アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-

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第八章 逆鱗

十一話 再生の神のダンジョン 二

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「うし、設置完了」
「パパ、ちょっと休憩してもいい?」
「いいぞー、一時間ぐらい寝たらどうだ?」
「うん、そうする。ちょっと疲れちゃった」

 ユスティーナが俺の設置した「真ポッポ亭」へと入ってく。俺がその姿を見送っていると、セシリャが後を付いていった。ニヤニヤしているが、何をする気だ……

 ユスティーナが入っていったこの真ポッポ亭は、今回の旅のために新造した野営施設だ。
 昨日の夜に使ったポッポ亭と比べると内装は大分劣るのだが、強度は恐ろしく上がっている。
 出入りができるドアが二つあるが、それ以外は換気口以外、窓一つ設置していない。外壁は四十センチの厚さを持つ鉄製だ。
 テストでドラゴン姿のヴィートに殴ってもらったら、ちょっとへこんだぐらいで逆に手が痛いと泣いていた。

 男女別に分けられた部屋には狭いながらも合計十個のベッドがある。それに、一つの共同部屋があり、何よりトイレが備え付けられているので、安全、快適なダンジョンライフが送れるのだ。

 このように真ポッポ亭には大量の鉄が使われている。それが何処から来たかといえば、あのドラゴン大暴れの戦場からだ。
 戦奴となったシーレッド王国の兵士に回収をさせた物が、インゴットとなって俺の下へと送られてきた。この真ポッポ亭はそんな鉄からできている。
 ハッキリ言って色々な物が混ざってそうで、ちょっと不気味なのだが、ダンジョン内で安全に寝泊まりできる事を考えれば、そんな事は気にならない。
 もし幽霊なんかが出たら、アニアのヒールで浄化してもらおう。
 RPGの定番だけど、果たしてこの世界では通用するかな?
 まあ、聖女様補正で多分効くはずだ。だって、俺の回復魔法より人気あるし、俺が自分でやるより気持ちいし。

 突貫工事で作ったので、かなり出来は荒い。
 そして、誰もこの材料の出所に関しては聞いてこないので黙っておこう。

 真ポッポ亭は共鳴の腕輪の有効距離の関係から、今戦闘が行われているリッチが湧く部屋の中に、通路を塞ぐように置かれている。何故態々通路を塞いだかといえば、敵が手に負えなくなった時の逃走場所としてこの場所に設置した。いざとなったら真ポッポ亭に一度逃げ込み、もう一つある通路側のドアから逃げれば、危機を脱する事ができると想定している。
 実際に一度真ポッポ亭の中で耐久テストをしてみたら、スケルトン達では壁もドアも破る事は出来なかったので安全地帯の完成だろう。

「うりゃあああああっ!」
「フンヌゥ!」

 少し離れた場所からは、ヴィートとシラールドが戦っている声が聞こえてくる。
 この部屋は長方形の形をしており、一番奥にいるリッチを倒さない限りは、延々と倒したスケルトンが粉からでも復活する場所だ。
 このダンジョンを一番初めに訪れた理由であるパワーレベリングが、とても良い感じにできている。
 今も共鳴の腕輪を付けているみんなは、ヴィートとシラールド得た経験値の分配をされている。真ポッポ亭の中で寝ているユスティーナも、その範囲内だ。

「ゼン様、あの二人傷を負わないのですね……」

 ヴィートとシラールドの後方で、戦闘のサポートをしているアニアは、やる事がないようで少し手持ちぶさたにしていた。攻撃を食らっても大した事なく、シラールドはすぐに自然回復してしまうし、ヴィートに至っては腕を払ってスケルトンが振り降ろしてきた剣を砕いている。この前レベルが上がってから、身体的な強化が目覚ましいな。
 でもあれは、相手の武器が弱いからできる行動だ。鉄製より強いルーンメタル等の武器だった場合は、自分の腕が飛ぶだろう。変な癖が付きそうだし、後でちょっと注意しないとな。

「暇ならポッポちゃんに支援魔法でも掛けてあげれば?」
「もう、効果がありそうな物は全部掛けたのです。ほら、ポッポちゃん凄い元気」

 確かにアニアが言う通り、ポッポちゃんはアニアの側で魔法を連発していた。前で戦う二人に群がるスケルトンが、時折風の刃を食らって吹っ飛んでいる。「ふんっ、ふんっ、なのよ!」とちょっと楽しそうだ。



 この部屋に到着してから数時間が経った。検証の結果、アニア以外なら一人が前に出ていれば、ある程度は耐えられる事が分かった。ユスティーナはまだ危いのだが、鞭術があと一つ上がれば何とかなりそうだ。ちょっと重点的に鍛える必要があるな。

「じゃあ、交替でこのアーティファクトを身に着けて戦うって事で」

 俺は真ポッポ亭の前に設置した机の上に【ヘラルドグリーヴ】と【月下の円盾】を置いた。その他にも、錬金スキルを上げている時に作っていた各種ポーションを【アルケミストポーチ】ごとや、壊れた時用の「耐物理」「対魔法」を付加してあるアクセサリに、一応として補助の武器などを並べていく。

「うむ、承った。ヴィートは使えんが、あれが必要な様子はないからな。古竜は人型でも鍛えられるのだな」
「そうみたいだね。でも、ヨゼフさん達は態々人型で戦う意味がないとか言ってたから、ヴィートが稀な存在なんだろうな」

 アーティファクトを手に取ったシラールドは、前線でスケルトンを相手に無双しているヴィートに視線を向けながら、【月下の円盾】を身に着けている。

「この場で放ってくる矢程度なら、身体に受けても問題ないが、痛い物は痛いからな。この盾があれば楽になる」

 ここは無数のスケルトンが押し寄せてくるのだが、その中には遠距離から矢を放ってくるスケルトンもいる。一応避けたり、はたいたりして対処していたが、自動で防いでくれる【月下の円盾】を持っていれば、かなり楽になるはずだ。
 この盾を手に入れたいいが、誰が一番有効的に使えるかまだ悩んでいる。用途が違うとはいえ、俺にはもう優秀な盾があるし、普通の弓矢なら武器でも落とせるから、俺も使う予定がないんだよね。
 まあ、ここで使えるし、みんなで回していけばいいだろう。

「よし、これで後はローテーションを組めば、ずっとレベル上げとスキル上げが可能だな」

 ブラック企業のようなローテーションになるが、ダンジョン深層でレベル上げができる機会なんて事はまずない。
 低難易度のダンジョンは掘り尽くされ、現存するアーティファクトは力を持つ貴族等の手にある今の時代では、優秀な冒険者でもアーティファクトを手にする機会がない。シラールドでさえ俺が貸しだすアーティファクトがなければ、長時間の活動は無理だろう。
 そんな世界の状況なので、ここまで潜ってレベル上げ作業ができるのは、俺達だけの可能性がある。アーティファクト以外でも、装備やら設備やら色々と用意ができるから相当有利なはずだ。

 これからの数日間は、俺以外の面子でパワーレベリングを行っていく。スキルを上げる関係上、殆どカンストしている俺はあの輪には加わらないからだ。
 俺が動くのはユスティーナが戦う時ぐらいなので、それ以外の時間ではまだ残していた事をする。

 俺は真ポッポ亭の脇にテーブルを取り出し、そこに生産道具を並べていく。
 そして更に素材も並べた。持ち込んできた物や、このダンジョンの道中で手に入れた物などだ。

「ん~、デザインはどうするか……やはり素材を生かす方がいいか……」

 俺がそう呟きながら、素材の一つを手にすると、俺を見守っていたアニアが俺の腕を掴んだ。

「ゼン様? これは無しでいいんじゃないのですか?」
「何を言ってるんだ、リッチがドロップした素材だぞ? 見るからに強そうじゃん」
「これは嫌です! 嫌なのです!」

 くっ! アニアの抵抗が激しい。
 自分の物を作ってもらえると、さっきまで喜んでいたアニアの表情は、今ではかなり必死な形相に変わっている。俺が持っている真っ赤なドクロを奪おうと、物凄い密着してきた。
 凄いッ! 柔らかいッ! 凄いッ!

「分かった、これはアニアのには使わないから、落ち着きなさい。でも、そんなに嫌がらなくても良いじゃないか」

 俺がそう口にすると、アニアはバツの悪そうな表情で口を開いた。

「だって……骨は嫌なのです……。大体、それを素材にして何処に付けるのですか!?」
「う~ん、対魔法の効果があるから、鎧の胸元にとか……?」
「嫌なのです~~!」

 アニアが素材を奪おうとまた俺に迫ってきた。何という反応の楽しさ。
 最初からこうなると分かってたけど、実際やると楽しすぎて止められん。

 そんなやり取りをその後も何回かして、俺は大満足、アニアは疲れてきた頃に、やっと真面目に装備作りをする事にした。
 しかし、まだ油断をする気のないアニアは俺の側から離れない。ファイアーエレメンタルを使うので、危ないから下がってほしいのに離れない。

「アニア、本当に危ないから離れなさい」
「じゃあ、ゼン様の背中に隠れますね」
「……なあ、本当は分かってるんだろ?」
「何の事なのです? ささっ、作業を再開してください」

 アニアも俺が本気でリッチ素材を使うとは思っていないだろう。でも、最初は本気の顔をしてたから、それも途中からかな?

 アニアが俺の肩に手を掛けて身体を近づけているのを背中に感じながら、俺はファイアーエレメンタルに炎を起こさせ、アダマンタイトを溶かすように命じる。一気に過熱され光を放ち始めたアダマンタイトを、鍛冶スキルのリストの中からレシピを引っ張り、頭の中に浮かべた形に成形する。
 鎧には様々な部品が必要なので、とりあえず金属部分だけを作り上げる。時折、アニアに振り返り、その体のサイズを頭の中に移し込んでいった。

 以前もアニアにはアダマンタイトを使った防具一式を渡していたが、身体のサイズが変わったので、一部の物しか身に着けられなくなっていた。まあ、原因は馬鹿でかくなった胸の所為なんだけど。
 それは俺としてはとても嬉しいので、何一つ不満に思う所はない。
 だが、対して希少でもない素材を使った防具で身を守っている現状は正直おっかない。
 あの教国が支給してくれた神殿ローブの高級品は、鉄のナイフでも切れない一品だったから、鎧と合わせればそれなりの装備なのだろうが、俺が作ったアダマンタイトを使った鎧の方が絶対にいいはずだ。

「後で細工を依頼しような。アニアが好きな職人選んでくれよ」
「時間があるならば、ゼン様にやってほしいのです」
「俺にその手のセンスがない事は知ってるだろ? もしあったとしても、男向けになるからなあ」
「なら、仕方がないのです。う~ん、どこに頼みましょうか?」

 俺にやる気がない事を完璧に悟ったアニアは、顎に手を添えながら早速候補を考え出した。

 アダマンタイトの他にも竜素材や、魔獣の素材などを使って鎧を作っていく。
 その間にも、パワーレベル作業は続いており、順番が来れば人が入れ替わり立ち代わりしていく。
 ポッポちゃんがじーっと俺の作業を見ていた時には、余っている素材で何かしら作れないかと考えたのだが、空を飛ぶので重い物は付けられないし、翼の動きを阻害する物も無理だ。
 一度だけ首から下げるアクセサリを身に着けたけど、あれはやはり邪魔になるらしく今は外している。現在付けている両足のアクセサリが限界なんだよな。

 色々やりながら、三日ほどの作業で鎧は完成した。出来上がった物は休みの時間になったアニアに着てもらう。

「動きに違和感がないのです! でも、胸のサイズが完璧なのがちょっと恥ずかしいのですが……」
「うむ、目を閉じても頭に浮かぶから仕方がない」
「それは喜んでいいのか分からないのです……」

 アニアは困った言いながらも顔は少しにやけていた。
 何か、下ネタに耐性が付き始めてるな……

 まあそれは良いとして、次に杖を作る事にした。アニアが現在持っている物も、教国が支給してくれたかなり値が張りそうな物なのだが、普段からアーティファクトを使っている俺からしたら、余り良い物には見えない。
 ここは愛するアニアのために、死蔵している素材を使ってしまおう。

 まず、杖本体には竜の角を使う。これは以前、素材集めをしていた時にエリシュカがしばいてくれた炎竜の物だ。若い個体だったが鼻の上に一本生えた角は、人間から見れば扱いに困る大きさをしている。
 今回は先端部分を【アイスブリンガー】で叩き斬り、加工しやすい大きさにする。こんな時にアーティファクトを気軽に使えるのは、斧で木を伐るかチェーンソを使えるかぐらいの差を感じるな。
 恐ろしく硬い炎竜の角も【テンペスト】を軽く突き刺して、砕くように加工していけば、後はルーンメタルの工具で細部を整えていけばそれほど苦労はしなかった。

「はい、ゼン様。紅茶なのです」
「ありがとう。ちょっとこれ握って確かめて貰える?」
「おぉ、とても握りやすいのです!」

 飲み物を用意してくれたアニアに持った感触を確かめると、とても良い返事が聞けた。問題はないようなので、これで本体部分は良いだろう。
 次に使う素材は地竜の竜玉と炎竜の竜玉だ。杖の頭に大きな地竜の竜玉を設置して、持ち手の下に炎竜の竜玉を取り付ける。それをミスリルを使って固定して、最後にスキル上げついでに作っていた魔石を組み込んで完成だ。

「ぐおおお、良い物できたぞ! 何だこれ、素材がいいのか、それとも俺がすごいのかどっちだ!」
「わぁ、ゼン様凄いのです! で、何が凄いのですか?」

 アニアの無条件に俺を褒めて、そして質問する流れに、俺は一瞬体の力が抜けてガクリとなってしまった。

「えっとな、鑑定結果はこんな感じだ」

 俺はマジックボックスから紙と筆を出して鑑定結果を書いていく。

 名称‥【双竜杖そうりゅうじょう
 素材‥【炎竜の竜玉 地竜の竜玉 炎竜の角 ミスリル 魔石】
 等級‥【叙事詩級エピック
 性能‥【魔力増幅 障壁生成(火・土)】
 詳細‥【魔法威力の増強及び、火属性・土属性を防ぐ障壁を生成する】

 叙事詩級エピックは多分人が作れる範疇では最高の等級だろう。頭の中で思い付いていた名前が反映されているのも面白い。今回はレシピを使っていないから、これって多分俺オリジナルの一品だよな。
 鑑定結果見たアニアは、目を丸くしてその紙を見つめている。

「……アーティファクト?」
「いや、アーティファクトは伝説級以上の等級だから、これはその一つ下だね。竜玉を使ったのが良かったのか、俺が今まで作った中じゃ最高じゃないかな」
「じゃあ、ユスティーナに渡した方が……」
「何でだよ、これはアニアのために作ったんだ。それを持って、俺の隣りにいてくれよ」
「ッ! はいっ!」

 俺の言葉で鑑定結果に驚いていたアニアの表情が一気に晴れて笑顔になる。そんな顔を見てしまうと達成感が凄まじい。ちょっと瞳を潤ませてるし、このまま抱きかかえても良いかな?

「アニ……」

 アニアの身体に抱き着こうと一歩側に近寄ると、その背中越しに椅子に乗ってこちらを見ているポッポちゃんの姿があった。俺と視線が合うと「卵なのよ!」とクゥゥゥと鳴き、さっさと子供を作れと催促をしてくれる。幾ら何でもあの要求に応える事は不可能だろ……
 俺はそんなポッポちゃんの視線に少しだけ困りながら、胸に飛び込んできたアニアを抱きしめたのだった。



 ユスティーナが肘から生えている蔓を限界まで伸ばすと、それを振り回して周りにいたスケルトン達をなぎ払う。先端に付けている刃がスケルトンの骨を砕き、吹き飛ばし、地面に広げていく。
 先日、上がった鞭術は確実にユスティーナを強くしていた。

 それを何度も繰り返し、近付いてくるスケルトンを打ち倒す。だが、スケルトン達は後方にいるリッチの手によって再生され、また起き上がってきた。

「うひぃぃ! ヴィート君疲れた! 前交代して!」
「よっしゃっ! 待ってました!」

 ユスティーナは三時間分ほど休まずにスケルトンを相手にしていたので、疲労困憊の様子だ。小さく可愛い額に汗が噴き出して髪の毛が張り付いている。【ヘラルドグリーヴ】を身に着けているが、基礎体力が低いのと、技術の甘さで疲れてしまっていた。ヴィートと場所を交代すると、膝に手を突いて呼吸を整えている。

「アニア、後で風呂に入れてあげてよ」
「もう一人で入れますよ?」
「汗疹になったら困る。ちゃんと洗えてるか確認して欲しいんだ!」
「過保護……そうでした、私が自分で言ったのでした」

 過保護でいいじゃないか。この場所は動き回っているから凄い埃っぽい。戦闘に関してはある程度スパルタにするが、それが終われば全力で過保護だ。

「ゼン様が、入れてあげたらいいんじゃないのですか?」
「……もう駄目だろ」
「まあ、ちょっと胸も出てきましたからね」
「やめろおおぉっ! そういう事は言わなくていいんだよぉッ!」

 そんな生々しい事はマジで知りたくない。何時までも俺の天使でいて欲しいんだよ!

「ビックリした……そんなに反応しなくてもいいじゃないですか」

 突然声を荒らげた俺に、アニアは少し驚いていた。俺もつい出てしまった自分の反応に結構ビビったわ。

「いやまあ、頼んだよ?」
「えぇ、でも私はもう少し後ろで控えてようと思うので、セシリャさんにお願いしますね。もうすぐ起きてくると思いますし」
「事案が発生する……」

 一瞬、若干危ないかと思ったが、考えてみればセシリャが家に来てからは、しょっちゅう一緒に入っていた。今更事案もないか。

「シラールド、もう大丈夫だと思う?」

 俺は少し離れた場所で椅子に座って、ヴィートを見守っているシラールドに話しかけた。

「うむ、この様子なら大丈夫だろう」
「分かった。なら俺はそろそろいくわ。ポッポちゃん、ユスティーナに行ってきますをしよう」

 俺はユスティーナに駆け寄っていたポッポちゃんに、そう声をかける。
 すると、ポッポちゃんは俺に視線を向けると「分かったのよ!」とクルゥと鳴いた。そして、ユスティーナの胸の高さまで飛び上がり、差し出された腕に収まった。

「ママもパパも頑張ってきてね。私はここでいっぱい強くなるから!」
「みんなの言う事をよく聞いてるんだぞ。危なくなったらシラールドを盾にして逃げるんだぞ? 後、お風呂にすぐ入りなさい」
「お、お風呂……? 今?」
「そうだ、汗疹ができちゃうだろ?」
「う、うん。分かった」

 ちょっとユスティーナが動揺していた。俺も変な事を言っている自覚はあるが、それに気が付く常識を持ち始めてるな。
 しかし、ポッポちゃんは俺と同意見だ。「水浴びしないと、虫がくるのよ!」と、キリッとした顔をして鳴いている。

 出かける準備ができたので、俺は少し離れてみんなに向かって声を掛ける。

「それじゃあ、みんな後は頼んだ。出来る限り早く帰ってくるから」

 俺がそう言うとみんなが頷いたのが見えた。それに頷き返し、このレベル上げ部屋から出て行く。

 俺はダンジョンの入ってきた道を戻ってく。ポッポちゃんは出口の方角が分かっているのだが、流石に入り組んだダンジョンでは磁石代わり程度にしか役に立たない。アニアが作ってくれた地図の写しを片手に、俺はダンジョンを逆走する。

「ポッポちゃん、ちゃんと掴まっててくれよ?」

 胸に抱いているポッポちゃんにそう声をかけると「ぎゅーっなのよ!」とクルゥ! と鳴きながら、篭手に爪を食い込ませていた。

 俺は武器も取り出さずに全力で走り続ける。【ヘラルドグリーヴ】がなくとも、俺の体力ならば七割で走り続けても息はなかなか上がらない。今なら42キロマラソンも結構余裕だろうな。

 襲ってくる魔物の攻撃は全て躱し、無理なら【魔道士の盾】を展開して障壁を作り出す。
 半透明のエネルギーの膜は、全ての攻撃を完全に防御してくれた。

 半日も立たずに俺はダンジョンの一階まで戻ってこられた。
 だが、この先にはシーレッド王国の兵士達が無数にいる事が分かった。
 襲撃騒ぎを起こしたが、訓練は継続しているのだろう。

 探知で探れる範囲には少なくとも五十以上の反応を感じる。殆ど一本道なので、途中途中にある部屋に兵士は展開している。

「うーん、考えても仕方がない、このまま突っ切るか」

 ポッポちゃんがいるので隠密で切り抜けるのは難しいだろう。
 考えた所で殺すか殺さないかぐらいの選択しかないので、とりあえずこのまま突っ切る事にした。

 一応盾だけ展開して、兵士達が詰めている部屋へと入っていく。
 部屋の中では、比較的気配が大きい熟練の兵士が先頭で戦っており、その周りを新兵らしき兵士達が、大盾を持って固めていた。

「なっ! 貴様は何だっ!」

 熟練兵士が俺に気付いて声を上げた。驚いて隙ができたのか、六本脚で立ち上がっているタコの魔物に殴られていた。
 俺はその声を無視して部屋を抜けていく。出口付近では新兵が人の壁を作っていたが、それを一気に飛び越えて駆け抜ける。
 後方では呆然とした表情で、俺へと視線を向ける兵士達の姿があった。俺はその視線を背中に受けながら、更に通路を走り抜けていく。

 四度ほどシーレッド兵のパワーレベリング現場を抜けると、ようやく出口が見えてきた。
 だが、前方からは、これからレベル上げをするであろう兵士達の一団が見えた。
 向こうは既に俺に気付いていて、先頭にいた熟練兵士が剣を抜いている。
 この場からナイフの一本でも投げれば殺せるが、ここまで不殺で戻ってきたので、それを貫いて心のトロフィーでも獲得しよう。

「うおおおりゃああああ!」

 俺は気合の雄叫びを上げながら腕を前に出し、盾の障壁で身体を隠しながら突進をした。

「お前らっ! 敵だ!」

 熟練兵士は既に戦闘態勢に入っていたが、引き連れている新兵達はオロオロとしてしまい、剣を抜くのにも手間取っていた。

「ハァッ! なっ! ぎゃあああああ!」

 新兵達がそんな事をしている内に、俺の加速は最高値に達しており、剣を突き出してきた熟練兵士を吹き飛ばしていた。
 俺は大人が三人は横に並べる通路のど真ん中を突き破りながら、その通路にいた十人近い兵士達全てを吹き飛ばして、壁に激突させていった。

「ふぅ、結構これ面白いな……」

 兵士達の隊列を突っ切り後ろを振り向けば、そこには壁にもたれ掛かって倒れる新兵達の姿があった。

「ふはは、ミッションコンプリート。『誰も殺さずにダンジョンから脱出しろ』は成功だ」

 俺は一人満足しながら、前方に見えてきた出口に視線を向ける。入った時にも思ったが、空間の移り変わりを感じなかった。ここは本当にこの場所の地下にダンジョンがあるみたいだ。

「うわー、外にも凄え兵士いるじゃん。ポッポちゃん、面倒そうだから、すぐ行こう」

 ダンジョンから出ると、入り口から少し離れた場所にいる大勢の兵士が視線に入った。ポッポちゃんも「うじゃうじゃなのよ!」とちょっと嫌そうな顔をしている。
 こんな物を相手していたら、面倒くさくて仕方がない。もう侵入者がいた事はバレているので、一気に逃げるに限る。
 俺はマジックボックスから浮遊の指輪を取り出して、ポッポちゃんに掴まり上空へと飛び立った。

 眼下にある基地では、俺が入り口から出てきた姿を見た兵士達が集まっていた。
 結構騒ぎになってしまったが、どうせ彼らは五階の奥までは辿りつけない。あの場所にいるみんなには影響はないだろう。

 一気に飛び上がった俺達は、一路先日滞在していたカーグの街へと戻ってきた。
 これから夜を待つ事になる。俺は中級程度の宿屋を借りる事にした。
 部屋に入り窓を開けると、そこにはこの街の中心に位置する元王宮が見えてきた。石造りの元王宮は、やはりエゼル王国で多く見られた建造物とは様式が違い、目を楽しませてくれる。

 さて、何故俺がみんなを残してダンジョンの外に出てきたかといえば、この地で軟禁されている元王族を助け出すためだ。
 ラーグノックを出る前には事前に情報を得ていた。また、実際にこの地で情報を集めた所、それは正しい情報だと分かった。事前に調べていたよりも面白い情報が得られたので、行動に移そうと思ったのだ。
 まあ、正直言えばこれはついでだ。この地に来た一番の目的はレベル上げとダンジョン攻略なので、別にこの作戦が失敗しても良い。
 そもそも、ここの王族を助け出した所で、それを旗印にクーデターを起こすような事もできないだろうからだ。俺が元王族を助け出す目的は別にある。

「おっと、結構暗くなってきたな」

 ふと気付くと、太陽が殆ど落ちかけていた。俺は時間つぶしを兼ねてやっていた細工スキル上げの手を休め、道具をマジックボックスの中に収納する。

「ポッポちゃん、そろそろ出るよ」

 ポッポちゃんはベッドの上に座って羽の手入れをしていた。俺が声を掛けると翼を広げて「どう? 主人どう?」とクルゥと鳴いていた。綺麗だと返事をしてやると、楽しそうに鳴きながら俺に向かって飛んできた。

「じゃあ、ポッポちゃん頼んだよ」

 俺は部屋の窓に足を掛け、ポッポちゃんに掴まり、太陽が完全に落ちたカーグの街上空へと飛び立ったのだった。
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