情報は、移動しながらでも受け取れるのでしょ?」
「はい。アルンという少年がいる場所は、既に把握済みです。ですが、エゼル王の側から離れる様子がないのですが……」
今回の集兵はシーレッド王国内に進軍してきたエゼル王国に対抗する為の物だ。
その中でも、セラフィーナはゼンの弟として付き従っているアルンに狙いを絞っていた。
これらの情報は全て城に戻ってきてから得た情報だ。
溜めこんでいた宝石類などを売り払い、とにかく金を掛けて集めた情報でもあった。
「ならば、おびき出すだけ。幸いラーグノックからは、あの男の妻、ナディーネの首が届くでしょう。それを使えば簡単ではなくて?」
「……はい。その通りだと思います」
以前は武人としての誇りを口にしていたセラフィーナが、本当に考え方を変えてしまった事に、従者は理解をしても、どうしても言葉を詰まらせてしまった。
「次は文官達と話がありますので、私はこれで退席しますわ。団長とギルド長は十日後にまたお会いしましょう。行きますわよ」
「ハッ!」
部屋から出たセラフィーナは従者の女性を伴い廊下を歩く。
すれ違う全ての者が壁に寄り頭を下げる中、一人の老人は廊下の真ん中で立ち止まり、セラフィーナを見上げた。
「あ~…………」
「マリウス様。お元気で?」
セラフィーナと対面したのは、大魔道士マリウス。
シーレッド王国において、王の次に力を持っていた人物だ。
彼は人族として長く生き過ぎた。近年では殆どを曖昧な状態で過ごしている。
「お体に気を付けて下さいね」
セラフィーナは優しく微笑む。その様子は昔の姫と変わらないと、従者の女は感じていた。
歩き出したセラフィーナは、マリウスから少し離れると口を開いた。
「マリウス様がまた戻った時を見計らって、あの方が溜めこんでいるマジックアイテムを譲っていただきます。幸い五月蠅いあの女は前線に出るでしょう。貴方は機会を逃さないよう監視を付けなさい」
「……承知しました」
従者の女は先ほど感じた思いを殺し、返事をした。
一瞬遅れた返事に、セラフィーナは顔を向けたが何も口にはしなかった。
それは、セラフィーナ自身も、自分の行動が従者に無理を強いている事を理解しているからだ。
だが、彼女はもう止まれない。
セラフィーナは時間の許す限り、出来うることを全てして、自分の力を高めていた。
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