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第八章 逆鱗
七話 褒賞と出立
しおりを挟むヨゼフさんとクサヴェルさんが来てから数日後、俺はレイコック様に呼び出された。
「人質の交渉が済んだ。明日にでもセラフィーナ殿は送り出される事になった」
「先ほど、ちらっと見てきましたよ。大人しくしていましたね」
応接間に通される前に少し時間があったので、近くの部屋にいたセラフィーナを見てきた。
以前着ていた鎧などは脱いでおり、普通のドレスを身にまとっていた。その姿は気品に満ちており、一目で良家の御嬢さんと思えるほどだ。だが、表情は険しく瞳は近くにいた使用人を厳しく睨み付けていた。俺が折った腕は治療されたのか、添え木を当てるでもなく普通の様子だった。
「ニコラス様は無事だったんですか?」
「うむ、お陰でな。攫われた百人近くの領民も全て戻る。家宝のアーティファクトも帰ってくる事になった。今日わざわざ来てもらったのは、戦姫の引き渡しに対する褒賞とアーティファクトの引き渡しだ」
レイコック様がそう言うと、部屋の隅で控えていた側近二人が、少し重そうな様子を見せながらトレーを持ってきた。その上には件のアーティファクト二つと、大金貨が入っているであろう袋が乗せてある。
「この褒賞は諸侯も多少の金を出しておる。あの戦いではお前達の力で、損害はないに等しかったからな。本来は発生すると予想していた額に比べれば、大分少ないが受け取って欲しいとの事だ」
「ありがとうございます。諸侯の方々には今度会ったらお礼を言わないといけませんね」
用意されていた現金は、大金貨二百枚。今のこの街の状態を考えれば、これはかなり貰えていると思える。事前にそんなに大金はいらないと言ってあったのに、大分考慮してもらってるな。
「次に戦姫の所持していたアーティファクトだ。人質交換の結果、セラフィーナ殿が差し出したのは、この二つ【月下の円盾】と【神馬の笛】だ」
名称‥【月下の円盾】
素材‥【蒼月石 銀】
等級‥【伝説級】
性能‥【物理耐性 魔法耐性 飛道具無効】
詳細‥【月の神のアーティファクト。装備した者に襲い掛かる物理的な飛行物体を全て防ぐ】
予想通りの鑑定結果だ。ただ、これを見る限り魔法は自動で防げないみたいだな。
アーティファクトをぶつけたが、お互い地面に落ちただけで済んでいた。壊れる可能性を考えていたが、一発ぐらいは平気なのだろう。そもそも、剣って投擲するような武器じゃないしな。
名称‥【神馬の笛】
素材‥【オリハルコン 軍馬の尾毛】
等級‥【伝説級】
性能‥【使役獣召喚】
詳細‥【戦争の神のアーティファクト。使用する事で戦争の神の使役獣、スレイプニールを召喚できる】
金色をした小さな笛が動物の毛と思わしき紐に吊るされている。
性能はエアの虎召喚の馬版って感じか。
ドラゴンに乗れる俺には不要な物と言えるのだが、どこでも召喚できるのと、街の中でも乗れるのは魅力的だ。それに、調教スキルを持たなくとも高性能な乗り物が手に入ると考えると、これは結構いい物だよな。
「ゼンが欲しいと言っていた槍だが、あれは形見だと言って離さなかった」
「まあ、それは別に良いですよ。また手に入れられる機会もあるかもしれませんし」
「うむ、その可能性は否定できんな。だが、それだとあの姫様も可哀そうな事になるのか」
「今回は有効活用できると考えたら捕まえましたけど、次はないですよ。誰が何を言おうと排除します」
俺が捕まえた時に見せていた怯えた瞳は、今は復讐心を燃え上がらせているように見えた。今回は逃す事になったが、次も牙を剥くようならば容赦なくその全てを奪おう。
これで姫様は身柄を国に移す事になる。侯爵次男と数百人の領民、そして家宝のアーティファクトに対してならば、俺としては良い取引だったと言える。
「それと、アルンへの祝い金だ。忙しくて顔も出せんが、これぐらいはせんとな」
「ありがとうございます。アルンには今度顔だけでも出すように言っておきます」
アルンとナディーネの結婚が先日慎ましく行われた。マジックボックスを渡してあったレイレが、機転を利かせて結婚式に用意していた物を全て回収していたから可能だった。
街は多くが被害を受けたけど、だからと言って幸せをもたらす事が悪なはずがない。むしろ、近所の人達は希望を見いだしているのか、身内だけでやっていたのに祝いの品を持ってきてくれるほどだった。
早めにやった理由はアルンが今後は戦場に出るからだ。この戦争が何時まで続くか分からない。それに、弟であるアルンも可能な限り守りたいが絶対はない。だから予定通り式を挙げてしまおうという事になった。
楽しい結婚式だったのだが、俺は一つだけ大きなため息を吐く事になった。
それは、二人が早く結婚したいと言ったもう一つの理由にあった。何故か俺より早く子供を作る必要があると言い出したのだ。最初は、そんな致したいのかよと、ニヤニヤしながら聞いていた俺だったのだが、ナディーネの口から出た「ゼン君の子供の側に付かせないとねー」と言う、聞き逃せない発言を耳にした。
どうやら、先に産んでおいて俺に子供ができたらその世話をさせる気らしい。この世界の常識的にはありなのだが、何時までも恩義を感じてそれを子供にまで押し付けるのは、流石に俺も看過できないので止めろとは言った。
しかし、俺が認めないとなるとナディーネのターゲットはアニアへと移った。酒の入った二人がまだ出来もしていない子供の事を話しているのは、少しだけ恐怖だった。
「それで、先日話していた通り、王都からの援軍が到着次第、ゼンはここを出るのだな?」
「えぇ、その予定です。エリシュカが残るので竜の制御はあの子に任せます。アルンを通して話してもらえれば大丈夫ですから。それに、何故かこの街に古竜は増えているので、防衛面では心配はないと思います」
「うむ、ヨゼフ様とクサヴェル様がおるのだな。この事態、正直儂は困惑している。ゼンは気にしていないのだろうが、あの方々は一国の王でさえも頭を下げる御方だ。頼むから街を出る前には、一度紹介を頼む」
「そうですね、レイコック様は将棋ができますから、相手をすれば普通に話を聞いてくれると思いますよ」
ヨゼフさんとクサヴェルさんは、家の離れに住みだした。街の住宅事情を配慮してくれた結果だ。一日中どこかで将棋を指しており、レイコック様が送り込んできたメイドさん達に世話をされている。子供達がうるさくしていても全く動じる事がない。一度大丈夫なのか尋ねてみたら、様々な竜や魔獣が住んでいる山などに比べたら、小鳥のさえずりだと言われてしまった。将棋に狂ってなければカッコいいんだけどなぁ。
家に帰ると大工作業をしている音が聞こえてくる。半焼した母屋の修繕を行っているからだ。
「ゼン様、お帰りなさいませ」
「ただいま、レイレ。大分作業も終わってるみたいだね」
「そうですね。支柱は無傷だったので、基本的には板の張替だけで済みましたから。ご要望通りの出来になってますよ」
家の門をくぐると、奴隷の子供達に作業の指示を出している、ウチの従業員であるレイレがいた。
修繕作業がされている場所を見れば、そこは以前と変わらない様子の母屋があった。
だが、今回俺が要望した所は確実に反映されているのが分かる。何故なら、元々はそこにはなかった家の中へと入る扉が取り付けられているからだ。
「中は完全に区切ってあります。アルンもこれでナディーネさんと仲良くできちゃいますね」
レイレが俺を見てニヤリと笑った。これに思わず俺も笑わずにはいられない。
火を放たれて一部が燃えた母屋は、家の職人達の修繕を受ける事になった。その際、新居の宛てがなくなったアルン達に、修繕ついでに家を区切ってそこに住むかと提案をしたのだ。
元から部屋が余るほど広かったので、一部を区切った所で狭いと感じる事もない。アルン達もこの状態でなら、俺達を気にしないでいちゃこら出来ると考えたかは分からないが、喜んで受け入れていた。
一応借家なんだけど、勝手にしてくれと言われた。多くの住宅が壊され燃えたから、不動産屋も忙しすぎて俺の相手なんてしていられないのだろう。
レイレのニャッシッシと言う独特な笑い方に見送られ家に入った俺は、ユスティーナとポッポちゃんを連れ出して、街の外で【神馬の笛】の性能を確かめたのだった。
◆
「それじゃあ、留守は任せた」
「兄さん、安心して行ってきて下さい」
「おう、アルンも頑張れよ。色々とな」
「その色々には、素直にハイと言えないんですけど……」
「ははは、じゃあこう言っておこう、頑張りすぎるなよ」
「そっちの方が嫌ですよ! 絶対にアレは使いませんからね!」
アルンを少しからかってみたら、早く行ってくれとばかりに俺の身体を家の門へと押し出そうとしてくる。昔の従順なアルンも可愛かったが、やはりこんなやり取りができる関係の方が楽しい。
アルンが言っているアレとは、結婚祝いに冗談としてプレゼントした物の事だ。昔、地竜を狩った時に残していた素材から作り出したアレは、錬金スキルレベル5の力も合わさり、この世界で最高峰の霊薬となった。
正直アルンには不要だと分かっている。だが、もしもという時に使ってほしい。
そう、地竜の睾丸から作り出した精力剤をだ!
まあ、これは本当に冗談で、マジックボックスで何年も死蔵してたから作っただけなんだけどね。
それとは別に、先日手に入れた【神馬の笛】も渡した。俺らの中で一番有効的に使えるアルンに結婚祝いの追加としてあげたんだ。アーティファクト二つ持ちとか、あいつ国内有数の存在になってきたな。
「エリシュカも頼むな」
「…………気にしないで行く」
「そう言われると安心するわ。帰ってきたら好きなだけ菓子を奢ろう。俺も頑張って食った事のない物を作ってやる」
「…………ッ!? 新作?」
俺の言葉にエリシュカは目を輝かせている。
限界まで思い出せば何か一つぐらい地球のお菓子を作れるだろう。
「あっ、それなら私もまだ作ってないレシピがあるので作るのです!」
会話を聞いていたアニアが、思い出したかのように口を開いた。
「…………お菓子先生の新作も。凄い」
エリシュカの目が更に輝いた。これほど期待をされてしまうと、少し本気を出さないと駄目だな。
「エリシュカちゃん、行って来るね!」
「…………ゼンの言う事を聞く。危ない時はヴィートを盾にする。……お土産はお菓子ね?」
俺の作った装備を着こんだユスティーナが、エリシュカの手を両手で握って別れの挨拶をした。エリシュカはそれに眉を八の字に下げながら返している。エリシュカのこんな顔は余り見ない。四六時中一緒にいたから相当心配してるなこれは。
ヨゼフさんやクサヴェルさんがこの街に来たので、エリシュカも一緒に来るかと誘ったのだが、初志貫徹の心でもあるのかこの街に留まるらしい。エリシュカが言うには「…………あの状態のお爺様達は役に立たない」との事らしい。
確かにそれは俺も感じた。この街は将棋の発生地とも言える場所で、レイコック様を筆頭として高齢者に将棋を普及している。多くの対戦相手を得られる状況は、あの二人の古竜を狂わせたんだ……
いや、飯も食わずに将棋を指しているだけなんだけどさ。
その高齢者達なのだが、彼等は何故かアルンの指揮下に入っている。将棋が出来るアルンは一時期、退役軍人である彼らのアイドルだった。その所為か孫のように可愛がられ、今回も小遣い稼ぎにとアルンを支える指揮官として戦いに参加するとの事だ。小規模ながら、上の質だけは異常に高くなってんだよな。
あぁ、それと家の延焼を防いでくれた、チャラス率いるドラゴンランスの奴らも、アルンの募兵に応じて参加している。戦争で冒険者稼業が減ってしまったらしい。そんな彼等には家の延焼を防いでくれた礼として、ゴブリン達にも与えた防御のマジックアイテムをあげておいた。これで少しは死ぬ確率も減るだろう。
「それじゃあ、後はお願いね、ナディーネさん。親戚の人にはもうすぐ接触するはずだから、連絡が来たらどうするか判断して」
「ありがとう、ゼン君。もしかしたら、駄目かもしれないけど、声を掛けるだけはしたかったから嬉しいわ」
国境近くの小さな町にナディーネ達の遠縁の親戚がいる。シーレッド王国で貴族を殺していた事もあり、連絡は取っていなかった。
だが、状況が変わったのでこちらにはシェードを送り込む。近いうちに戦場になるかもしれない場所だ。どれ程、国に対して忠誠を誓っているか分からないが、もし話を聞き入れてくれるならば、戦いが始まる前に回収するか、戦闘が始まる前に逃げて貰いたい。
さて、他にも色々やってはいるが、家を出た俺達がまず向かうのは、ゴブリン集落だ。
実際に彼らを使う機会があるかは分からない。だが、一度ぐらいは俺の指示の下、動いて貰っても良いだろう。場所的に彼らの力を使う事ができそうだ。その為の用意をしてもらう。
「ヒィィ……高い……高い……」
「セシリャさん、ちゃんと掴まってれば大丈夫なのですよ?」
スノアに乗っての旅なのだが、セシリャはどうも高いところが苦手らしく、俺の腕をこれでもかという力で掴んで離さない。最初は俺の膝の上に座っているユスティーナを抱くとか言っていたのに、飛んだ途端こうなってしまった。
「全く平気なアニアもちょっと変だぞ? 俺も最初は怖かった」
「ゼン様にくっついてますから、何かあっても大丈夫かなって」
そういえば、俺も初めてポッポちゃんに空を飛んでもらった時は、それなりに恐怖を感じたものだ。今では慣れすぎてその感情は全く浮かんでこなくなった。
まあ、数十メートルぐらいなら、落ちても死ななそうになったってのが大きい。それに、ポッポちゃんは絶対に俺を落とさないから慣れる事ができたんだよな。
「セシリャお姉ちゃん、ずっと目閉じてるね。私も捕まえててあげるから大丈夫だよ?」
ポッポちゃんを抱いているユスティーナが振り返り、肘から蔓を伸ばしてセシリャの腰に巻き付かせている。それで大分落ち着いてきたのか、セシリャは何とか目を開けられるまでになっていた。
しかし、この状態は素晴らしい。前と両隣を可愛い女の子が占拠している。これで更に後ろにもう一人いたら、インペリアルクロスの完成なんだけどなあ。
あっ、ポッポちゃんを背負えば良いのか?
何て事を考えていると俺の思念が漏れ出たのか、ポッポちゃんがユスティーナの腕の中から俺の方へとやってきた。「主人、後ろにいくのよ?」とクルゥと鳴いて、俺の肩に止まったかと思うと両足開いて俺の肩に掛けたかと思うと、翼を開いて俺の首筋に張り付いた。
見えないが大股開きの物凄い体勢なはずだ。アニアはポッポちゃんの奇行に、物凄い物を見たかのような顔をしている。当然、翼を広げているので、空を飛んでいる風の抵抗を受ける。ポッポちゃんが俺の耳元でク、クルゥ……クルゥ……と苦しそうにしていると、耐えきれなくなって後ろに飛んでいった。何してんだよ、ポッポちゃん!
飛んでいくポッポちゃんを目で追うと、後方にはオオコウモリに掴まっているヴィートとシラールドの姿があった。シラールドの領地から連れてきたというあのオオコウモリは、普段は近くの森にいる。調教スキルレベル2で扱えるとシラールドは言っているが、それが怪しいと思うほどに、中々強力な魔物だ。
多分、調教スキルレベルはもう一つ必要な気がする。話を聞く限り数百回の調教を繰り返したと言っていた。低確率で訪れるチャンスを物にしたのだろう。生産スキルなどと同じく、この手のスキルは確率って物が存在しているからな。
あのオオコウモリの性別は知らないが、あちらは男だけ。こちらはスノアを含め全て女なので、完全に格差ができている。そう思ってるのは多分俺だけだろうけど。
あっ、ポッポちゃんが帰ってきた。って、また張り付くのか、それ気に入ったの!?
ゴブリン集落に辿り着くと、これまた盛大な歓迎を受けた。俺が真剣な表情で話があるから幹部を集めろと言えば、ゴブ太君は膝を突いてその言葉を受けていた。大げさすぎる……
「いつ力を振るってもらうかは、俺もまだ分からない。だが、近いうちに呼び出す可能性があるって事だけは覚えていてくれ」
俺がそう言葉にすると、ゴブ太君を初め、ゴブリン集落の幹部達は驚いた表情を見せた。
「大王、遂に我々を使っていただけるのですね!」と言いながら、ゴブ太君が興奮した様子で立ち上がると、他の幹部達も目を凛々と輝かせながらそれに続いた。
「あぁ、俺の力になってもらうぞ。それまでは運んできた食料で、数をとにかく増やして、更に領土を広げてくれ。武器や防具もできるだけ持ってきた。これ以上必要ならば、それは俺が依頼していた鉄などを使って自前で作り出してくれ」
以前の戦いで大分数を減らしたが、その分生き残っていた敵を取り込んだので、数自体は回復している。数は力だ、増えればその分死ぬ数も減る。彼らにはドンドン増えてもらって、その力を高めてもらおう。
「それとこのアーティファクトも渡す。好きなだけ中身を取り出して食わせてくれ。遠慮はいらないからな」
俺はマジックボックスから【無尽蔵のパン袋】を取り出して、ゴブ太君に手渡した。
当分この地にはこれないので、大量に食料品を持ってきているが、これで少しでも足しになればと思い彼らに渡す。まだ九十万個は出せるので相当補えるはずだ。でも、ゴブリン達は広い縄張りに戦闘員以外を加えると、五千を超える数がいる。そいつら全員が食べたら一カ月も持たないか。
神様の不思議なパンは、これだけを食べていても栄養を補えるとても旨いパンなのだが、最近はマーシャさんが作ってくれたパンも同レベルになってきているので、別になくとも良くなってきた。
俺のマジックボックスに入れておけば、何時でも焼きたて状態で出てくるから、マーシャさんが作った方が旨いまであるからね。
「さて、すまないが今回は他にも色々やる事が残ってるから、これで失礼するよ。ゴブ太君、うめやふやせやだ。頼んだぞ」
ゴブリン集落を飛び立つ最後に、見送りのゴブ太君にそう声を掛けると「ハッ! 励みます!」と、元気よく答えていた。羨ましい。俺もアニアとジニーと早く励みたい。
そんな事を考えていると、アニアが俺を見て艶やかに笑った。まさか、感づかれたのかッ……!?
数千はいるであろう亜人の群れに指示を出す俺を、初めて見たアニアとセシリャだが、二人には多少話していたのでアニアは平然な顔をして対応してたし、セシリャはユスティーナに抱き着いてれば大丈夫みたいだった。
と言うか、アニアは俺の隣りに立ち誰にも聞こえない声で「魔王のゼン様でも私は一緒にいますから」と涼しい顔で言うぐらいだった。
何て事を言うんだと尻をぐにゃりと掴んだら、流石に怒られて肩をパシリと叩かれた。魔王とか言うからじゃん!
ゴブリン集落での用は済んだので、次は森を南下する。
昔の俺はこの森の中を数日かけてキマイラから逃げたものだ。だが、ドラゴンに乗り上空を飛ぶ今となっては俺らを阻む存在はいない。俺らは誰が慄く空の王者になっていた。
一日掛けずに空の旅を終えて、俺達は村の中へと入った。
「それじゃあ、行ってくる。暇だからって暴れるなよ?」
「主はワシらを何だと思っておるのだ……少し修行をするぐらい許せ」
「そうだよ、みんないないのに宿屋に篭ってたら暇だよ!」
俺に付いてこないシラールドとヴィートは宿屋で待つ事になった。だが、元気が有り余っている二人の格好は、これから運動をしますといった様子だ。
「冗談だよ。でも、熱くなりすぎるなよ? 最近はヴィートも人型で強くなってきてるんだから」
「うむ、承知した」
「うん、うん、広い場所でやるから大丈夫」
そんな二人を残し、俺達はキャスの家へと向かう。エアの戦争の前に来てから数年経ったので、久し振り感が出てるなあ。
村の様子も少し変わった気がする。何だか人族以外が増えてるなあ。おっ、エルフいるじゃん! ラーグノックでもそんなに見ないからエルフは何時でも新鮮だわ。
家に辿り着き、ドアを叩くと中から声が聞こえてきた。
「おっ、キャス姉、久し振り。ちょっと用事ができたから来たよ」
「んっ!? やだ、ゼン君また大きくなってる! はぁ~、男臭くなっちゃったわねぇ」
久し振りに会ったキャスは少し髪を切っており、家庭に入った女性といった様子になっていた。
「みんな元気?」
「うん、変わりなくやってるわよ。って、今日はいっぱい連れてきてるのね。まあ、入って。母さんー、ゼン君きたよわよー」
キャスはドアを開けたまま家の中に入ってく。俺はそれに続いて、後ろに控えていたアニア達に入るよう促した。
「あらー、ゼンまた大きくなって! ほら、座りなさい。貴方達もほら!」
家の奥からは、キャスの母親であるカーラさんがやってきた。
「お久しぶりです、カーラさん。変わりないようで安心しました」
「元気が取り柄だからね! それより、どの子がゼンのいい子なんだい?」
「この子が俺の嫁になって貰う予定です」
俺はそう言いながらアニアを紹介する。
「初めましてアニアです。みなさんのお話は聞かせて頂いてます」
丁寧に礼をするアニアの姿は堂々としたものだ。教国へ行く前は少しあたふたとする時もあったのを考えると、本当に成長して帰ってきたと思わされる。
「えぇ、もうお嫁さん作ったの!? ゼン君は手が早いわねえ」
「まだ結婚はしてないよ。あと、実はもう一人いるんだけどさ……」
「ゼン、アンタ女泣かせになったわね……」
「返す言葉もないです……」
複数妻を持つ事は別に珍しくはないのだが、それは権力者や金持ちがほとんどだ。
一般市民である俺がとなると、普通にこんな反応を返されてもおかしくない。
まあ、俺とキャスやカーラさんの関係だから、遠慮なく言ってくれてるってのもあるか。
「それより、この子達の紹介をさせてください。この子はユスティーナ。俺の娘です」
「はぁ!?」
「ゼン……あんたいつの間にそんな大きい子を……計算どうなってるんだい?」
「いや、この子は産まれてまだ二年ぐらいしか経ってませんよ。樹人なので、ちょっと特別な生まれなんです。俺とポッポちゃんの血を受け継いでるので、俺の娘であり、ポッポちゃんの娘でもあるんです」
「ユスティーナです! はじめまして!」
俺がそう言えば、ユスティーナが頭を下げて挨拶をした。
その胸に抱かれていたポッポちゃんが飛び上がり「久し振りなのよ!」とクルゥと鳴きながら、カーラさんへ向かって飛んでいく。
そういえば、翼がなくなり身体を休めていた時は、カーラさんが良く食事を与えてくれてたんだよな。
「前来た時は気付かなかったけど、ポッポの翼は治ったんだね。良かったねポッポ」
カーラさんはそう言いながらポッポちゃんを撫でている。何だかこの家に住んでいた時の事を思い出してきたな。
「それと、この子はセシリャ。仲間であり、護衛役として雇ってるんだ」
「セシリャです。始めまして」
セシリャは人見知りの様子を全く見せる事なく挨拶をしている。相手に男がいなければ、本当に治ったんだと思えてくるな。
こちらの挨拶を終えたので、俺はキャスの足元でこちらを伺っている、一人の子供に声をかけた。
「よう、俺はゼンだ。お名前言える?」
「レイフ……」
「何歳になったの?」
「…………」
「あれ? 人見知り?」
「ちょっとねー。あの人もそんな様子はなかったのにね」
たしかにランドルも人見知りといった感じではなかった。むしろ、初めてあったキャスに積極的に声をかけるアグレッシブ童貞だった。
まあ、いきなり家に上がり込んだ奴ら相手には、用心深い方がいいかもしれないな。
俺とレイフ君が会話をしていると、背後でセシリャの目が光ったのを感じた。本当に子供が好きだな。
「さて、今日はこの村に一泊する予定だけど、先にしておきたい話があるんだ」
俺はこの村を訪れた目的を話すため、一度気持ちを引き締めた。
「戦争……? そうなんだ、知らなかったわ。エゼル王国はここからだと距離があるし、この村は開拓地だから、その手の情報が入ってくるのは遅いのよね」
「うん、それで村長さんを交えて話がしたいんだ」
「う~ん、ランドルが帰ってくるの待った方が良いわね。あの人は元貴族だし、その手の話をするならいた方が良いわ」
「なら悪いけどそうさせてもらうよ。夜には帰ってくるんでしょ?」
「そうね、後で一度外に出るから、その時にでも村長も呼ぶわ」
「じゃあ、今日はエゼル王国の食材を提供するよ。お土産も持ってきたし、それまでは楽しく話でもしよ」
キャス達との話題は尽く事がない。まずは、俺とアニアの出会いから始まり、もう一人の嫁候補であるジニーの事もボヤかしながら話していく。
根掘り葉掘り俺の事を聞き出した後は、ユスティーナが標的になった。
動じる事のないユスティーナは、自分が会話の中心になると、楽しそうにキャスと話を続けている。そんな中、セシリャの胸の中にはレイフ君が抱かれていた。良い笑顔してるな。
夕方になると森からランドルが帰ってきた。一通りの紹介でランドルを驚かせていると、キャスが村長を連れて来てくれた。
俺らは食事を取りつつ話を始める。
「……大将軍をゼン君が討ったのか? ゼン君、とんでもない強さを手に入れていたんだな。キャスさんに色々聞いてはいたけど、出会った時にはもうキマイラと戦ってたのだから、納得か……」
エゼル王国とシーレッド王国の開戦の話をすると、ランドルは驚愕の表情を浮かべた。
「ねえ、ランドル。大将軍は私も知ってるほど有名だけど、そんなに強いの?」
「当たり前だよキャスさん。このシーレッドで並ぶ者がいないほどの武人だよ? ダンジョン攻略者だし。いやー凄い……凄すぎてよく分からないほどだよ!」
確かにあれは強かったな。あの瞬動とかいう面倒くさいやつは、本当にムカついたわ。
「ここが戦場になるか分かりませんが、もしエゼルや樹国の兵が押し寄せてきたら、これを兵士に見せて下さい。エゼル王国レイコック侯爵の名において、保護を求められます」
「……レイコック侯爵って、エゼルの盾だろ? 本物かこれ……」
興味津々のランドルに、持ってきた巻物を手渡すと中身を確認しだした。
これまでのランドルの反応はとりあえず俺達に対して、悪い感情を持っていないようだ。
あまりこの手の知識がないキャス達なら分かるが、元貴族としては少しおかしい気がする。
そんな事を考えていると、黙って話を聞いていた村長さんが肩を震わせ始めた。
「バ、バイロンをやったのか……ふふ、ふははは! よくやったぞ!」
村長さんは急に立ち上がると、天を見上げて笑い出した。
「えっと、シーレッドの将軍をやったんですけど、それで良いんですか?」
今回の訪問で俺がした事を話せば、キャス達に憎悪の感情を持たれても仕方がないと思っていた。
その覚悟を持った上で、この村の安全を確保する為に来たのだが、キャスやランドル、そしてこの村長の反応を見る限り、それは杞憂だったみたいだ。
「あの憎きバイロンはな、大公様の息子とその家族を殺しおった男じゃ! 本当によくやってくれたぞ!」
村長さんの笑いが止まらない。何だか物凄い因縁があったみたいだな。
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