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第八章 逆鱗

三話 狂乱の宴

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 ヴィートを先頭にドラゴン達が俺達の戦場へと近づいてくる。命令で武器を地面に置き座っていたエゼル王国の兵達は、腰を浮かせて逃げようとしていた。だが、それは指揮官達に止められる。それでも命令を聞かなかった者は、弓で射られて地面に倒れていた。

 そして、シーレッド兵達といえば、その進行は完全に止まり、その場で足を止めて迫りくるドラゴン達の姿に目を釘付けにしていた。それは、先程エリシュカのブレスの威力を味わい、総勢百を超えるドラゴン達が奏でる大音量の咆哮が、人間に対して絶望を感じさせているからだろう。

「何をボーっとしている! 引けッ! 引けッ!」
「大将軍の命令通りだ! て、撤退しろっ!」

 そんな中でもえらく立派な馬に乗った大将軍は、足を止めたシーレッド兵達の前に進み出ると、やたらと通る声で指示を出し始める。唖然といった様子で立ち尽くしていたシーレッド兵達は、最高指揮官からの命令に気付くと、反転をして我先にと後退を開始した。

 だが、上空を飛行するドラゴンのスピードは、その大柄な身体からは想像もできないほどに早い。大きな翼で力強く羽ばたくだけではなく、魔法による加速でその巨体は空に浮かぶ。先程までは街の上空にいたドラゴン達は、今ではエゼル王国の兵士達の上空を通り過ぎていた。

 エゼル王国の兵達の反応は様々だ。空を見上げてその光景に恐怖している人もいれば、耳を塞いで地面を見つめている人も見える。中には笑いながら空を見る度胸が据わっている者もいた。
 あいつ等はチャラス率いる冒険者軍団じゃないか……やたらと俺を褒めるから、調子に乗ってスノアを新人達にも見せてたから慣れてやがるな。

 上空を飛ぶドラゴン達の数匹が、高度を下げてエゼル王国の兵達の上を飛んでいる。だが、地面に座り武器も持たない彼等には攻撃は降り注がない。
 今回、エゼル王国の兵達にあの体勢を取らせたのは簡単な理由だ。それは、古竜やそれなりに長く生きたドラゴン達ならば敵味方の判断は付くのだが、若い竜や知能が低い翼竜などはそれが難しい。
 だが、敵意がなければ攻撃をするなという、多くを率いてきた黒竜の命令だけは理解できるようなので、敵の前だったが武器を地面に置かせ腰を下ろさせたのだ。
 結果は上々で、エゼル兵達の上は素通りされた。

 今回籠城しなかった理由はこれだ。
 ドラゴンが街の周辺や上空で暴れたら、シーレッド兵達に攻められるよりも被害が大きそうだったので、今回は外で迎え撃つ形にしたのだ。

 俺の上も越えていったドラゴン達は、逃亡を開始したシーレッド兵達の上空に迫ると、そこで一度速度を落とした。そして、先頭を進んでいたヴィートが体を起こし空中に留まると、その口にはブレスの光が灯り始める。
 追随していたブレスを吐けるドラゴン達全てが、身体を起こして口に力を溜め始める。
 その光景は指示を出した俺からしても、これから起こる事を容易に想像できてしまい、少し憐れに思えてきた。

 ヴィートの口からブレスが放たれた。鱗と同じ白く太いブレスは、横に長く展開していたシーレッド兵達のど真ん中に突き刺さる。ブレスを吐きつづけながら首を横に凪ぐと、ゆっくりとだがブレスは移動して敵の被害を広げていった。
 そして、それに続いて他のドラゴン達も一斉にブレスを吐きだす。総勢二十を超えるドラゴンのブレスは、様々な属性を持ちそれに伴った色をしている。ここから見ている分にはとても美しく思える。

 だが、やられた方は堪らないだろう。上空から一方的に攻撃を受けて、惨たらしく死体の数を増やしている。地面を抉るほどの爆発音が鳴り響いているというのに、ここまで悲鳴が聞こえてきて、ほんの少しだけ心が痛い。
 まあ、罪悪感を覚えた所で、多くの兵を逃さずに殺す事は変わらないんだけどな。

 ドラゴン達のブレスが止まると、先ほどまで耳が痛くなるかと思うほど鳴っていた爆発音からは一転、静寂が訪れた。いや、比べたからそう感じただけで、四万はいたシーレッド兵達は、その半数以上が戦力とならない状態になり、まだ生きている者達が苦痛の叫び声を上げている。

 上空に留まっているヴィートが俺を見た。俺がそれに頷きで応えると、ヴィート達ドラゴンは敵の後方に回って地面に降り立つ。敵を逃がす気はないので、ブレスの後は回りこむように指示を出していた。

 俺は振り向き声を上げた。

「レイコック様ッ! 追撃を!」

 俺がそう叫ぶと、あまりの光景に静まっていたエゼル兵達が一斉に歓声を上げ始めた。
 指示を出そうとしていたレイコック様や、その周りを固めていた諸侯達も、その大歓声に声が通らずに困っている姿が見えた。

「…………ゼン、静かにさせる?」
「おう、頼んだ」

 上空から下りてきたエリシュカが、俺の隣りにドスンッと降り立つと、後方のエゼル兵達に向かって咆哮を上げる。すると、目を丸くしたエゼル兵達は一気に静まった。

「レイコック様どうぞ」

 俺はこちらを見ていたレイコック様に声を掛けた。

「う、うむ。……エゼルの民よ! 反撃の時はきた! 武器を持ち立ち上がれ!!」

 レイコック様の号令が下されると、兵達が武器を持ち立ち上がる。それは波のように広がっていくと、エゼル兵達全員に伝達した。

 兵を動かして追撃するのはレイコック様達の仕事だ。その中には一部隊を任されたシラールドがいて、そのそばにアルンやアニア達を付けた。これから俺がする事は、一人の方が動きやすいので、悪いが別行動だ。

「よし、それじゃあ行くかな。エリシュカはこの場を頼む」
「…………戦わなくてもいいの?」
「エリシュカには守りに入って欲しい。もしかしたら、街の方に敵が行く可能性もあるから、それを注意してくれ」
「…………分かった」

 俺はエリシュカの足をぺチリと叩きこの場を離れる。

 ドラゴンのブレスで半数以上が戦力とならなくなったシーレッド兵達は、最早統制などなく逃げ惑っていた。敵兵達の後方では、暴れ狂うドラゴン達がシーレッド兵を薙ぎ払っている。翼竜などは急降下を繰り返し、敵兵を掴んでは空から落としていた。その様子はまさに地獄絵図と言っても良いだろう。おいおい、後始末が大変だから喰い過ぎるなよ……

 レイコック様達が兵を動かし残党狩りに動き出した。一人一人がこちらの兵の力を上回っていても、バラバラに動き回り戦意も失った状態では、もう戦いにもならないだろう。
 俺はその中を一人で進んでいき、目的の人物を探し続ける。
 探知スキルを最大限まで広げると、大きな気配が集中している場所を見つけた。そこに向かって駆けていく。

 すると、大きな声を上げ、必死に周りの兵士達を統制しようとしている一団を発見した。

「……見つけたぞ」

 思わず口から洩れてしまった言葉に、俺は少しだけ驚いた。それほどまでにそいつ等を見つけたかったみたいだ。気付けば自然と笑みがこぼれている。俺は大将軍とその近くにいる戦姫を見つける事ができた。

 【テンペスト】を片手に持ち、俺は一心不乱に敵に向かって駆けだした。今俺の頭の中にある事は、あいつ等を血祭りに上げてやる事だけだ。

「おいッ! 貴様どこに行……エゼルの者か!? ギャッ!」

 大混乱の中にあっても、敵の密集する場所に向かえば俺がエゼル兵だと気付かれる。
 俺は走り続けながら空いている左手に取り出したナイフを投擲して、そいつを黙らせた。
 俺に意識を向けた奴を殺しながら走り続ける。程なくすると、相手の表情が確認できる距離に大将軍と戦姫の一団が見えてきた。

「周りが邪魔だな……チェインライトニングッ!」

 二十人以上の一団が大将軍と戦姫の周りを固めていた。
 俺はその集団に向かって『チェインライトニング』をお見舞いした。

「なっ! ギイイィイッ!」
「敵かっ! グァッ!」

 数人は俺の動きに気付き声を上げたが『チェインライトニング』は放たれる寸前だったので、逃げる事もできずに食らっていた。『チェインライトニング』は、標的の近くにいた奴らに誘導されて、多くを巻き込んでいた。
 だが、地面に倒れて動かなくなったのは数人だった。大将軍の身近にいる存在だ。みんな良い装備をしているのだろう。

「もう一発だな。チェインライトニング」

 再度放った『チェインライトニング』は、彼等が身に着けている「対魔法」の装備を砕いていた。この世界で使える者はいないであろう、魔法技能レベル5の『チェインライトニング』であり、俺の持っている医術と魔法の神の加護で強化もされているので、一度でも防いだだけでも余程良い物を持っていたと考えていいだろう。
 今度は七割が地面に倒れて動かなくなり死んだことが分かる。身体からはここまで届く肉の焼けた匂いを漂わせていた。

 そんな中でほぼ無傷に見える人物が二人いた。

「あぁ、流石雷の神の加護を持ってるだけある、効果は殆どないのか。それに、そのアーティファクトが俺の魔法を防いだのか? 雷の神のアーティファクトか。良い槍だ」

 その人物とは大将軍バイロンと、戦姫セラフィーナだ。騎乗していたが、乗っていた馬までは守れなかったのか、地面に足を着けている。

「貴様はレイコックの隣りにいた……」
「今の魔法は何ですの!? 竜滅隊が魔法二発で落ちるのですか!?」

 大将軍と戦姫といえども、この状況と突然周りの兵士達が消えた事に驚いたのだろう。戸惑いの表情を見せている。
 この女が言ってる竜滅隊ってのは、この護衛の……あの死んでる奴が着てる鎧の一部は、もしかしてヴィートの鱗か?

「……そうかっ! あの古竜の隣りにいたのは貴様か! 貴様が古竜を嗾けたのか!」
「まあ、そんな所だが、嗾けたってのは違うぞ。あれは、巣を荒らされたと怒っているんだ。お前らが勝手に竜の尻尾を踏んだんだぞ?」

 俺がそう返事をするとバイロンは苦い表情を浮かべた。

「だが、人間の戦いにドラゴンを投入し、あのようなやり方をするなど馬鹿げている!」
「何を言ってんだ? 使える物は使うべきだろ。結果は上々だ。歩兵同士の戦いの前に空から爆撃するのは効率的だっただろ? 現にお前の兵は使い物にならなくなった。後は残党狩りを諸侯に任せ、俺がお前ら実力者を刈り取ればこの戦いは終わりだ」

 俺は元からまともに兵をぶつけ合う戦いをする気はない。できる限り兵の消耗を防ぎ、一方的に敵を殺すだけだ。少しは憐れだとは思うが、だからといってエゼル兵を一人でも殺したくない。
 大将軍としては戦いに美学でも持っているのだろうが、俺にしたらそんな物は関係ない。

「貴様……薄く笑いおって……この状況が面白いとでも言うのか!?」
「そうだな、お前のその悔しそうな顔はとても楽しいぞ。俺の大事な弟の目を潰し、そこの女は俺の可愛い嫁の手を切り落としやがった。それに、シーレッド兵達はあの街を焼き、奪い、犯した。そいつ等を地獄に送れるんだ、楽しくないはずがないだろ」

 俺の周りの被害は、幸いな事にそこまでではなかったと言える。だが、この街の損害に関しては、城壁を修理していた時に色々と聞いていた。その話を聞くだけで、俺は涙をこらえる事ができなかったほどだ。実際にその被害にあった人達の恨みを考えれば、少なくとも街を襲った敵兵は全て皆殺しにすべきだと思っている。

「さてどうする? 大人しく捕まるならまだその女の命は考えよう。お前も戦奴として丁重に扱ってやる」
「この我に……ふざけた事をッ! その舐めた態度を改めてやる」

 激昂した大将軍が腰から剣を引き抜いた。アーティファクトではないらしいが、細身の長剣はマジックアイテムで、シラールドの見解では剣の速度などを上げる類いの物らしい。俺はその剣とは別にもう一つの装備に目を向けた。
 一見すると特に特徴のある形はしていない。見た目は普通の鉄製グリーヴ――すね当てだ。
 だが、あれはアーティファクトだ。【ヘラルドグリーヴ】身体能力を上げるアーティファクトらしく目立つ事はない。しかし、その効果はシラールドとアルンの二人を相手にしても傷一つ負わなかったほどの動きを生み出していた。

「……姫様、お下がりを」
「何故です、私も一緒に戦います! あのようなふざけた男には直接罰を与えますわ!」
「違います、足手まといになると言ったのです。だから、下がっていろセラ」
「お、小父様……?」
「……我が負けそうになったら、すぐにお逃げください。それでは、行くぞ」

 大将軍が剣を構えた瞬間、身体が歪んで見えた。そして、その次の瞬間には俺の目の前に現れて、長剣を振り降ろす姿勢に入っていた。

「ハァァァァッ!」
「っと! なるほど、それが瞬動か。あいつ等を抜けてレイコック様の足を飛ばせたのが理解できた」

 俺は振り降ろされた長剣を左腕に展開した【魔道士の盾】で防ぐ。大将軍はアーティファクトの武器を持っていない。ならば、俺の【魔道士の盾】は破れないだろう。
 いや、スキルが上がった今となっては、破れるのは神だけか?

「クッ……反応するだと……」
「移動中は早いが、その状態では剣は振れないみたいだな。かなり際どいが何とかなるみたいだっ! って、そうか逃げるのにも使えるのか……」

 俺が反撃に突き出した【テンペスト】は、瞬動を使って避けられた。一瞬で移動した大将軍は少し間合いの離れた場所で止った。

「これは捕まえるのに手間が掛かりそうだな。でも、追いかけっこをしない事にはどうにもならないか」

 俺は大将軍に向かって突撃をする。大将軍は長剣を構えて俺を迎え撃つつもりらしい。

「ハッ!」

 俺の突きを大将軍が身体を逸らせて避けている。二度目に繰り出した突きも、何とかといった様子で避けていた。大将軍の剣術スキルは高くてレベル4だろう。身体能力も圧倒している俺の攻撃を避け続けているのは、アーティファクトの力が大きいと考えるべきだ。

「グッ! フンッ!」

 数度の攻撃で俺の突きが大将軍の腕を掠めた。だが、苦し紛れの剣撃を俺に放つと、瞬動を使って逃げられてしまう。

「その槍はアーティファクトか……そうかお前が魔槍だったのか」
「今頃気づいたのか。お前がそうだと思ってたのは俺の弟だ。あれを傷つけてくれたお前には、たっぷりと礼をしたい」

 そう口にすると、僅かながらの笑みがこぼれてしまう。アルンのあの斬られ方は相当の痛みだったはずだ。こいつもにも同じ痛みを与えてやろう。
 心にそう思うと、俺の速度が増した気がした。槍を突き出しながら一気に駆けると、避けられないと判断したのか、大将軍は瞬動を使い避け続ける。

 本当にやっかいだな……だが、そろそろ分かった。

 俺は先程と変わらず【テンペスト】を突き出しながら突進する。そして、当然のように瞬動を使って俺の攻撃を避けた大将軍の移動先に向かって、左手に取り出したルーンメタルのナイフを投擲した。

「なっ! グハッ!」

 数回の瞬動を見て大将軍が移動できる大体の距離は掴めた。後は、逃げる方向が分かればそれに合わせて投擲をすれば外す事はないと考えた。それは、間違いなかったようで、瞬動が切れると予想した移動先にタイミングを合わせて投擲をすると、ナイフは大将軍の身体に上手く突き刺さった。
 ルーンメタルのナイフは鎧を貫通して大将軍の腹の中に入ったみたいだ。だが、相手も高レベル。当然耐える力というべきHPは高い。苦しそうな顔をしているが、痛みに耐えて立っている。

「おっと、回復はさせないぞ?」

 大将軍がマジックボックスから片手にポーションを取り出した。体内にナイフが残ったままでは回復もそれほど効果はないだろうが、見過ごすつもりはない。
 俺は大将軍目掛けて突撃を再開した。

「グッ! ガッ! ガアアアッ!」

 瞬動で逃げてもナイフで追撃をする。三度のナイフを体に受けた大将軍は、動きに精彩を欠き段々と弱っていく。狙って投げたナイフの一本は、右目に突き刺さった。とりあえず、アルンの仕返しは果たせたか。

「なるほどな、奥の手はないのか。お前の強さはスキルレベル4の剣術に瞬動を織り交ぜて戦う単純な力。でも、それが強力だったんだな」

 大将軍は確かに強いと思う。技術がありそれに加えてアーティファクトによる身体能力の増加があるからだ。瞬動という物も反則級に厄介だと思う。だが、それだけだ。
 というよりも、今の俺のステータスで苦戦する方がどうにかしているのだろう。
 ステータスでは見えない値があるとすれば、スキルの身体能力補正が掛かり俺の方が三倍以上は強い。
 事前に奴の情報は持っている。シラールドのアーティファクトのような、予想もしていなかった事をされない限り、俺なら無傷で勝てる相手だ。

 ふと、戦姫を見ると槍を握りしめてこちらを見ていた。何度か加勢に動こうとしていたので、ナイフを投げてやろうかと思ったのだが、それは大将軍が体を張って阻止してきた。
 その結果もあり大将軍は身体中から血を流し、苦しそうにしている。
 
 もう終わらせるか……

 俺は今までと変わらない速度で大将軍に迫る。

「フンッ!」

 大将軍は迫りくる俺目掛けて、縦切りを仕掛けてくる。この状態になっても全く心が折れていないのは流石としか言いようがない。立場が逆であったなら果たして俺に同じ事ができるかと考えると多分無理だろう。

 俺は振り降ろされた長剣に合わせて、下から【テンペスト】で突く。速度が落ちているので剣筋が見切れた。槍術スキルレベル5の俺だから出来る芸当だともいえる。
 寸分たがわぬ位置に突きを合わせ、振り降ろされていた長剣を弾いた。

「なっ……」

 大将軍の手から長剣が弾き飛ばされた。驚愕の表情で俺を見る大将軍の太ももを突くと、足がはじけ飛ぶ。大将軍は手を突いてその場に跪いた。

「こんな存在など……何なのだ貴様はっ! 真なる勇者が何故我々の敵に回っている! 我々が悪だとでも言うのか!」
「……何か勘違いしてるが、俺はそんな存在じゃないぞ? まあ、神の加護は三つほど持っているがな。あぁ、はっきりとこれを他者に言ったのはお前が初めてか。頼むから他の奴には言うなよ?」

 今更誰に知られたところで困る事でもない。いや、アニア達には言っとくべきだったか?

「さて、終わりだな。どうする、死ぬか奴隷か選べ」
「……シーレッドに牙を剥くぐらいなら死を選ぶわッ!」

 戦争で捕獲した敵兵を奴隷化するのは、戦いに関する神が認めた権利だ。だが、それも本人の意思を無視する事はできない。

「そうか、人間では一番強かったから是非俺が未来で運営する町で、警備担当でもしながらアルンに戦術を叩きこんで欲しかったんだけどな。まあ、それは別の奴にするか」
「貴様……一体何を言っている……」
「気にするな。最後にお前に教えてやる、お前の国には必ず報いを受けさせる。帝国とやらと戦う夢はもう終わり、今後はお前らが食われる側だ。それでは、さようならだ」
「ひ、姫を逃がッ――グァッ!!」
「お、お、小父……様……」

 【テンペスト】を収納して、上げたその手に【アイスブリンガー】を取り出す。振り降ろされた【アイスブリンガー】が大将軍の首を斬り落とした。奴隷となり服従しないなら当然の結果だろう。こんな危険な奴を生かしておいて足元をすくわれでもしたら笑える。

「えっと、セラフィーナだっけ? お前は大人しく俺に捕まるのか? それとも、抵抗してこうなりたいか?」

 今の俺に女だろうが慈悲はない。それにこの女はアニアの手を切り落とした奴だ。最早何の感情も湧かない。ただ敵なだけだ。

「あ……あぁ……」

 戦姫は大将軍の落ちた首を見つめ続け、声にならない声を上げている。

「姫様っ! 逃げるのです!」
「行けっ! 姫様をお守りしろ!」

 辛うじて『チェインライトニング』に耐えていた、生き残りの兵が復活してきたようで、地面にへたり込む戦姫を脇から抱きかかえる。それに呼応した生き残りの兵が俺の前に立ちふさがった。

「おいおい、その女を逃す気はないぞ?」

 俺は立ちふさがった兵士数人を相手取り、戦いを開始したのだが、奴らは剣を振るう事もなく、一斉に俺に向かってきて、そのまま抱き着く形で俺を止めようとしてきた。

「おっ、命を掛けてまでか……それはかっこいいんだけどな……」

 だが、それに掴まる俺ではない。【アイスブリンガー】で全員を斬り殺す。
 自らの命を賭けての時間稼ぎは、戦姫を馬に乗せてこの場から少し離れる時間を与えていた。

「逃がすかよっ!」

 俺は鉄の槍を取り出して【アイスブリンガー】と持ち変えると、逃げる馬に向かって投擲した。

「ひ、姫様っ! 【月下の円盾】を!!」
「ひぃぃぃっ!」

 戦姫の乗る馬目掛けて投擲した槍は、突然空中に現れた丸い盾に阻まれて地面に落ちてしまった。

「はぁ、聞いてた通り俺の天敵みたいな盾だな。でも、これはどうだろうな?」

 俺は【アイスブリンガー】を取り出して、全力で助走をつけて投擲した。
 柄を握って投げた【アイスブリンガー】は、刃を頭にして戦姫目掛けて飛んでいく。戦姫の近くに差し掛かると【月下の円盾】が、それを遮るように現れた。そして、双方は空中で激突した。

 耳が痛くなるほどの金属音が鳴り響き【アイスブリンガー】が地面に落ちた。
 しかし、地面に落ちたのは俺のアーティファクトだけではなかった。その近くには、先ほどまで空中に浮かんでいた丸盾が勢いを失って地面に転がっていた。
 以前、グウィンさんには壊れたアーティファクトを貰った事がある。アーティファクト同士ならば、相手の効果を上回る力を加えれば、それ無効化できるだろうと思っていた。
 予想していた通り、その盾が防げる許容範囲の力を超えれば、盾は一時的に機能を失うみたいだ。

「馬さん悪いが、ちょっと転んでくれ」

 俺は鉄のナイフを取り出して投擲すると、馬の後ろ脚に命中させた。馬は痛みに驚いて体を倒し、騎乗していた二人の人物も投げ出される。俺は急いで近づいて、まずは俺に気付いて地面を這っている戦姫を捕まえる事にした。
************************************************
多くの感想を頂いているのですが、少し返信に時間が掛かるので、多い時には誤字脱字や展開意外の質問などに限り返信させてください。
二話の感想を返信するのに合計二時間程掛かっているので、ちょっと無理です。ごめんなさい><
少ない時や、話を書き終わっている時には、出来る限り返したいと思います。
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